第百十八話 事後処理
国の上層部は大いに揉めた。正直言って、想定外の事態が起こりすぎていた。アレックス達探索隊からもたらされた報告は、それだけ衝撃的な内容だったのだ。そして困った事に、王都でのお祭り騒ぎだ。人々は災いがふって出たとは全く思っていない。神の降臨やら、幸せの福音やらとお祭り騒ぎだ。この事態を公表する事も出来ず、ただお祭り騒ぎが静まるのを待つしかなかった。
「なるほどね。あのアホ孫、とんでもない事をしてくれて」
レイはその日、ヘルミナに呼び出され、ことの経緯を細かく説明していた。彼女の両脇には薄藤色の髪の少女と青い髪の少女。レイは表向き2人の護衛で付き添っていたが、実際はレイが本命だ。ヘルミナはそのレイの報告にこめかみを押さえて、渋い表情をする。ヘルミナが言うアホ孫とは当然、アレックスの事だ。アレックスが事態の全てを引き起こした訳ではないが、もう少しやりようがあった筈なのだ。その機会を全て台無しにしたのは、他ならぬアレックスだった。
「大叔母様、過ぎた事は考えても仕方がありません。むしろこれからが大事です。国としてはどうなさるおつもりなのですか?」
「ふんっ、頭を抱えておるよ。幸いアホ孫が責任とって探しに行くと言い張っているから、落とし所としては悪くはないが、カケラが飛び散った周辺諸国の事もある。ヴィクトリアあたりは、王子が出て行く事に猛反発をしているしの」
確かに問題は山積みだ。国としての責任を果たす為、アレックスが対処するのは悪くない。問題はやはり王妃だろう。息子をむざむざ危機へと向かわせる様な事を好しとしないだろう。勿論、他国への説明もある。差し当たり人族の国であればまだ良いが、それが異種族の国であるならばどうなるか?全く予測がつかなかった。
「確かに王妃様は反対されるでしょうね。勿論、ロンスーシー一派も。アレックス様がいなくなれば、王位争いも混沌としますから」
「カケラの一つは私の国の方角にも飛んだと聞きます。正直、春まで戻れないのはもどかしいですね」
リーゼロッテもセリアリスに呼応する様に憂いの表情を見せる。彼女はこの春までは母国に戻れない。冬の長距離移動は危険を伴う為、致し方ない。勿論書状をしたため、国には先触れを送っているので、情報は先に伝えられているが心配なものは心配なのだ。
「あれ、そう言えば王城の方にも光が飛んだんだよね?」
レイは思い出した様にセリアリスを見る。王城方面に光が飛んだ話はセリアリスから聞いたが、王都の人達の間でも話題になっており意外に有名な話になっていた。
「そっちも調査中だね。そもそも王城側ではそれを見たもの自体少なくてね。途中で光が消えた事もあって、何処に行ったか分からんのだ。全く以って厄介だよ」
ヘルミナはそう言ってぼやく。そうなるとレイに出来る事は多くない。王都にあるらしいカケラの所在がわかれば回収に行くのも吝かではないが、分からないならレイの出番はないのだ。
「なら俺は暫くはお二方の護衛役ですね。後の事は国の偉い方にお任せするという事で」
するとヘルミナがニヤリとする。その表情にあまり良い思い出のないレイは、嫌な予感に顔を顰める。
「そう言えばあんた護衛でクロイツェルまで戻るんだよね」
ほら始まった。レイは警戒する様に答える。
「ええ、まあ、父にもそう言われてますので」
レイはリーゼロッテの帰国の際の護衛役として、この春にクロイツェルに戻る事になっている。そしてその後王都にとんぼ返りする予定だった。因みにユーリに直ぐは付き合えないと言ったのも、これが原因だったりする。
「そうかい、実はセルブルク連邦の魔法学園の方から今回のリーゼの留学の交換として王立学院から人を寄越して欲しいと言われていてね。本当はそこでアレックスとセリーを出すつもりだったんだが、肝心のアレックスがあんなんだろう?セリーと一緒にというのも婚約破棄の話もあるから、別人選でと言われていてね。なので、もう1人をどうしようかと悩んでいるところなんだよ」
「成る程、ならジークフリード殿下を推薦します。うん、対抗戦では準優勝チームの一員でしかも王家の血筋、何も問題ありませんね」
レイは機先を制してそう言い切る。しかしヘルミナはそれに取り合わない。
「駄目駄目、ジークはもしアレックスがカケラ回収に行っちまったら、王族としての仕事をこなして貰わなければならん。あの子はそんなタイミングには出せないよ」
「それならば、メルテ・スザリンが良いでしょう。ほらリーゼロッテ様も仲が良いですし、うん、完璧な人選ですね」
そして今度は2の矢を放つ。最早レイは藁にも縋る心境だ。しかしそれにもヘルミナは悠然と首を横に振る。
「あのスザリンの弟子かい。残念ながらその子も駄目だね。その子はアレックスの方に同行する様だ。なんでも聖女と仲良くなったし、そっちの方が学校より面白そうって話でね」
レイはいかにもメルテの言いそうな言葉に八つ当たりをしたくなる。するとそんなレイに視線を向けてリーゼロッテがとどめを刺しにくる。
「もうすでにセルブルグ連邦行きの代表として、学院にはレイをリクエストしたから。オシアナ学院長も二つ返事で了承してくれたし、実は決定事項だから足掻いても無駄よ」
「なっ……、あっ、いやほらっ、リオ・ノーサイスとして色々仕事が有るんじゃないの?最悪、カケラ回収に行ったりとか?」
レイはこうなったら、カケラ回収でも構わないので、なんとかセルブルグ連邦行きを阻止しようとする。絶対にセルブルグ連邦では、リーゼロッテの父親含め、偉い人々に絡まれる。圧倒的に悪い意味で。その事をリーゼロッテが仕組まない訳がないのだ。しかし最早最後の頼みさえ姫将軍によって断ち切られる。
「ああ、そのリオ・ノーサイスだが、先日の探索の後、予備役扱いとなり、軍から離脱することが決定した。暫くはその名は使えんから、そう思っておいてくれ。うんうん、軍は惜しい人物を失ったな」
レイは流石に開いた口が塞がらない。しかも目の前の人物は予備役と言った。退役では無く、予備役と。絶対にまた復活させる気満々なのだ。すると此処まで黙っていたセリアリスが最後に駄目押しをする。
「私はレイとクロイツェルや他所の国に行けるのなら、嬉しいわ。レイは嬉しくないの?」
レイの感想はただ一つだった。ズルい、ズル過ぎる。此処でセリアリスにそれを言われたら、もう降参するしかないではないか。そこでレイは両手を上げて降参する。
「参りました。まあ折角行くのなら楽しむ事にします、ええ、楽しみますよ」
完全な出来レース。半ばやけである。そんなレイを可笑しそうに笑う3人の才女に抗う術はない。なのでレイは、素直に嬉しそうにするセリアリスに笑みを向けるのだった。
◇
同じ日違う場所、そこは王の居室で王も含めた国の重鎮とアレックスが集められていた。
「アレックス、貴方は王子なのですよっ、そんな勝手が許される訳ないでしょうっ」
そこで金切り声を上げる王妃ヴィクトリア。今まさにこの場でアレックスへの処遇が話し合われていた。彼が犯した罪は小さくない。確かに遅かれ早かれとき放たれる筈だったものとはいえ、独断な行動により確実に早めてしまったのは事実なのだ。しかも他国の王女の前での誓約。言い逃れ出来る状況ではない。
「許すも何もこれは私の責であり、私はただそれを全うすると言っているだけです。母上に心配を掛けるのは申し訳なく思いますが、王族の血を引くものとして、そこを譲る気はありません」
ただアレックスは最初から自分の非を認めており、その責任を全うすると言っていた。だからそれを認められないヴィクトリアが声を荒げるのであった。すると此処までじっとその母子のやり取りを眺めていたもう1人の親である王が、感心した様に言う。
「ふむ、自分の責と言い張るか……。アレックス、その方、それがどんなに困難な事なのか分かるか?」
「正直推し量れません。それ程までの困難とは思っております」
アレックスは真っ直ぐ父の目を見据え、その覚悟を瞳に込める。王は満足そうに頷き、口元を綻ばせる。少なくともその決意は良いものなのだろう。特に男子が覚悟を決めて立ち向かおうとする様だ。ましてそれが自分の息子なのだから、喜びもひとしおと言うものだ。
「ヴィクトリア、もう良い。我が子可愛さは分かるが、その責は誰かが負わねばならん。アレックス、その任、しかと果たすが良い」
「ははっ」
首を垂れるアレックス。その決定にヴィクトリアは抗議の声をあげそうになるが、国王の決に異を唱えれば王妃と言えど反逆罪になりかねない。ただ王はそんなヴィクトリアに頭を下げて詫びる。
「すまんな、ヴィクトリア。お腹を痛めて産んだ我が子を窮地に追い込む様な真似をしての。ただアレックスは王族、しかも直系の王子だ。その果たすべき役目がある。すまぬが分かってくれ」
国王は、王としての決断をした。ヴィクトリアは母として反対をした。ただ彼女は王妃で王妃としての顔も思い出す。
「陛下、申し訳ございません。取り乱しました。それと貴方、アレックスは強い子です。きっと役目を果たして帰ってきますわ。それをぜひ見ていて下さい」
その2人の会話で周囲にいた重鎮達も一様にホッとした表情を見せる。これで方向性は決まった。此処からは実務の問題だ。
「それでアレックス、その任は誰と赴くつもりなのだ?」
「はっ、差し当たり聖女たる2名には同行頂く所存です。それにエリク、アレスの両名、後、大魔道スザリンの弟子メルテも参加するとの事です」
アレックスはそこで予定しているメンバーを告げる。ただその中で1人だけあてにならない人物もいた。
「アレックス様、申し訳ないが息子は辞退させて貰う」
そう言ってきたのは、アレスの父であるグレイス卿である。するとアレックスは心配そうな顔をする。
「アレスは未だ容態が悪いのですか?」
そうアレスは未だ容態が悪いと言う事で、学院にはきていなかった。するとグレイス卿は首を横に振る。
「いや体調は戻ったが、今王都にはいないのだ。つい先日、修行の旅に出ると王都から離れていったのだ」
「修行ですか?」
「つい先日の対抗戦で無惨な負けが堪えたのだろう。国王陛下ではないが、その心意気を買って許可したのだ」
「そうだったのですか」
アレックスはその言葉に納得する。ならば今度会うときはパワーアップしているに違いない。それを素直に信じたアレックスは楽しみに思う。とは言え、前衛が1人減るのは痛い。王もその事を気にかけたのか、アレックスに一つ提案をしてくる。
「そうなると少し手勢が弱いか。ならば、どうだ。武闘会で広く人を募ってみては?在野にも良い人材がいるかも知れぬぞ?」
「武闘会ですか?分かりました。ではそこで優秀者を見繕う事にしましょう。宰相、準備を頼めるか?」
「承知しました。手配しましょう」
アレックスにしてみれば、良い人材が増えるのは好ましい。なので特段反対もしなかったのだが、後にその判断を嘆く事になるとは全く思っていなかった。
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