第十話 とある子爵嫡男のプロローグ②
そんな顛末をレイは傍から眺めていた。本当は知りたい情報は既に把握していたので、さっさと離れても良かったのだが、セリアリスの声が聞こえたところで、様子を伺うことに変更したのだ。これでも一応、カエラ夫人からお願いされた身である。なので、気に掛けた格好だが、正直、第一王子の対応があまり宜しくない。まあ、友人というか部下の事を上手く御していないのは判る。それを正そうとセリアリスが注意するも、あまりきつく咎めるでもなく、むしろセリアリスを叱責していたくらいだ。周りの印象も7対3位でセリアリスに同情していた気がする。
『うーん、後でフォローしに行くべきかな?』
レイがそう思い悩んでいるところに、第一王子が立ち去った後の掲示板の前で、1人の少年が掲示板前に立っていた。黒髪、黒い瞳の少年。その組み合わせもこの国では珍しいのだが、金髪で碧眼の第一王子とは全く外見が違うのに、何処か風貌が似ていると感じる。そう、魔導具で髪の色を変えたアレックスと同じような印象というのが、しっくりくる。レイがそんな事を考えながら、その少年を見つめていると、その少年が振り返り、バッチリ、レイと目が合う。
『あっ、まずっ』
レイは思わず、目線を逸らすかどうか迷うが、その少年は笑顔を見せて、レイに話しかけてくる。
「なんか僕の事を見ていたみたいだけど、何か用かな?えっと、知り合いではないはずだけど」
「あっ、すまない。いや、さっきまでいた第一王子となんとなく印象が近かったからつい、眺めてしまった」
「ああ、そういう事か。あーでも、髪や目の色が違うからあまりそう思われた事もないんだけど、君は結構洞察力があるのかな」
レイは、内心失敗したと思うも、後の祭り。先ほど掲示板で見た、どうやら有名なクラスメートの1人だったようだ。それは似ていて当たり前だった。
「失礼しました。ジークフリード殿下とは知らず、失礼な口をききました。知らぬ事とはいえ、申し訳ございません」
「いや、構わないよ。っていうか、いきなり改まられてもね。それに学校内では同じ学生、そう振る舞われるのも困るんだけど」
そう言ってジークフリードは、困った表情を浮かべる。さてレイとしてはと、頭を下げているこの状況でどう振る舞うべきかを考える。ただ本人があまり目立ちたくないような事を言っているので、このまま臣下の礼を取り続けるのも良くないかと思い、探りつつ様子を伺う。
「あっ、そうですか、いやそうですね。失礼しました。取りあえず、級友として挨拶させて頂きます。私はレイ・クロイツェル。クロイツェル子爵家の嫡男です。以後お見知りおきを」
「あっ、やっぱり貴族の子だったんだ。あれ、でも僕の事を知らないというと、地方領主の子かな?子爵家なのに領地持ちって、珍しいね。どこかの大貴族の寄子なのかな?一応、僕は色んな意味で有名だと思うから、王都に来たことある子なら大抵知っていると思うけど」
ジークフリードはそう言って、首を傾げる。有名なのに1人、この事実が彼の複雑な状況を説明しているのだが、初対面の相手にそんな事を零されてもと、レイは内心、愚痴る。
「クロイツェル家は、ノンフォーク公爵家の所領の先、アルテカ山脈を越えた海沿いの土地とその周辺の諸島を所領としております。特段、どこかの寄子というわけではなく、代々その土地を治めております」
「えっ、海?所領が海に面しているの?えっ、ならラルビクの港って事?えっ、あそこって直轄領じゃないの?」
海というキーワードに思いのほか食いつきを見せるジークフリードが、矢継ぎ早に質問を投げかける。ああ成る程、王家の王子クラスだとそう言う認識なのかと、レイは一人納得する。
「いえ、ラルビクはクロイツェル領の領都です。勿論港としての機能もありますよ」
「ええーっ、それは初めて知ったよ。そうか、あそこは直轄領じゃなくクロイツェル領だったんだ。あれ、でもあそこは海軍を置いていたよね。確か王国唯一の海洋拠点って、教わった気がするよ」
「そうですね。私の父が、その海軍の提督をしております。王国では海に面した土地は、クロイツェル領しかないので、唯一の海洋拠点というのも間違いじゃないですね」
ちなみに軍として採用されている兵士は、すべて現地登用だ。実質的には、クロイツェル領の私兵と変わらない。私兵は私兵でいるのだが、よく合同で訓練なり、討伐なりに出かけているので、領民には区別がつかないだろう。ちなみに国軍の費用は国持ち、国は、クロイツェルに対し、年間で軍関連の費用を予算として割いている。私兵は勿論クロイツェル持ちだ。
「そうか、クロイツェル子爵は海軍のトップか。でもそれなら、ノンフォーク家の寄子じゃないの?土地も繋がっているんでしょ?」
「ノンフォーク公爵家がかの地を治められるより前から、クロイツェルはそこを所領としておりましたので、軍内では上司、部下ですが、寄子ではないですよ。そもそも子爵家の財政は唯一の港という点からも安定していますし、ノンフォーク家とはそれでも山脈を越えてのお隣同士ですから、双方に寄親、寄子としてのメリットがあまり無いのですよ」
「へっ、公爵家の後ろ盾って、大きくないの?」
「まあ王国内での地位を求めるのなら、必要なのかも知れませんが、ここ王都にくるだけでも片道で1ヶ月程度かかるのですよ?王都での権勢なんて興味がないですよ」
するとジークフリートは目を大きく見開いて、唖然とする。ん?地方領主が地方で満足といっているだけなのに、何を驚く事があるのだろうとレイは不思議に思う。
ただその考え自体が貴族としては変わっていることに、レイは気付いていない。貴族であれば、地位と名声に固執する。他者を蹴落とし、権力を求める。自身と家の栄達にこそ心血を注ぐのだ。実際、ジークフリードはそう教わってきたし、そういう環境に身を置いていた。大貴族とその寄子であれば、対象が王家ではなく、寄親に代わるだけで、その本質は変わらないのだ。なのに目の前のレイは、子爵とは言え貴族の家の出で、関心を全く示さない。そんな考え方ができるのかと、思わず笑いがこみ上げてくる。
「ハハハッ、そうか、レイ、君は面白いね、そうか、そうか。王都の権勢なんて、興味がないんだ、ハハハッ、すごい、素晴らしいねっ」
「えーと、ジークフリード殿下?」
「ああ、いや、すまない。僕の事はジークでいい、どうやら同じDクラスなのだろう?ただの級友だ。僕も君の事はレイと呼ぶ、良いだろう?」
ジークは掲示板に目をやり、自分とレイが同じクラスなのを確認した上で、そう言ってくる。レイはなぜかジークフリード、いや、ジークの関心を引いたらしい。なんでだと疑問が湧くが、まあ話す限り、そう悪い人物でもなさそうなので、まあいいかと諦める。どの道これから3年間、級友として接するのだ。遅いか早いかだけの違いである。
「自分をレイと呼んでいただくのは構わないのですが、え、えーとジーク・・・・・・ですか?」
「ええい、そのわざとらしい敬語もやめろ。僕は君を友人にすると決めた。言葉遣いはフランクでいい、普段遣いの言葉にしろ」
「うっ・・・・・・、まあ、判った。取りあえず同じクラスになった縁だ。これからよろしく、ジーク」
そう言って、レイはジークに対し右手を差し出す。ジークも笑顔を見せて、その手を握る。
「ああ、レイ、よろしく頼む」
そうして第二王子と子爵嫡男の出会いの一幕が終わった・・・・・・。
・・・・・・かに見えたが、終わらなかった。
そんな2人の握手の手の上にポンと置かれる可愛らしい女性の手。レイとジークは、その手の持ち主の方に顔を向けると、表情の薄い、それこそ精巧につくられた人形のような、白銀の髪に白銀の瞳をした綺麗な少女がいた。
「わたしもDクラス。これからよろしく」
レイ達は後程知る事になるが、これが大魔導と言われるスザリンの唯一の弟子、メルテ・スザリンを含めた3人の最初の出会いだった。
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