第十一話 大魔導の弟子 メルテ・スザリン
メルテ・スザリンは眠くなる目を擦りながら、人だかりの外で途方に暮れていた。
メルテは、年齢の割に背がやや低い。150cmそこそこしかない。加えて体力にも人一倍自信がない。今、目の前にある人だかりに対し、生き残っていける自信がない。なので、こうして、周囲の出方を伺い、ボーっとベンチに座って待っているのだ。ちなみにメルテは平民だ。周りには誰一人知る者はいない。友人?そんなものは、少なくとも今、この周囲にはいない。
元々、メルテ自身は学院に通う事は否定的だった。むしろ嫌だったと言ってもいい。少なくとも、魔法という分野であれば、既に生きていくことに困らないだけの実力はあると自負している。彼女を育てたスザリンの話では、そこらの宮廷魔術師程度では話にならないらしい。そんなメルテがこれから学ぶ事が、この学院にあるのかというと、魔法という部分に関して言えば微妙だ。でも育ての親であるスザリンは学院に通う事を強要した。社会性を身に付けろと。
メルテ自身は、大魔導スザリンに偶々拾われた孤児だ。それもまだ乳飲み子だった時分に、スザリンの家の外に捨てられていたらしい。それをスザリンは、どんな気まぐれか育ててくれた。母親を知らないが、世間一般では母親みたいなものだと思う。変な人だけど、好きは好きだし。でも偏屈な彼女は、他者との接点を極力嫌う。なので、メルテ自身が、スザリン以外であった事がある人もスザリン同様、両手で足りるのだ。しかも全員大人。同年代の子供など会った事がないし、その機会も全くなかった。
当然、人とのコミュニケーションも希薄だ。そんなメルテを見て、このままだと自分のようになると危惧したスザリンは、この学院に通わせるようにした。自分の社会性は棚に上げてだ。
そして現在に至る訳だが、既に学院生活に支障が出てきているのが、今の現状だ。
『待ちくたびれて、眠くなってきた・・・・・・、はっダメダメ、寝ては・・・・・・だ・・・め・・・・・・っ』
ベンチに射す穏やかな日の光に誘われて、メルテは懸命に睡魔と闘っている。が、既に陥落寸前。瞼がくっつきそうになるその時に、大声が響きわたる。
「おい、貴様らっ、第一王子であるアレックス様が、掲示板をご覧なさる。どけっ、いや、今すぐ立ち去れっ」
ビクッ
メルテは突然聞こえてきた大声に、目を見開いてオドオドする。ドッドッドッと心臓が早鐘のように響き、何事かと周囲を見渡す。するとさっきまでいた人々が、掲示板の周りから潮のように引いているではないか。そう言えば潮っていうか海?は見たことないな、とどうでもいい事に思考が逸れそうになるのを必死に戻し、空いたスペースに目を向ける。
『こ、これはチャンス?大チャーンス!』
さっきまで人を殺す事が可能なほど集まっていた人だかりは、今はサッと引いている。ん?なんだか掲示板前に偉そうにしている人がいるけど、うーん、揉めてるのかな?うーん、近寄ったら怒られるかな?と頭を悩ませる。
ただ、まあ近付かなければいいなと、座ってた椅子から立ち上がる。揉め事には興味がない。私には掲示板を見るという崇高な目的があるのだ。他の生徒たちが、中央の揉め事の人たちに注目している隙に、メルテはてくてくと、掲示板に近付いていく。
『おおうっ、やはり空いている道は素晴らしい!』
小柄なメルテには、自分より大きいものが脅威でしかない。脅威は魔法で追い払うのが常なのだが、流石にここで魔法を使うと怒られる。ん?怒られてスザリンの元に戻るという手がある?あっ、それはやっちゃ駄目って、スザリンに怒られた奴だった。危ない、危ない。それよりも掲示板、とAクラスから順に、掲示板を眺める。
「なんとかフォンなんとかが身分の高い人ってスザリンが言ってた。あ、ここ身分が高い人が2人もいる。でも私の名前ないから、関係なし」
続いてBクラス、Cクラスと掲示板を眺めていく。自分の名前はない。なんとかフォンなんとかさんもいない。ん?なんでそのフォンさんを気にしなければ、いけないんだっけ?んー、スザリンが何か言ってた気がするが、興味がないので忘れてしまった。これが、魔法の事だったら思い出せるのになどと考えつつ、漸くDクラスへと辿りつく。
『おおーっ、漸く見つかった。ふむふむ、Dクラス』
そこでメルテは驚愕の事実に思い至る。掲示板を見る事に全力を注いでしまい、ついつい、そのあと如何するのかを忘れてしまった。うーんどうしよう、いっそ諦めて、寮に戻ってお昼寝をするべきかと真剣に悩み始めた時に、メルテの後ろから、話声が聞こえる。どうやら先ほど揉めていた人たちでは無いらしい。そして少しだけ聞き耳を立ててみると、とあるキーワードが耳に届く。
「・・・・・・どうやら同じDクラスなのだろう?ただの級友だ。・・・・・・」
『おおうっ、今日の私は最高に運が良い!』
先ほどの道が開かれた時と同じく、再び幸運が舞い降りたのだ。後ろで会話する人たちは、メルテと同じDクラス。彼らに付いていけば、この後の行動は間違いない。今日の仕事はミッションコンプリートだ。そう思って、掲示板から目を離して後ろを振り向くと、二人はなにやら握手を交わしている。ふむふむ、同じクラスの人間ならば、最初は握手を交わすのだな。私の社交性もこれで、レベルアップだ。
そう思ったメルテは、その二人の握手の上に手を乗せる。
ポンッ
「わたしもDクラス。これからよろしく」
メルテ本人的には満面の笑みのつもりだが、薄い表情でそう呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レイにしてみれば、一難去ってまた一難である。まあ厳密にはジークはまだいるから、先の一難すら去っていない。二人の握手に手を乗せた少女は、どうやら同じクラスらしいが、なぜ、手を乗せてきたのだろう。うーん、表情があまりないから、違うかも知れないが、得意げ?
なんだか疲れる回答が返ってきそうなきはしたが、レイは勇気を振り絞りその少女に話かける。
「えーと、同じクラスの人という事でいいんだよね?僕の名はレイ・クロイツェル。彼は第二王子のジークフリード・フォン・エゼルバルト。できれば君の名前を教えて貰いたいのと、なぜ僕とジークの握手の上に手を乗せているのかな?」
すると少女は不思議そうな顔をして、首を傾げる。
「同じクラスになって初めて会った人とは、握手をする?的な?」
「いや、そこ疑問で返されても困るんだけど。まあいいや、それで名前も教えてくれるかな?」
レイはこれは、会話のやり取りが中々上手くいかないタイプの子だなと、早々に諦め、必要な情報を探りに行く。
「んっ、私の名前は、メルテ・スザリン。よろしく」
「おお、君が大魔導スザリンの御弟子さんか、大魔導は息災なのか?」
「息災?・・・・・・まあ元気。あの人は殺しても死なないタイプ。あっ、でも最近よく腰が痛いと言っていた。流石にもう年と言い返しておいた」
「お、おう、お元気なら何より・・・・・・」
ジークが思わず口ごもる。やはり予想通り、回答が斜め上をいくタイプの子だ。よりにもよって、Dクラスの有名人その2まで集まってしまった。レイは内心溜息を吐きたくなるが、まあ変わった子ではあるが、ジーク同様、悪い子ではなさそうだと半ばあきらめ、小さい子をあやすように、優しく話かける。
「えーと、スザリンさん」
「私はメルテ。スザリンはスザリンの名前。私はメルテでいい」
「あー、そうか。お弟子さんだから、彼女の名前を姓として使っているのか。ならメルテさん、取りあえず僕らは教室に行こうかと思うけど、君も一緒に来る?ジークも教室に行くだろ?」
「ああ、そうだな。ここにいるのも悪目立ちするし、そろそろ行きたいな」
「構わない。私もそのつもりだった。レイ、連れていって欲しい」
レイはそれを聞いて、握手を解こうとした時に、メルテの手の上に更に手が重なる。
ビクッ、メルテは小動物さながらに小さく震え、レイとジークは更に誰かが絡んできたと、唖然とする。そしてその手を重ねた人物がレイに話しかける。
「ねえ、レイ、これ何やってるの?流行ってるの?」
「えーっ、ユーリ!?」
思わず呆れた声を出すレイ。出会いの連鎖はまだ終わらない。先日助けた少女、ユーリ・アナスタシア、慈母神の加護を受けた聖女といわれる少女までもがこの出会いに参加するのだった。
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