第百四話 後夜祭
3日間にも及ぶ学院祭と言うお祭りは学生達の後夜祭をもって終わりを迎える。ただそこにはセリアリスやレイの姿は無く、ユーリは1人その光景を眺めていた。
『最後くらいは3人で仲良く過ごしたかったのに』
残念な事にセリアリス達は王太后様に呼び出され、王城へと向かってしまった。レイまでも護衛同行の上と指名されており、凄く嫌そうな顔をしてセリアリスに連れて行かれてしまった。なので今は1人である。後夜祭会場は校庭の中央に大きなキャンプファイアーが設置され、その周囲には踊ったり騒いだりといった光景が見られる。男女仲睦まじく語り合う姿も見られて、各々がその瞬間を楽しんでいた。
『それにしてもアレス様は大丈夫なのかしら?』
ユーリはそこでレイに完敗を喫したアレスの事を思い浮かべる。彼はレイとの対戦の後、アーネスト先生が付き添って担架で保健室へと運ばれた。アレックスの試合後、生徒会メンバーで見舞いに行ったのだが、既に保健室にその姿は無く現在行方がわからなかった。エリクは負けた事によるショックで1人になりたいのだろうと理解を示し、付き添ったアーネストも似た様な事を言っていたので一旦はそっとしておこうという話になっている。レイがアレスを圧倒した理由はわからないが、きっとセリアリスに関わる事であり、もしかしたら自分に付き纏っている件も理由に含まれるのかも知れない。
『今度レイに会ったら問い詰めなきゃね』
あの優しい友人は、嫌だ嫌だと言いながら、いつも自分達を助けてくれる。それは凄く嬉しい事なのだが、いつかその恩を返したいとも思うのだ。今の自分には彼にしてあげられる事は少ないのかも知れない。でもやはり与えられるだけでは、彼の側にいる資格がない様に思うのだ。
そんな取り留めのない事を考えていると、ユーリの側に1人の女性が来て話しかけてくる。
「ユーリさん、今少しお時間いいかしら?」
話しかけてきたのは、学院長オシアナ・シャルツベルその人だった。
◇
オシアナは1人キャンプファイヤーを眺め佇んでいるユーリを見かけて声を掛けた。ユーリはオシアナの姿を確認して驚いた表情を見せるが、慌てて返事をしてくる。
「あっ、はい、大丈夫です。学院長先生っ」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。別にとって食う訳ではないのだから」
オシアナはそう言って思わず苦笑する。まあそうは言っても学院長という肩書がある以上、緊張するなと言っても無理なのも理解はしている。それでも相手の緊張をほぐす様に優しい笑みを心掛けるとユーリが用件を聞いてくる。
「あの、それでお話というのは?」
「ああ、昨日の演劇を拝見しました。皆さん素晴らしい演技でしたので、是非そのことをお伝えしたくてね」
「ありがとうございます。私自身は自分の事で精一杯で、全然余裕なんて無かったんですが、クラスの皆様が助けてくれたお陰だと思っています」
「あら、謙遜ね。ユーリさんの演技の評判も凄く良いのよ」
オシアナは謙遜するユーリにそう言って褒めそやす。昨日の演劇の評判は思いの外上々だった。急遽役者の変更こそあったが、元々エリクの作った脚本も素晴らしく、ユーリ自身も失敗はしなかったので褒められて悪い気はしてないようだった。
「そう言って頂けると嬉しいです。あのお話は私も好きなお話なので、多くの人が共感してくれたなら良かったです」
「フフフッ、そうなのね。ちなみにユーリさんは幼馴染みの剣士と王子の騎士、どちらの方が好みなの?」
これも世間では良く語られる比較論だ。ただ若い女性達が語る様な話なので、学院長であるオシアナが聞いてくるとは思わず、思わず言葉を詰まらせる。
「あ、いやその突然、学院長先生からそんな事を聞かれるとは思わなくて……」
「あら私も一応は女性なのよ。それに若い女性がどういう感性を持っているのかも興味はあります。因みに私は騎士様派よ、ユーリさんは?」
思った以上にグイグイ来られてユーリは苦笑いを零すが、答えは決まっているので迷わず答える。
「私は幼馴染みの剣士様です……。私のいた教会では幼馴染みの剣士様と結ばれて幸せに暮らされたと言うお話でしたので幼馴染みの剣士様以外には考えられないのです」
「ああ成る程、そうなるとそうなのね。騎士様はただの横恋慕に感じちゃうよね」
「はあ、まあ」
オシアナは納得顔で理解を示す。ユーリはそれにどれだけ深い意味があるのか分からず、困惑した表情を見せるが、オシアナはそんなユーリを気にする素振りを見せない。
「フフフッ、別に深い意味は無いのよ。ただ少し興味深かっただけだから。あら、本物の王子様が来ちゃったわね、私はこれで失礼するわ」
そしてオシアナはそういうとその場を立ち去っていく。ユーリはただ唖然として呆けたようにその様子を眺めていた所にアレックスがやってくる。
「ユーリ、こんな所にいたのか、随分探したぞ。ん?ボーッとして、どうかしたのか?」
「あ、はい、いえ何でも有りません。アレックス様こそ何か御用ですか?」
「い、いや、私は折角だから後夜祭をユーリと眺めようと……」
アレックスは颯爽とユーリを後夜祭へと誘おうとした時に、エリクとエリカがやってきて話を遮ってしまう。
「ユーリ様もほら、一緒に後夜祭に行きませんかっ!」
「おいエリカ、少しはしゃぎ過ぎだぞ」
何やらエリカはテンションが高く、エリクがそれを諫めている。エリカはそれこそ前世の学生気分で夜のこの雰囲気に気分が盛り上がっているのだ。勿論ユーリはそんな事を知る由もないのだが、普段冷静なエリカの楽しげな雰囲気に思わず笑みを零す。
「はい、では皆さんで行きましょう。折角の後夜祭ですからね」
「ええ、そうしましょう、ってアレックス様、何をしかめっ面してるんですか?」
エリカは嬉しそうに返事をした後、アレックスを見て、不思議そうな顔をする。折角の後夜祭なのに機嫌が悪いとは勿体ないと本気で思っていた。
「何でもない、よし皆で後夜祭とやらに繰り出すぞ」
当然アレックスは、ユーリと2人きりで過ごしたかったのだが、この展開だとどうしようも出来ず、泣く泣く4人で後夜祭を過ごす事にするのだった。
◇
その頃レイは王城内の王太后の居室へと足を運んでいた。隣には護衛対象であるセリアリスがおり、2人で王城内をのんびり歩いていた。
「なあセリー、王太后様の呼び出しの用件は知ってるのか?」
「いえ、使者の話では会って話すとしか言っていなかったから、内容まではわからないわ」
そうこの呼び出しの意味は全く不明である。セリアリス達より先にジークも王太后に呼び出され会っている筈なのだが、その理由も不明と言う事で、更にはレイまで参加と言われて全く意味不明だった。
「あー、やっぱ会いたくないな。セリー、俺は体調が優れないという事で帰って良いか?」
「良い訳ないでしょ、私だって本当は余り気が進まないのですもの。これが王太后様ではなくて王妃様なら確実に仮病を使っているわ」
「確かに。ああでも王妃様なら俺は呼び出されないから、それでも良いけどな、あっいや、セリーを生贄にする訳じゃ無いぞ?」
レイは冷たい目で睨むセリアリスを見て、慌てて弁明する。セリアリスは不満顔を見せた後、一つ溜息を吐きサバサバとした表情になる。
「まあ仮定の話をしても意味ないわ。どんな話なのか分からないけど、取り敢えず聞くだけ聞いてみましょ」
元々仮定の話をしたのはセリアリスなのだが、そういうツッコミは災いの元だ。レイも苦笑いを浮かべ首肯する。
そうして王太后の居室の前につきその扉をノックした後、レイ達はその部屋の中へと入る。そして部屋の中に通された2人の前には王太后ヘルミナと共に仮面の男が立っていた。
「えっ、レイ?いえ、あれ、レイこれってどうなってるの?」
セリアリスは混乱して仮面の男と自分の隣にいるレイとの間で目線を行ったり来たりさせる。
「成る程、俺がここに呼ばれた理由はそれですか、父上?」
「えっ、父上って、レイのお父様!?」
「ハッハッ、流石にレイはすぐ気が付いたか。お久しぶりですね、セリアリス様。前にお会いしたのは随分と前なので、覚えていらっしゃいますかな?」
そう言ってカインは付けていた仮面を取ってその素顔を見せる。カインはレイよりも精悍な顔つきをしており、その素顔を見せると貫禄までも感じさせる。ただ背格好は似ており、カインの方がガッチリとした印象を与えるが、2人が並んで仮面でも被ったならば別人とは咄嗟には判断出来なかった。
「ご無沙汰しております。カイン様、よく覚えておりますわ。その節は母共々大変お世話になりました。ああでも母は時折まだお世話になっていると聞いておりますが」
「そうですな、カエラ殿はうちのと仲良くして頂いているみたいですからな。私も軍務の折に何度かご挨拶をさせて頂いております。それよりも今日は素晴らしい活躍でしたな」
カインはそう言って対抗戦のことを褒める。セリアリスもレイも対抗戦の事まで知っている事に驚きの表情を見せ、カインの隣にいたヘルミナがようやく口を挟む。
「カインは今回、リオ・ノーサイスとして私の護衛で付いてもらったのさ。レイ、あんたこの事を私に隠してたね」
「はっ、リオ・ノーサイスの件は軍務でしたので、秘匿させて頂きました。ノンフォーク閣下よりの命ですのでご容赦を」
レイはしれっとノンフォーク公に責任を押し付ける。隣で聞いていたセリアリスもクスクス笑いながらそのフォローをする。
「内緒にしていたのは私もですわ、大叔母様。レイは責めないであげて下さい。確かにお父様も内緒と言ってましたから」
「ふん、まあセアドの奴が真相は説明したから不問にするが、次は無いからね。で、そんな事よりもそろそろ本題に入ろうじゃないかい、まずセリー、あんたの件だ」
ヘルミナはまだ不満顔だが、そこは本題ではない為それ以上は追求せずにセリアリスを見て話を進める。
「はい、大叔母様。何でしょうか?」
「端的に言うよ。今日ヴィクトリアと話をしてあんたの婚約は破棄させた。アレックスとの結婚は無しになったから、そのつもりでいなさい」
セリアリスは動じたところも無く、平然とそれを受け入れる。やはりそうなったか、これが率直な感想だった。
「そうですか、理由を聞いても宜しいでしょうか?」
「まあ原因は先日の拉致が発端だが、決定打はアレックスの資質だな。あれは父親に似て甘い所がある。その甘さが故にセリー、あんたを不幸にすると感じた。だからあんたにはその枷から解き放たれて欲しかった。だから私がそう決めたのさ」
セリアリスはそれを聞いて申し訳ない気持ちになる。本来であればその甘さを支える事でアレックスを強く見せなければいけなかったのだ。ただそれが出来ず、むしろヘルミナの手を煩わせてしまったのだ。なのでセリアリスは思わず忸怩たる思いを抱く。レイはそんなセリアリスの肩に手をやり、あえて明るい声を出す。
「まあセリーもこれで、ただの公爵令嬢って訳だが、セリーならアレックス様でなくても他に良い相手は見つかるさ」
するとそんなレイにヘルミナが呆れた顔をする。
「レイ、あんたも何他人事の様に言ってるんだい。いいかい、あんた、暫くしたらセリーと婚約するんだよっ」
「へっ?」
ヘルミナから放たれた爆弾発言に思わずレイは変な声を出す。セリアリスもどう言う事かと訝しい顔つきでヘルミナを見ると、ヘルミナはしてやったりの表情をする。
「あんたら2人して、何変な顔してるんだい。セリアリスはそう遠くない将来、レイ・クロイツェルと婚約するって話だよ。ああ、この話はもうカインには通してある。カインも嫁に来るなら大賛成って話だからね」
「「はあ!?」」
今度は仲良く2人して驚きの声を上げる。そんな2人を尻目にカインとヘルミナは楽しそうな表情をするのだった。
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