第百十話 神託
遅くなりましたー!でも結構重要です。
その夜ユーリは夢を見た。その夢は何処か現実的な部分もあり、それでいて非現実だとも思える不思議な感覚だった。ユーリは1人深い靄の中、その場所にいた。それは神殿でも神気が溢れる様な場所と同じ様な感覚で、ユーリは直ぐに何が起こるのかを理解する。それはまだ幼い頃に1度だけ体験した事のある感覚で、ユーリの人生を大きく変える出来事だった。
「慈母神様……?」
ユーリはそう言葉を零す。多分口から声を発していただろう。それが実際音として発せられているかはわからない。何故ならその後ユーリの頭に響く声を耳で聞いた訳では無いからだ。
『我が愛子よ……』
その声は懐かしく、そして何処までも慈愛に満ちた暖かい感覚。ユーリはその場で祈りの姿勢をとり、その言葉の続きを待つ。
『貴方には迷惑を掛けてしまいます。我が愛子で有るばかりに、これから多くの苦難を強いる事となるでしょう』
ユーリは姿勢を崩さず、慈母神の言葉を聞き入れる。苦難と言った。やはり自分には託される使命があるのだと実感してしまう。
『本来で有れば、我が愛子にその様な苦難は背負わせたく有りません。しかし時の歯車は動き出してしまいました。貴方はその動き出した運命に身を委ねなければなりません』
慈母神の声は何処か申し訳無さそうに、それをユーリに強いる事に引け目を感じさせる。ユーリはそれを己が決意をもって否定する。
「慈母神様、お気になさらずに。その覚悟は既に出来ています。自分には何かを為さなければいけない覚悟が。だからご安心下さい、私はその運命を乗り越えて見せます」
するとその場の空気が和らいだ気がする。これで良い、慈母神様に自分の覚悟は伝わったとユーリは思う。
『我が愛子、優しく強かな我が娘、彼のものを救いなさい。彼のものは深き檻に封じられしもの。その深き場所よりじき放たれます。彼のものの望みは平穏、それを為し得るのは貴方だけです』
それは慈母神様より与えらえた神託である。彼のものとは?それを救うとは?ユーリの頭に疑問符が浮かぶ。ただ質問を発するより先に慈母神様が言葉を紡ぐ。
『時の歯車が動き出すのは間近です。そこで貴方の運命は動き出す。故に私から貴方へ1つ力を授けます。貴方の前に立ちはだかる困難に際し、手助けとなるでしょう』
慈母神様のその声の後、自分の中に新たな慈母神様の力をユーリは感じる。そしてその力が何なのか、どう使えるものなのかを瞬時に理解する。その力は魔を封じる力。彼の者を平穏の眠りに誘う力だ。ただそれを感じると同時に慈母神の神気が遠ざかる。ユーリは慌てて質問を紡ごうとするが、それが声として出される前に目が覚める。
「ああ、慈母神様……」
ユーリは聞きたい事を聞けず、ただ呆然とする。分かるのは近い将来、何かが起き、自分がそれを救わなければならないという事だけ。それが苦難を伴う使命であり、その困難を乗り越えて進まなければいけないという事だけ。
ユーリは身支度を整え、自身に与えられたテントから外に出る。向かうのは信頼できる友人の元。今あった出来事を真っ先に伝えたい人の元へと向かうのだった。
◇
ユーリと同じタイミングでもう1人の神の加護持ちであるエリカにも神託が降りていた。エリカはその出来事に呆然とする。彼女の記憶では、神託イベントは存在するが、それはユーリに対しておりるものであり、エリカの様なモブにその様なものが降りる事はない。
『あれ?なんで私に神託が?でもユーリにも神託があるのかも?いやまずは神託の方に集中しないと』
エリカは動揺する内心をなんとか押し留め、平静を取り戻し神の声に備える。すると脳内に響く様に至高神の清廉な声音が響く。
『我が眷属たる巫女よ、お聴きなさい。今時の歯車が動こうとしています。それは不浄のものの発現、世界が不浄に侵される予兆。彼のものはその怨嗟によりこの世に不浄をもたらす象徴』
エリカはそれを聞いて息を飲む。やはりだ。細かい文言までは覚えていなかったが、ゲームシナリオにある後半パートへの導入。舞台が学院から外の世界へと移るきっかけのイベントである。
『貴方はその力を持ってその不浄を滅さなければならない。それは過酷な試練、己が力のみでは果たす事の叶わぬ困難。それでも貴方は立ち向かわなければならない。我が眷属たる巫女としての使命を果たさなければならない』
エリカには分かっている。これから先の後半パートには様々なイベントを乗り越えなければいけないことが。ただ彼女の立場は本来モブだ。エリカは今まさにその困難に押し潰されそうだった。
『ただ案ずるな、我が眷属よ。その試練を乗り越えるにあたり、其方には力を与えよう。魔を滅し不浄を払う力を。彼のものは不死にして永遠。しかしその力が有れば彼のものの力にも届く』
至高神がそう言うと、エリカの中に新しい力が目覚めるのを感じる。それは魔を滅し、不浄を払う力。分かっている。ユーリがパーティ内で大きな役割を果たす力と同じ力だと言う事を。
『既に試練がある事は必定、それはもうすぐ側まで近づいている。我が眷属たる巫女よ。困難を乗り越えて試練を打ち果たせ、この世の不浄を滅するのだ』
そして至高神のその言葉を最後に神気がエリカから遠退く。エリカは簡易寝所の上で両手を付けてがっくり項垂れる。これは不味い、不味いパターンだ。何よりエリカには、学院に通い始めた当初のユーリのポジションへの憧れが無くなっていた。今の彼女はこの世界のただの貴族の娘で良いとさえ感じていた。ゲーム世界とは別の異世界で、その生を全うしたいとさえ思っていたのだ。
それが図らずもその立ち位置を得てしまった。今のエリカには、どうしたら良いかわからなかった。とは言え、1つだけ確認しなければならない。ユーリにも神託があったかどうかだ。彼女にも信託が有ったのならば、自分に与えられたのはあくまで補助かも知れない。
「先ずはユーリ様の元に向かわないと」
エリカは未だショックを引きずっている。しかし前を向く為にも、落ち込む気持ちに鞭を打って、自分のテントから飛び出るのであった。
◇
その夜レイは夜営の際の見張り役を買って出ていた。幸い日中は殆ど戦闘にも参加せず、シルフィ頼みで索敵のみをしていたので、他の前衛組に比べれば疲労は殆どなく、ならば見張り位はしたほうが良いだろうと受けていたのだ。此処は地下にある遺跡の為、当然昼夜は無い。とは言え周囲は寝静まり、レイは火の前でのんびりとした時間を過ごしていた筈だった。
先ずレイの前に現れたのは、リーゼロッテだった。彼女に関しては多分そうなるだろうと予想していた。レイが夜番を買って出たのを知っているだけに、2人きりになるチャンスを逃す筈はないのだ。実際、彼女をテントの前まで送った時に「またね」と言っていたので、確信犯だろう。
問題はもう2人の女性だった。1人はユーリ、もう1人はエリカだ。流石にレイも面食らい何事かと思う。今はそんな4人の奇妙な会合が始まったところである。
「あれ?なんで此処にリーゼロッテ様が?」
そう言ったのはユーリ。彼女は最初レイのテントへと向かおうとしたが、その途中でレイを見かけ、慌てて来たのだ。そこに何故かリーゼロッテ、確かに少し奇妙な組み合わせだろう。ただそこはリーゼロッテ、さして動ずる事もなく、平然と答える。
「はい、私は護衛役であるリオと明日の簡単な打ち合わせをと思ったのですが、ユーリ様こそこんな夜更けにどうされたのですか?」
「私はその……、少し夢見の件で目が覚めてしまったので、気分転換をと……」
ユーリはそこで素直に答えたものかどうかと、思い悩み言葉を濁す。しかしその言葉に何故かエリカが食い付きを見せる。
「ユ、ユーリ様っ、夢見でございますかっ?」
「え、ええっ、そうだけど……?」
ユーリは思わずそう返事をすると、エリカは自分の事を語り出す。
「わ、私もです、ユーリ様、私も夢のような出来事があって、いてもたっても居られなくて、ユーリ様と是非お話せねばと思って来たのです」
「えっ、エリカ様もですか?」
ユーリもそこでエリカの身に何が起きたのかを察する。一方どうにもこうにも話が見えないのが、レイとリーゼロッテだ。レイはそれでもありそうな可能性の1つに当たりを付けて、ユーリに尋ねてみる。
「お2人は夢見をされたという事で、誰かに話をされに表に出たと……。それはこの場で先にお伺いしても良い内容ですか?それともこの部隊での然るべき方々の前でお話されますか?」
そこでユーリとエリカは顔を見合わせて思い悩む。ユーリとしてはレイに話したくてこの場に来たのだ。とは言えエリカはそうでは無いと思われたので、どうしようかと悩む。ただそんなユーリの逡巡をエリカは気にする事なく誰かに吐露したい心情を訴える。
「私はこの場でお話したいです。今私の中で押し留めておくのは、正直辛いです。リーゼロッテ様とリオ様で有れば、決して悪いようにはされないと思います。ユーリ様、如何でしょうか?」
するとユーリもその言葉に笑みを見せる。どうやら気持ちは同じのようだった。
「私も賛成です。聞いていただくだけでも良いのです。お願いできますか?」
レイは2人の真摯な眼差しに居住まいを正すと、落ち着いた口調で聞く態勢をとる。
「はい、私で良ければ構いませんよ。リーゼロッテ様はどうされますか?恐らく神の加護をお持ちの両名のお話です。決して軽い内容ではないでしょう。リーゼロッテ様はテントにお戻りになっても結構ですよ」
「むう、此処まで聞いたら最後まで伺います。それがどんなお話か分かりませんが、これで私は王位継承権のある身です。多少の事で狼狽えるような事は有りません」
リーゼロッテはそう言って、レイの言葉を否定する。そこは王女、そう簡単には狼狽えないらしい。
そしてさてどんな厄介事がやって来るのかと、レイはそう思いつつユーリとエリカの二人に話をするよう促すのであった。
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