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第百二十八話 囚われの王女

 そこは真っ暗な場所だった。前も後ろも上も下も、全てが暗い空間だった。私はずっとその中で目を瞑るしか出来なかった。目を開けても瞑ってもそこが闇なのには変わらないからだ。一度その空間に引き込まれると自分の意思では如何にも出来ない。ただ光が差し込まれるのを待つしかない。圧倒的な闇の中で、光が差し込まれる瞬間が直ぐ先なのか、それとも遠い先なのかもわからず、ただ孤独に押し潰されそうになるのを、ジッと耐える。そうしていつかこの闇に呑まれ、自分が何者であるかを思い出せなくなった時、私はこの世界から居なくなるのだろう。ナターシャというフェリックス王国の第三王女の儚い人生。私はいつしかその未来を受け入れつつあった。


 でもそんな消えゆく運命の私に一筋の光明が舞い降りた。僅かな時間、この暗闇から外に出たときに私を見つけてくれた彼が、私の唯一の光明だった。名前はレイ・クロイツェルと言った。彼は外の世界で認識されない私の存在を見つけてくれた。外の世界では私は絶望しか味わえなかった。この闇の世界と一緒で、外の世界も孤独の世界であった。話しかけても聞こえず、触れても認識されず、私はただ外の世界で居ないものとして存在するしかなかった。だからだろう、フッと感じた視線に気がつく事が出来た。それは久しく感じていなかった此方を気にする視線だ。だから私は直ぐに声をかけた。それでも返事が返ってくるとは思っていなかった。でも声を掛けずにはいられなかった。すると彼から声が返ってくる。


「えーと、見えてるってどういう事?」


 私は嬉しさが込み上げる。久しく感じてなかった人との触れ合い。私は如何してこんな大切なものを無くしてしまったんだろう。それから私は嬉しさのあまり笑みを零しながら、彼と会話をする。彼は特別な雰囲気を特段感じさせないごく普通の貴族の青年だった。多分私と年も近いのかなと思う。優しさと芯の強さを感じさせるその笑みに私は光明を感じる。彼ならいや彼しか私を救えないのでは無いかと。すると私の中にとても大きな申し訳なさや不安、遠慮と言った気持ちが膨れ上がる。


『彼を巻き込んで良いものだろうか』


 今この身に起きた出来事は、自身が招き入れたものだ。こんな状況は予測などしていなかった。いや、多分招き入れたあの時は、そこまで深く考えていなかった。だから悪いのは自分であり、それを見ず知らずの人に救いを求めて良いのだろうかと思い悩む。だからといって今、私を救える人など他にはいない。なので私は素直に自分の身に起きた事を話す。それが巻き込む形になる事も含めてだ。すると彼は、英雄を気取る訳でもなく淡々と返事をしてくれる。


「期待に応えられるかは分からないけど、君を助けられるのが、俺だけと言うなら話は聞くよ。ああ、でもそんなに期待されると困るから、そこだけは了解してね」


 それは身の丈に合った言葉で、私を気遣う言葉でもあった。助けるとは言わない。でも助けないとも言わない。ただ出来る事はすると言ってくれた。やはり私は笑ってしまう。でもそれで十分だった。身を賭して救って欲しいとは決して言えないのだから。


「貴方、助けてくれると言うのなら、せめてもう少しはっきりと言えないものなの?……でも嬉しいわ、私はこのまま消えて無くなるだけだと思っていたから、そうなる前に知ってもらえる人が出来ただけでも奇跡のよう」


 そうこれは奇跡。だから私は彼に事情を話そうとしたところで、体の異変に気付く。それは自分に巣食うものが目覚める兆し。ここで彼女が目を覚ますとレイの存在を彼女に悟られる。彼は私にとって唯一の希望。だから私はその場を離れる事を決意する。再び闇に閉じ込められ出てこれなくなってしまうかも知れなくてもだ。


 別れを告げた後、彼は戸惑いの表情で私をみる。私はそんな彼の目を振り払うように足早にその場を離れる。あっ、そう言えば彼に私の名前も伝えていなかったと思いはしたが、戻っている余裕はない。私は彼女が目覚める前に、少しでも彼から離れ無ければならない。そうして彼から大分離れたところで私の意識は暗闇へと再び捕われるのであった。



 その日レイが婚約者選定の儀を前に体を動かしている時である。レイにしてみれば、日々の鍛錬の延長であり、特別な事をした訳ではないのだが、一人の騎士がレイの側へと感嘆の声を上げながら近付いてくる。


「君の剣技は流れるようで美しいな。実に洗練されていて無駄がない」


 恐らくレイがひと段落付くのを待っていたのだろう。青年は爽やかな笑顔を見せながらそう言ってくる。レイは近づいて来る青年に素直に返事をする。


「有難うございます。とは言え、まだまだです。世の中は広い。単純に剣だけであれば、届かない相手は多くいますよ」


 レイは肩を竦めながら、相手を見る。年はレイより少し上だろうか。漆黒の髪を肩まで伸ばし、強い意志を感じさせる眼差しは如何にも騎士らしい面持ちだ。恐らく彼自身も腕に覚えがあるのだろう。引き締まった体は、全身に躍動感を漲らせる。


「フフッ、リーゼロッテ王女が気にかけるだけの事はあるということかな。剣技もそうだが、その謙虚な姿勢は、好感が持てる。ああ、私はこの国の近衛を勤めるセドリックと言うものだ。宜しく頼む」


「俺は、レイ・クロイツェル。その口振りですとご存知の様ですが」


 レイはセドリックから差し出された右手を掴み、握手をする。セドリックは嬉しそうに笑みを浮かべ、再びレイに話しかける。


「それで現在城内で有名人となった君は、婚約者選定の儀でどこまで本気を出すつもりなんだい?」


「出られる方々の実力にもよりますが、もしセドリックさんが出るのなら、本気でやらないと怪我をしそうですね」


 レイはそう言って心底嫌そうな顔をする。セドリックと交わした握手からも、彼が相応の実力者だというのが感じ取れたからだ。それに態々レイに話しかけるくらいだ。恐らくレイの下見も含んでいるのだろう。


「それは光栄だね。勿論、僕が出るのであれば、全力で立ち向かって欲しいが、残念ながら近衛で誰が出るかは、まだ決まっていないんだ。だから僕は君に話しかけたのさ」


 レイは予想が外れて少し驚いた表情を見せる。単純な実力で彼と互角の人物がいるとは思えなかったのだ。


「セドリックさん程の人でも実力的に1番では無いのですか?だとするとフェリックス王国の近衛は相当に優秀なのですね」


 すると今度はセドリックが苦笑いを見せる。素直に感心したレイに申し訳なさを感じた様だ。


「いや、自分自慢をする様で申し訳ないが、実力で他の近衛に劣っているとは思っていないよ。こう見えて、先だっての女王陛下の試練にも付き合った位だからね。相手が人であれ魔物であれ引けは取らない。でも選ばれるかどうかは、違う理由なのさ」


「ああ、貴族的なしがらみという訳ですか。成る程、それならそれで納得です」


 レイはセドリックの言葉で当たりをつける。セドリックの表情もそれを肯定したもので、素直にうんと頷く。


「まあそういう事だ。なので君にお願いをしにきたって訳さ。ちなみに君は今の女王陛下をどういう風に見てる?」


「女王陛下ですか?むしろ俺は以前の女王陛下を知りませんから、威厳のある堂々とした方だとしか言えませんが……」


 レイはセドリックが何となく何を言いたいのかが分かっていたが、それは一旦惚ける事にする。レイが会った彼女の事を今明かす訳にはいかない。するとレイの考えとは別に、セドリックは踏み込んで話を続ける。


「まあそうか、少なくともリーゼロッテ王女にその人となりは聞いているかと思ったが。まあ良い。これは他国のそしてこの国にしがらみのない君にだから話すが、女王陛下は先の試練にて人が変わられた。試練の遺跡に入った時は、あの様な堂々とした佇まいではなく、もっとか弱く儚い、それでいて懸命に立ち上がろうとする様な方だった。ただ試練の遺跡であの槍を手にした後から人が変わられた様になってしまった」


「槍をですか?うーん、どういう事でしょうか?それにそれを俺に伝えて、何をさせようというのですか?少なくとも今は女王陛下の元、国は一つに纏まっている様に見えますが」


 レイはあくまで惚けつつも、セドリックの真意を探る様に疑問を呈す。少なくともフェリックス王国は女王の元で纏まっている様に見えたからだ。しかしセドリックは首を横に振り、それを否定する。


「確かに纏まりつつは有るだろうが、それは女王への畏怖による。今の彼女は圧倒的な力を背景に国を恫喝し、戦乱の世を招こうとしている。そんな姿は本来の彼女には相応しくないんだ」


「統一派の本拠地の近衛とは思えない発言ですね。統一派の方であれば、その戦乱の先の未来を見据えるのではないですか?」


 レイはセドリックのあけすけな発言に苦笑いで返事を返す。彼の発言はレイ相手でなければ、不敬を問われてもおかしくない発言であり、だからこそ口調こそ軽いが、その真剣味は重々感じていた。それでもレイは真意を探る様な物言いで、セドリックに尋ねる。彼の思いがまだ見えないからだ。


「それは本当の彼女が望むならだ。だが今の女王陛下は違う。敵愾心を持つと懐柔されるから考えないようにしているが、本当のあの方は、もっと平凡な幸せを望まれる方だ。決して戦乱の果てに王者となる事を望まれる様な方ではない。だから私は本来のあの方に戻して差し上げたい。それがたとえ国に仇為す結果になったとしてもだ」


 するとレイは親しみを込めた笑みを見せる。うん、この人は彼女の味方になってくれる人だと嬉しくなる。きっと試練の遺跡に同行したのも、彼女を慮っての事なのだろう。


「成る程、セドリックさんがそこまで言われる本当の女王陛下というのに俺も興味が湧きました。近衛にそこまで慕われる王族というのは王族冥利につきますからね。それで具体的に俺は何をすれば良いのでしょう?」


「それなら簡単だ。君に選定の儀で優勝してもらいたい。本来なら私がそうしたい所だが、土俵に上げて貰えそうに無いからね。だから君に託そうと思ってね」


 レイはそこで溜息を吐く。やはりこういう星回りなのだ。セリアリスにきっとお小言を言われる。レイはそう思いつつもまあ彼女とも約束したしセドリックの為人も好感が持てたので諦めるしかなく、首を縦に振るしかなかった。


面白い、これからに期待、頑張ってと言っていただける方は、是非ブックマーク並びに評価のほど、お願いします。それが作者のモチベーション!


よろしくお願いします!

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