閑話 ユーリと孤児院①
今度はユーリの閑話。多分二話構成で、その後に本編に戻ろうかと。因みに2日に1話ペース位の更新スピードになりそうです。
レイが王立学院に入学して初めての夏休み。古代遺跡探索の後のとある日、レイはユーリに誘われて王都内へ散策に来ていた。そこは王都でも下町と言われる住宅街。ユーリが育った孤児院がある場所だった。
「ユーリのご両親は流行り病で亡くなられたんだっけ?」
2人は会話をしながらのんびりとユーリが育てられた孤児院兼教会に向かっている。ちなみに今日の彼女はシスターの服装で、普段の学院の制服姿やダンスパーティーのドレス姿と違い、落ち着いたそれでいて少し大人びた印象を与える。
「ええ、お父さんもお母さんも私がまだ小さい時に流行り病で死んじゃった。私は小さかった事もあってよく覚えていないのだけど、院長先生がそうおっしゃっていたわ。両親は共に熱心な信徒だったので、病に倒れた時に直ぐに教会に預けられたんだって。だから私は病にかからず、1人助かったってわけ」
ユーリが語るその表情は既に気持ちの整理もついて、サバサバしたものだった。幼い頃に両親を亡くし、あまり覚えていないというのもあるのだろう。だからかユーリの表情には悲しみの色はない。
「ふーん、それで孤児院で育って慈母神様の加護に目覚めたって訳か。やっぱ俺と比べてユーリは大変な目に合っているんだね」
「そうかしら。加護に目覚めるまでは、それでも幸せだったわよ。孤児院はお養父様が支援していて裕福ではないけど、空腹で飢えるような事も無かったし、同じように孤児院にいた子達とも仲良くしてたしね。むしろ加護に目覚めて、お養父様に引き取られる前までが、本当に大変だったわ」
ユーリはそうしみじみと言う。ユーリが加護に目覚めたのは10年前の事だ。偶々同じ孤児院で仲の良かった子が大怪我を負った。ユーリはただその子を助けたくて真剣に神様にお祈りを捧げただけなのだ。ただそこで神の声、慈母神様の声を聞いてしまう。そして彼女は神託を聞いた少女として、慈母神様から加護を授かり治癒の魔法の力を授かってしまう。結果、友人を助けられたのはよかったが、その後が本当に大変だった。養父に救われるまでは、人のむき出しの感情にさらされ、助けてくれと懇願するもの、良いことを言って懐柔しようとするもの、恐喝もあった。次第に孤児院でも孤立するようになり、腫れ物を触るような扱いを受けた。
「そういう意味ではアナスタシア卿は素晴らしい人なんだね。確かにお会いした限り、やさしいし、それでいて芯のしっかりした方だった。うん、これも慈母神様の思し召しなのかもね」
「フフフッ、そうね。私もそう思うわ」
ユーリはそれにと心の中で言葉を続ける。本人には照れくさくて到底言えない言葉だが、それは目の前の友人にも当てはまる言葉だった。
『……それに、レイとの出会いも慈母神様の思し召しだと思うわ。危ないときにいつも助けてくれる私の英雄様。それにセリーとも仲良くなれたのは、レイのお陰もあるし、本当に慈母神様には感謝をしなくちゃいけないわ』
ユーリは飲み込んだ言葉を噛みしめながら嬉しそうにする。レイは彼女がなぜそんな表情をするのか、ピンとはこなかったが、それでもユーリが嬉しそうならそれでいいかと思うのだった。
◇
そして2人が訪れたのが、ユーリの育った孤児院だった。2人はまず併設された教会に向かい、教会の司祭で孤児院の院長でもあるマリアの元へと向かう。そして通された応接室で暫く待つとそのお目当ての人物が現れる。
年の頃50歳位だろうか、背筋の真っ直ぐ伸びたそれでも優しく慈愛に満ちた眼差しが印象的な女性だった。そして彼女はユーリに目を向け温かみのある声で話しかける。
「ユーリ、いらっしゃい。前に来たのは春だから、暫く顔を見てなかったけど、元気にしてた?」
「はい、院長先生。学院の方に慣れるのに苦労をして足を運べず、すいませんでした」
謝罪の言葉を述べるユーリに対して、首を横に振りながら、マリアは優しい笑みを浮かべる。
「気にする必要はないわ。貴方が春に来た時の後に襲われそうになった事を考えれば、そんなに来れないのはわかってましたから。でも今日はこうしてきてくれたのだし、元気そうで何よりです。えっと、それでそちらの方は?」
そこでマリアは、ユーリの隣にいたレイに目を向ける。レイもそこで一歩前に出て、自己紹介を始める。
「初めまして、学院でのユーリの友人で、レイ・クロイツェルと申します。今日はお会いできて光栄です。マリア院長」
「あらあら御丁寧に。この教会の司祭で孤児院の院長を務めておりますマリアです。と言っても、ユーリから色々説明は聞いてるのかしら。宜しくお願いしますね、レイさん」
丁寧な挨拶をしたレイに対し、同じように丁寧な挨拶を返すマリア。そんな2人を傍で見ていたユーリがそこでお互いの紹介を付け加える。
「院長先生、春に私を助けてくれたのが、レイなの。それがきっかけで仲良くなって、今では私の大事な友人の1人なんですよ。レイ、院長先生は、私の母親がわりのような人。もし院長先生がいなければ、私はきっとこの世にはいなかったと思うくらいの恩人よ」
「ああ、貴方がユーリを。その節は大変有難うございます」
「いえ、そんな大した事じゃ無いですから、顔を上げてっ」
綺麗な所作で丁寧にお辞儀をするマリアに対し、レイは慌ててそれを止めに入る。ユーリもまたそんなマリアに止めるように促す。
「院長先生、レイはあんまりそうやって恐縮されるのが、得意じゃ無いんです。だからその辺で止めてあげて下さい」
レイもそのフォローにうんうんと頷く。マリアもその姿を見て、おずおずとお辞儀を止める。
「いや本当に大した事はして無いんですよ、ただユーリが揉めている声が聞こえたので、助けに入っただけで、別に戦いになる事もなく、逃げただけですから」
まだ御礼したりなさそうにしているマリアに対し、レイは懸命に弁明する。実際にレイにしてみれば大した事では無いのだろう。ちょっと突然現れたと思ったら文字通り空を飛んで逃げただけだ。勿論、他の人にそんな事が出来ないのをユーリは知っているし、その事自体公言するつもりもないがそれが大した事じゃ無いと言えるのは、レイくらいのものだろう。なのでついレイを見る目がジト目になるのは、仕方がない事だった。
「まあその話はこの辺で。それより院長先生、孤児院の方はお変わりないですか?」
「ええ、ここはアナスタシア大司祭が援助して下さっている施設ですから、慎ましくはありますが、みんな健やかに過ごしてますよ」
「フフフ、なら良かったです。後で顔を出しても良いですか?」
「ええ勿論、みんな喜びますよ。孤児院を離れると顔も出さなくなってしまう子も多いのだけど、ユーリは定期的に顔を出してくれるからすっかり慕われているものね」
マリアはそう言って微笑む。此処の孤児院は成人と共に卒院する。その後は商人の下働きや職人の卵になったり、中には冒険者になるような子供もいる。ユーリの様に貴族に拾われる様な事は滅多にないが、子供のいない夫婦に養子縁組なんていう話はある。ただ新しい環境になると中々余裕を持てず、孤児院に顔を出せずに疎遠になるケースも少なくないため、逆にユーリの様なケースは貴重なのだ。
「へえ、ユーリもしっかりお姉さんやってるんだな」
「それこそそんな大した事はしていないわよ。ただ一緒に遊んだり、お菓子を配ったり、勉強を教えたりだもん。私が子供の頃に院長先生や他のシスター達にやってもらった事をしているだけだわ。ただの恩返しよ」
ユーリはテレ隠しをする様に、そう素っ気なく言う。今の自分があるのは、此処で過ごせた事が大きい。確かに普通の幸せとは違う形だが、それでも今は幸せだ。その幸せを作ってくれたこの場所には感謝しかユーリにはなかった。
「フフフッ、そう言うことにしておいてあげるわ。じゃあユーリ、いつものご奉仕をお願いね。えっと、レイさんはどうされますか?」
ユーリはまず教会の仕事である慈善活動の一環で、地域の人々に治癒魔法をかける仕事がある。その後に孤児院によって子供達と遊んで時間を過ごす予定なのだが、付き合ってくれたレイはその間手持ち無沙汰になる。
「ああ、それなら先に孤児院の方で待たせて貰っても良いですか?お土産用にお菓子をお持ちしたので、それを子供達に配って待ってようと思います」
「レイごめんね。付き合って貰ったのに、待たせる様な真似しちゃって」
「ああ、気にしなくて良いよ。俺は子供相手とか嫌いじゃないしね。まあ実家でも孤児院を持っていて、俺もそこで過ごす機会もあるから、子供相手は任せておきな」
そう言ってレイはニカっと笑う。まあレイであれば人当たりはいいし、子供達も直ぐに懐きそうではあるので、大丈夫かと納得する。
「うんじゃあ、私が行くまで孤児院の方はお願いね。院長先生、じゃあ始めましょうか」
ユーリはそう言って立ち上がる。そして仕事前に1つ気合を入れて、応接室を出て行くのであった。
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