閑話 ユーリと孤児院②
ユーリの慈善活動は春以来という事もあり、大盛況だった。その長蛇の列の中には重傷者もいるのだが、大抵は軽傷だったり、そもそも治せない病の人だったりもいる。ある者はユーリに聖女としての役割を期待し、またある者は娘や孫の様に接してくる。その多くはユーリに救いを求めてやってくるが、ユーリは救おうなどとおこがましい事は考えず、ただ彼らが少しでも笑顔を見せてくれる様にと懸命に相手をする。
元々はそれが出来なかった。それこそ加護に目覚めた当初は駄目駄目だった。まだ小さい少女時代のことだ。仕方がない部分もあった。でもいつしかチヤホヤされて天狗になって、思いっきりその鼻をへし折られた事もあった。人間不審に陥った事もあったくらいだ。
「はい、これで傷はもう大丈夫。あまり無茶しちゃダメですよ」
ユーリはベットに寝そべった高齢の女性にそう声をかける。彼女は重い荷物を持った時に腰を痛めたらしい。治癒魔法は万能ではない。怪我は治せるが、病気は治せない。その女性の場合は怪我なので治せたので、ユーリはほっとしたが病気は気休め程度の効果しか発揮できないので、ユーリも治せないことに申し訳なさを感じるのだ。
「ああユーリちゃん、有難う。今日ユーリちゃんが来てくれて助かったよ。中々、治癒の使えるシスターさんはいないし、私らみたいな貧乏人には大層な寄付金なんか払えないからね」
因みにこの女性はそんなに身なりは悪くない。極々普通の下町の住民だ。だから治癒の為の寄付金位の蓄えはあるはずなのだが、此処の下町の住民は強かなのだ。
「あら、私も少しお小遣いが欲しいから寄付でも貰おうかと思ったのだけど。私も歩合給なのよ」
実際に慈善活動は活動先の寄付金の一部が本人の給金として支払われる形だ。なのでユーリは貰おうと思えばそうしても良いのだが、今までお金に困っていない為、貰った事はない。だからその言葉はちょっとした意地悪だ。ただ下町のおばちゃんはその程度では動じない。むしろこちらを揺さぶる言葉をかけてくる。
「あらそういう事かい。男が出来ると色々要り様だものね。ユーリちゃんもすっかり大人の女性になった事かい」
女性はそう言ってニヤニヤとしだす。当然慌てるのはユーリだ。何の事か分からず慌て出す。
「へっ、男が出来るって、え、いやそんな人いないけど?」
慌てるユーリに女性は更なる追い討ちをかける。
「あらあら、あんなに仲睦まじくここまで来ておいて、男じゃ無いのかい?そりゃユーリちゃんも悪い女だねー」
ユーリはレイの事を言われているのだと思い当たり、顔を真っ赤にする。えっ、そんなに仲睦まじくなんてしてたっ?などと行動を思い返すが、別に特別な事はしていない。なのでその事を慌てて否定する。
「ちょっ、レイはそんなんじゃ無いわよっ、彼は友達、その仲睦まじいとか、全然違いますからっ」
「へー、あの子はレイって言うんかい。ユーリちゃんが神官以外の男を連れてきたって、大分男共の間では噂になってたんだが、ユーリちゃんの様子を見る限り、満更でもなさそうだね」
その女性はユーリの弁明など聞く耳持たず、フムフムと納得し出す。結局ユーリは下町の逞しいおばちゃんの前では容易く捻られ、その後も他のおばちゃん連中からは同様の冷やかしを受けまくるのであった。
◇
その後もユーリの前には多くの訪問客が訪れる。先程の女性同様、年齢が上の女性達が噂に花を咲かせてユーリの恋話を持て囃す。女性達にしてみれば、小さい頃から知っている娘の事だ。ある者は応援し、ある者は励まし、そして叱咤激励する。ユーリにしてみれば自覚の無い思いであり、ありがた迷惑で何故そこまで言われなければいけないかが理解出来ない。
『つ、疲れた……、下町のおばちゃん達を侮っていた……』
質問に次ぐ質問を何とか躱しつつユーリは最後の参加者を送り出す。しかし此処まで周囲に言われると意識せざるを得ない。
『私ってレイが好きな様に見えるって事!?』
ユーリはそこまで意識しているつもりはない。確かにレイに対し信頼も好感も持っている。好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きと言えるだろう。とは言え、じゃあ恋人のそれとして好きなのかどうかと言われれば、分からないが正直な感想だ。何故ならそういう意味で異性をこれまで意識した事が無かった。
『レ、レイが恋人……!?えっ、そもそも恋人って何するの?』
初心なユーリにはそれがどういう存在なのか想像が出来ない。手を繋いだり、抱き締めたり、キスをしたりと物語によって描かれた恋人らしい行為を思い浮かべて見る。よくよく考えて見るとキス以外はレイとした事がある気がする。そしてそれらは嫌な思い出ではなく、嬉しくて幸せな行為だった気がする。
『えっ、えーっ、私もしかしてレイの事が……好き!?』
その思いを頭に浮かべるとユーリは、顔が赤らんでいくのを感じる。ま、マズい。どんな顔をしてレイに会ったら良いか分からなくなる。いや、そもそもまだ好きと決まった訳ではない。大体、それは家族に対しても当てはまる感情なのだ。例えば養父と手を繋いだり、ハグをしても嬉しいし幸せな気持ちを抱く。うんうん、と頷きユーリは自分の心を説得にかかる。しかし薄ら気付いてはいた。レイにされるのと養父にされるのでは、ドキドキする感情が違うという事に。
『そうそう、お父様と一緒。親愛の情よね、うんうん』
それでも頭の中でそう繰り返す。そして何とか赤らむ顔を押さえ込み、ユーリは孤児院へと向かう。
「ごめん、レイ、ちょっと遅くなったわね」
孤児院の広間に入るとユーリは慌ててそう謝罪する。シスターからレイが広間で子供の相手をしてくれていると聞いたので、真っ直ぐそこへ足を向けたのだ。すると小さな女の子がユーリの声に気が付いて声を上げる。
「あーユーリお姉ちゃんっ、レイお兄ちゃん凄いんだよ、フワッとするの、フワッっと!」
少女はユーリの手を引っ張ると広間から出て庭へと向かう。すると2階の屋根から少年が丁度ジャンプをして飛び降りる。
「きゃっ、危なっ」
思わず叫び声を上げるユーリだが、少年の体は地面近くでフワッっと浮かび上がり、少年は楽しそうに着地する。
あれ、これって何処かで見た事ある様なとユーリが思っていると、ユーリの存在に気が付いたレイがユーリに声をかける。
「ああ、ユーリ、お疲れ様。思ったよりも時間が掛かったね」
レイののんびりとした声にガクッとユーリは肩を落とし、レイを不満顔で睨みつける。
「ちょっとレイ、貴方何してるの?私凄く焦っちゃったじゃないっ」
「アハハ、ごめん、ごめん。子供と距離を縮めるのに1番良い遊びがこれなんだ。ほら風の魔法の応用だよ。ユーリも経験あるだろ」
レイはそう言って悪びれもせずに、ウインクしてくる。確かに経験がある。初めてレイと会ったときの事だろう。確かにあの時ユーリはドキドキワクワクしていた。子供達が夢中になって遊びたがるのも無理はない。
「はあ、まあ良いわ。子供達と遊んでくれて有難う、レイ。この子達がこんなに笑ってるのなんて、私見るの初めてかも」
すっかり毒気を抜かれてしまったユーリはそう言うと柔らかな笑みを零す。此処の孤児院の子供達は明るく元気なのだが、それでもまだ小さく親が居ない事に塞ぎ込む気持ちが無い訳ではない。そんな子供達に少しでも暖かい気持ちを抱いて貰えればとユーリは姉の真似事も買って出ているが、それで全部が補える訳ではない。やはり父なのか兄なのか、男の人の家族的な存在も必要になるのだ。
「まあこの遊びは子供受け抜群なのは経験済みだからね。最初はちょっと怖がったけど、やって見ると楽しくて仕方がないみたいだね」
レイはレイでこの遊びに自信があったのか、満足そうに言うと、先程手を引いてきた少女がいつの間にか上に上がり、大きな声を張り上げる。
「レイお兄ちゃん、いくよーっ」
少女はレイを目掛けて大きなジャンプをするとレイの手の中でフワッっと減速し、その腕にすっぽりと収まる。
「アハハッ、大せーこーっ」
そしてそのままレイに抱きつきそのほっぺにチューをする。レイはそれに嬉しそうな笑顔でお礼をいう。
「おおっ、お兄ちゃんにチューしてくれて、有難うな、ほらもう一回行ってきてごらん」
「うんっ」
少女は地面に降ろされると再び走って、上へと向かう。ユーリはその光景を唖然として見つめる。相手は小さな子で、あのチューも可愛らしい愛情表現だ。それは分かる、分かるのだが、自分もした事がない事をいとも簡単にやってのけられビックリしたのだ。そんなユーリに気が付いて、レイは訝しい顔をする。
「ん?ユーリ、どうしたの?」
「レイ、そうやって良くチューされるの?」
「はあ?どういう事?」
レイは質問の意図が分からず、更に不思議そうな顔をする。そこでユーリも自分は何を聞いているんだと慌て出す。
「いや、別にレイがチューして貰って私もしたいとかそう言うんじゃなくて、いやそもそもあんな風に抱き留められて羨ましいとかじゃ無くて、いや、あれとにかく何でもないっ」
ユーリは自分が何を言っているのか分からなくなって、強引に話を終わらせる。
「お、おうっ……」
レイも何が彼女の琴線に触れたのか分からず、突っ込む事も出来ずに頷くしかない。すると先程の少女が再び脳天気な声でレイを呼ぶ。
「レイお兄ちゃーんっいくよーっ」
ユーリは再び少女を抱きとめ楽しそうにするレイを尻目に、おばちゃん達の質問攻めのせいでヘンに意識しちゃったじゃないと内心で文句を言うのだった。
◇
そして夕暮れ時、結局レイと子供達は遊び倒した後、院長先生やシスター達から子供達の笑い声が聞けて良かったと感謝されつつ、学院の寮への帰路に着く。結局ユーリは気持ちの整理も追いつかず、それでいて子供達にも揶揄われ、散々な目に遭いすっかりしょぼくれていた。そしてそんなユーリに気を使う様に、レイはユーリに話しかける。
「何だか今日一日、ユーリの様子がヘンだったけど、慈善活動の時、なんかあったのか?」
なんかあったかと言われれば、大した事は何もない。ただユーリとレイの仲を勘ぐられただけだ。それで自分がへんな意識をして、調子を崩しただけである。一言で言えば、自滅しただけの事。ただそれをユーリはレイに素直に伝える事は当然できない。
「ううん、何でもないわ。ちょっと疲れただけ」
「そうか?まあ、ユーリがそう言うならそれでも良いけど。……まあ、久しぶりにああやって子供達と遊べたのは楽しかったな」
レイはユーリが話しづらそうにしているのが分かったのだろう。話題を変えて違う話を振ってくる。なのでユーリもそれに乗って言葉を返す。
「そうね、あの子達があんなに一杯笑ってる姿、私初めて見たかも。レイ有難うね」
「まあ、俺も楽しんだしな、ああ、そう言えばユーリお姉ちゃんをお嫁さんにするのって何回か聞かれたなぁ」
そこでレイが意図せず爆弾を落とす。レイにしてみれば、他愛のない会話の一部。しかしユーリはモロにそれに反応してしまう。
「へっ、レ、レイ?それってどういう……?」
しかしレイはユーリの動揺には気付かず、普通に返答する。
「ああだから、ユーリと俺が付き合っているみたいに見えたんだろ。あのくらいの女の子はオマセさんだからな」
「あっ、うん、そう……、そ、それでレイは何て答えたの?」
ユーリは平静を装いながら、それでも一歩踏み込んでレイに聞く。知りたいのだから、仕方がないのだ。
「ん、ああ、お嫁さんかはわからないけど、大事なお姉ちゃんだから、必ず守るよって答えておいた。やっぱあの子達もユーリが大事みたいだから、そう言うと喜んでくれたよ」
レイはそう言ってフワリと笑う。逆にユーリは少し肩透かしを食らった気分だったが、でも良いことも聞けた。まず第一に大事なという言葉。それはユーリにも1番腑に落ちる言葉だ。そう彼は私にとって大事な人なのだ。そしてもう一つ、お嫁さんは分からないという事だ。レイに深い意図があったわけでは無いのだろう。でも分からないはならないかもしれないが、なる可能性もあるのだ。多分今の自分にはそれで十分。レイのお嫁さんになるかもしれない、ならないかもしれない。そんな曖昧な距離感ながら、きっと大事な人として守ってくれる。だから私も頑張れるのだ。なのでユーリは自然と笑みが溢れる。そしてユーリはおもむろにレイの手を握っていう。
「暗くなってきたから、手を繋いで帰りましょう。守ってくれるのでしょう、私の英雄様」
するとレイはお決まりの様に渋い顔をする。
「いやただの子爵嫡男なんだけど……」
それでもレイは手を離さず、ユーリの歩調に合わせて歩く。ユーリはそんなレイを見て、やはりいつもの様に楽しげに笑うのだった。
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