第百十九話 神のカケラ
「ならば次にアレックス達の向かう先を考えねばならない。セルブルグは差し当たりリーゼロッテ王女が戻った際に執りなしてくれるとの事だったが、他の国は如何する?人族の国もあるが、異種族の国もあるのだろう?」
するとエリクの父であり宰相でもあるミルフォード卿が説明する。
「エリアーゼ皇国は無視で構わないでしょう。あれは敵国、言い方は悪いですが、今回の件で国が乱れるのであれば好都合。ただこれが引き金で攻めてくる事は考えられますので、軍の備えは必要でしょう。問題は神聖オロネス公国かと」
「ふむ、奴らが何か言ってきたか?」
それに対しては宰相ではなく、枢機卿であるアナスタシア伯爵が答える。
「六神教本部からは神の加護持ちである2人を出頭させろとの通達が参りました。正直あまり状況は宜しく無いかも知れません」
そこで王は渋い表情を見せる。遂に神殿も動き出したかと。彼らの民衆に対する影響力は大きい。それは自国だけでなく、他国に対してもだ。それはエゼルバイトだけでなくミリアーゼ皇国も同様で、神殿側とは敵対ではなく協調する事で、お互いを利用し合っている。
「成る程、なら差し当たり向かう先は公国になるか。異種族はどうか?」
「何分彼らの国は遠方、まだ何も反応は有りません。国交がある訳でもなく、暫くは静観で宜しいかと」
再び宰相が端的に説明する。これで当座の方向性は良いだろう。王は疲れた表情を見せながら、最後の質問をしてくる。
「最後に王城への光の行方と民衆への対応は如何する」
「はっ、王城への光は未だ捜索中です。現状では情報も少なく困難を極めております。それと民衆に関しては、少しづつでは有りますが、鎮静化に向かっている模様。暫くは静観で宜しいかと存じます」
それは近衛騎士団長カイゼルの言葉。近衛騎士や国軍を使ってのその捜索は一向に捗っていない。そうなるとこれから何が起こるのか、不安も大きい。王の懸念もそこが大きいのだ。
「ふむ、やはりアレックス側に大きな動員はできんか。王都のカケラの所在を明かにせねば、近衛も動かせん。軍はエリアーゼ皇国に備えねばならんしの。とは言え、誰も出さない訳にもいかんが」
「父上、我らの事は心配無用です。武闘会の結果次第でもありますが、他国を動き回るのに大人数も外聞が悪いでしょう。ならば少数精鋭で事に当たる方が余程都合が良い。勿論、気心がしれている仲であれば尚更。心配はご無用です」
アレックスはそうはっきりと宣言する。そもそも冒険で大人数は不要だ。個々それぞれが強さを発揮すれば良い。王は些か強気すぎるアレックスを心配するが、最後には為政者の顔をする。
「ならば春になり、移動が容易になるタイミングで出立するが良い。それまでは準備に努め、そして皆が納得する結果を持って戻ってくるが良い。期待しているぞ」
「はっ」
再びアレックスはそこで首を垂れる。王にしてみれば、成功すれば良し。ただし成功しなければ、それはそれと言う面持ちだ。もしかしたらアレックスは自分の寿命のうちに戻らないかもしれない。そうなれば、別の誰かを王に立てなければならないだろう。ただアレックスはそんな王の決意には気が付かず、自分が王となる未来には期限が設けられている事など露にも思わなかった。
◇
その日ユーリがレイと会ったのは偶然だった。出会ったのは女子寮の入り口。レイがセリアリスとリーゼロッテを送って出て行こうとした所にユーリが現れたのだ。地下神殿探索以来、お互いに多忙で顔を合わす機会がなかった。レイはセリーやリーゼロッテの護衛でユーリの行動パターンとは噛み合わず、ユーリはユーリでアレックス絡みやら神殿絡みで多忙を極めていた。
「あれ、ユーリ、何だか久しぶりにあったけど少しやつれた?」
「むう、久しぶりに会ったのに、第一声がそれってどうなの?もっとこう言う事はないの?」
ユーリは心配して言ってくれた言葉なのは理解しているが、それでももう少し言いようがあるのではと食ってかかる。レイは逆にそんな反応をするユーリを見て、疲れているのだと実感する。
「はは、ごめんごめん。大丈夫かい?多忙なのは聞いていたから、知っているけど想像以上みたいだね」
「もう、本当にそう。邪神のカケラを回収しなきゃいけないし、自分の実力も鍛えなければいけないし、それに公国からは文句がくるしもう大変よ」
レイもその辺の事情はセリアリス経由で知っている。なのでそれには苦笑いで応えつつ、気になった単語の事を聞く。
「えっと邪神?」
そもそもこの世界に邪神なんて話は聞いた事が無い。邪龍やら魔王やらは御伽話にも出てくるが、勿論それも架空の話だと思われている。するとユーリは詰まらなそうに説明する。
「六神教本部ではアレを邪神と認定したのよ。六柱以外の神はいない。しかも封印されていたのなら、邪神の類だろうとね。まあ邪神とはいえ神に類するものとは認めたので、そこは意外だったけど。でもアレは善性もあるのよ。本来であれば七柱目に数えられてもいいのに。本当に頭が硬いんだから」
どうやらユーリは不服なようだ。まあ世に飛び出したのが、悪性のカケラなのだから邪神認定も仕方がないとレイは思うので意外そうな顔をする。
「へえ、ユーリは随分と同情的なんだね。あの善性と言われていた傀儡も結局僕らを殺そうとしたっていうのに」
「ああ、あれって階層主の役割らしいわよ。そもそも善性だから危険視されずに、傀儡として表に出られていたらしいし。その階層主の役割を押し付けたのも、至高神アネマ様らしいしね」
「えっ、何それ?何だかやたら具体的なんだけど?どうしてそんな事知ってるの?」
レイは驚きの表情で、ユーリを見る。するとユーリはああ、とばかりに懐から例のカケラを出す。
「ほら、キャメル、出てきなさいよ。貴方レイに会いたがっていたでしょう?」
ユーリがカケラに話しかけると淡くカケラが光り、小人サイズの少年が浮かび上がる。
「やあ、地下遺跡ぶりだね、ああ、例の仮面はつけてないんだ。あれ趣味悪いからもうつけない方が良いよ」
「えっ、何これ?」
流石にレイも突っ込む前に驚く。ユーリもそんなレイの反応に苦笑いだ。
「やっぱそうなるよね。うーんとまず彼の名前はキャメル。信じられないだろうけど、地下遺跡に眠っていた神の一柱よ。そして残されたカケラに宿る神の善性部分」
「やあ、改めて僕の名はキャメル。宜しくね!」
確かにあの地下神殿でも軽い調子だったが、当人だと言われればそんな気がしてくる。レイもなんとか受け入れようと努力する。
「ああ久しぶり?ええと、レイ・クロイツェルです。その節はどうも?」
「フフフッ、レイがそこまで混乱してるの、初めて見たかも。でもさっきの話はキャメルから直接聞いたの。キャメルもまた、神の一員で暴れないように自ら眠りについたのに、善性のキャメル以外封印されて、善性のキャメルがその守人になったんだって」
「ああそう……って、自ら眠った所を封印された?」
何だかもう頭が追いつかない。なのでレイは気になったところに突っ込みを入れまくる事にする。
「そうなの、酷い話なのよ。周囲に迷惑をかけないように、自分から眠りについたのに、それを良い事に封印されたのよ」
するとユーリが乗ってきて自分の事のように憤り始める。すると少年はそんなユーリを慰めるようにいう。
「ほらほら、そんなに怒らなくても良いよ。デメルテもそんな風に何度も謝罪してくれたしね。まあ僕自身悪性が目覚める前に封印してくれたから、助かったとこもあったしね」
本当に疑問が一杯だ。レイはそんな中で特に気になった事を聞く。
「うーん、そもそも善性が1つなのに何で悪性が7つもあるんだ?」
レイにしてみれば、善性1つに悪性が7つなどバランスが悪いとしか思わなかった。
「君も大概、嫌な事に気がつくねぇ。それは簡単、悪性のうち1つは僕のだけど、他の6つは六柱の悪性を押し付けられたのさ。だからバランスが悪くなる。流石の僕も抑えつけられないって訳さ」
何だか神の話なのに随分人間臭い話なので、レイは眉間に手をやる。その話だけ聞くとどうにも六柱も酷い奴らなのだ。
「でもそれは僕らの中では容認事項だから、彼らを責める必要はないよ。偶々僕の力が他のみんなより強かったから受け入れただけだしね。ただ誤算だったのは僕の悪性でこれが他の悪性の力を増幅させた。だから僕らはバランスが崩れて眠らざるを得なかったのさ」
「まあ良く分からないけど、神様にも色々事情があるのはわかったよ。とは言え、それなら君が飛び散った悪性を捕まえれば良いんじゃないの?」
レイは疲れた表情で、尤もな事を言う。元々7つの悪性と拮抗した力を持っていたのだ。個々となった悪性を捕まえるのは、造作もない事だろう。しかし少年はそれを否定する。
「無理だねえ。今の僕は抜け殻みたいなものだから。ほら僕は階層主をしてただろう?あれは相当な力を使う。でも彼らはその間力を溜め込んだから、完全に力関係が逆転しちゃった。だから7つのカケラは滅するか、封じるかをしなければならないけど、アネマの聖剣でも滅するまではいかないだろうね。だから理想はアネマの聖剣で弱体化させ、デメルテの力で再封印が現実的かな。アネマの巫女がアネマを降ろせば滅する事も可能だろうけど、降ろされた巫女は死んじゃうから、切り札中の切り札だね」
レイはその話を聞いてガッカリする。目の前の少年は役に立たないばかりか、聖剣さえも完全には通じない相手らしい。正直それが7分割されているだけマシなのだが、それでも溜息しか出てこない。
「で、俺に用ってなんなんだ?」
「ああ、君にも忠告しようと思ってね。君は確かに強いけど、もっと強くならないといけない。多分素養があると思うんだよね。今のままだと、相手に通じない可能性が高いから」
レイはそこで渋い顔をする。レイは強さを求めた事が無い。努力を怠る事はしないが、強さのためでは無い。あくまで自分の領地を守る為の力だ。だからそう言われても全く嬉しく無い。
「いや別に通じなくても良いんじゃない?あ、嫌、駄目か。通じないと身内すら守れないのか……」
そう厄災は知らない所の話では無い。むしろ身内に関係する人達が多いのだ。そんなレイをニヤニヤと少年は眺める。レイはそんな少年にイラっとするが、怒ってもしょうがない。
「まあ、強くなりますと言いたいですが、どうしたら良いですかね?そう簡単に強くなれるものでも無いでしょう?」
「まあ普通の人間ならそうだね。ただ君の場合は、精霊に聞くと良いよ。どうせ僕らにも聞こえない精霊の声が聞こえるんでしょ?でなきゃあんな自由に精霊が動く訳ないもの。恐らくそれが君の強みでしょ」
少年はレイを見てそう言ってくる。まあ相手が神の端くれなので、それがバレても驚きはしないのだが。レイは変なところが気にかかる。
「精霊の声が聞こえない?存在は感じられるのに?」
仮にも神なのに精霊の声が聞こえないなんて、あり得るのかと疑問に思ったのだ。しかし少年は平然と肯定する。
「うん、僕ら神と呼ばれる側は精霊の声は聞こえない。存在の質が違うからね。神はオドの集合体。精霊はマナの集合体。人は違いを余り認識していないけどね」
オドとマナ。概念的には学院の授業でも習うが、確かに多くの生徒は理解していない。レイは精霊を身近に感じられるからこそ理解できるが、そうでなかったらやはり違いは分からないだろう。するとそんなレイの元にディーネの声が響く。
『主様を強くするなら、当てがありますわよ』
『ああ、あるんだ……』
レイはそこで1人苦笑いだ。どうやらまだまだ振り回されるらしい。でもそれは仕方がない。身内を守ると決めたのはレイ自身。クロイツェルだけでなく、レイの身近にいる大事な人達も守ると決めたのだ。そんなレイを見て不思議そうに首を傾げるユーリを見返しながら、まあ守れる分くらいは強くなろうと思うのだった。
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