閑話 セリアリスとレイの出会い②
セリアリス達がクロイツェルについた日の夜、早速とばかりに商談相手を交えた懇親会が開かれる。大人達は挨拶を交わしながら歓談を始めるが、セリアリスは最初の挨拶でひとしきり持て囃された後暫くは、笑顔を絶やさずその場で大人しくするしかない。ただそれはまだ子供の彼女には、詰まらない時間だ。だからこそクロイツェル子爵が連れてきた少年にホッとした気持ちを抱く。
「セリーさん、これが私の息子です。大人の話は詰まらないでしょうから、宜しければ息子の相手をしてあげてくれませんか?」
クロイツェル子爵にそう紹介されて現れた少年は、自分とそう歳は変わらないように見える。きっとセリアリスに気を遣ってその少年を寄越してくれたのだろう。少年はそこで気軽な挨拶をしてくる。
「やあ、俺の名前はレイ・クロイツェル、あ痛っ」
余りに気安さが過ぎるレイの挨拶に振り下ろされるクロイツェル子爵の拳。鈍い音と共に頭を抱えて蹲るレイと名乗る少年。
「こらっ、もっとちゃんと挨拶せんかっ」
「うう、いてて……、あー、失礼しました。ちょっと気安くしすぎました。改めて、クロイツェル子爵の嫡男で、レイ・クロイツェルと申します。この度はお会いできて光栄です、レディ」
少年は痛む頭を一頻り撫でた後、仕切り直すように折り目正しい挨拶をしてくる。セリアリスはそんな少年を見て目を丸くした後、つい笑いを堪えきれずに、口元を押さえながら挨拶をする。
「クスクスッ、はい、私もお会いできて光栄です。レイ様。初めまして、今回商談で参りましたカーラの娘でセリーと言います。宜しくお願いします」
「ああ、僕の事はレイで良いよ。年も同じくらいみたいだし」
やはり直ぐにフランクな口調に戻るレイ少年。セリアリスもそれならこっちも気を使わずに済むとばかりに調子を合わせる。
「なら私もセリーで良いわ。私は今年で10歳になるのだけど、レイは?」
「なら同い年だね。俺も10歳だから。父上、この後、大人のお話があるでしょうから、俺らは此処を離れても良いですか?」
レイは同い年と聞いて嬉しそうに微笑むと、最早この場に用は無いとばかりに父にこの場を離れて良いかを確認する。カインももとよりそうする為に、レイを引き合わせたので、一応釘を刺しつつ了承する。
「相手は女の子なんだから、方々を連れ回すような事はするなよ。それと余り遠くまでは行かないように」
「勿論、分かってるよ。ほら、セリー、向こうに行こう」
レイはクロイツェル子爵のお小言に渋い顔をしつつ、セリアリスの手を取って、会場の外へと連れ出していく。セリアリスは突然手を繋がれて、少しドキッとしながらも大人しくレイについて行く。
「レイ、何処まで行くの?」
レイが迷いなく歩いていくので、セリアリスは何処か目的があって歩いているのだと思い、行き先を聞いてみる。
「ああ、あんな大人ばっかりの場所にいても面白くないでしょ?疲れるしね。だから俺の部屋に行こうよ。そしたら僕の弟妹も紹介出来るしね」
「妹さんと弟くん?」
「そうそう、多分今日は母上も懇親会の方でお相手役をしてるから、2人とも暇をしていると思うんだ。ほら、セリーは1ヶ月くらい此処にいるんだろう?なら早いうちに紹介しちゃった方がいいしね」
レイはそう言って屈託のない笑顔を見せる。セリアリスは普段、同じような歳の子達の間でもここまでフランクな扱いを受けた事はない。やはり公爵令嬢の肩書がある為、そう接して欲しくても、相手が気遅れするのだ。だからつい自分に対して、気兼ねのないレイの態度が新鮮で思わずまじまじとレイを見てしまう。
「レイって、普段からそんな感じなの?」
「ん?何の事?ああ、確かに僕は父上に良く怒られるけどね。もっとちゃんとしろってね」
どうやらレイのそのフランクな姿勢は普段からのようだ。ただ彼の気安さは粗野なそれではなく、今もセリアリスと並んで歩くのに少し歩くのをゆっくりにして、歩調を合わせてくれているように気配りがある。
「確かに私は良いけど、偉い人のお相手だとちょっと気安い気がするかも」
「勿論、相手は見るよ。でもセリーならその方が喜ぶと思ったから、まあ俺としては間違った選択はしてないかな。どうせなら友達になった方が楽しいしね」
レイはそう言ってニカッと笑う。セリアリスにしてみれば、それは新鮮な響きだった。どちらかと言うと遠慮される立場で、面と向かって友達になんて言われたことがなかった。
「そんなこと言って、もし私が身分を隠してお忍びで来ている貴族の令嬢とかだったらどうするのよ?」
セリアリスは身分を隠しているから、そんな事が言えるんじゃないかと、暗に指摘する。しかしレイは訝しむ目を向けながらも、あっけらかんと答える。
「ん?まあもしそうだったとしても、もう友達になったんだから、気にしなくても良いんじゃない?セリーはセリー様とか言われたいの?」
「うん、なんかレイにそう言われるとむず痒いかも。レイはセリーでいいわ。むしろ他の呼び名で呼んだら許さないわ」
「いや、別に呼ぶ気は無いけど、変な事を気にするな、セリーは」
レイはそう言って肩を竦める。勿論、セリアリスが公爵家の娘だと知らないのもあるのだろうけど、彼なら態度は変わらない気がするのだ。セリアリスはそんなレイを見ながら、笑みを零す。そんな気安さが嬉しいのだ。
『レイって変な子。私の周りにはいないタイプの子よね』
肩肘張らず、偉ぶらず、そんなレイをセリアリスは好ましく思うのだった。
◇
そしてそうこうしている内に、レイの部屋へと辿り着く。彼の部屋はシンプルな造りながら、大きな本棚がありセリアリスはその本棚に目を奪われる。
「レイって、本好きなの?」
その背表紙を見ると魔法関連の書籍や神話、伝承を考察した書籍、経営や経済学などの本もある。10歳の少年の本棚にしては小難しいものも多かった。
「うーん、必要だから勉強しているものと、好きで読んでいるものと半々かな?まだ手をつけて無い本も多いしね」
「ふーん、好きで読んでいるのは、神話とか伝承関連の本?」
セリアリスはなんとなくこの少年ならそういうのが好きそうだなとヤマを張る。するとレイは驚いた顔をして、それを肯定する。
「あれ、良く分かったね。実は家の祖先は冒険者上がりで、やっぱそういうのに憧れるんだよね。まあ現実的に俺が冒険者になれる訳じゃないけど、そういうのを読むと気分は味わえるからね」
「へえ、クロイツェル子爵家は元々冒険者なんだ。あーでも、レイの気安さもそういう所からきているのかも。ならレイが目指すのは英雄ね」
「ええ、嫌だよ、英雄なんてなったって良い事ないじゃん。大体は酷い目にあって死んじゃうし。それに俺はこの領地を守れれば充分だからね。そういうのは、したい人がすればいいのさ」
最初セリアリスはレイも英雄のような存在を夢見るような少年かと思ったら、存外、嫌そうな返事が返ってきてビックリする。
「えっ!?てっきりそういうのに憧れているのかと思っていた。ふーん、英雄には興味ないんだ」
「俺は父上も母上も尊敬しているからね。いつか父上達のようになりたいんだ。そういう意味じゃ、領地領民だけでなく、家族や友人も守る対象かな。勿論、セリーもね」
「えっ、私!?」
再びセリアリスはビックリする。まだほんの数十分前にあっただけのセリアリスも守る対象に入れてくれたのだ。しかしレイは驚かれるのが心外とばかりに、ハッキリと言う。
「当たり前だろ、セリーは友達なんだから。まして女の子なんだから、守るのは当然さ」
しかしセリアリスは一つだけ気に入らない所を見つける。
「あら、私は守られるだけの存在なんて嫌だわっ。どうせなら隣に立って共に行きたい。だから守られ役なんて、真っ平御免だわ」
しかしそんなセリアリスにレイは呆れ顔だ。そもそも女の子でどちらかというと華奢で可愛い印象のセリアリスが堂々と好戦的な発言なのだ。
「それは嬉しい話だけど、余り御転婆過ぎるとカーラさんに怒られるんじゃないの?」
「それは大丈夫よ。お母様もジッとしていられない性質だもの。そういう意味ならお母様譲りだから」
セリアリスはそう言って胸を張る。そもそも母が負けず嫌いだから、クロイツェルに態々商談に来ているのだ。セリアリス自身も軍閥の長の娘として、武芸は嗜んでいる。
「はは、まあ生粋の御転婆だというのは、分かったよ。そうなると、明日以降が楽しみだね。色々と連れ出してあげられそうだ」
レイはそう言ってニヤリとする。色々悪巧みをしているのが丸わかりで、セリアリスは引き攣った笑みを浮かべる。
2人がそんな会話をしている時に、コンコンコンッとドアを叩く音が聞こえる。レイはその音に素早く反応して入り口に向かいドアを開けると可愛らしい女の子が立っていた。
「お兄様がいつまで経っても呼んでくれないから、こっちから来ちゃいました。ほら、ケビンもいらっしゃい」
すると少女の脇から更に小さな男の子が姉のスカートを握りながら顔をヒョコッと覗かせる。レイはそんな2人を部屋の中に通し、椅子に座っていたセリアリスの前に連れてくる。
「セリー、紹介するよ。これが僕の妹と弟。2人は自分で挨拶出来るかい?」
「勿論ですわ、初めましてセリー様、クロイツェル子爵の長女でリーシャ・クロイツェルです。私の事はどうぞリーシャとお呼びください」
リーシャはそう言って貴族の礼を取りながらキビキビと挨拶をする。彼女は母から貴族の儀礼を教わっており、こういう機会にはそれを見せたくて仕方がないおませさんだった。そしてもう1人の兄弟はまだ小さい事もあって、中々挨拶が出来ずにいたが、レイやリーシャが促すとおずおずと喋りだす。
「う……、あのケビン……です。3才です……」
そして再び姉のリーシャのスカートの後ろに隠れてしまう。するとセリアリスは椅子から降りて床に膝立ちになると、ケビンと目線を合わせてニコリと挨拶する。
「こんにちわ、ケビン、私はセリー、さっきお兄さんとお友達になったから、ケビンも私とお友達になってくれる?」
レイはセリアリスのその姿を見て感心する。ああやって小さい子に目線を合わせて優しく話しかける姿は、レイ達の母、レイネシアが良くやる姿だ。それが屋内であれ屋外であれ自分の着物が汚れてもお構いなしに相手を安心させる為にそうする。ケビンもおずおずと顔を覗かせ、でもセリアリスが優しい人だと感覚で理解したのか、うんと頷く。
「いいよ……。セリー姉様?と友達になる……」
セリアリスは自身が末娘なので、下に兄弟はいない。だからケビンが言った姉様の響きに感動する。
「ええお姉様と呼んでくれて嬉しいわ。宜しくね、ケビン」
セリアリスはそう言って優しくケビンを抱きしめるとケビンも嬉しそうな顔をして、顔を赤くする。するとリーシャも我慢しきれないようにセリアリスに話し出す。
「セ、セリーお姉様っ、私ともお友達になって下さいっ」
「フフフッ、勿論よ、宜しくねリーシャ」
セリアリスはそのままリーシャも抱きしめる。リーシャもまた男兄弟しか居なかったので、女の子の姉妹が欲しかったのだ。だからセリアリスのような可愛らしい女の子のお姉さんが出来て嬉しそうにする。
そんな風に瞬く間にレイの弟妹はセリアリスに懐く。まあリーシャは兎も角、ケビンまでも仲良くなったのは正直驚いた。だからセリアリスのその手腕にレイは素直に舌を巻くのだった。
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