第百六話 ユーリの憂鬱
12月に入って王都も大分寒さが厳しくなってくる。まだ冬本番前ではあるが、人々の着ているものも冬支度になっており、もう直ぐ年の瀬ということもあり、冬休みに実家に帰る生徒達はどことなくソワソワしている雰囲気がある。そんな学院内において、学院祭以降、2つの話題が生徒達の間で噂されていた。
1つはセリアリスの婚約破棄である。これは学院祭が終わって数日後に正式に発表された。破棄に至る理由は語られていないが、生徒達の間では拉致事件が原因ではないかと噂されている。ただクラス対抗戦において、堂々とした戦い様に多くの人間がセリアリスに共感しており、セリアリスは潔白なのに難癖をつけて破棄に持ち込んだというのが話題の主流となってきている。お陰でアレックスの株が下がっているというのが現状の様だ。
そして2つ目は他国の王女の短期留学だ。彼女は遺跡探索に参加する為、この王都に残る事になったのでならば学院で過ごすのが都合が良いとばかりに短期での留学となった。そして3年Bクラスになった彼女は瞬く間に学院でも有名な人物の1人となり、男子の羨望を集めていた。
そしてそんな中、レイは新たな役割を押し付けられる。学院内におけるリーゼロッテの護衛だ。元々あったセリアリスの護衛も兼ねており、放課後は3名で過ごす機会が増えていた。
そして今はそんな時間。レイがセリアリスを迎えに行った後、セリアリスを伴って3年の教室へと足を運んでいた。
「ガインツさん、こんにちは。リーゼロッテ様はいらっしゃいますか?」
レイは丁度教室から出てきた大柄な3年生に声を掛ける。このガインツは先の対抗戦でレイと対戦した相手で、リーゼロッテが3年のBクラスになった時に話をして以来、今では挨拶を交わす様な間柄となっている。
ガインツは声をかけてきたのがレイで、その奥にはセリアリスの姿を見かけた事から、実直な態度で返事をする。
「レイ・クロイツェルか。セリアリス様まで、今日も護衛役か?大変だな。リーゼロッテ様は今級友と話をしているが、ちょっと待ってるがいい、呼んでこよう」
「すいません、ありがとうございます」
レイは笑顔を見せながら礼を言う。先日の対戦もそうだが、彼の実直な人柄は好感が持てる。なのでつい顔も綻んでしまう。
「なに大した事ではない、気にするな」
彼はそう言ってクラスの中に入りリーゼロッテを呼んでくれる。すると程なくして小走りで顔を綻ばせたリーゼロッテがレイ達の元へとやってくる。
「レイ君、セリアリス様、おまたせしました。では参りましょうか?」
レイは先程までリーゼと話していた男子生徒達が何やら此方を忌々しげに見ているのに気が付いて、そっとリーゼロッテに話しかける。
「ねえ、リーゼ。級友の人達は良いのかい?何やら俺の事を睨んでいるんだけど?」
「良いの良いの、下心が見え隠れする様な相手ですから、興味はありません。同じ貴族でもガインツ君の様な実直な方なら話し甲斐もありますが、ちょっとアレではねえ」
「あらリーゼ様は他国の姫君ですもの、この国の上位貴族の子息なら垂涎の的ですわ。其れ位は王女のお勤めでしょう」
そう言ってセリアリスが挑発する様にニヤリとする。するとリーゼロッテも負けてはいない。セリアリスに向かって同じく挑む様に口角を上げる。
「そう言うセリーこそ許婚がいなくなった事で方々から結婚話がきているみたいじゃない。でも無下に断っているのでしょう?」
「いえ流石に婚約破棄された身で直ぐ次の方というのは節操がないですから。今はそう言う時期という事でお断りをしています。でもリーゼ様ならもうじき学園もご卒業。まだ婚約者もいらっしゃらない事ですし、そろそろねぇ」
表向き2人の会話は笑顔で仲睦まじく繰り広げられている。ただレイの目には何故か2人の間に激しい火花が散っている様に見えてならない。そしてそんなおりにガインツが戻ってきて、レイに話しかける。
「おい、レイ、お前はいつもこんな状況の中で護衛をしているのか?」
多分ガインツも2人の空気に何かを感じたのだろう。レイはそんなガインツに疲れた笑顔を見せて言う。
「あの2人は似ている所があるんですよ。仲は悪くないんですが、意地の張り合いって奴ですかね」
「むっ、そうか。お前も大変だな」
ガインツは何となくレイのいう事を察してそう言葉を返す。するとレイの話を耳に挟んだ2人がレイをキッと睨む。何故かその場にいたガインツ迄もがその身を縮こまらせるのであった。
◇
そんな風にセリアリスが新たなグループを形成する中、ユーリは生徒会室で憂鬱な表情を浮かべていた。セリアリスは暫く生徒会の活動には参加しない。勿論、理由が理由なので致し方ないのだが、元々セリアリスに誘われて生徒会に参加していたので、そこは残念に思っていた。ただそれも熱りが冷めるまでの間だけとセリアリスも言っていたので、仕方が無いと割り切っている。ただそれ以上にユーリを憂鬱にさせている事がある。
「ユーリ、ちょっと聞きたい事があるんだが、今いいか?」
アレックスがユーリに話しかけてくる。これがユーリを憂鬱にさせている大きな原因だった。
「はい、何でしょうか?私に答えられる事でしたら」
ユーリはそう言って愛想よく答える。勿論、第一王子であるアレックスを邪険にする選択肢は無い。なので内心は面倒だと思っていても、対応はきちんとする。するとアレックスは満足そうに質問をしてくる。
「うむ、今度の神殿探索で神殿側から何か新しい情報は出てきて無いか?」
「いえ、神殿側からは特に何も。前にもお話ししましたが、情報で有れば、王家の古文書の方が詳しいのでは?」
そうこの質問を貰うのももう何度目だろう。古文書の情報は、アレックスから貰った。神殿側にはそれより古い書物はない為、新しい情報など出てくるはずがないのに、何度も聞いてくる。そうすると決まってアレックスはこう言ってくるのだ。
「そうか、それでも何かあったら教えて欲しい。それはそうと、ユーリは今日は忙しいのか?」
「はい、今日は生徒会の勤めが終われば、養父に呼び出しを受けておりますが、何かありますでしょうか?」
「いや、それならば問題無い。気にする事はない」
アレックスはそう言って、自分の席へと戻っていく。ユーリは内心で溜息を吐くと再び物思いにふける。今日は偶々養父に呼び出しを受けていたから、これで済んだが、1度予定がないと言った時は、延々と彼の話に付き合わされた。正直話が合えば良いのだが、どうにも話が合わない。アレスがいた時は、良い意味で牽制しあっていた部分もあり間も持ったのだが、今アレスは自宅療養という名目で学校にはきていない。いたらいたで困るのだが、いないならいないでも困るのだ。
『そもそもセリーと婚約破棄しているのに、平然とこっちにくるなんて、どういうつもりなのかしら?』
婚約破棄に至る事情はセリアリスに聞いていて知っているので、セリアリスが納得しているので有ればとやかく言うつもりはない。とは言え、セリアリスと友人である事を知っているのに、気にする素振りを見せずに接してくるのだ。王族というのはそう言うものなのだろうかと思わず呆れてしまう。
そんな憂鬱な時間が続くユーリのもとに、珍しい来訪者が訪れる。Dクラスのジークフリード第二王子とメルテ・スザリンの両名である。ユーリの席は入り口に近い為、ユーリは立ち上がり2人を出迎える。
「ようこそ生徒会室へ。本日はどの様なご用件ですか?」
「ああユーリ嬢か。学院側からの指示で今度の古代遺跡探索に応援として準優勝チームの俺とメルテの2人が参加することになった。今日はその挨拶に来たのだが、兄上はいるか?」
「ああそうなのですね、アレックス様、ジークフリード様がいらっしゃいました」
ユーリはそう言って部屋の中を覗き見る。アレックスは仏頂面を隠しもせずに不満を述べる。
「俺は学院側にはレイ・クロイツェルとメルテ・スザリンを要望したのだがな」
「ええ、私もそう聞いて喜んでいたのですが、残念な事にアイツは何処ぞの王子が婚約破棄した女性の身辺警護で身動きが取れないとの事で断りました。なので私も仕方がなくこの場に来ているのですよ、兄上」
ジークはその挑発に心底面倒臭い顔をしてこたえる。正直アレックスの婚約破棄は悪手だとも思っており、それにより迷惑を被っているのはこっちだと思っていた。するとアレックスはアレックスで更に険悪な雰囲気を醸し出し、ジークを睨みつける。
「お前はセリアリスをいじめた奴か?友達をいじめたのなら許さないぞ」
そこでメルテがその2人に割って入る。メルテはセリアリスの婚約破棄の詳しい事情は知らず、最近噂になっているアレックスが強引に破棄したという話を真に受けていた。婚約云々はわからないが、ようはセリアリスをいじめたと捉えていたのだ。ただそれに泡を食ったのが、アレックスだ。一時はハーレム候補の1人だとさえ思っていたメルテに敵意を向けられたのだ。なので慌てて弁明する。
「いやちょっと待て、私はセリアリスをいじめてなどいない。婚約破棄は、双方の意見があってのものだ。勘違いするな」
ただその弁明を聞いてもメルテの敵意は収まらない。所詮はいじめた奴の言い草だと思っているのだ。ただこの場でこれ以上のトラブルは避けたいユーリは仕方がなくアレックスのフォローに入る。
「メルテさん、セリーはその事は仕方が無い事と言ってました。だからセリーはいじめられていませんよ。友達の私が言うのだから、間違いありません」
「おお、お前はセリアリスの友達。なら私とも友達?」
「はい、お友達になりましょう。私はレイとも友達なので、メルテさんの事もよく聞いています。だから大丈夫ですよ」
ユーリはそう言って優しげな笑みを見せる。実際には、何度か話もしているし、それこそ入学の際には手を重ねたりもしている。メルテの人となりもよく理解しているので、友達になるのも全く問題はなかった。
「フッフッフッ、また友達が増えた。スザリンに自慢しよう」
すっかり機嫌を直したメルテはホクホク顔だ。一方でアレックスも安堵した表情を見せている。ただそんな2人の様子を見ながら、ユーリは再び内心で溜息を吐くのであった。
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