第百三十話 女王との対峙
いやー、色々あって更新が滞ってすいません。暫くは、のんびりと更新になりそうです。
レイが対峙した相手は、セドリックと同じ近衛騎士だった。正直意外だった。セドリックの話では、この騎士は国内の有力貴族の子息で、実力的にはそこそこの腕前と聞いていたからだった。
『しまったなぁ。他の対戦も見学しておくべきだったか?』
レイは相手を見ながら、少し失敗したと反省する。実力的に劣ると聞いていたので、別の相手のチェックはしていたが、対戦相手は見ていなかったのだ。パッと見の印象はセドリック程の威圧感はない。何が秀でているという印象もない。まあそこそこ強そうではあるが、決勝に来るだろうとチェックした人物に比べれば、明かに劣る印象だった。なのでレイは冷静に探りを入れる。
「ああ貴方が、セドリックの代わりに代表になった騎士の方ですか?セドリックさんの話だとそう強くないとの話でしたが、決勝まで来られるとは予想外でした」
レイが言ったのは安い挑発。勿論それで相手の感情を揺さぶれればと思っての発言だが、何故か言葉が返ってこない。レイは再び挑発を試みようとその顔を見て、怪訝な表情になる。
『あれ?これって聞こえてない?』
相手は虚な目でレイを見ずに一点を眺めている。その目線の先は女王に注がれ、瞬きもせずただそこを凝視している。そしてレイが女王に目を向けると、彼女はレイに対して怪しげな笑みを見せる。そうその目は相手を挑発する目だ。レイはそれで何となくこれから起きる事が想像できた。なのでそこからは、無駄な挑発は諦めて、相手だけに集中する。
「それでは双方準備は良いか?では決勝戦、始めっ」
審判からの宣誓で試合の開始が告げられる。相手の騎士は、その宣誓と共に無駄な所作なく、真っ直ぐにレイに斬りかかる。
『速いっ』
勿論、対処出来ない速さではないが、それでも機先を制するには十分な速さだ。レイは何とかそれをかわし、一合、二合と剣をあわせていなしていく。相手は疲れを知らないように、淡々と剣を繰り出しレイに圧力をかけてくる。
ただまだレイには余裕がある。剣を合わせたタイミングで大きく後ろにバックステップし、距離を取ると追撃してくる騎士に思いっきり風の力を乗せて相手を後ろへ弾き飛ばす。飛ばされた騎士は、転がるように後方へ退くが、直ぐに体勢を立て直すと、再び前に出ようととしたところで、レイは水壁を出現させ、相手との間にインターバルを設ける。
『これはちょっと厄介だな』
レイは内心で舌を巻く。何故なら相手は疲れ知らずで襲ってきそうな気配だ。十分対処は可能だが、疲れ知らずは後々此方がジリ貧にならないとも限らない。なので今度は先手を取りに行く。レイは出した水壁を消すと同時に一気に相手へと走り出す。
「ウオオッ」
掛け声と共にその剣を振り下ろし相手の剣を弾き飛ばす。騎士の剣はレイの思惑通り、弾き飛ばされ、完全に体勢が崩れる。
『貰ったっ』
レイは内心で勝利を確信し、その剣を振り被った所で、背筋に悪寒が走り慌てて大きくバックステップを踏む。すると先程までレイがいた場所に火柱が立ち上り、レイは思わず冷や汗を流す。
『あっ、あぶなっ、気配を感じられなければ黒焦げになる所だった』
これまで魔法による攻撃は無かった為、油断した。しかし魔法ありでかつ無詠唱での魔法発動。僅かな魔法の気配を感じれたから良かったが、正直、厄介極まりない。レイは無表情で虚な視線のその騎士に軽く脅威を覚えながらも、さて、どうしたものかと厳しい目線を送るのだった。
◇
セリアリスは案内された闘技場の観客席に向かう階段を足早に駆け上がる。決してレイが負けるとは思っていないが、それとて絶対では無い。この目で状況を確認するまでは、安心は出来ない。そしてその階段を登り切り、会場が見下ろせる場所までやってくると、目の前の闘技場スペースに真っ赤な火柱が立ち昇るのが、その目に飛び込んでくる。
「はっ?えっ、どうなってるの?」
レイの精霊に火の精霊はいない。精霊だけでなく魔法自体も火の魔法は使わない。目の前に立ち昇る火柱は明かに魔法のそれで、メルテあたりが得意にしそうな魔法だった。
会場に着いた時点でレイが戦っているとは聞いていた。なので急いで来たのだがいきなりの火柱にセリアリスは内心で焦る。
『レイ?レイは無事なの?』
セリアリスは会場に向け目をこらすと、火柱の向こう側にいつもの冷静な表情のレイが見え、内心でホッとする。
『良かった……、取り敢えずは無事みたい』
闘技場上でレイに相対するのは騎士だろうか。身なりはいかにもな騎士のそれで、決して弱くは無さそうだが、圧倒的な力を感じるようなタイプでも無い。レイが苦戦する程の相手には見えない。なのでセリアリスは内心で安堵しつつその戦いに見入ろうとした時である。
ゾクッ
それは悪寒である。何故か突然感じたその悪寒に慌てて周囲を見渡す。セリアリスの周囲には護衛はいるが、特に危険な人物がいるわけでもない。セリアリスは不思議に思いつつも気のせいかと諦め掛けたところで、1人の少女と目が合う。
『あれ?王冠って事は、あれが女王?』
その少女はセリアリスを値踏みする様に眺めている。セリアリスは取り敢えず失礼に当たらないよう軽く会釈をする。しかしその少女はセリアリスの綺麗な所作の礼に更に厳しい表情になる。
『何か私間違えたかしら?まあ正式の場でもないし、気にしてもしょうがないわね』
セリアリスは女王の視線を引き続き感じつつも、どちらにしろ近付いてまで挨拶をしに行く関係でもないと諦め、再び闘技場の方へと目を移す。そして女王はその態度に更に愕然とした表情を見せるのだが、レイの戦いの方に集中して女王のその態度に気がつかない。するとセリアリスの元に侍女が駆け寄ってくる。
「お嬢様、突然に申し訳ありません。女王陛下がお話をしたいと仰っております。ですので私に付いてきて頂いても宜しいでしょうか?」
セリアリスは突然の事に軽く目を剥くも、直ぐに気を取り直しその侍女に告げる。
「女王陛下にお声掛け頂き光栄ではあるのですが、今回は非公式な場です。私はエゼルバイト王国のノンフォーク公爵家の娘でセリアリスと申します。女王陛下には今度正式な場にてお目通りを願おうと思っております。今日はあくまで私的な用で女王陛下にお目通りする準備もしておりませんので、ご容赦頂けると助かるのですが」
「さ、左様でございますか……」
侍女は相手が大国の公爵家の令嬢と聞いて尻込みをする。セリアリスもそれを見越しての発言で、正直、今の段階で接触する気は無かった。なので侍女が女王の元に戻った段階でこの話は終わりと思っていたのだが、また暫くするとその侍女が戻ってくる。侍女は余程女王陛下に厳しい事を言われたのか、顔を青白くさせ、何とかセリアリスを連れて行こうと頼み込んでくる。
「セリアリス様、非公式の場は重々承知なのですが、女王陛下が是非にと仰いまして、どうかお越し願えないでしょうか?」
「そこまで仰られるのであれば……、お伺いしましょう」
セリアリスも流石に今度断るとその侍女が可哀想だと感じて了承する。そして侍女の案内で女王の前まで連れてこられると、まずはセリアリスが挨拶する。
「初めまして、エゼルバイト王国公爵家が娘、セリアリス・フォン・ノンフォークでございます。この度は女王陛下にお目通り叶い、大変光栄にございます」
セリアリスにしてみれば、普通の挨拶である。媚びず、謙らず、相手の立場が女王である事から敬意を表する形ではあるが、大国の公爵家と連邦の一国家の元首、格としては同等なので謙る事はしない。しかし女王はその態度が気に食わなかったようだ。
「私はここフェリックス王国の女王ナターシャ・ド・フェリックスである。エゼルバイトの公爵家が娘が、我が王国に何用だ」
例え国の元首とは言え、不遜な発言である。しかしセリアリスは悠然とそれを受け止めて、笑みで言葉を返す。
「はい、あそこで戦っているレイ・クロイツェルを迎えに参りました。どうやら彼はこの国で油を売っている様子なので」
「レイ・クロイツェルを?其方は彼の者の何なのだ?婚約者と言う訳でもあるまい。しかもアレは今、私の婚約者選定の儀に参加しておる。場合によっては我が婚約者となるのだぞ?」
ナターシャの発言は明かにセリアリスを挑発する者だった。ただセリアリスは余裕の態度を崩さない。さも困った様な表情こそ見せるが、その返答は余裕のあるものだった。
「はい、その話は先程伺いました。ああ、彼と私は古馴染みで同級生という間柄で婚約者という訳ではありませんから、彼が誰と婚約しようが私は構わないのですが、恐らく彼は候補になったとしても辞退するでしょうし、全くどういう意図なのか……」
「なに?女王の夫という立場は彼の者にとっても魅力的なものだろう。まして私が手に入るのだぞ?最初は渋る素振りを見せたとて、結果断るなどないだろう」
そう言ってジロリとセリアリスを眺めてナターシャは自信の程を窺わせる。セリアリスはそれでも焦る事もなく、女王の自信をやんわりと否定する。レイが普通の貴族の子息ならそうなるだろうが、彼は普通とは違う。少し、いやかなり変わった人なのだ。
「まあそうなのかもしれませんが、同じ様な事をして、失敗した王女もいるのを知っていますので。それにあなたは女王ですから、彼女よりも可能性が低いと思いますわ」
「私がリーゼロッテ王女よりも劣るというのか?私を愚弄するのかっ」
「ああ、そういう意味では有りません。私は女王陛下の事をよく存じあげませんので、優劣を定めるような事など出来よう筈がありません。むしろ理由は別のところにありますので」
一瞬怒りかけるナターシャを落ち着いた口調で制して、セリアリスは説明する。するとナターシャはその目でセリアリスが続きを言うように求める。
「彼はクロイツェルの名を、そして彼が生まれ育った土地を大事にしております。女王陛下のものとなった暁には、その立場を捨てねばなりませんが、それは彼の望むべきところではありません。ですので、此処に留まることなど無いでしょう」
「国をその手中に治めるとしてもか?」
「それに何ら価値を見出していないのでしょう。だからこそ彼に寄り添える人が彼をその手に入れるのではないかと」
女王の表情は不満顔だ。セリアリスはそれを気にしない様に、思っている事実を述べる。それは仕方がない事だ。レイはそれだけ家族やクロイツェル領を大事にしている。それに出世欲もない。
「ありえん、国にもまして私にも興味を持たず、それを拒むなど、考えられんっ」
ただナターシャはセリアリスの言葉を受け入れようとはしない。セリアリスもそれ以上は否定しようとはしない。まあ全てはレイの返事次第だ。セリアリスが否定し続ける事でもない。
そしてセリアリスは何やら思い悩むナターシャに離れる挨拶をして、会場近くへと降りていく。さてレイはどうやってこの面倒臭い局面を乗り切るのかしらと思いながら、闘技場へと意識を向けるのだった。
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