第百十七話 神殿からの光
その夜、大神殿から7つの光が世界へと飛び散る。神殿から飛び出した光を目にしたものは、誰もが慶事の予兆だと声を上げた。誰一人それが厄災をもたらす凶事のカケラとは露にも思わない。
「おい、今の見たか?神が降臨されるのか?」
「本当、綺麗な光、でも方々に飛び散ってしまわれたわね」
「おおっ、1つは王城の方へと落ちていったぞ?この国に神の恩恵があるのだ、ハハッ、これで王国も安泰だ、王国万歳!」
民衆はこの慶事をお祭り事の様にはしゃぎ出す。それは神の奇跡、確かに違いないのだろう。飛び散ったのは確かに神のカケラなのだ。だが感じ方は人それぞれ。逆にそれを見て、憂いを覚える者もいた。
セリアリスは学院の寮でその窓から光が飛び散るのを見ていた。彼女は今、レイ達が大神殿地下で探索を行っているのを知っている。その光の出元はまさにその神殿の方角であり、その光景が素直に良いものだとは思えなかった。しかもその光の1つが王城の方へと落ちる。
「えっ、今王城の方に光が落ちた!?」
セリアリスは光が落ちた方角を凝視する。確かに王城の方へと落ちていった。だが特に爆発とか火災とかそういった事は無さそうなので、取り敢えず一安心する。そしてアレは一体何なんだろうと訝しむが、情報の無い彼女では当然答えは出ない。そもそもこの光を見ていた人間はどれだけ居るのだろう。神殿近辺に住んでいる人ならば、気付いたかもしれない。王都に住んでいる人々も気付いている人は居るだろう。
「これは明日、話題になるわね」
吉兆なら良い。神殿から出た光だ。大抵の人は慶事だと思うのだろう。そう言った意味では悪いものでも民衆が不安がる事はない。でもセリアリスには何故だか良い事の様には思えなかった。
『レイ達は大丈夫なのかしら?』
大神殿には、レイやユーリ、メルテやリーゼロッテなどもいる。セリアリスはレイがいればと思う反面、レイさえも手も足も出ない様な局面であったらとつい思ってしまう。本当であれば、自分も参加していた筈の探索である。自分がいれば、多少なりとも力になれる場面もあっただろう。セリアリスは、そんな悔しい思いを噛みしめながら、それでも只々、レイ達の無事を祈るのだった。
◇
「これでアレックス又はユーリルート確定ね」
そう嘯くのは、学院長オシアナ・シャルツベルだ。彼女が自分に課した役割は、観察者。主人公達と世代の違うNPCキャラに転生してしまった為、物語に関わる事なく、ただその経過を眺めるだけの存在だ。彼女もまた神殿から飛び出した光を学院長室から眺めていた。あれは厄災。ユーリに降りた神託が暗示するもの。そしてこれから混沌と化す世界への序章である。
「でもね……」
オシアナはどうも釈然としない。どうにもユーリのアレックスに対する好感度が低い様な気がするのだ。そうなると俄然ルートはアレックスのルートというよりは、ユーリルートへと傾く。まあどちらのルートにせよ、暫くは大きな動きはない。それは彼の登場から、物語が動くからだ。そしてオシアナは、その彼を既に見出していた。
「まあそこはこれからの展開次第ね、リアルでゲームキャラの交わりが見れるんだから、楽しまないと」
そう。オシアナはその為にこれまで生きてきたのだ。前世の知識を生かした魔道具の製作で一山当てて、その魔法適性で学院長の座にもついた。本来なら嫁いで幸せな家庭を作っていてもおかしくない年齢なのに、結婚には見向きもしなかった。全てはこの瞬間の為である。
「フフフッ、春になればいよいよ後半のパートに突入、楽しくなるわ」
オシアナはそう言って楽しげに夜空を眺めるのだった。
◇
そんな外の喧騒など露知らず、古代遺跡最奥の階層主の部屋は、陰鬱な空気に包まれていた。
「なっ、あれが傀儡だと申すのかっ?」
ハイゼルが声を荒げる。死者こそいないが、重傷者も出た決死の戦いを何とか乗り越えた。それがまさに無駄だったと言われている様なものなのだ。そこで憤るのは当然だった。勿論そんな心情をレイも理解しているので、つい申し訳なくなる。
「申し訳ないのですが、敵の核は祭壇の台座に封印されていました。傀儡はその核から操作されていた様です。結局核が破壊された後、傀儡も消えて無くなりましたから」
「くっ」
ハイゼルは悔しげな表情を浮かべる。するとエリクが話の流れを変える様に、先程レイが語った傀儡の少年との会話を確認してくる。
「それでその飛び散った神のカケラは、悪性なのだな?」
「ええ、アレが真実を言っているのであれば、そうなります。今この場でそれを確認する方法はありませんが」
するとユーリとエリカが確信に満ちた声で口を挟む。
「エリク様、あれが神託にあった放たれるものです。間違いありません」
「ええ、ユーリ様のおっしゃる通り、間違いないでしょう。飛び散ったものからは悪意に満ちたものを感じましたから」
2人の聖女に言われてはエリクも疑問の余地を残せない。そこでエリクは自分の隣に立つ親友へと声を掛ける。彼は今、寡黙に目を瞑り腕を組んで話を聞き入っている。
「アレックス、これからどうする?」
アレックスはそこで決意に満ちた目で、友人を見る。
「決まっている、その神のカケラとやらを回収して、滅するなり封印するなりすれば良い。なに傀儡とはいえ、神を倒した我らだ。カケラ如き、どうと言う事はないだろう」
ただそれを聞いた時、エリクは苦い顔をする。
「馬鹿を言うなっ、それがどれだけの困難を極めるのかわかっているのか?そもそも一国の王子がホイホイ外に行けるかっ?」
エリクの言葉は正論である。その困難たるや生半可な事ではない。しかもアレックス自らがそれを行なうという。そんな事は友人として断固認める訳にはいかなかった。しかしそんなエリクの発言をアレックスは意に介さない。これはアレックスにしてみれば、決まっている事なのだ。ユーリとパーティを組み、世界を旅するユーリトゥルーエンドへの正規ルート。だからこそ、それは譲れない。
「エリク、お前こそどう言うつもりだ。世界に厄災が振り撒かれた今、それに立ち向かわないでどうする?そもそもそんな事、他に誰が出来るという?」
確かに傀儡を打ち負かした事実はある。しかし、あれは聖女の力があってこそ。外から見ていたエリクにはその事が良く分かっていた。そしてそれ以前は確実に押し負けていたのだ。アレックスであっても絶対ではない。
「例えばそこの仮面の奴、其奴は厄災を振りまいた張本人だ。それをする責任が有るだろう」
エリクはそこで、レイに目を付ける。実力的にはアレックスと五分以上、むしろ仮面の男の方が優勢だろう。レイも仮面の下で面倒な事をと渋い表情を見せる。レイにしてみても、それは痛い所だった。結果論とはいえ、確かにばら撒いたのはレイ自身だったのだから。しかしここで折れたら面倒事が降りかかる。なのでレイは悪びれもせずに言う。
「いやエリク様は異な事を申される。此度の事は全てアレックス様の責任でしょう。確かジークフリード様達との会議の席で、そう仰られてましたよね。そもそも貴方達、アレックス様の部隊が引けばこの様な事は起こらなかったのですから」
エリクはその言葉でレイを睨みつける。それを言われると返す言葉も出ない。そしてアレックス迄もがそれを肯定する。
「うむ、確かに此度の事は俺の責任。その業は俺が背負わなければならない。少なくとも俺はそこから逃げるつもりは無い」
「クッ」
エリクは苦悶の表情を浮かべ、押し黙る。事が事だ。下手したら廃嫡までもあると言うのに、アレックスはどうしてしまったんだっとエリクは心の中で怒鳴るが、その心の叫びはアレックスに通じない。
するとそこでユーリが話し出す。
「兎に角此処から離れませんか?ここで話をしていても、結論は出ないでしょう。勿論、状況報告をする必要もあります。エリク様、宜しいですか?」
「仕方が無い。ただアレックス、俺は君がカケラの回収に行くのは反対だからなっ」
エリクはそう言い捨てると、部屋の中に出てきた転移の魔法陣へと歩いて行ってしまう。それをアレックスはやれやれと言った表情で見ながら、全員に号令をかける。
「さあ戻ろう、全ては戻ってからだっ」
「「「おうっ」」」
近衛全員が揃った声で返事をする。そしてアレックスを先頭にゾロゾロと皆が魔法陣へと向かう。レイはその最後尾に続く様に歩き出すと、ユーリがその隣に並んでくる。
「これから一体どうなっちゃうんだろう」
ユーリはレイだけに聞こえる様な小さな声でそう呟く。多分それは本心でちょっとだけ見せた弱音なのだろう。レイはそんなユーリを慰めるようにポンポンッとその頭を撫でる。
「ユーリが全部を背負う必要は無いよ。まあ最悪の場合なら、ユーリの側にいる事も考えるから」
「フフフッ、そこは俺も着いて行くから安心しろって言う所じゃ無いの?」
ユーリはいつものレイらしい物言いに、思わず口元を緩める。するとレイは少しだけ考えて答える。
「うーん、やっぱ最悪にはなっちゃうかな。少なくとも最初からついて回る事は出来ないかも」
「そうなの?でもそれでも良いわ。元々レイにはレイの目的があるのは分かっているから。だから最悪で構わないわ。レイは危ないところで助けてくれる英雄様だもんね」
ユーリはこの大切な友人が自分の故郷に帰る事を知っている。それが彼の望みだという事もだ。だから無理をして貰いたいとも思っていない。それは自分の使命だからだ。
そしてユーリのその声には先程の不安げな気配が消え、何処か決意を秘めた強さを感じる。レイとしては、そう言われると弱い。彼女の事だから、多少は無理をしても前に進もうとするからだ。むしろその方が危なっかしかったりする。
「いや本当、英雄はやめてくれ。俺はただの子爵嫡男なんだから」
レイはお決まりの言葉を言って肩を竦める。まあユーリに英雄扱いされるのは、悪い気はしない。そう言う相手が増えると困るのだが、少ない数ならその期待に応えても良いと思える。
ユーリはそんないつものレイを嬉しそうに見ながら、のんびりと肩を並べて歩いて行くのだった。
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