第百二十六話 エメラルドの少女
遅くなりましたが、投稿です!
フェリックス王国王城、謁見の間にて1人の少女が部下である貴族からの報告を聞いていた。年はまだ若い。綺麗なエメラルドの髪と瞳を持った美しい少女。水の巫女と謳われるハミルトン王国王女リーゼロッテと双璧と謳われるその容姿は見る者を魅了する。そして今、玉座に座るその姿は美しさに加えて、王座にふさわしい風格を兼ね備えていた。
「ようやくリーゼロッテ王女がセルブルグ連邦に戻りましたか」
エメラルドの少女はそう言葉を零すと、壮年の貴族は傅きながら同意する。
「はっ、報告通り例の男性を同行させて国にお戻りになったとの事。エゼルバイト王国公爵家のご令嬢もご一緒とのことです」
「まあそれは良いわ。その令嬢の方は例の彼に任せましょう。期待はしてませんが、足止め位にはなるでしょう。それよりも気になるのは、その男性、クロイツェル子爵領の嫡男レイと申しましたか」
「はっ、リーゼロッテ王女がご執心の男性との事。カイラムからの報告と一致しております」
するとエメラルドの少女は先の報告を思い出しながら考える。カイラムの報告では傲岸不遜な態度で、協調性の無い男との事だった。リーゼロッテ王女が遭難しかけた際に救われて慕うようになった相手と聞いていたがその様な相手とは、リーゼロッテ王女も存外見る目がない。
「ふむ、その様な男にご執心とはリーゼロッテ王女らしくも無いが、恋は盲目と言うことか。まあ私もそういう経験は無いから、どんな男に引っかかるかは分からんがな」
「女王陛下に限って、ヘンな輩に熱を上げる様な事はないでしょう。それこそ陛下以上の傑物でも無い限り、釣り合いが取れませんので」
部下の貴族は見え透いたおべっかを言いつつニヤリとする。しかし女王と呼ばれた少女は余計なお世話と言わんばかりに、その貴族を邪険にする。
「もう良い、下がれ。その男が来ることは承知した。まあ大方媚び諂うか、傲慢な態度でも見せるのだろう。とは言えリーゼロッテ王女の事を考えれば、邪険にする理由もない」
「はっ、畏まりました。その様に手配いたします」
そう言って貴族はその場を立ち去る。そして広い謁見の間に女王と呼ばれた少女が1人で佇む。
『先ずは国を取る。そして大陸を統一する』
少女の名は、ナターシャ・ド・フェリックス。つい先日に国王を退け、兄姉達を傘下に収めた元第三王女である。彼女の目的は、先ずこの連邦国家を王の下に従えた統一国家とする事。その為にこの国最古の古代遺跡に潜り、その試練を果たした。そしてその偉業を以て兄弟を蹴落とし、父である国王を引退させた。全ては自らが覇王たらんと思うが故の所業だ。そして国家統一にあたり当座の邪魔がハミルトン王国である。この歴史ある王国は現在の首長国でもある。現王も暗愚ではなく、リーゼロッテの様な英才もいる。捨て置く事など到底出来ないのだ。
『だからこそ使える駒となろう』
ナターシャに謁見を求めるその男の意図は分からないが、確かに此方に来るという。リーゼロッテに仇なすものを排除する為か、はたまた利を求めにやって来るか。
『まあ良い、何方にせよやり様はある』
誰もいない謁見の間。背後に立て掛けてあった神槍グルニクルを眺めながら、ナターシャはクツクツと愉悦に顔を綻ばせるのであった。
◇
レイは1人、フェリックス王国の城下町へと来ていた。カイラムの町からハミルトン王国へは向かわず、カイラム評議会の紹介状を携えての来訪だった。当初はハミルトン王国に向かう案もあったのだが、恐らくリーゼロッテの父であるハミルトン王との話が拗れそうな事もあり、揉め事を増やさない意味も含めて此方に1人で来ていた。リーゼロッテは勿論、セリアリスも単独行動には難色を示したが、逆にリーゼロッテがいる場で話をする事が、難しいだろうという判断もある。なので、両者とも渋々ながら、単独行動を認めてくれていた。
『まあ、無茶はしない様にと釘は刺されまくったけどね』
セリアリスなどはレイがトラブルに愛されているとまで言ってくる始末だ。レイ自身、トラブルを好んでいる訳ではないので、そう言われるのは心外だが、結果トラブルに巻き込まれる事は多い為、そう強くも言えないのが辛いところでもあった。
そんなレイも今は1人の時間だ。女王への謁見は、先程取りなしを依頼した貴族からの使いで明日会う事も決まった。だから今は1人で城下町をぶらついている。街の雰囲気は程よく活気もあり良い街だと素直に思う。ただ所々に衛兵が配置され、その一角だけがやや緊張を感じさせる。
『うーん、統一派とかって市民には縁がない事なのかな?』
ぼんやりとそんな事を考えながら、レイが歩いていると、1人の少女がフワフワと漂う様に歩いていた。レイは何とは無しにその少女を眺める。エメラルドの瞳にエメラルドの髪の少女。綺麗な容姿に身なりもしっかりしている。恐らく貴族の令嬢なのだろう。今は夕暮れで空には星々が瞬き始めた頃合いだ。そんな時間帯でなければ気にも止めないが、近くに供のものがいる風でもなく1人でいる事に違和感を感じる。
とは言え、レイ以外の人間は少女が見えていないかの様に気に留める素振りもない。レイも変に意識しないほうが良いかと向けてた目を外したところで、その少女から声が掛かる。
「あの、貴方もしかして私が見えてる?」
レイが再び少女に目を向けると、少女は驚いた表情を見せて目を剥く。
「えーと、見えてるってどういう事?」
レイはレイで質問の意図がわからず困惑する。そんだけ目立つ容貌なのだから見えていて当然なのだが、何故か疑問形。すると少女は今度は嬉しそうな表情になり、パッと目を輝かせる。
「わっ、本当に見えているのね。フフフッ、会話できる人に会ったの本当に久しぶりっ」
「はあ、それはどうも。でもごめん、言っている意味がわからない。君が見えてると何か不味いの?」
「あっ、そうよね、私だけ喜んでても訳わからないわよね。あっ、ちょっとここで話すのは往来の迷惑になっちゃうから、あっちに行こうっ」
少女はそう言ってレイの手を掴むとズンズンと先を歩いていく。
「わっ、ちょっと、ど、何処に行くのっ」
「良いから良いから、ちょっと付き合ってもらうだけだから」
聞く耳を持たない少女は、慌てるレイを気にも留めない。レイも仕方が無いので、少女の思うがままに引かれていく。すると程なくして中央に大きな噴水がある広場へと辿り着く。少女はそこで振り返ると、レイに向かって話しかけてくる。
「さてと、改めて確認するけど、貴方私が見えているのよね?」
また少女のその質問だ。レイにとっては当たり前過ぎる言葉なのだが、少女にとっては必要な確認なのだろうと思い、そのエメラルドの瞳を見ながら、はっきりと言う。
「見えてるよ。エメラルドの瞳にエメラルドの髪をした綺麗な女性の姿ならね。ってこれってそんなに重要な事なのかい?」
すると少女は嬉しそうなだけでなく、感極まってその瞳に涙まで溜め始める。
「重要……、私にとってはもの凄く重要な事。私はこれまで機会を見つけて何度も街を歩いたわ。話しかけもしたし、わざと人にぶつかりもした。でも誰も私を見つけられない。話しかけられた人も、ぶつかった人も不思議そうな顔をするけど、気づきもしない。誰かが私を見つけるのは、もう4ヶ月振り位の事よ」
「はあ?よ、4ヶ月振りって、えっ?どういう事?それ?」
確かにレイの目にはその少女が見えている。さっき手も繋がれたので、幽霊的なものでも無いのだろう。確かにその手は柔らかく、そして暖かかった。すると少女はどう説明したら良いのかと悩み始める。どうやら少女も自分が突拍子もない事を言ったのだと思ったのだろう。すると徐に少女は立ち上がり、近くにいた衛兵を怒鳴りつける。
「ちょっと貴方っ、こっちを見なさいっ」
少し離れたレイの耳にも届く声量で叫んだのにも関わらず、衛兵は不思議そうな顔をするだけで、その場から立ち去ってしまう。
「ねっ、信じて貰えたかしら?」
少女は振り返り、寂しそうな笑顔を見せると、レイはその少女を見て言葉を無くす。
「あ……、うん、確かに本当みたいだね。でも一体どうしてそんな事に……」
すると少女はジッとレイを見て、思い詰めた様に言う。その表情は何処までも真剣でそして申し訳なさも含んでいた。
「勿論、理由はあるわ。でもそれを貴方に言うと貴方も巻き込んじゃう事になる。確かに今この場で私が助けを求められる唯一の人が貴方だけだけど、貴方はそれでも理由を聞いてくれる?」
ああまたいつもの奴だとレイは内心溜息を吐く。これではセリアリスに文句の一つも言い返せない。ただそれを出来るのが自分だけと言われて、放っておく事も出来ないのがレイの性分でもある。なのでレイは少女を安心させる様に笑みを見せる。
「期待に応えられるかは分からないけど、君を助けられるのが、俺だけと言うなら話は聞くよ。ああ、でもそんなに期待されると困るから、そこだけは了解してね」
レイは自分でも酷い物言いだと思うが、期待させ過ぎるのも良くないと思い素直に本音を語る。すると少女はホッとした笑みを見せ、そしてクスクス笑い出す。
「貴方、助けてくれると言うのなら、せめてもう少しはっきりと言えないものなの?……でも嬉しいわ、私はこのまま消えて無くなるだけだと思っていたから、そうなる前に知ってもらえる人が出来ただけでも奇跡のよう」
その言葉は本当に嬉しそうで、それでいて儚げだった。なのでレイは、気分を変える様に明るく振る舞う。
「ではまずは自己紹介からしようか。俺の名はレイ・クロイツェル。今度魔法学園に留学できた学生だ。今は訳あってフェリックスに来ているけどね。えっと、君の名前を聞いても良いかい?」
ただそんなレイの態度に少女は申し訳なさそうにレイに言う。彼女の身に何が起きたのかは分からない。ただ突然、少女は別れを告げる。
「ごめんなさい、どうやらもう時間がないみたい。多分もう直ぐ私は私で無くなるから、もう直ぐにここを離れないと。私にはもう残された時間がないの。だからお願い、もう1人の私を信用しないで。きっと貴方は狙われてしまうから、そしてまた私を見つけて。レイだけが私の希望だから」
そう言って少女は切羽詰まった様に、その場から立ち去ってしまう。レイにしてみれば、何が何やらの状況だ。ただ彼女が切実に願っていたことだけはわかった。それがレイだけに向けられた願いだと言うことも。だからレイは、彼女が立ち去った方向をただ眺め続けるのであった。
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