第百九話 セリアリスの手紙
今日は短め。
古代遺跡探索も早3日目が終わろうとしていた。その日は偶然、アレックス部隊、ジーク部隊が遺跡内で鉢合わせをした事もあり、お互いの攻略状況のすり合わせの為、合同で夜営という事になった。この3日間の探索でアレックスの部隊はやや疲労が見え隠れし、何処と無く部隊の空気も重い。一方のジークの部隊は明るい声が飛び交い部隊の雰囲気も非常に良いものだった。
『何だか向こうは楽しそうね。どうしてこんなに差がついちゃったのかしら』
ユーリは相手の部隊を遠巻きに見ながら、ぼんやりとそんな事を考える。普段は人に対して壁を作り、理路整然とした態度をとるエリカでさえ、メルテやリーゼロッテ様と年相応の笑顔を見せながら談笑している姿は非常に珍しい。
『エリカ様もあんな笑顔を見せる事があるのね』
確かに自分、いや生徒会メンバーの中でエリカがあそこまで自分を見せる事は無いのかも知れない。それは立場というのを意識しての事だとは理解している。そういう自分も似た様なもので、レイやセリーといる時の様な自然な振る舞いはやはり出来ないのだ。
『せめてレイかセリーが居てくれたら良かったのに』
これが偽らざる気持ちだ。前の探索の時はそれでもエリカがいたので助かっていた。空気が読めるエリカはバランスを取るのが上手い。自分でもそれは出来るのだが、自分が前面にでるとバランスが悪くなる。そんな事を鬱屈そうな顔で考えていたからだろう。近くに人影が近付いてくるのにユーリは気が付かなかった。
「ユーリ様は今お忙しいですか?」
「は、はい、あっいえ、忙しくは有りません!」
思いの外変な声が出た。ユーリは頬が赤らむのを感じながら、声がした方に体を向ける。そこにいたのは、仮面を着けた軍服の青年。リオ・ノーサイスと言われるリーゼロッテの護衛役だった。
「ハッハッハッ、驚かせてしまいましたか?すいません、そんなつもりは無かったのですが」
仮面を着けているので、表情は分かりにくいが、その瞳は何処か親しいものを見るような優しい眼差しだ。とは言え、あまり会話をした事もない様な相手に対して少し失礼なのでは、とユーリは少し剝れる。
「いえ、大丈夫です。それでお声を掛けられたご用件はなんでしょう?」
「いや失礼。笑った事は改めて謝罪しましょう。用件はセリアリス様から古代遺跡に入った際に機会が有れば、ユーリ様にこの手紙を渡して欲しいと頼まれてまして。きっと古代遺跡内では苦労されているだろうから、せめてもの助けになればとのお言葉でした」
「助けですか?」
「はい、手紙を見ればきっと驚かれるだろうとも仰っていましたが」
リオ・ノーサイスの言葉は何処か楽しんでる様な雰囲気を感じさせる。ユーリはそれを訝しむような目で見ながら、差し出された手紙を受け取る。
そしてその場でその手紙を開いて読み始めると、ユーリの目が見る見る驚いた表情に変わる。そして手紙を見て、リオを見てというのを2、3回繰り返したところで、リオがユーリに声をかける。
「ユーリ様、驚かれましたか?」
「もしかして誕生会の時も?」
ユーリは驚いた表情で誕生会の時、つまり最初からそうだったのかを聞いてくる。リオは当然とばかりに首肯する。
「勿論、その時からですよ。むしろユーリ様なら気が付かれると思ってましたが、存外バレないものですね」
「む、むう、もう意地悪っ、もっと早く教えてくれたら良かったのにっ」
ユーリは完全にヘソを曲げ腕を組んでそっぽを向く。ただその表情は嬉しさが溢れ、しかめっ面では居られない。リオもそれが判ったのか、機嫌を取るように優しく言う。
「これも一応軍の仕事だからね、本当は内緒なんだよ。まあユーリなら周りに言い触らさないだろうから、特別に教えたんだ。その辺はセリーとも話をしてね」
ユーリに教える件は、セリアリス経由でノンフォーク公には伝達済みだ。ユーリも事情を聞くと単に意地悪でとも言えないので、文句も言えない。
「それに中々ユーリが1人でいる機会がなかったからね。今はお偉い人が会議中だから丁度良かったのさ」
そう今アレックス達はお互いの探索状況を確認し合う為会議中だ。なのでユーリも1人で過ごす事が出来ている。今、ユーリが1人でいられる時間はほとんど無く、夜はお付きの神官が一緒で探索中はアレックスがべったりなのである。
「もう良いわ、内緒にしてた事許してあげる。それにセリーからも励ましてもらったしね」
セリアリスからの手紙にはリオ・ノーサイスの秘密と共に、ユーリへの激励の言葉が綴られていた。ようは貴方がしたい様にしなさい、後はレイが何とかしてくれるわと言った内容のもの。勿論この激励の内容はレイは知らない。でもユーリもそう思ってしまった。今彼は目の前にいるのだから、困ったらきっと助けてくれるのだ。なので自然といつものユーリの笑顔が溢れる。
「それにしてもレイ、何でその仮面なの?正直似合わないわよ?」
「くっ」
恐らくレイもそう思っていたのだろう、図星を突かれて悔しげな声を漏らす。ユーリにしてみれば、ちょっとした意趣返し。それでも内心で感謝の言葉を述べて、朗らかに笑うのだった。
◇
一方の会議の場にはアレックスとジーク、近衛騎士団長のハイゼルと軍の中将ベルマンが其々の進捗状況を確認していた。
「どうやらアレックス殿下の方が、やや進捗が遅れておりますな。全体の4分の1程度のマッピング完了ですか。我々が3分の1まで終わらせておりますので、少しペースを上げて頂くか、不足分を我らで補うかをするべきでしょうな」
ベルマンが軍人らしい実直な物言いで今後の攻略の方針を語る。この古代遺跡は相当に広い。これは古代遺跡に慣れたリーゼロッテ姫が言っていた事だが、この場所は入り口こそ王都の地下にあるが、実際には王都地下にはないという。ようは入り口を越えると別空間に飛ばされてそこの空間にこの遺跡は築かれているとのこと。確かにこれだけ大規模な遺跡がその地下にあるのであれば、気が付かれない筈がないのだ。そして異空間だからこそ、その広さは広大で探索には時間がかかる。今回の目的は1階層のマッピングであり、探索である。この1階層だけの古代遺跡なのか、複数層に跨るのか、恐らく階層主の存在もあるだろう。そういった状況の確認が主目的である為、そうのんびりと攻略する気は無かった。
「判っている、我らのペースをもう少し上げよう。其方の部隊の負担を増やす様な事はしない」
アレックスはそう言って、ベルマンの意見の前者を選択する。ハイゼルは厳しいのでは?と暗に否定的な目線をアレックスに送るが、アレックスはそれを無視する。アレックスは正直、自分達のペースがかなりハイペースだと思っていたが、相手の方が余程ハイペースだった。ジークに遅れを取るわけにはいかないアレックスにしてみれば、容認しがたい事態なのだ。するとジークがどうでも良いとばかりに、話を終わらせる。
「ならばもうこの話はこれで良いだろう。お互いの状況把握は出来たのだ。此方の申し出も断ったので有れば、やって貰うしかない。ただもし進捗差が大きく出るので有れば、その時は勝手に進ませて貰う。兄上それで良いな」
「くどい、構わん。その代わり此方が先に進捗を進ませられたら、その時は勝手に進ませて貰うぞっ」
ジークはそんな事はまず無いと思いつつ首肯する。
「構わん、万が一にも無いとは思うがな」
ジークはそう言い放つと悠然とその場を離れ、ベルマンもそれに付いて離れていく。
残されたアレックスはその後ろ姿を睨む様に見た後、ハイゼルに指示をする。
「ハイゼル、明日よりペースを上げるぞっ、このままジークの部隊に遅れを取るわけにはいかん。部隊のメンバーにも伝えておけっ」
「御意にございます」
ハイゼルは一礼をしてその場を離れていく。本音で言えば、少しペースを落とすべきと具申したいところだが、近衛騎士に否は無い。王族の剣として職務を全うすべきで有り、それ以外の回答は主の役目だ。そしてその主はというと考えていたのはゲーム攻略の知識だ。アレックスとしては、先にある場所へと到達しなければならない。その為探索範囲の分担時にそれがある方を対象として選択していたのだ。
『先にそこに着かないと。ジークルートなんか、絶対にごめんだ』
アレックスにとっては未だゲームシナリオが絶対だ。だからこそ、自分達の探索範囲にジーク達を先に入れる訳にはいかない。それは重要な要素でアレックスが主人公でいられる条件。アレックスは1人マッピングされた地図を眺めて、その場所の位置を前世の記憶の中から懸命に思い起こすのであった。
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