第百三十二話 名探偵
もう少し間隔を短くもしたいのですが、上手く時間が作れずで、すいません。とは言え、週一くらいを目標にはしてますので、宜しくお願いします!
ナターシャから抜け出たソレは、次第に人の形となっていく。レイはセリアリスを庇う様にその腕に抱き寄せながら、ジッとソレを見つめる。
「やっぱりアレが出てきたか」
レイはそう零すと、セリアリスが察しの良さを見せる。
「アレって邪神のカケラの事?それって確か依代がないと動けないんじゃ無かったっけ?」
セリアリスには、予め六神教の隠された七柱目の神、キャメルから聞いていた話を教えてある。なのでそれは当然の質問ではあるが、此処から先はまだ伝えていない事だった。
「そうだね、飛び散ったカケラはまだ現界するには力が足りない。だから依代を持ってその依代を取り込む事で、自身の力を発揮する。ただ例外となるケースがあるとキャメルは言っていてね、結局は依代との相性が重要で、その相性が悪いまたは悪くなるとその依代と同化出来なくなるんだ」
「えっと、なら今の状態は同化出来ずに弾き出されたって事?」
「うーん、それは違うと思う。力を得た事で自ら出たのと、ナターシャが自分を取り戻そうと頑張った結果じゃ無いかな?まあ、どちらにしろ、こっちの思惑通りの結果だと思うよ。同化が進み過ぎると、依代の自我は崩壊しちゃうから。ナターシャの場合は、数日前まではまだ自我を保っていたしね」
確かにあの日レイが出会ったナターシャは本来のナターシャである筈だった。女王ナターシャの時はその記憶を全く持っていなかった為、だからこそレイは確信したと言ってもいい。
「はぁ、やっぱりレイ、貴方巻き込まれたでしょう?事が事だから、今は深くは聞かないけど、落ち着いたら覚えてなさいね」
セリアリスはそう言って、不満げな態度を表す。レイにしてみれば、セリアリスの言っている通り巻き込まれただけなので、ある意味不可避な事なのに、説教が待っているとは理不尽極まりなかった。
「うっ、まあセリーその辺はお手柔らかにお願いします。それよりそろそろ現れるみたいだよ。悪性とはいえ神そのものがね」
そう目の前のモヤがハッキリとした人の形となった事で、その人の形をしたものが語り出す。そして闘技場の一角でそれが形をなすと、周囲にいた近衛や侍女、そして観客などは驚愕と恐怖を伴って、その場から我先にと逃げ出し始める。
「憎い、憎い、妾を蔑ろにする全てが憎い。妾を蔑ろにするものも、妾を蔑ろにさせたものもどちらも同罪、許し難きものだ。憎い、憎いっ」
それは造形美としては究極の存在だった。妙齢の女性、威厳も存在感も人のものとは思えない。レイの腕に抱かれるセリアリスも例外ではなく、思わず息を飲む。ただレイは別だった。それと近しい存在を見た事がある。だからこそのまれる事なくそれに話しかける。
「貴方は妻神であるネビュラスですね。厳密にはその悪性」
すると先程まで浮かされた様に呟いていたネビュラスの視線がレイに向けられる。ただしその目は未だ憎悪に染まっており、レイは注意力を最大限まで引き上げる。
「貴様は妾を裏切りしオロネオスと同じ妾を謀るものかっ。許さん、許さんぞっ、裏切りは決して許さん」
「いえ、別に裏切ったつもりは全くないんですが。オロネオスと違って、そもそも夫でもなんでも無いですし」
レイは理不尽に憎悪を燃やすネビュラスに一応の弁明を試みる。勿論、まともな返答は期待していない。現界した以上、話が通じる相手とは思っていなかった。
「ああ憎い、妾を謀る男が憎い……、この憎しみ死をもって償うがいいっ」
そしてネビュラスが右手をかざすと強大な魔法陣が現れる。そしてそこから放たれる火炎魔法。先程の騎士がセリアリスに放ったものとは規模の違う魔法だ。ただ今度はレイも油断していない。何も無いところから分厚い水壁が立ち上り、その魔法を飲み込んでいく。
「(ディーネ、有難う。ちなみにディーネの見立てだとアレはカケラそのものと見て良いかい?)」
レイはお礼と共に当座の疑問を信頼できる友人に尋ねる。すると友人は少し考え込んだ後、悩むように言葉を返してくる。
「(主様、現時点ではとしか言えませんわ。カケラそのものが見えればいいのですが、残念ながら、核がどこにあるかも分かりませんから)」
これは同じカケラであるキャメルから聞いた話だ。ようは魔物と同じで核がある。それが魔石なのかカケラなのかの違いで有り、物理ダメージを与えて核を回収すれば活動は停止する。なので結局は戦闘するしか無いのだ。
「小賢しきマネをっ、神である我に逆らうというのかっ」
レイとディーネの秘密の会話の間にもネビュラスは次々と火炎魔法を繰り出してくる。ただレイはそれを水魔法で瞬時に相殺し、戦況を五分に保つ。そしてその側でセリアリスが雷魔法を放つが、それを相手は魔法障壁で遮る。
「レイ、私の魔法だとあの障壁を破るのは、無理だわ。せめて障壁が展開出来ない形に持ち込め無いかしら?」
どうやら手伝う気満々のセリアリスがそう言ってくる。レイは一瞬迷うが、それも一つの手かと腹を決める。
「なら俺が突っ込んで障壁を破るよ。その間隙で魔法を放って」
「ええ、任せなさい」
レイはそこで一気に動き出す。真っ直ぐに最短距離を選択する。相手はそもそも戦いに対する技術はない。単純にただ圧倒的な魔力を武器に押し切る事しかできない。だからこそ小細工も駆け引きもなく、まずは力比べを選択する。そして何時もの様に風を剣に纏わせ一気に魔法障壁へと叩きつける。
「グッ」
固い。しかしそれでもその力を緩めずに魔法障壁に剣を押し込む。
パリンッ
押し込まれた剣が音をたてて障壁を破る。しかし障壁は一枚だけではない。レイは再び腕に力を込めて、二枚目の障壁に剣を突き立てる。
「うおおおぉぉぉ」
レイは気合と共に剣を押し込み続けると再び障壁が砕け散る。ただレイもそこで勢いを無くし、無防備な状況で、ネビュラスの前に躍り出てしまう。
「あ、やば……」
ネビュラスは障壁を張っていた手とは反対の手で魔法を展開しようとした時に、ネビュラスの頭上から雷撃が落とされる。
「ギャーーーッ」
雷撃が直撃したネビュラスは絶叫する。しかしその目はまだ死んでいない。すかさずかざした手から火炎魔法をセリアリスへ向けて放つ。しかしセリアリスの周囲の備えは盤石だ。すぐに水壁が立ち上りそれを相殺してしまう。
「それは悪手だったね」
セリアリスを攻撃対象としたことで、レイから意識を外した刹那、レイはネビュラスの背後へと回り込みその背中を背後から斬りつける。
「グァァァーッ」
ただその斬りつけた感触に違和感を感じる。絶叫こそあげたが、血も出なければ、大きなダメージを受けた雰囲気もないのだ。そしてその些細な違和感への逡巡が、レイに隙を生む。ネビュラスはグルリと素早く回転するとその至近距離から魔力の塊をレイへと叩きつける。
「うわぁぁぁっ」
ギリギリである。ギリギリその魔法との間にシルフィが防壁を張り、なんとか直接ダメージを回避するが、完全には防ぎきれず、レイは後方へと弾き飛ばされる。
「レッレイ!?」
セリアリスは思わず悲鳴を上げるが、ネビュラスがいる以上、近くに行くこともできない。するとレイはすぐに体勢を立て直して立ち上がったので、内心ホッとする。一方のレイは先程の違和感をセリアリスに共有したかったが、ネビュラスを挟んで反対側にいる為、どうしようか考えた時にネビュラスがセリアリスに攻勢を仕掛ける。
「まずは貴様からだっ」
ネビュラスはその火力をセリアリスに集中して、複数の火炎魔法を同時にセリアリスへと放つ。ただセリアリスにはディーネが水壁で防壁を張り、攻防は五分の状況を作っている。レイはそれを好機とみなし、再びネビュラスへと剣を振るおうとするが、再び張られた魔法障壁にその剣は阻まれ、レイは慌ててセリアリスの方へと飛び退く。正直、決め手に欠ける。このまま相対し続けることは、疲弊を意味し、結果負けに繋がる。
「ふぅ、正直厄介だね、圧倒的な力によるゴリ押しとか、正直たかが子爵の嫡男には荷が重いんだけど」
「あら、それは公爵令嬢でも感想は変わらないわ。で、何か糸口は見つからないの?」
セリアリスはレイの軽口に付き合いつつも、レイがなんとかすると疑っていないのか、さも当然の様に聞いてくる。レイはそういうのが過度の期待ではと思いつつ、苦笑しながら言葉を返す。
「うーん、多分だけど、あれって傀儡じゃないかな?流石に神様と戦ったことがないから分からないけど、本体、ああ、欠片?がある様には感じなかったんだよね」
「それって神殿地下の迷宮と同じ感じって事?」
「多分ね。ああでも大丈夫、このパターンっていつも名探偵が答えを見つけてくれるからね」
そう、レイが困っている時に、いつも何かを見つけてくれる友達がいる。無邪気な彼はそうして見つけて報告した後、レイがびっくりしたり、喜んだりするのが、大好きなのだ。そしてやはり予想通りに無邪気な友人がはしゃいだ声をレイに伝えてくる。
「(ワーイ、レイ、見ツケタ、見ツケタ、カケラ見ツケタ!!)」
ほらね、この無邪気な名探偵は優秀なのだ。だからレイは彼が喜ぶ事をする。
「(流石シルフィ!絶対見つけてくれると思ってたよ!流石は名探偵!!)」
レイは心の中で絶賛するとシルフィの得意げな笑い声が聞こえる。顕現してたら間違いなく、得意満面な顔が想像でき、レイも思わず嬉しくなった。




