第百五話 行き着く先
今日は区切りなので短め。
この話の事で先に冷静さを取り戻したのは、セリアリスの方だった。どうにも話が急すぎる。そして2人の態度、何かこちらの反応を楽しむ様な探る様なそんな感じだ。
「大叔母様、それにカイン様、本音の所をお聞かせ頂いても宜しいでしょうか?どうにも話が急すぎて本音がわかりません」
「フフッ、流石はセリアリス様。レイよりも立ち直りが早いですな。王太后様、そろそろ宜しいのではないですかな。あちらの御仁もさぞヤキモキされておりますよ」
すると奥の部屋から少し不満げに水色の髪の少女が現れる。
「本当に、このままほっとかれてたら、怒鳴って出てくるところでしたわっ。安心なさいセリアリス様、その婚約なんて私が認める訳ありませんからっ」
「リーゼ!?いや、本当に何がなんやら……」
そしてその少女に再び驚いたのは、レイだ。セリアリスとの婚約話の後は、婚約を断った相手リーゼが現れる。動揺するのも仕方がない所だ。一方のセリアリスはと言うとリーゼの出現に驚きはしたものの、この状況が意図された物だという確信も得る。なので今度はヘルミナに回答を求める。
「大叔母様、ご説明を」
「やれやれ私としてはそれならそれで良かったんだがね……、まあとは言え先程の婚約話、全て嘘かと言えばそうでもない。私は2人に言ったはずだよ、そう遠くない将来と。つまりレイとセリーには結婚できる可能性があると言う事さ。セリー、あんたの性格だから今すぐ次の婚約者という訳にはいかないのは分かってる。家とかしがらみを全く考えないという訳にもいかない性分だというのもな。だがレイに関しては、両方の親もそして王家である私も文句は言わない。そういう相手だと認識しな。そしてレイ、あんたの性分はカインから聞いている。家格に関してはセリアリスの方が上だが、所詮は女で家督を継ぐわけでもない。お前がその気なら娶る事が可能だ。セリアリスは王子の許婚では無く娶る事が可能な相手だと認識しな。そしてその上で2人が結ばれないのであれば、それはそれ。つまりはそういう事さ」
「ちょっ、へルミナ様、説明が足りませんわ。セリアリス様、少なくとも貴方には多少の猶予があるだけの事。私は国に戻ったら直ぐに父である国王をどやしつけ……、う、うん、説得して王位継承権を返上します!そしたら私がクロイツェルに嫁ぎますから、貴方の出る幕はないとお思い下さい、なのでせいぜいのんびりとお悩みになるといいですわ!」
レイはリーゼロッテの発言にびっくりして父の顔を見ると、カインは苦笑しながら首を縦に振る。どうやらリーゼロッテの方も押し切られたらしい。一方のセリアリスはどこか吹っ切れた様な顔をする。大叔母様の配慮もリーゼロッテの宣戦布告もみんな好き勝手言ってくる。ただそれはそれで面白そうだ。勿論それでも今すぐは考えられないが、やはりレイの側は楽しいのだ。
「で、レイ?貴方は私を口説いてくれるのかしら?私もそうだけど、貴方もこれから大変みたいよ?」
セリアリスは少し頬を赤らめながら、レイを挑発する。セリアリスにしては珍しい少し初心な所を含んだ笑みに、レイは胸をドキマギさせる。そしてなんとかその言葉を零す。
「いや、本当に勘弁して欲しい……」
そう言ってガックリと項垂れる息子を見たカインは、さてさてどんな嫁がくるのやらと妻への報告に頭を悩ませ始めた。
◇
その日の夜はまだ終わらない。項垂れるレイに対し、ヘルミナは真剣味を帯びた口調で話しかける。
「それはそうとレイ、あんたは誕生会の時のリオ・ノーサイスという事でいいんだね」
レイは何やら真面目な口調のヘルミナに対し、居住まいを正して返答をする。
「ええ、間違いありません」
「そうかい。ならそのリオ・ノーサイスとして頼みがあるんだが、いいかい?」
それにはレイは困惑した表情を返す。いいか悪いかの判断は、その名に限った限りでは自分だけでは判断できない。しかしそこで目の合ったカインが目配せをし、肯定の意を表す。レイはそれを見て溜息を吐くとヘルミナに返答する。
「上司である父の許可がありましたので、私に出来うる事であれば、お受けします」
「ふむ、ならその頼みを話そうか。今度、神殿の古代遺跡探索をするのは知っているね。実はその探索にリーゼロッテがセルブルグ連邦を代表して参加するんだが、その護衛役をして欲しい」
レイは成る程と素直に頷く。確かセルブルグとで共同研究するという話があった。
「承知しました。とは言えセリーも参加者になると思いますが、そちらは宜しいのでしょうか?」
「ああセリーには申し訳ないが今回は不参加にして貰う。古代遺跡探索の前には婚約破棄が発表されるだろうから、流石にアレックスとの同行は気不味いだろう。セリーもいいね?」
「はい、そういう事なら致し方ないかと」
ヘルミナの説明に対してセリアリスもすんなりと頷く。確かに婚約破棄したされた者同士が行動を共にするのは難しいだろう。
「そういう事なら私には問題ありません。まあ古代遺跡には慣れていますし、リーゼの事も良く知っていますから」
「うむならお願いするよ。ああそうそう、一応言っておくが、王家による言い伝えでは、結構やばい遺跡っぽいから、くれぐれも他国の姫に危険がない様頼むよ」
ヘルミナはしれっと重い話を混ぜてくる。レイは軽く目を剥きヘルミナに聞く。
「や、やばいですか?そう言う話はもう少し早く言って頂けると……、ちなみにどうやばいか、具体的に教えて頂けますか?」
「まあその辺はリーゼロッテに説明してある。ああ探索までの期間はリーゼロッテには学院に短期留学してもらうから、その時にでも聞きな」
「はい、レイ君、学院では宜しくお願いしますね。勿論探索の時も」
どうやらこれは全て出来レースだった様だ。恐らくだがノンフォーク閣下の意向も含まれているのだろう。ここまで父が口を挟まないのがその証左だ。
「はいはい、ならリーゼ当面は宜しくね。まあ古代遺跡は俺も興味あるから悪い話ではないしね」
しかも遺跡内部に入る為の扉の結界の解除にはユーリが必要だろうから、そこが危険だと言うので有ればなおの事参加した方が良いだろう。なのでレイはサバサバした表情で頷くのだった。
◇
帰りの馬車の中、レイはただ疲れていた。思えば今日は対抗戦にも出ていたので、肉体的にも疲れがあるのかもしれない。ただ疲れの原因は先程の呼び出しにあるのは間違いなかった。
「レイ、お疲れのようね」
セリアリスが苦笑混じりに話しかけてくる。勿論疲れてはいるが、それを素直に見せる事はしない。レイは強がってセリアリスに言う。
「まあ少しは疲れているけど、セリーもでしょ。なんてったって婚約破棄なんだから」
「フフフ、そうね。でも婚約破棄よりもその後が衝撃的だったけど。私には色々な未来があるのだと、無理矢理思い知らされたわ」
セリアリスはそう言って嬉しそうな表情を見せる。それはレイに限った事ではない。今まで許婚という立場から諦めていた可能性が、一気に広がったことを意味していた。そしてそんなセリアリスを見ながら、レイはやはりセリアリスは強いなと実感する。困難な状況でも折れる事のない強い気持ち、それこそがセリアリスの魅力でありレイが好きな所だった。
「まあセリーならなんだって出来るし、何者にもなれるさ。俺に手伝える事が有れば、いくらだって手を貸すし」
「あら、それは一生を懸けてという事かしら?」
「友人としてなら今約束出来るけどね。でもそれ以上となると、お互い色々考えないとね。俺はこう見えて慎重派なんだ」
「もう意気地なし……。とは言っても私も同じなのだけどね」
そう言ってお互い顔を見合わせて笑い合う。お互いが同じ事を思っていたので、思わず笑ってしまったのだ。別にお互い嫌な相手ではない。むしろそうなっても不思議では無いと思っているが、タイミングが悪いだけ。これから少なくない同じ時を過ごして、行き着く先が同じならそうなる相手だ。だからこそ今2人だけの時間は暖かい時間が流れる。
その後2人は他愛のない会話を繰り返しながら、ゆっくりとした時間を馬車の中で過ごすのだった。




