第百三十四話 決着
少し遅くなりましたが、どうぞお楽しみに!
レイとナハド達が戦闘を開始した頃、闘技場ではネビュラスの傀儡とセリアリスが対峙していた。とはいってもセリアリスにしてみれば、防戦一方。時折、雷魔法で牽制するが、それは向こうの魔法障壁にあっさりと防がれてしまう。一方のネビュラス側も攻勢を仕掛けてはいるが、風と水の防壁の前にあっさりと攻撃は防がれていき、その苛立ちを募らせていく。
「忌々しい、その我らが理解しえぬ力、誠にもって忌々しい。神に抗いしその力、誠にもって忌々しい」
「(ああ、そういえば神に精霊の事は感知出来ないと言ってたっけ?オドとマナとかっていってたかしら?神が感知出来ない力があるなんて、本当に変な話よね)」
レイはあまりその辺を気にしていないようだったが、あれは悪性とはいえ神に等しい存在。勿論その分割されたカケラだからこそ、今こうしてセリアリスにも対抗出来る程度で収まっているが、本来であれば抗おうなどと思える筈もない存在なのだ。そう考えるとそれに対抗しうる精霊とはどれだけ規格外な存在かと思うが、レイの扱いっぷりが気安い為、ついつい畏敬の念より親愛の情が湧くのだが、セリアリスにしてみれば、今は実に頼もしい存在だった。
「あなたが神に等しい存在である事は認めます。ただ、私には私の大事な人を守る大切な友人が手を貸してくれています。彼らが私を守ってくれる限り、私もまた負けるわけにはいきません」
「忌々しい、ただその資質を認めねばならん。その強き心、風格、気品、我が善性に勝るとも劣らないその高貴、その資質を余すところなく我が悪性に染めることで、我は更なる高みへと登る。ならば手に入れる、我が依代となり我を受け入れよっ」
ネビュラスの傀儡は呪詛のような言葉をセリアリスに投げかける。セリアリスはその言葉に怯む事なく堂々とした視線を投げかける。今の彼女には精霊が味方をしてくれている。ネビュラスの呪詛もセリアリスには届きはしない。
「お断りします。それは私には過分な力。私は私の身の丈で、私の大事な人と並び立ちたい。貴方のような依存し、逆恨みするようなそんなものは望んでいません」
それはセリアリスの本心だ。セリアリスにとってユーリやエリカのような神に類する力さえ、不要なもの。純粋な力で並び立てないなら、それ以外の全てを睹して並び立てばいい。同じ目線で同じ景色を眺める事こそが、セリアリスの相手に求める事だった。
「きーっ、忌々しい。ならばその猛き心を折り砕く。我が眷属よ、我が手足となりて、彼の者を折り砕けっ」
ネビュラスがそう呪詛を喚き散らすとそれに呼応する様に、闘技場内にいた騎士や貴族、中にはセリアリスに同行して付いてきたクラウス・ド・ハミルトンまでもが虚な目で会場に現れる。人数にして六名、ただでさえ厄介な状況下で更なる厄介ごとが舞い込んだ格好だった。ただセリアリスはその光景を見ても狼狽ない。むしろ呆れるように深い溜息を吐く。
「貴方はまだわかっていないようですね。私は今、一人で貴方に対峙している訳では無いのですよ」
セリアリスのその言葉を裏付ける様にその周囲に竜巻が起きる。その風に煽られる様に、現れた六人の下僕とされた者達は、その場から動けなくなる。そしてそこで立ち上がる水柱。柱の中に閉じ込められる様に、六人の下僕達は水中で踠き、一人また一人と動きを止める。勿論、そのうちの一人である、リーゼの兄クラウスも動きを止める。そしてそこで柱が解かれ、バタバタと下僕達は倒れ込む。
「(前にレイがやったイメージを思い浮かべただけなのに、その通りになっちゃったわ。これってやっぱり精霊様のお力よね。正直凄いなんてものじゃないわよ!?)」
勿論精霊の力が凄いのもあるが、その力を貸してくれたレイ自身にも呆れる思いだ。セリアリスにしてみれば正直約束されたレールに乗って、アレックスの妻として王妃として並び立つ方がよっぽど簡単に思える。それ程までにその力は圧倒的だった。
「貴様貴様貴様ーっ、何をしたっ、何故我が下僕が倒れるっ、妬ましい、妬ましいぞっ」
すると再び憎悪を膨らませたネビュラスの傀儡は、魔法による攻勢を仕掛けてくる。そして再びさっきまでの攻守のはっきりした膠着した時間が始まる。
「(ふう、これでまた暫くは時間を稼げるわ。もうレイったら、さっさと終わらせてきなさいよねっ)」
やはり再び精霊達に守られながら、セリアリスは思ったよりも緩やかな気分で戦局維持へと努めるのだった。
◇
一方のレイはと言うと、次から次へと現れるネビュラスの下僕達に少し辟易とした気分でいた。
「(おいおい一体何人の人間が操られているんだ?)」
既に十人は意識を奪った。ただまだその倍以上の人数がおり、更にはその人数が増えている。単純な実力がそれ程でも無いのが救いだが、正直このまま戦い続ければ、足元を掬われる可能性すらある。
「(ねーねー、レイ、いつまでそうやって遊んでるの?私もう飽きちゃったんだけど)」
レイは剣を振るいながらも、シェードのその気の抜けた物言いに、思わず苦笑いを浮かべる。
「(僕も出来れば、相手をしたく無いんだけど、わらわらと出て来るから、相手をせざるを得なくてね。シェードは何か良い手はあるかい?)」
「(んー、でも倒しちゃダメなんでしょ?まとめてやっつける方法なら、いくらでもあるけど、レイもそうしてないみたいだし)」
レイは多少の怪我は仕方がないと思っているが、流石に殺すまではしていない。あくまで意識を奪う形で倒していた。
「(流石に全員倒しちゃうとこの国が今後立ち行かなくなっちゃう可能性があるからね。あくまでネビュラスに操られているだけだし。だから殺さない方向で考えているけど)」
「(んーなら、全員足止めしちゃおうか?)」
「(そう都合よく出来るならお願いしたいけど、出来るの?)」
「(へへーん、大丈夫、大丈夫。じゃあいくよー!)」
レイはあまりに軽いノリで安請け合いするシェードに、不安な気分を味わうが、シェードの気配は実に楽しげだ。そしてシェードの魔力が強く感じられたところで、パタリと操られている人間達が動きを止める。闇精霊の魔力による影縛り。正直、対象個数が多過ぎると思っていたが、影を縛り、その本体を動けなくする術。その効果は絶大で、難なく相手の動きを封印する。
「はっ?」
動きが止まり素っ頓狂な声をあげたのはナハドだ。例え当代きっての英雄が相手だったとしても、単純な物量には敵わない。まして目の前の少年は、ご多分に漏れず、意識を奪うようなやり方で周囲の人間に相対していた。流石に国家間の問題と考えれば、妥当な判断なのだが、当人にしてみれば、ジリ貧だったに違いないのだ。だからこそナハドは、この謁見の間付近に、千名近い人員を配置してこの場に待機していたのだ。そうすれば誰かがこの場に来たとしても、ネビュラスの傀儡がセリアリスをものにさえすれば、この国はナハドのものになる筈だった。ただ今、想定外の事が起こる。全ての操っている人間が動きを止めたのだ。焦るナハドの前に悠然と少年が歩みを進める。
「さてナハド殿下、どうやら後は貴方だけのようですが、如何なさいますか?」
「おっ、おい、何をしたっ、そんな魔法知らないぞ、見た事も聞いた事もない」
厳密には魔法ではないのだが、こんな突拍子もない事象は魔法でしか片付かない。ただその魔法でもこんな都合のいい魔法など、聞いたことがないのは道理だった。ただレイも簡単に種明かしをする理由はない。なのでしらばっくれるように、ニヤリとする。
「殿下、事実のみ受け入れられたらどうですか?今この時、この瞬間、彼らは私の魔法で動きを止めた。殿下にとってはその事実が重要なのでは?」
本当はシェードに力を貸して貰っているだけなのだが、そこは多少はハッタリを効かす。するとナハドは忌々しげにレイを睨み、その杖をかざす。
「まだだ、まだ私は負けてない。この杖は、嫉妬の心を煽る杖。貴様とてその身に微塵も嫉妬の心がないとは言わせん。この杖の力にて、貴様のその心を捉えてくれるっ」
杖がナハドの声に同調する様に、淡く光り、その光のモヤがレイへと纏わり付く。それは不快な光だった。何か心を探るような不快な光。ただレイはそれを避けることなく、正面から受け止める。そしてその光のモヤをじっと目を閉じて受け入れる。
「さて、レイ・クロイツェル。其方が抱く嫉妬を向けるべき相手は誰だ?」
ナハドは、自信満々にレイへその問いを投げかける。これまで全ての人間が、その身の嫉妬心に捉われた。この光を浴びて、捉われない人間はいないと思っていたのだ。ただ目を開けたレイは、その問いに肩を竦めて答える。
「いえ、特にはいませんね。何故俺が、他人に嫉妬心を抱かなきゃならないんですか?別に今のままで十分なのに、嫉妬心を抱く理由がないのですが?」
「はっ?いや待て、嘘だろっ?貴様にも一人や二人、嫉妬にかられる様な相手がいるだろう?ああ、そう、そうだっ、例えば惚れた女が手に入らないとかあるだろう?」
確かに光のモヤを一身に受けた筈だった。にも関わらず、大なり小なり本来なら手応えのあるはずの反応が、全く感じられない。そんな筈はない、人には欲がある。ならばその欲を煽る嫉妬心がない筈はないのだ。
「はぁ?惚れた女ですか?んー、例えばその女性が手を伸ばせば届く存在ならば、嫉妬にかられることは無いと思うんですが……」
レイはレイで意外と真面目に返答する。惚れた云々はよく分からないが、大事かどうかで言えば、セリアリスやユーリ、リーゼなどがそれに当てはまる。勿論家族は当然だ。じゃあ彼女らに何かあれば助けるというのはレイの決めであり、彼女らに惚れた相手がいようが、レイが助けたいと思えば助けるだけの話だった。なので手が届かないというのは、レイには正直、ピンとこない。正直我儘なのだろうと自分の事ながら苦笑する。
「何を貴様は言っている?この世に手に入れられないものなどごまんとあるだろう?それを手に入れるものが有れば、妬むのが道理ではないのか?」
「ああ、別に手に入らないものであれば、諦めれば良いのでは?ん?王族なら手に入れたいと思うのですかね?私は所詮、子爵家嫡男なので身の丈にあったものであれば、十分なのですが」
レイはそう言って肩を竦める。この時のレイの心境は王族って大変だなぁなどと呑気な事を考えている。
「身の丈?小国の王族に生まれ、小さき世界に甘んじるこの定めを受け入れろと?ふざけるなっ、世界に覇を唱えられるこの機会を貴様の様な身の丈以上を求めん小物に揺るがされてたまるかっ」
ナハドは激昂する。彼が見た束の間の夢である。このカケラの力で世界にその名を知らしめる唯一にして最後の機会である。ただレイはそんなナハドを野心を冷めた面持ちで打ち砕く。
「でも残念、既にチェックメイトですよ」
レイは自らの持つ剣に闇の魔力を纏わせて、ナハドの持つ杖のカケラが埋め込まれている部分を一閃する。カケラはあっさりと割れ、杖から溢れ落ちたところを、再度レイは粉々に切り刻む。砕かれたカケラからは赤黒い魔力が立ち昇り、そして周囲の空気に飲み込まれる様に霧散した。




