第百二十二話 不穏な気配
そしてレイの父カインは真面目な口調で話出す。
「まず簡単なところからいくか。冬になってから、交易船の数が減ってきている。まあシーズン的に数が減るのはいつもの事だが、それでも3割くらい落ち込んでいる」
「因みにそれはどこの船が来なくなってますか?」
レイはすかさず確認する。交易船の数が減っていると言う事は、国内の情勢が悪化している可能性がある。そしてそれは邪神のカケラの影響を示唆している可能性があるのだ。
「一つはエルフの国。毎年彼らは冬にこそ外洋に出て交易をするが、今年はまだ一隻も来ていない。お陰でニーナを生まれ故郷に帰す話も出来ていないのだよ。まあニーナはリーシャやケビンとも仲良くしてるし、何よりレイネシアが可愛がっているからな。今すぐ帰さなくても大きな問題では無いのだが、そもそもエルフ達が来てないと言う事実が問題なのだ」
レイもその言葉に頷く。エルフは外の世界との接触を極端に嫌う傾向がある。人族の魔法や宗教と彼らの精霊を信仰する慣習とは考えに違いがあり、外の世界に目を向けようとしない。それでも自分達の世界に閉じ篭っては成長出来ないと、一部外との接触を始めた部落もいる。そんな彼らでも元々の慣習はそう変えられるものではなく、そんな彼らが容認できる数少ない港の一つがこのクロイツェルだった。ここは元々精霊の加護の強い港であり、しかも今は精霊の寵愛者まで居る。今では彼らにとって唯一無二の取引相手となりつつあった。
「やはり邪神のカケラの影響でしょうか?」
「判らん、そもそもあちらの情報がないからな。情報が無いうちは、此方も動くに動けん。まあ差しあたっては傍観を決め込むが、レイがセルブルグから戻ってきたら、調査に行ってもらうかも知れん」
「わかりました」
レイは二つ返事で首肯する。行き先がエルフの国と言うのであれば、ただの人間では立ち入れないだろう。それが王や貴族であったとしても同様だ。それ程までに価値観に違いがある。
「そして重い方だが、今、各国で内乱、内紛の兆候があるらしい。レイ、これからお前が行くセルブルグでもな」
「やはりそうなりますか。まあそうなるとは思っていましたが、思いの外、早かったですね」
レイは厳しい表情を見せつつ、その状況に溜息を吐く。
「まあまだ表立っているわけでは無いが、商人達の話では、連邦は元々国々の集合体。今はリーゼロッテ王女の国であるハミルトン王国を首長国として纏まっているが、その対抗国の1つが国家として1つに纏まるべきだと主張しているそうだ」
「成る程、そういう感じですか。とは言え、その手の議論は昔からあると聞いてますが、話が纏まったことがないとも聞いてますけど」
そういう話は以前にもリーゼロッテから聞いたことがある。ただ今の連邦という国家集合体になったのは、各国の利害により話が纏まらなかったからに他ならない。そこには勿論武力蜂起という手段あったようだが、逆に他国の結束を煽る結果となり滅んだ国もあると言う。
「うーん、今回は結構乗り気な国も多いようだ。それだけ統一を主張する国に力があるという事だろう。ハミルトン王国の次期王がリーゼロッテ王女ならそうはならなかったようだが、継承権が上位の王子がすこぶる評判が悪いようでな。だからこそハミルトン国王はリーゼロッテ王女の要望を鵜呑みにしてでもお前を婿に入れて、リーゼロッテ王女を残したかったみたいだな」
結果的にはレイはそれを断ったので、リーゼロッテも諦めるだろうとたかを括った国王の思惑は外れ、今では王位継承権を放棄するとまで主張している。ハミルトン国王にしてみれば、実現すれば最悪のシナリオになりそうだった。
「成る程、でもそれでどうして俺で無ければいけないんですか?流石に国の内紛だと俺の手には余る事案だと思うのですが」
「ああどうやらその統一派の勢力の国に例のカケラが落ちた可能性があるとの証言があってな、そうなるとお前しか対応できんだろう」
「そういう事ですか……、それは随分と厄介な話ですね」
レイはそう言って難しい顔をする。ハミルトン王国は連邦維持派であり、その反対勢力は統一派。そして統一派には因果関係が定かではないが、例のカケラがある可能性が高いとなれば、これを厄介と言わずして何を厄介と言えばいい。
「まあまずは地道にカケラ探しだな。まだ今の段階では、関係しているかも判らん。当座は慎重に動くと良い。お前もリーゼロッテ王女の国が乱れるのは看過できないだろ?」
「うっ、まあ……、頭の痛い事ばかりですね。そもそも俺だって、対抗出来るか分からないのに、困ったもんですよ」
レイはついそう愚痴を零す。勿論、リーゼロッテを見捨てるつもりは毛頭ないのだが、自分の手に余るかも知れない事だと思うとつい溜息が漏れる。カインはそんな息子に苦笑しながらも、それでもなんとかしようと決意するレイを頼もしく思うのだった。
◇
その日の海は快晴だった。真っ青な海からモクモクと湧き上がるような入道雲を見据えながら、レイ達は既に海上の人となっていた。
クロイツェルを出たのは3日前。長旅の疲れを癒すべく、クロイツェルに一週間ほど滞在した彼らは、セルブルグに向けて3日程前に出発したのだ。このまま進めば、後3日ほどでセルブルグ連邦の港の一つ、アムンゼンに着く。そこからリーゼロッテの故郷であるハミルトン王国に立ち寄った後、魔法学園のある連邦首都ランドンへ入る予定だ。港から首都までも凡そ1週間の旅路なので、クロイツェルからはエゼルバイトの首都ワシントスに向かうよりは近かったりする。
「ねえレイ、この海域って本当に魔物が出る海域なの?」
レイの隣にいたセリアリスが不思議そうに海を眺めながら、そう話しかけてくる。実はレイ達はセルブルグへの海路を大幅に短縮するべく、危険といわれる海域に踏み込んでいる。大抵はこの海域を進まず迂回ルートを選ぶのだが、レイにしてみればそれは時間の無駄だった。
「海の中で魔物が船に近づかないように、ディーネが見張っているからね。そうそう魔物は近寄ってこれないよ」
「ああ、そういう事。リーゼからは危険な海域と言われていたし、リーゼがレイと初めて会ったのもこの海域で魔物に襲われていたのを助けたからでしょ?だから静かすぎで、おかしいと思ったのよ」
セリアリスが合点が言ったとばかりに笑顔を見せる。確かにレイがリーゼロッテと会ったのはこの海域での出来事だ。彼女達は急ぎの用があり、この海域に踏み込んだ。船も重装備の軍船だったので、大丈夫だと思ったらしいが、運悪くクラーケンを引き当てたのだ。幸いレイが海軍の演習で海に出ていた事とディーネがリーゼの存在に気が付いて危機を知らせてくれたので大事にはならなかったが、一歩間違えば海の藻屑と消えていただろう。
「そういう意味ではディーネ様さまだね。船の進行はシルフィが手伝ってくれるし、クロイツェルが海で最強なのがわかるだろ?」
「まあ水も風も味方にするんだもの、ずるいわよ」
レイはセリアリスにそう言われて苦笑いする。ずるいと言われても生まれつきとしか言いようがないのだ。
「まあそればかりは、ご先祖様と精霊に感謝かな。俺も頼んでとか努力してとかでそうなった訳ではないしね。別にそれに胡座をかいてサボっている訳でもないけどね」
「分かっているわ。その所為で苦労している事もね。時々、ホントに子爵嫡男?って疑いたくなるもの」
セリアリスは呆れ顔になりながら、肩を竦める。レイが規格外なのはセリアリスも分かっている。そしてそれ相応の責任で行動している事もだ。そして自分はそれにいつも助けられている。少しは彼の為に何かを返したいとも思っている。まあ、レイはきっと見返りが欲しいとは思っていないだろうけど。レイはそれを証明するかのようにあっけらかんとした口調で言う。
「ははっ、俺もそう思う。邪神のカケラの回収なんて、本来子爵嫡男の仕事じゃないしね。友人達が高貴な人だと、本当に大変だよ。ああ、勿論、セリーもね」
「あら私はまだマシよ。私がレイに言った我儘は、友人付き合いをして欲しいってだけだもの。レイはそれを守ってくれて、大事にしてくれる。だから私も同じようにレイを守って大事にするの。だから私が手伝える事はなんでも言いなさい。私は貴方の後ろで守られるのではなく、隣に立っていたいのだから」
「うん、そう言ってくれると心強いよ。俺はセリーのそう言うところが好きなんだ。まあ、この先も色々有りそうだから、引き続き宜しくね」
セリアリスもまたレイに隣にいる事を認めてもらって、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ええ、特に貴族や王族絡みの煩わしい事も多そうだから、その辺は私に任せなさい。そういうのは、きっと私の方が上手だからね」
レイもその笑顔に釣られるように顔を綻ばせる。世の中には単純な力だけでは乗り越えられないものも多い。セリアリスはそういう部分ではレイよりもずっと頼りになる。そういう意味でではパートナーとして信用しているし、信頼もしている。
2人は順調な航海の中、気負いなく楽しげな会話を楽しみながらも、お互いへの信頼を深め合うのだった。
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