第百二十一話 久しぶりの故郷
いよいよ本編再開です。
レイ達一行がクロイツェルに着いたのは、王都を出て1ヶ月後の事だった。途中でノンフォーク領の領都オムロによりセリアリスの母であるカエラさんに挨拶をし、まだ雪の残る山脈の街道を通ってきたにしては、順調過ぎる旅だったと言えよう。そして山脈を下りクロイツェルの町ラルビクが一望出来る所まできて、レイは懐かしむ様にその光景に見入ってしまう。
『まだ1年位しか離れていないのに、随分と久しぶりに戻ってきた気がするな』
確かに王都では色々な事に巻き込まれて、あっという間に時間が過ぎた気がする。新入生歓迎会のジーク暗殺未遂に始まり、セリアリスの呪い、大魔道スザリンとの出会いと古代遺跡の探索、アレックス誕生会の賊の襲撃に、学院祭、そして神殿地下の古代遺跡と我ながら中身が濃すぎると渋い表情になる。
「うわー、海よ、海っ! 本当にまた見れるとは思っても見なかったわっ」
そう声をあげたのが、馬車から顔をのぞかせて楽しそうにはしゃぐセリアリスである。確かにアレックスの許婚であった時には、わざわざこの辺境の町まで来る機会など決してなかっただろう。それが成り行きで婚約破棄となり、自由の身となった。セリアリスにとって良いことかどうかは分からないが、クロイツェルに再び来れたという点においては良かったのだろう。
「これから海は飽きるほど見られるよ。リーゼの国まで海路で1週間はかかるからね。それでも陸路よりは1ヶ月は早くつけるから、どんだけ遠いんだって話だけどね」
「そんな遠くからわざわざ会いに来たのに、無下にする殿方って如何なのかしら? ね、セリー、そうは思わない?」
「だってリーゼ、一度振られているでしょう? それに貴女、王位継承権を放棄出来なきゃ、レイとは結ばれないわよ。まずはそれからでしょう?」
そう言ってセリアリスはばっさりとリーゼロッテの話をぶった切る。リーゼロッテは、顔を痙攣させセリーを睨む。
「もうちょっとくらい優しくしてくれたって良いじゃない。こうなったら絶対に王位継承権を放棄してみせるんだからっ」
「いや、放棄しても受け入れるとは一言も言って無いけど……」
しかしレイのボヤキはリーゼロッテには届かない。そもそもそれはそれで困った事態で、レイがリーゼを誑かしたとか言われると目も当てられないのだ。そんな2人を見てセリアリスは考える。
『はあ、このままだと、先が思いやられるわね』
この後セリアリス達が行くのは、リーゼロッテの母国だ。この騒ぎにプラスして邪神のかけらの件もある。なのでこの旅が楽しめるのはクロイツェルまでだろう。
「はいはい、2人とも折角クロイツェルが目と鼻の先なのだから、こんな所で立ち止まらないでさっさと行きましょう。私、ケビンやリーシャに会えるの楽しみにしてるんだから」
セリアリスはそう言って2人のやり取りを遮る。時間は有限なのだ。なら少しでも長く楽しい時間を過ごせる方が良い。こんな所で時間を潰すのは勿体無いと言うものだ。
セリアリスは再び動き出した馬車の中、その先の億劫さを一旦棚上げにして、クロイツェルの日々へと想いを馳せるのであった。
◇
クロイツェル子爵邸に着いたのはその日の夕方だった。ノンフォーク領の領都オムロから早馬で知らせは入れていたので、この日着く事は予め知られている筈だ。なのでレイは真っ直ぐ自分の家へと向かう。クロイツェル子爵邸の門には昔馴染みの守衛であるガッシュがいる。もう老齢に差し掛かるその男はレイを見て破顔する。
「おおうっ、レイ坊ちゃんようやく到着なさったな、家の中で皆さま首を長くして待っておりましたぞ」
「ガッシュ、ただいま。たった1年だけど随分と久しぶりな気がするな。元気だったかい?」
「ははっ、この老いぼれそうはくたばりませんって。さあさ、早く家にお向かい下せえ」
そう言ってガッシュはレイを家に向かう様急かす。レイはそれに素直に応じて家の玄関へと向かう。そして馬を預けて馬車から降りたセリアリス達と合流し、いざ家の中へと足を向け、玄関の扉を開けて大きな声で帰還を告げる。
「ただいま~、帰ったぞーっ」
するとバタンと何処かの扉が開き、まず1番小さい少女がレイの元へ走ってやってくる。
「ニーナっ!?」
少女はそのまま飛びつく様にレイに抱きつくと、ニコッと笑ってレイにおかえりの挨拶をする。
「レイお兄ちゃんおかえりーっ」
レイはそんなニーナをヒョイッと抱き上げて、その顔を見る。ニーナは学院祭の後、レイの父カインと一緒に一足早くクロイツェルに戻っていたのだ。その後エルフの船が来れば、彼らにニーナを預ける算段になっていたので、正直まだいた事に驚く。
「ただいま、ニーナ。元気にしてたかい?」
「うん、ニーナ元気だよ。リーシャお姉ちゃんとケビンお兄ちゃんとも仲良くしてた。ニーナえらい?」
「ああ偉い偉い」
レイはそのまま抱き抱えながら、ニーナの頭を撫でる。するとそこに遅れてリーシャとケビンもやってくる。
「ちょっとニーナ、走っちゃ駄目って言ったでしょっ、あっお兄様、おかえりなさい」
「ううっ、ニーナにも姉上にも先を越された……。僕が1番に兄上に挨拶しようと思ったのに……」
リーシャは少し大人びてきただろうか、ケビンは相変わらず弱気の虫がいる様だ。レイはそんな弟妹達を見ながら、優しく微笑む。
「2人ともただいま。リーシャは少しお姉さんになったかな。ケビン、男の子がそう簡単にいじけるんじゃないぞ。ああそうそう、2人には今日会わせたい人がいるんだ」
レイはそこで後ろにいた2人の女性を前に出す。
「リーゼ姉様と……、あれ?何処かでお会いした様な……」
リーシャはリーゼの事は分かる。王都に行く前にクロイツェルにも寄っていたので、当然その時会っている。しかしその隣の薄藤色の髪の少女は初めて見る髪の色なので、珍しいから忘れようもないのだが、もう少しという所で思い出せない。しかしその隣にいたケビンはそれこそ雷に打たれた様な衝撃を受けた顔をする。
「セッ、セリーお姉様!!!」
「セリーお姉様?何言ってるのケビン。そんな訳無いじゃない。そもそも髪の色が違うのだし……」
リーシャがそこまで言ってセリアリスの顔をまじまじ見ると、確かにセリーの面影というか、髪の色以外が同じというかと考えた所でセリーがニッコリ笑う。
「フフフッ、ケビンが大正解。リーシャはレイと同じで髪の色に拘りすぎね」
そしてセリアリスはギュッとケビンを抱きしめる。抱きしめられたケビンは直立不動でされるがまま、顔を真っ赤にする。
「ふぁ、セ、セリーお姉様っ」
「フフフッ、覚えてくれてて嬉しいわ。ケビン。リーシャも久しぶりね」
「は、はいっ、セリーお姉様に会えて嬉しいですわ。ちょっ、ケビン私にもセリーお姉様とハグさせてっ」
セリアリスの柔らかな笑みを見て、リーシャはわたわたとしだし、ケビンはケビンで緊張と嬉しさのあまり、身動ぐことすら思い浮かばない。
「むう、一応私も居るんですけど」
そんな愚痴を零すリーゼロッテに対して、レイは苦笑いを浮かべながら、フォローする。
「リーゼは行きにも会ったんだから仕方がないだろう。ほら俺も放って置かれているしね。セリーは初めて会った時から随分と時間が経っているからね」
「まあ良いわ。なら私は暫くレイに甘えるとするから」
リーゼロッテは役得とばかりにレイに寄り添いその手を抱き抱えようとすると小さな少女と目が合う。
「えっ、あらこの子エルフ?」
「めっ、今レイお兄ちゃんはニーナのなの」
レイにギュッと抱きつきリーゼロッテを叱るニーナ。リーゼロッテは思わぬ逆襲をくらい唖然とする。
「ははっ、リーゼ、悪いけど先約済みだってさ」
「ええーっ」
リーゼロッテは土壇場でお預けを喰らい叫び声を上げる。レイも一国の王女の扱いがこんなに雑で良いものかと思わなくもないが、リーゼロッテにはこの位で丁度いいかとも思わなくもないので、苛めすぎないようポンポンとその頭を撫でつつ、少しだけ意地悪な笑みを見せるのだった。
◇
その後、母や侍女のメリッサとの再会を喜び合いつつ、女性陣はその場に残して、レイは到着の報告をしに父の執務室へと訪れる。そして扉をノックし中に入ると、父は変わらない姿で机の上の書類仕事をしていた。
「父上、ただ今戻りました」
「おう、よく戻ったな、お疲れ様。どうだった王都での生活は?」
父は顔を上げて書類から目を離し、久しぶりに見る息子に笑顔を向ける。レイもそれに笑顔で応じると、王都での近況を報告する。
「最近は落ち着いていましたよ。神殿地下の古代遺跡探索あたりまでは大変でしたが」
「はは、その後が大変だったろうに、それで落ち着いていたのか?」
「はい、お蔭様で当事者では無かったので。もう1人の俺はバッチリ当事者でしたが、当座はお役御免との事なので」
レイはそう言って肩を竦める。大変なのは当事者メンバーで、今彼らは神聖オロネス公国に向かっている事だろう。
「ふむ、あの変な仮面を被らずに済むのは僥倖だな。ヘルミナ様の命とは言え、最初聞いた時は耳を疑ったものだ。で、セリアリス嬢の事も聞いているな?」
カインはそう言ってニヤリとする。きっとレイとセリアリスが婚姻を結んでも良いという話の事だろう。レイはそれにも肩を竦め、首を縦に振る。
「はい、聞いてますよ。まあ俺もそうですが、セリー自身の気持ちの整理があるので、直ぐにどうこうなるものではありませんけどね」
「ならお前の気持ちだけでも確認しておくが、その気がないわけではないのだな?」
カインはそう踏み込んで聞いてくる。レイとしては、セリアリスに不満はない。そもそも王子の婚約者だった事でそういう相手と見ていなかったので、そこまで考えた事が無かった。でも実際にはその可能性がある相手となり、そういう相手として考え始めた所なのだが、そう簡単には気持ちの整理が付かないのは、レイも同じだった。
「その気はあると思います。セリーの事は好きですしね。ただこれまでそういう相手だと見ていなかったので、やっぱり俺も気持ちが追いついていないのだと思います」
「まあそんなものか。俺としてはなんら不満のない相手だと思うがな。ああ、リーゼロッテ王女もいるから迷っているのか?」
カインはそう言えばと思い出したようにリーゼロッテの名前を挙げる。
「いや今はそっちは考えていません。少なくとも彼女が王女で王位継承権のあるうちは、悩んでも仕方がないので」
「そうだな、普通に考えたらありえん事だ。リーゼロッテ王女の行動力だからこそ、あり得そうと思えるがな。まあどちらにしろお前の好きにするが良い。誰が相手であれお前が選んだ相手なら文句は言わん」
まあセリーの事は、レイだけでなくセリーも含めて保留状態だ。まあ好意は決まっている。ただお互いの共通の友人の事も考えなければならない。少なくとも彼女の神託をどうにかしないと、自分だけ幸せになるのも申し訳ないのだ。
「そう言って頂けると有り難いです。セリーの事は考えていますので、ご心配なく。それよりもクロイツェルでは変わりは無いですか?」
すると一転、カインは渋い表情を見せる。
「直接的な被害では無いが、世間は大分きな臭くなってるな」
「きな臭いですか……?」
「そうだ。多分お前にも頑張ってもらう必要がある。むしろお前にしか解決出来んかも知れん」
レイは父がそのような事を言うのを聞いたことがない。それだけ重い案件だと言う事だ。レイはカインをじっと見据えながら、その言葉の続きを固唾を飲んで待ち構えるのであった。
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