第百二十七話 依代
セリアリスはリーゼロッテを宥めるのに大変だった。今彼女は部下の報告を聞いた際、不満を隠さずにキッとその部下を睨みつける。その内容はフェリックス王国からの使者の言葉でレイが帰ってこない事を聞いたからである。
「どうしてレイが戻って来ないと言ってるのかしらっ?彼は2、3日したら戻って来るって言ってたのだけど?それに何でフェリックス王国の女王からの使いがそれを告げて来るの?レイからの使いではなく、女王からの使いが?」
「あっ、いやあの……」
しかしその部下のものは、その使者から聞いた内容しか分からない為、答えに窮する。すると更に畳みかけようとするリーゼロッテをセリアリスが止めに入る。
「リーゼ、このものを咎めても何も解決しないわよ。それよりもその使者とやらを問い詰めた方が良くてよ。その使者はまだこの城内にいるのでしょう?」
「はっはい、明日までは滞在されるとのことでした」
セリアリスの助け舟に乗る様に、その部下は慌てて返事をする。リーゼロッテはそこで大きく溜息を吐き、その者を下がらせ、セリアリスに向き直る。
「セリー、真面目な話、レイが戻って来ないのって、どう思う?」
「今の段階では何とも言えないわ。単純にハミルトン国王に会いたく無いから、わざと戻って来ないのかもしれないし。悪い方で考えるなら、女王に軟禁でもされたか」
セリアリスは思いつく答えを一つ、また一つと答えていく。ただ正直、レイの行動としては不自然なので、両方とも多分違うだろうとも思う。しかしリーゼロッテは、最初の意見でグサッと来た様で、先程までの猛々しい姿から一転、シオシオと萎れていく。
「うう……、レイはやっぱ、私の事を面倒臭い相手だと思っているのかしら……、そりゃ私はレイより年上だし、家族から反対もされて、しかも国は混乱の最中だし、私がいくらアタックしてもフワフワッとかわされちゃうし、だからレイも面倒臭くなって帰って来ないんじゃ……」
すると呆れた様にセリアリスは、マイナス思考のリーゼロッテを宥める。
「リーゼ、それはあくまで可能性。しかも限りなく低い方のね。確かにレイは国王に会うのを面倒臭がっているけど、それはあくまでリーゼ個人を面倒臭がっているわけでは無いわ。むしろ逆で、リーゼ個人の事は大事に思っているし、大切にもしてるわよ。だから貴方もレイが好きなのでしょう?」
「エヘヘ、そう、レイは私を大切にしてくれてるわ。はっ、となるとやっぱりあの女王が全ての黒幕かっ」
リーゼロッテはセリアリスにレイが好意を持っていると言われ蕩けた顔になるが、直ぐに腹が立ったのか苛立ちに顔を歪ませる。セリアリスはその感情の起伏に軽く引きつつも、まあ落ち込んでいるよりマシかと再び自分の考えをリーゼロッテに説明する。
「問題は、今回のフェリックス王国の滞在がレイの意思なのか、女王の思惑なのかがポイントね。少なくても後者なら、相当不味いと思うの。ほらそうだと恐らくそれは女王の能力によるものだと思うから。逆にレイの意思ならば、じき帰って来るわ」
「えっ、操られて自分で残るっていう可能性もあるんじゃ無いの?」
するとリーゼロッテの反論にセリアリスは首を横に振る。
「いいえ、その線は薄いわ。彼女はリーゼを嫉妬させたいのだもの。それなら彼女の願いでレイが残る方が、貴方が嫉妬しやすいでしょ?私のレイに何かしたに違いないって思うもの。逆にレイから残りたいと言った場合、レイ自身の思惑かもしれないし、女王の策略かも知れない。結局どちらとも判断つかないから怒りづらい。なら確実に怒らせる方を取るわよ」
セリアリスにそう言われるとリーゼロッテも確かに確実に腹立たしいのは女王の意向による滞在である。その方が素直に敵意が向けられるのだ。
「うーん、でももしそうだったとして、どうやってそれを確認するの?」
「あら、その為に使者がいるのでしょう?きっと使者はリーゼを怒らす為に、散々煽って来ると思うわ。むしろリーゼ的にはそれに乗って怒る事をお勧めするわ」
「フフフッ、セリーも悪い子ね。何となく思惑もわかったわ。ならそういう役割でいきましょう」
リーゼロッテは成る程とばかりには納得する。まあ正直、レイが絡まなければ、リーゼロッテの頭の回転は早い。多少でも冷静さを取り戻せば、自ずと答えも導き出されると言うものだ。
「はいはい、じゃあその使者とやらを呼び付けますか」
セリアリスはリーゼロッテにそう言うと、座っていた席から立ち上がる。セリアリスとてレイが心配じゃない訳ではない。出来るものならさっさとフェリックス王国に行ってレイの所在を確かめたいくらいだ。ただ周りに自分より動揺しているものがいると、逆に自分は冷静になれたりするのだ。
『まあレイの事だから、無事なのは間違い無いけど、恐らく巻き込まれたのが一番可能性が高いのよね』
結局彼を1人で行動させると勝手に厄介事を抱えてくるのだ。レイが悪い訳ではないのだが、もう少し慎重に行動して欲しいとも思う。心配する身にもなって欲しいのだ。セリアリスはそんな事を考えつつ、大切な友人を心配するのであった。
◇
一方のレイはと言えば、困った事態になっていた。事の始まりは初めて女王に謁見した時まで遡る。話の流れは極々普通の展開から始まったのだが、話が進むにつれその流れが変な方へと進む事になる。
この国の新たな王であるナターシャ・ド・フェリックスにはその隣で支えるべき夫がいない。厳密にはその候補すらいない。彼女はレイより1つ年上で、リーゼロッテの1つ下であり、今年で18歳。本来であれば一年後に卒業という流れでその間に嫁ぎ先を見つける様な流れであったが、女王就任が前倒しされた為、既に学園には通えない状況となっていた。そこで話が上がったのが、ナターシャの婚姻話だ。ナターシャ自身が相手に求めるのは、より優秀な能力だった。そこで国を挙げて大々的な婚約者探しが始まったのだが……。
「ではその方が今度開催される婚約者選定の儀に参加せよ」
「はっ?」
レイは思わず女王に対し、素っ頓狂な声を漏らす。そもそもレイはただ女王の人となりを知る為に、謁見に臨んだのだ。しかし目の前ではレイの思惑を無視する様に、足止めを余儀なくされ、更には無理難題を吹っかけられていた。
「フフフッ、そう驚くな。何、優勝して我が婚約者となれと言ってはおらん。ただその実力の片鱗を見せよと言っている。まあ仮に優勝したあかつきには、婚約者となる事は吝かではない。我も強き者、能力ある者は嫌いではないからの」
「いや、俺はただの学生ですから、そう簡単にその手のものに参加するのは、憚れるのですが」
レイは最初何とか話を断ろうと、やんわりと理由をつけてみる。ただ案の定、相手は聞く耳を持つ気配はない。消極的なレイに対し、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ならん、であるなら今後、エゼルバイトとの交流は考えねばなるまいな。少なくても我がフェリックス王国は、対等な関係性を求めるに足る相手との同盟を求める。其方が逃げるのであれば、その心証は大きくマイナスに傾くぞ」
元々レイが女王に謁見を求めた表向きの理由は、エゼルバイトひいてはクロイツェルとの友好関係の強化だ。その理由を盾に参加を強いられている以上、これ以上の否定は、確かにマイナス面が大きかった。
『はあ、まあ仕方がないか。これって確実にアレのせいでもあるしね』
レイは内心でそう呟いて、諦めの表情を見せる。レイが考えたのは、目の前の少女に明らかに見覚えがあるからだ。謁見の場で初めて彼女を見たときに、思わず声を上げなかった自分を褒めてやりたい位だった。
「さあ、如何する?参加するか、しないか?」
「そこまで仰られるなら参加致しましょう。ただ優勝云々まではお約束出来ませんし、仮に優勝したとしても、婚姻云々は別の話という事でも宜しければですが」
レイはそう言って消極的ながら同意する。そもそも連邦の人間でもないので、そこまで強要されるのも困る話である。
「まあそれで良い。他国のものとの婚姻とあれば、確かに色々手続きもあろうからな。では1週間後、楽しみにしておるぞ」
そうしてレイはその場を退出する。これがレイがこのフェリックス王国に滞在する羽目になった顛末である。もし先日の少女に会っていなければ、すんなり断りを入れていたかもしれない。しかし会ってしまっていた以上、先の女王が同一人物である場合の可能性を考えると帰るに帰れなかったのだ。
『ああ、またセリーに巻き込まれてと怒られる』
まあ実際に怒られる訳ではないのだが、少なくても今の時点で心配はされているだろう。リーゼロッテに至っては、フェリックス王国に乗り込もうとしているかも知れない。ただそこはセリアリスが上手く嗜めてくれていると信じているので、そこまで大きな心配ではないが、出来ればナターシャに敵愾心を抱きそうなリーゼロッテは、上手く留めて欲しい所だった。
『取り敢えずカケラの所在の可能性は、見つけられた。さてさて、この後はどうやってそれを排除するかだけど』
レイが困っているのはその部分だ。カケラの在り処はほぼ確定。しかし相手が相手だけに、まずは尻尾を掴まなければならない。なので当座、婚約者選定の儀に参加しつつ、機会を窺うしかないのだが、上手い立ち回りが要求される。
『一体彼女は何の依代になったのやら……』
封印されていた神の一柱であるキャメルの話ではキャメルを含む七柱の神の悪性が依代に憑依しているらしい。今ナターシャに憑いているらしいカケラがどの神の悪性かで、特徴も変わる。幸い凶暴性は感じない為、候補は絞られるがそれにより対処も変わる。
レイはそう思いながら、再び謁見時の女王を思い起こしながら思案するのであった。
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