第百二十四話 会談
その日の夜、予定通りリーゼロッテ達の歓談の席が設けられる。その場にはリーゼロッテ、セリアリス、レイの3人に対し、歓待側は主催でダン・モーリスの他、同じ評議員のベイル・マーガス、ダニエル・ファンの3人が参加していた。話の主導はダンが担い、その相手はリーゼロッテが対応し、時々でセリアリスが口を挟むと言った感じだ。
「それにしてもエゼルバイト王国地下の迷宮は魅力が有りますな」
そう言ってダンが話を広げる。元々リーゼロッテが王国へ足を運んだのは、将来的な共同探索を睨んでのものだ。リーゼロッテから探索の詳細はそう多くは語られておらず、第一階層以外の階層は未探索という触れ込みの為、その辺りに魅力を感じているのだろう。
「そうですね。こうしてセリアリス様達が留学生としていらっしゃって頂いたのも、今後の友好を睨んでのもの。エゼルバイト王国とは同盟関係でも有りますし、引き続き懇意にして頂きたいものです」
リーゼロッテはそう当たり障りの無い回答をする。セリアリスもそれを受けて笑顔を見せる。
「勿論、我が国としてはその様に望んでますわ。とは言え、セルブルグ連邦も最近では色々騒がしいのでは無いですか?」
「と申しますと?」
セリアリスの前振りに対して、恰幅の良い如何にも商人らしい姿のベイルが合いの手を入れる。セリアリスは口元を手で覆い、含みのある笑顔を見せる。
「あら、私の国にも情報は入っていますのよ。なんでも連邦維持を謳うものと国家統一を謳うものとで、何やら国が揉めているとか」
するとこちらは官吏然とした、細身でオールバック、眼鏡をかけた几帳面そうなダニエルが答える。
「確かにそういう話が連邦府あたりではある様ですな。ただそれはこれ迄も少なからず有った話です。今さらそれがどうこうなると言った話では御座いませんよ」
「そうそう、連邦は小国家群で成り立っている国家です。リーゼロッテ様のお国の様な由緒正しい国々が首を縦にでも振らない限り、その様なことはあり得ませんので」
ダニエルの言葉に追随する様にダンもそう答える。リーゼロッテもそれに同意する様に、セリアリスに言う。
「そうですわ、セリアリス様。少なくとも父や私は現状のままで良いと考えております。統一国家ともなれば、利点もありますが、それ以上にデメリットも多いです。少なくとも血を見ないでそうする事は出来ないでしょうから、やはりメリットは少ないですわ」
しかしセリアリスは違う可能性も指摘する。
「勿論国家全体としては、外憂もありますし、メリットは少ないのでしょう。とは言え、メリットが存在する方々も存在はします。1つは統一を果たした国々、もう1つは経済的に利益を得られる国々かしら。昔から戦争は1番儲かりますもの。ねえ、ダンさん」
「ははは、これは手厳しい。確かに戦争ともなれば、物資が必要になりますから、我ら商人には利益が出やすいでしょう。しかし、それで国が倒れても意味がない。あくまで国や民あっての商売ですよ」
ダンは苦笑を交えつつ、そう言葉を返す。他の2人もセリアリスの言葉に同じような表情だ。するとそこでセリアリスはもう一歩踏み込んで聞いてくる。
「ではここ自由都市カイラムは統一派では無いと言う事ですか?まあリーゼロッテ様だと聞きづらいと思いますので、私が聞いてしまいますが、どうでしょう?」
「勿論ですとも。我々は現状で十二分に満足しております。今さらこれ以上の利を求めようなどと考えてはおりませんよ。なあ、皆のもの」
返事をしたダンに同調するように他の2人もうんうんと頷く。それが本心かは分からない。ただ表向きはリーゼロッテの手前、連邦維持派を貫くようだ。ただここでレイが漸く会話に参加する。これまで末席でただ食事をしていただけのレイが喋りだしたのだ。全員の目がレイに注目する。
「ここの商人は欲がないのだな。正直期待外れだ。商機を前に綺麗事とは。俺は統一派とやらに伝手を作りたかったのだが、皆さんにはその役はお願い出来ないようだ」
それはある意味爆弾発言だ。レイのその真意を探るように、ダンが質問をしてくる。
「レイ様はどのような意図でその様なご発言を?」
レイはさも面倒臭そうにそれに返事をする。
「どうもこうも言葉の意味そのままだ。我がクロイツェル領はエゼルバイト王国唯一の海洋拠点。当然、各国との商取引も盛んだ。ここカイラムの商人もよく来ている。そしてセルブルグが有事とあれば、我がクロイツェルも大きな取引が期待できる。まあカイラムはその気がない様なので他を当たるが、まあそういう事だ」
するとセリアリスが目くじらを立てて怒り出す。
「貴方ねっ、我らエゼルバイト王国は連邦維持派であるリーゼロッテ様達との同盟関係を結んでいるのよっ、国家の利益の前に一領地の利益を優先するなど、どういう事なのっ」
しかしレイはそれに反論する。
「ふん、国がどうこうの前にまず自領の事だろう。そもそも同盟関係は統一後の国と改めて結べばいいのだ。それにエゼルバイトとしても隣国の疲弊は利するところだろう」
それはあけすけな物言いだった。そして評議員達を混乱させるには十分なやり取りだ。彼らは商人。利益を優先するのが常の人物達だ。しかし此処で表立っての行動は悪手だ。なので一旦この場は収めにかかる。
「ほほーう、レイ様は怖い考えをされるお方ですな。勿論、そういう考えは理解できますが、承服出来るかはまた別の話」
「そうだな、確かに利は有りますが、不利益も多分に含まれる。今の我らでは、そこまでの大胆な行動は取れませんな」
ベイルとダニエルが口々に異を唱える。それにはセリアリスが満足そうな顔を浮かべ、レイを再び嗜める。
「ほら、残念ながら貴方の物言いは大局を見ない目先だけのもの。所詮は井の中の蛙ですわ。利など大義の前には小さき事を学ばれると良いですわ」
「ふんっ」
レイはそのセリアリスの発言を一瞬忌々しげな顔で聞くが、直ぐに興味無いとばかりにそっぽを向く。セリアリスはそんなレイに勝ち誇った笑みを浮かべてそれ以上は追求しない。対面する3人の評議員達は、そんな2人を見ながら困った振りをしつつも、アイコンタクトでお互いの意図を共有し合う。そして同じく困った表情のリーゼロッテは、あたふたしつつも3人の様子を伺うのであった。
◇
その後、宴席が終わりそれぞれが自分の部屋へと戻る。会食の場所はダンの経営する宿であり、会食もその宿で行われたのでその場で解散となっている。レイはそのまま部屋の中に入り、寛いでいると扉をノックする音がする。
『早速釣れたかな?』
レイは想定内の状況に思わず笑みを浮かべつつ、扉の向こうに返事をする。
「何か用か?」
「お客様、お寛ぎのところ申し訳ありません。我が宿の主人が今一度お客様とお話がしたいと申しておりまして」
「ふむ、それで具体的に話の内容とは?」
レイは答えを期待しないまま、形式上そう答える。すると案の定、使いのものは答えに窮する。
「いえ、そのお話は直接会ってとの事でして、誠に申し訳ないのですが、ご足労願えないでしょうか?」
「まあ今は暇をしている。少しばかりなら良いだろう」
レイはそう言うと、扉を開けて外に出る。給仕の女性はあからさまに安堵した表情になり、レイに頭を下げる。
「お時間をとっていただき有り難うございます、ではご案内させて頂きますので、こちらへどうぞ」
給仕はそう言ってレイの前を歩き、案内を始める。そして先程の会食の場所とは違う部屋へ案内され、扉を開けるとそこにはダンを始め3人の評議員達がいた。
「レイ様、急なお呼びだてすいません。先程の席では話せない事もございましたので、無理を申しました。改めて謝罪を」
そう言って腰を折るダンに続き、他の2人も同じ様に頭を下げる。しかしレイはそれを気にせず、さっさと対面の席に座る。
「謝罪を受けるかは話の内容次第だ。こっちも貴重な時間を割いているのだからな」
「ええ、勿論でございます。まずお呼び立てをしたのは、先程お話にあった統一派の件でございます」
そう切り出してきたのはダニエルだ。彼は生真面目そうな眼鏡をクイッと上げて、レイを見る。
「まあそうだろうな。それ以外の話であれば、怒鳴り散らすところだ。で、貴公らは統一派と言う事になるのか?」
レイはさも当然とばかりに頷き、先を促す。相手もそれ位は考えられているだろうと思っているのか、動じた素振りも見せずに話出す。
「そこは厳密には違います。我らは今どちらにも明確な意思を示さない中立派と言う立場です」
「ふん、成る程、風見鶏か」
レイの言葉に3人は苦笑いを浮かべる。それは痛いところだった。どちらにも良い顔をし、どちらにも明確な返事をしない。商人の国家であり、小国家群の一つなればこその処世なのだろう。
「レイ様は痛い所をお突きになりますな。仰る通り双方に良い顔をしております。まあ我らは商人ゆえ、利を求める部分も有りますが、結局は我らが主役になれない以上、そうするしかないのですよ」
レイはそこで初めて感心する。正直此処まであけすけな話をされるとは思っていなかったのだ。だからこそ素直に感心させられた。
「まあ理解はしよう。むしろ貴方がたがそこまで目を向けねばならない統一派の台頭が1番の驚きではあるがな」
「やはりレイ様はカマを掛けられてましたな。まあリーゼロッテ様がお気になさる様な方ですから、粗暴、粗野で収まるような方であるはずが無い。むしろその逆だと睨んでおりました。それで知りたいのは統一派の事と言う事ですね」
レイと3人はお互いに顔を見合わせて、笑顔を見せる。そこで漸くお互いの立ち位置が明確になったのだ。そもそもレイ達の元にはある程度の情報が入っていた。その上で彼らがどう言う立ち位置なのかを明確にする必要があったのだが、それはお互い様だったらしい。これでお互いの立ち位置がはっきりしたところで、話を進める。
「ああ、統一派の情報が欲しい。元々そう言う一派があった事は知っている。ただ此処まで勢いが出ている理由が知りたい」
レイがそう言って話を切り出したところで、会談の場の扉が開く。そこにいたのは、リーゼロッテとセリアリス。二人は給仕が止めるのも聞かずに、中へと入っていく。
「そう言う話なら私達も聞いた方が良いのではないの?そう思わない、レイ?」
この登場にはレイも完全に想定外でただ呆れるしか無い。
「ああダンさん、こうなったらこの2人はテコでも動かないので、一緒に話を聞いても良いですかね?」
リーゼロッテの言葉に完全に毒気が抜かれた口調で、レイがダンに尋ねる。ダン達はお互いに顔を見合わせて、諦めた様に苦笑いを浮かべるのであった。
面白い、これからに期待、頑張ってと言っていただける方は、是非ブックマーク並びに評価のほど、お願いします。それが作者のモチベーション!
よろしくお願いします!