第百十三話 転移
『レイタイヘン、ユーリイナクナッタ、イナクナッタ!』
レイはシルフィの報告に眉を顰める。
『居なくなった?』
どういう事なのか分からず慌ててシルフィに聞く。
『えっ、シルフィどういう事?居なくなったって、何処から居なくなったの?』
するとシルフィは考えながらも返事をくれる。
『ウーントネ、コノ階ノ遺跡カライナクナッタ、サッキ迄ハイタ』
レイはそこで考えこむ。この階層からユーリはどっかに消えたらしい。もしユーリが怪我をしたとか、万が一にも殺されたとかなら、シルフィはそう言うだろう。
『どういう事だ?』
レイは答えが全く思い浮かばず困惑する。すると先程から動かなかったレイにリーゼロッテが不思議そうに聞いてくる。
「レイどうしたの?もうみんな先に進んでいるわよ」
「ああごめん、ユーリの反応が消えたので考えこんでた。人がいきなり居なくなる事ってある?」
レイは今周囲に人がいない事を確認した上で、リーゼロッテにそう聞く。するとリーゼロッテは厳しい顔をして、もう少し内容を聞きたがる。
「えっ、それって転移したって事?」
「転移?」
レイはリーゼロッテが何やら聞き慣れない言葉を言ったので思わず聞き返す。リーゼロッテはレイが転移を知らない様なので簡単に説明をしてくれる。
「転移って、簡単に言うと魔法で違う場所に飛ばされるって事。ほら階層主を倒すと入り口に戻れる魔法陣が出る事が有るじゃない、あれよあれ」
「ああ、そう言えばそう言う古代遺跡があるって聞いた事があるなぁ。俺はそういう所に行った事がないけど」
レイはその説明を聞いて納得する。あれを転移というのかと。レイ自身はそういう実体験がないので、ピンとこなかったがその転移とやらなら可能性はある。
「でも階層主の部屋で倒した訳でも無いのに、そういうことってあるのか?」
レイの感覚で転移は階層主を倒したご褒美的なものだと思っていた。なので、それ以外の条件でそんなものが有るのかと疑問に思う。
「あるわよ。でもそういうのって、いきなり最下層の階層主に送られたりするから危ないのよね」
「さ、最下層のボスっ!?えっ、もしユーリがそれにあったら、ヤバイんじゃ無いの?大丈夫なの?」
最下層のボスといえば大抵がヤバイ魔物がいる場所だ。勿論相性や強さも強弱はあるが、少なくとも今いる古代遺跡クラスだと災害級がいてもおかしくはない。なので慌てるレイに厳しい表情でリーゼロッテは言う。
「それだけじゃ無いわよ。ほら神託があったでしょう?当たり……引いちゃったかも」
「はっ?……ああ、あり得る。となると急ぐ必要があるか。なら俺1人で先に行った方が良いけど、リーゼ、大丈夫?」
レイは混乱する頭をなんとか回転させ、その結論に至る。まあジークの部隊であれば、そうそう遅れを取る事はない。問題なのはユーリ達の方なのだ。リーゼロッテも同じ考えに至った様で、すぐさま首肯する。
「それが良いと思う。あっでもエリカさんは連れて行った方が良いかも。もしかしたら魔法で封印が掛かっているかも知れない」
「ん?でもそれならユーリが解除しているんじゃ無いの?でなきゃそんな場所には行けないでしょ?」
「人を転移させたら、再び鍵が掛かるタイプの封印も有るのよ。もしそのタイプならレイ、入れないわよ」
つくづく厄介だ。レイはこの古代遺跡の設計者を忌々しく思いながら、リーゼロッテに感謝する。
「ありがとう、リーゼ。ならジークに説明してさっさと動くとするよ。幸い居なくなった場所までなら、行けそうだからね」
最後に反応があった場所までならシルフィが連れて行ってくれる。なのでレイとリーゼロッテはすぐ様行動に移す。ジークは「だから言ったのだっ」と憤慨したが、行く事は特に咎める事はなかった。エリカもユーリや兄のエリクもいるので、付き添う事は二つ返事で了承した。
「でも古代遺跡坑道内の移動だと私は足手まといになってしまいますね」
エリカはそう口惜しそうに言う。彼女自体、戦闘訓練をしていない訳では無いが、お世辞にも強いとは言えない。この急がなければいけない状況で足手まといになる事が悔しかった。しかしレイは気にした風もなく、エリカに言う。
「エリカ様、移動は俺が何とかします。それにあたって一つ質問があるのですが、よろしいですか?」
「はい、構いませんが……?」
レイはその返事を聞いて仮面の下でニコリとして、エリカに質問する。
「エリカ様はおんぶと抱っこ、どちらが得意ですか?」
「はい?おんぶと抱っこですか?」
「はい、おんぶと抱っこです」
リオの口調は決してふざけている訳では無い。とは言えどっちも経験がある訳ではないので、何となくでつい返事をしてしまう。
「えっと、抱っこ……?でしょうか?」
「了解です、では失礼して」
するとリオは軽々とエリカを抱っこする。それに慌てふためくのはエリカだ。何を隠そう、エリカは前世も含めて人生初のお姫様抱っこを今体験しているのだ。慌て無い訳がないのだ。
「えっ、えーっ、あの、その、ええっ」
「エリカ様、出来れば首に手をかけて下さい。その方が体勢が安定するので」
レイは全く動じたところもなく、的確に指示を出す。エリカもおずおずとその首に手をかけると、リオの体がより密着する。
『ち、近いっ、あっ、でもリオ様ちょっと良い匂い』
エリカの顔はもうすっかり茹でダコ状態だが、決して嫌ではないのでよりしっかりリオに掴まる。レイは体勢が整ったと判断してリーゼロッテに声をかける。
「ではリーゼロッテ様、一足先に行ってきます。ジークフリード様もリーゼロッテ様を宜しくお願いします」
するとリーゼロッテはリオには返事をせずにエリカに釘を刺す。
「エリカさん、くれぐれもリオに惚れては駄目ですからね。今回は仕方がなく貸してあげるだけなんですから」
「へっ、は、はい……」
「リーゼロッテ様もご冗談を。ではエリカ様、行きますよ」
リオはリーゼロッテの物言いを軽くいなしつつ、いざ出発とばかりに古代遺跡の道を走り出す。
「えっ、えーっ」
エリカは思わず絶叫する。速い、速いのだ。勿論魔法で身体強化でもしているのだろうが、それにしても速すぎるのだ。自分の周りを通り過ぎる風景も自分に当たる風も何もかもが凄すぎた。ただそれは楽しかった。それこそ前世の時に乗ったジェットコースターの様なもの。エリカは気がつくと自然と笑みを溢していた。
『嘘、何これ?こんなの凄い、生まれ変わって一番ワクワクするかもっ』
それはエリカの正直な感想だ。貴族の娘に生まれ、魔法のあるファンタジーな世界に生まれ変わって、それでもここまでワクワクした事は無かった。それをゲームキャラでもないモブの人間が体験させてくれるのだ。エリカはボソッと言葉を零す。
「リオ様は何者なのですか?」
「さあ、何者でしょうね」
その言葉ははぐらかそうとして言っている言葉ではなく、本人も良く分かっていない様な口振りだ。エリカは自然と口元を緩める。
「私が分かるのは素敵な人だという事だけですわね」
「ははっ、有難うございます。エリカ様、次は飛びますよ」
「キャッ」
リオはそういうとふわっとジャンプしたかと思うと、風に乗って高々と舞い上がる。足元には魔物がおり、風は魔物を通り過ぎて反対側まで運んでくれる。本当に何者なんだろう。仮面の下の素顔が知りたい。エリカはこの短い2人きりの冒険の中、その事を強く思い始めるのであった。
◇
アレックスは、今自分達の身に何があったのかわかっていた。予定通り転移させられたのだ。元々ゲームの時にあった隠し部屋。これは最下層、最奥にある部屋へと強制転移させられる言わば短縮ルートだった。元々、アレックスは、この地下遺跡を探索するにあたって、この最短ルートを進むつもりだった。この地下遺跡は十層もあり、簡単に攻略出来ない。それにユーリトゥルーエンドでは、彼のものの解放は避けられない為、どっちにしろさっさと最下層、最奥に行った方がいいのだ。それにこの最下層、最奥の敵はアレックスとユーリにとって、相性の良い相手だ。神託イベントがあった今、負ける相手ではない。だからこそ強行軍でこの隠し扉を探し当て、半ば強引に扉を開けさせたのだ。
そして包んでいた光が収束され、場面が変わる。そこは荘厳な神殿を模した造りの場所だ。アレックスは背後を見るとどうやらアレックスの部隊は全員この場所に転移させられている。
『ゲームだとパーティメンバーだけだから、この辺は違いかな』
そもそも神殿探索自体、パーティメンバーだけの探索だ。ただ普通に考えて、国の王子を少数で攻略に当たらせる事は現実的ではない。やはりそれがゲーム仕様だという事だろう。
「で、殿下、これは一体何が?」
ハイゼルが慌てた声でアレックスに聞いてくる。アレックスは答えを得ているが、ここは惚けて言う。
「分からん、たださっきとは違う場所というのは間違いないだろう」
すると近くにいたアーネストが難しい顔で話しかけてくる。
「恐らくは転移魔法で違う場所へ飛ばされたのかと。古代遺跡関連の書物にその様な記載があったのを覚えています」
「転移だと!?一体どこに移動させられたのだ!?」
動揺するハイゼルは、答えたアーネストを睨みつける。アーネストも全てを知っている訳では無いので、その返事は自信無さげだ。
「恐らくは、古代遺跡の何処かだと思います。多分ですが、階層主の部屋、最悪の場合は最下層の可能性もあります……」
「最下層の階層主……だと」
ハイゼルはそう呟き絶句する。それは生きる災害だ。勿論、Sランク冒険者や最高峰の騎士や魔道士がいれば、討伐も可能性がある。しかし現状メンバーはいいところBランク冒険者程度の実力だ。相手次第では太刀打ち出来ない。
「しかも階層主の部屋ならそれを倒さないと此処を出られない可能性もあります。アレックス、どうする?」
するとやはり近くに来たエリクが補足を入れつつ確認してくる。アレックスは当然とばかりにエリクに返事をする。
「勿論討伐するさ。どの道そうしないと此処から出られんなら尚更だ」
アレックスにしてみれば、当然の回答である。元々その為に此処へ来たのだ。
「まあ仕方ないだろうね。皆さんもそれで良いですか?」
エリクはそれに同意しつつ、周囲の人間にも同意を求める。正直、他に選択肢も無いので頷くしかない。一同が目を合わせ頷き合うとアレックスが音頭を取る。
「ならば行こう。必ず生きて帰るぞっ」
「「「おうっ」」」
これで舞台は整った。アレックスはそう確信し、ボスがいるだろう神殿内部へと足を踏み入れた。
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