第十三話 Dクラス
「さーて、これから三年間、このクラスの担当をする、ミリアム・スタンフォードだ。専攻は魔法体系学。選択科目である魔法体系学は私の受け持ちだ。興味がある者は、気軽に受講して欲しい。その他、基本三科目も私の受け持ちだ。私は教師になって既に5年ほどたっているが、こうしてクラスを受け持つのは初めてなので、至らぬところはあるだろうが、よろしく頼む。今日は全員の簡単な自己紹介だけで、本格的な授業は明日からとする。では、席順で端から自己紹介を頼む」
入学式が滞りなく終わり、クラスに戻って簡単なホームルームが始まる。クラスの人数は30名程度。男女比は半々くらいだろうか。
先ほど檀上で挨拶をしていたのが、このクラスの担任であるミリアム・スタンフォード。魔法体系学の専攻と言っていたが、彼女の能力は多彩だ。複数属性の持ち主で、聖魔法にも通じているらしい。元々下級貴族の出で王立学院を首席で卒業後、宮廷魔術師団の一時期筆頭までのぼり詰めた才女である。その後、結婚を機に宮廷魔術師団を退役し、王立学院の講師として赴任したらしい。ちなみに彼女の夫は現宮廷魔術師団の次席であり、夫婦仲は良好との事だ。レイは夫婦仲云々には興味がなかったが、そこまでがセリアリスが教えてくれた情報だったりする。
その後、何人かの自己紹介が済んだあと、このクラス一番の有名人が、挨拶をする。
「私の名は、ジークフリード・フォン・エゼルバルト。この国の第二王子である。ただ学院にいる間は、王族とはいえ、一学生。偉ぶるつもりはないので、気兼ねなく接してくれると嬉しい。剣術も魔法もそこそこ自信はある。今後皆で切磋琢磨し、頑張って行こう」
ジークがそう言って着席すると、これまでの拍手より一層大きい拍手が起こる。まあ平民の子達にしてみれば、そうは言っても雲の上の存在であり、同じ貴族でも、やはり王族は別格である。中々、皆と同じとはいかない。ジークはそんな周囲の様子にやはり苦笑いを浮かべ、肩を竦める。
その後、更に何人かの、自己紹介を挟んで、先ほど話をしたメルテが立ち上がる。
「メルテ・スザリン。魔法が得意。よろしく」
彼女はそう告げると満足げにさっさと座ってしまう。周囲の人間は、余りの速さに拍手を忘れるが、教師であるミリアムが拍手を始めると、それにつられるように、まばらな拍手が起きる。レイはそんな彼女を見て、やはり変わった子という認識を持つが、クロイツェルの孤児院にも似たような淡白な子がいたことを思い出し、なんとなく庇護欲がそそられる。
「私の名前は、フラガ・ランズタウン。ランズタウン侯爵家の三男だ。ジークフリード殿下には申し訳ないが、このクラスの代表となり、生徒会役員を目指している。平民どもや下級貴族の者は、私に対し、敬意を表するが良い」
彼が、自己紹介を終えると、周囲にいる取り巻きだろう子息から、熱烈な拍手が上がる。クラス全体では、若干引き気味だ。そしてレイは、なんか典型的な貴族のお坊ちゃんだなという感想しか湧かなかった。名前を上げられたジークを見ると、関心がないのか、表情も崩さず、淡々としている。
そして、再び何人か自己紹介をしたところで、漸くレイの番となる。
「初めまして、レイ・クロイツェルです。クロイツェル子爵家の嫡男です。所領はかなり遠く、今回初めてここ、王都に来ました。田舎者で色々ご迷惑をかける点もあるかも知れませんが、今後とも宜しくお願いします」
「なんだ、田舎者か。クロイツェル子爵家なんて、聞いた事がない。なんなら家の寄子にでもしてやろうか?」
レイの挨拶に絡む声。先ほど自己紹介でボンボンっぷりをアピールしていた、フラガだった。レイは無視しても良かったのだが、先に話を付けた方が早いか?とその申し出をあっさりと断る。
「いえ、メリットがないので、結構です」
すると子爵程度なら簡単に頭を下げてくるだろうと思っていたフラガ、顔を真っ赤にさせてレイを睨む。
「何っ、子爵風情が、侯爵家に楯突くとはどういう事だっ」
怒るフラガに取り巻きも「てめえっ」だの「調子に乗るなっ」だの声を荒げている。平民含め、他の生徒たちは、一気に雰囲気の悪くなった教室に、顔を青くする。
レイは面倒臭くなり、救済を求めようと、教壇横にいるミリアムを見るが、ニヤニヤしているだけで、止める気配はない。自分で何とかしろと言う事か。
ちなみにジークもニヤニヤ派、メリテに関しては、何やらウツラ、ウツラしている。あっ、目を閉じた。レイはそんな周囲に軽く溜息を吐くと、冷静にフラガに話を返す。
「えー、フラガ様は、クロイツェル領がどこにあるかご存知でしょうか?」
「ああんっ、そんな弱小貴族の所領がどこにあるか知る訳ないだろっ」
「ええと、ランズタウン領は、王都より南に行った場所だったと記憶しております。ちなみにクロイツェル領は、そこから王都、直轄領、ノンフォーク公爵領を超えて、北に位置しています。隣接している貴族でもないですし、血縁関係もありません。私どもが寄子になるメリットがどこにあるかをお教えいただけますか?」
「ふん、我がランズタウン家の庇護下にあれば、王都で権勢をふるえるであろう。なんといっても我が父は、元老院の一人なのだからなっ」
「はあ?ならメリットはありませんね。我がクロイツェル領は田舎ですので、王都に来るまでに片道で1ヶ月はかかります。移動に往復で2ヶ月もかけて、王都で何の権勢が必要なのでしょうか?意味が分かりません」
レイは心底呆れた声で、そう答える。それに寄親が侯爵である。それならば、隣接する公爵家の庇護下の方がよっぽど現実的だ。まあそれすらもメリットはないのだが。そんなレイの言い分に自分のプライドを傷つけられたと感じたフラガは、より一層顔を赤らめる。すると、そこで大きく笑い声を上げる人物がいる。
「クククッ、ハハハッ、流石だな、面白い、面白いぞ、レイ。フラガとやら、お前の負けだ。確かにレイの言うようにメリットがない。王都での権勢に興味がないのであればな。それに、あえてランズタウンの寄子にならずとも、権勢が欲しいなら、ノンフォーク公爵家の方が、良いだろう。あそこは王太后陛下のご出身でもあるし、兄上の許嫁のご実家でもある。わざわざ遠いランズタウンに頼らなくても、よっぽど良い寄親候補がおるではないか」
まあ事実ではあるのだが、フラガの鼻っ柱を折るそのジークの態度は、いただけない。それは確実にレイに敵意を見せる流れだ。レイはそう思いジークを一睨みするが、ジークはウインクを一つ返してくるだけだ。
「クッ、第二王子・・・・・・」
そしてフラガだが、流石に侯爵家三男とはいえ、相手は王家だと分が悪い。憎々しげにレイを睨む事は止めないが、文句を言う事はその場では止めたようだ。レイはそれを無視する事にして、着席する。周囲も一旦は話が落ち着いたようで、安堵の表情を浮かべる。そんなクラスの雰囲気を察して、漸く担任であるミリアムが重い腰を上げる。
「ふむ、言い合いはそれで終わりか。まあ、その二人だけでなくここにいる全員に予め伝えておくぞ。この王立学院は、基本、実力主義だ。魔法にしろ、剣術にしろ、勿論学業においてもだが、競いあう事自体は、止めてはおらん。大いにやるといい。ただし、私闘は厳禁だ。やるのであれば、正式にルールにのっとってすればいい。別に平民だろうが、下級貴族だろうが、勿論、王族や上位貴族であったとしても、負ければ弱者だ。親の威光など関係ないぞ。そこだけは重々理解しろ」
レイにして見れば、もっと早くそれを言ってほしかったが、フラガがやり込められた事で、より効果的なタイミングを狙ったのだろう。いまだフラガの視線を感じはするが、まあ表立った嫌がらせの類はできないだろうと、レイは今日何度目かの溜息を吐くのだった。
そして全員の自己紹介が終わり、それぞれが帰宅するべく荷物をまとめる。レイはフラガに帰り際、「子爵風情が調子に乗るなよっ」と悪態をつかれるが、調子に乗った事実がないので、それをスルーし、教室を出ようとしたところでジークから声がかかる。
「入学初日から、災難だったな、レイ」
「ジーク、いやそれ絶対楽しんでるだろ」
「クククッ、あの三男、長男が優秀で頭が上がらないものだから、外ではああやって、権力を振りかざそうとするのさ。レイに対しても大方、子爵家だから尻尾を振ってくるとでも思っていたんだろ」
ジークはそう言って、意地悪そうな笑みを浮かべる。レイもそう言えば、ジークも王族だからそう言った事情には詳しいのかと、納得する。
「尻尾ねー。まあ実力で負かされたなら納得もするけどなぁ。侯爵家の権威だけだと、そうする気にもなれないな」
「そこがレイのオカシイところだな。大抵の貴族は上位貴族には、尻尾を振るもんだぞ」
「いや、あれが実際の侯爵様なら、もう少し態度の変えようもあるけど、結局その息子だろ?今現時点では、社会的地位は何もないに等しい」
レイはそう淡々と答える。親は凄いかも知れないが、本人が凄い訳ではない。しかも社会的地位が約束されているわけでもない。ジークはレイの言っている事はもっともだと思うが、その理論だと、レイにも当てはまるのではと指摘する。
「それならレイ、お前も嫡男ではあっても子爵ではないだろう?」
「うん?ああ、俺の場合は、一応軍属で少佐という肩書がある。一応、国から給料も貰ってるぞ」
「は?レイ、お前、軍人のしかも将校なのか?」
「まあ、そうだな。海軍少佐だ。と言っても部下はいない、有事の傭兵みたいなもんだけどな」
レイは自慢するでもひけらかすわけでもなく、事実を淡々と述べる。レイは風と水の精霊の寵愛があるので、海軍の中では最高戦力だったりする。そりゃ、海で水と風を制すれば、負ける事などあり得ないのだ。
実際、過去に海賊討伐や、魔獣討伐で戦果を上げており、その功績で少佐になっている。まあ上司は父上なので、多少の贔屓はあるかも知れないが。
そんな事実にジークは目を剥き、やはり面白そうにする。
「クククッ、やっぱ、レイは面白いな。俺は妾腹の子で第二王子という立場から余り人を寄せ付けなかったが、レイとは立場を気にせず付き合えそうだ。級友になれて、本当に良かったと思うよ」
「いや、俺は、立場を気にするんだけど。流石に第二王子の近くにいると目立ってしょうがないんだけど」
「諦めろ。お前は、そう言って目立つことは嫌がっているが、第二王子という肩書には興味はないのだろう。まあどの道、お前はきっと目立つ事になるだろうしな」
「はぁ、まあ、ジークとこうして話している時点で、諦めているけどね。それと、目立つことになるっていう予言は止めてくれない?本当に嫌なんだけど」
「ハハハッ、それも恐らく無理だな。なんてったって、聖女に大魔導の弟子だぞ、そんな有名人と既に言葉を交わしている子爵嫡男がどこにいる。残念ながら目立つ星の下に生まれているんだよ、レイは」
そう嬉しげに語るジークを尻目に、レイは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのであった。
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