第十四話 Aクラス
そんなDクラスの悶着とは関係なく、Aクラスでは一人の少女が鬱屈とした気分で、窓の外を眺めていた。
彼女の名はセリアリス・フォン・ノンフォーク。ノンフォーク公爵家令嬢で第一王子アレックスの婚約者である。彼女が今、そうした気分でいるのにはしかるべき理由がある。
そう、朝の出来事が起因である。セリアリスにしてみれば、間違った事は言っていない。アレスにしても、エリクにしても、明らかに彼らに非があり、咎めて当然なのだ。少なくとも婚約者云々は別にしても、公爵家の一人として貴族の横暴はただす必要がある。貴族は確かに導くものとしての責務がある。それに伴う力も与えられる。ただしそれはあくまで振りかざす為の力ではなく、導き守る為の力である。その辺の事を彼らは判っていない節がある。
許嫁である第一王子のアレックスは、そのあたり理解していると思っていたが、その取り巻きを制する事ができない時点で、同罪だ。これが国家元首たる王となった時に、貴族の専横が常となりかねない。
セリアリスは今後、王妃としてアレックスを支え、王家の権威を守る立場にある。ただ先ほどの一件からその支えを期待されていないと感じると、不安になるのだ。勿論、愛だ恋だの関係ではなく、政略結婚の一つだとは理解している。とは言え、信頼、信用の関係は築けると思っていたが、それすらも叶わないとなると彼女はただのお飾りでしか成り得ない。
『どうしてこうなっちゃったのかしら・・・・・・』
これがセリアリスの本音である。王を支える王妃たらんと決意し、努力をしてきた。時にはアレックスの為、苦言を呈する事も厭わなかった。勿論、敬愛を示し、アレックスをたてる事も忘れていない。でもセリアリスが王妃たらんと完璧に振る舞えば振る舞うほど、アレックスとは疎遠になっていく。もういっそ婚約者という立場で無くなれば良かったのにと思わずにはいられないのだ。
そんな事を取り留めもなく考えている時に、Aクラスの担任がホームルームの為に教室へと訪れる。
教師の名は、アーネスト・フォン・ロンスーシー。ロンスーシー公爵家の三男で王妃の弟。アレックスには叔父にあたる人物だ。この春の新入生の学年の学年主任であり、次期学院長候補としても有名だ。セリアリスも過去に2度ほどあった事があるが、王妃の弟、現王家の外戚、ロンスーシー公爵家としてプライドがやたら高く、正直余り好きなタイプではない。
「さて諸君、ようこそワシントス王立学院へ。私はこのクラス、Aクラスの担当をするアーネスト・フォン・ロンスーシーだ。一応、君たちの学年の学年主任も任されている。さて、予め諸君には伝えておくことがある。この学院は伝統的に実力主義を謳っている。実力の示し方は様々だが、最も注視されているのが、クラス対抗戦である。これは、各学年4クラスでTOPを決め、且つ学年対抗で学校一を決める。まあこの対抗戦は、秋の催しだが、その対抗戦の代表者となれるように、これから日々精進してもらう事になる」
この対抗戦の決勝には王家の方も見に来られる。実際にこの対抗戦で見出だされ、近衛騎士や宮廷魔法士団に加入が認められるものもいる。
勿論、頂点を目指すには、そもそもクラス代表者に選ばれる必要があるのだが、Aクラスに限って言えば既に大半は決まっているのかも知れない。セリアリスはクラス内のそんな空気をうっすらと感じつつ、内心で溜息を吐く。
『大体このクラスには、集まり過ぎなのよ。明らかに人の手が入っているじゃない』
このクラスには上位貴族の子息、令嬢が集まり過ぎている。自分も含めての話だが、上位貴族は幼少の頃からの教育が平民とは段違いだ。はっきり言って、子供と大人位の力の差がある。
それは単に能力の差という訳ではなく、それまで培ってきた教育、訓練の差なのだ。だからこそ、本来であれば、クラスに1人いればいい方で、4人もいるのは明らかにやり過ぎだった。
『それに聖女もいるのよね』
セリアリスは、前方に座る一人の少女を見る。明るい黄金色の髪に、エメラルドを思わせる深い緑の瞳。ただいるだけで、どことなく神々しさを感じるその少女は、今、真剣な表情でアーネストの話を聞いている。セリアリスも公爵家、噂は色々聞いている。慈母神の声を聞きその加護を授かった少女。今はアナスタシア伯爵家の養女として迎えられ、伯爵令嬢の立場でもある。市井の者であれば、信じられないような幸運を手にした聖女様である。セリアリスが、この学院に入って、話しかけてみたかった少女でもある。
そんな彼女も加えると既に代表メンバー5名が埋まる。確か、エリクの義妹もいるみたいだから、予備も含めると6名。クラス内のそれ以外の級友にしてみたら、モチベーションがそがれる要因ですらあるのだ。そしてアーネストの話はまだ続いていく。
「勿論、君らすべてが今は横一線。等しく君らの実力を評価しよう。ただその上で突出した存在というのも、やはり現れる事だろう。その場合は、クラスの為、その突出したもの以外は、彼らをサポートしなければならない。同じクラスの級友であり、Aクラスという自己の所属するクラスの為でもあるのだから。そして学年の1番、ひいては学校の1番になろうではないか。諸君、頑張ろう」
その後、クラスメンバーで簡単な自己紹介を踏まえ、その日の授業は終了する。セリアリスは少しげんなりとした気分で、席を立ち、寮へと移動しようとする。するとセリアリスの周りに、貴族の令嬢と思しき生徒達が、セリアリスに話かけてくる。
「セリアリス様、本日は、この後の御予定はございますか?」
「はい、この後は王城に赴いて、王太后様のご指導を受ける予定となっております」
「まあ、王太后様でございますか。それならば、今度、王城でのご予定がない時に、是非、お茶会でもいかがでしょうか?」
「有難うございます。予定のない時は是非、お誘い下さい。正直、学院内での友人はまだまだ少ないので、お話できる機会があると嬉しいですわ」
「キャーッ、嬉しいです。それならば、今度またお誘いさせて頂きます。それでは御機嫌よう、セリアリス様」
その貴族令嬢達は嬉しそうにその場を立ち去って行く。ちなみに今日、王城に行くというのは嘘だ。正直、彼女達を相手にするのは、今日の気分では面倒だったので、手っ取り早く断った格好だ。セリアリスは社交場の付き合いが、必ずしも不要とは思っていない。むしろ女子である以上、主戦場だと認識している。だからこそ、彼女らのような貴族令嬢を邪険にしたりはしない。むしろ、情報源として有効活用しなければならない。
勿論、人によっては友人付き合いができるものもいるかも知れないが、そこまで期待するのは酷だろう。だから、心象を損ねない程度に、つかず離れずの関係がベストだと考えていた。
『さて、今日はこの後どうしましょう』
学校の中をのんびり見て回りたいとも思ったが、1人で見るのも少し寂しい。レイを誘って一緒にというのも、流石に学校内では、目立ってしまう。ならば、ここは大人しく寮に戻るかと、席を立った時にユーリ・アナスタシアが目に入る。
彼女は何やら一生懸命メモを取っているようで、少し興味の湧いたセリアリスは、彼女の元に近付いていく。
「ユーリ様、貴方は寮へはお戻りにならないのですか?」
背後から突然声を掛けられたユーリは、ビクッとして慌てて声のした方に振り返る。
「へっ、セリアリス様?」
「フフフッ、ごめんなさい。何やら驚かせてしまったみたいですね」
「あっ、いや、そのごめんなさい。あっ、えっと、どのようなご用件でしょうか?」
しどろもどろになりつつも何とか返事をするユーリを少し微笑ましく見ながら、セリアリスは会話を続ける。
「いえ、ふと見た時に、ユーリ様が何やら一生懸命メモを取っていたようなので、何をされているのか気になりまして」
「あっ、あー、あのその選択科目をどうしようか、悩んでまして、今日入学式で聞いた内容を忘れないようにメモにしていたんです。私は元々神官でもありましたので、その、そういう方面に役に立つものが良いなと思ってまして」
「ああ、ユーリ様は、聖女様ですものね」
「いや、あのその聖女様というのは、止めて頂けると。それは周りが勝手に言っている事ですし、私はただ慈母神様の加護を受けただけですので」
ユーリはそう言って申し訳なさそうに頬をかく。まあその事自体が聖女たりえる証拠と言ってもいいのだが、本人はそれでは納得しないのだろう。セリアリスはそれを笑顔で了承する。
「フフフッ、ユーリ様は謙虚でいらっしゃるのね。でも学院では聖職者向けの授業はありませんし、古代歴史学や魔法体系学あたりで、関係する事柄が出るくらいでしょうか?単純に技術を磨くだけであるなら、基本科目の魔法学以外に魔法錬成学を受けるのも良いと思いますが」
「はい、魔法体系学は、友人が受けると言っていたので、一緒に受けようかと思っています。他は迷っていますが、まあ色々受けてみて、続ける続けないの判断をするでもいいかなっと、これも友人の受け売りなんですけどね」
あら、その友人ってレイみたいな事を言うのね、などとセリアリスは思う。セリアリスは、レイとは剣術や経営学で一緒になると思っているので、魔法体系学を受ける気はない。そもそも今日でこそ嘘だが、王城に行く予定は必ず入る為、そこまで多くの選択科目は受けられないのだ。
「その友人の方が言っているような方法も良いと思いますよ。ああ、すっかり話に付き合わせてしまって、ごめんなさい。ユーリ様、またこうしてお話させていただいてもいいかしら。今度は神殿の事もお伺いしたいわ」
「あっ、はい。全然かまいません。私は、貴族にもなりたてで、まだ知人と呼べる人も少ないので、こうしてお話させていただけるだけで嬉しいです。あっ、でも公爵令嬢であるセリアリス様に私なんかが、お話させていただくのは、失礼ですよね」
「フフフッ、貴方も伯爵令嬢なのだから、余り気にしなくてよろしくてよ。それにこれからは級友なのですから。これからよろしくお願いしますね、ユーリ様」
「はい、そう言っていただけて嬉しいです。よろしくお願いします、セリアリス様」
そう言ってセリアリスとユーリはお互いに笑顔を向けあうのだった。
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