第百三話 ジーク 対 アレックス
対抗戦終了!
ユーリは観客席でその試合の光景を眺めていた。結果はユーリも予想してた通りレイの圧勝だった。なのでその事に不思議はない。ユーリがそれ以上に気になったのは、その勝ちっぷりだった。
『レイがあそこまで圧倒的に振る舞うなんて……』
理由はなんとなく想像がつく。セリアリスが関係しているのだろう。レイは自分の事には無頓着だ。自分が軽んじられようと気にしない。むしろ自分の評価を低く見せようとする。でも今回は明かに上位者の振る舞いだった。当然、それに目を付けるもの、警戒する者も出てくる。
「レイ・クロイツェル、よもやあそこまでとは……」
ユーリの隣に陣取るエリクはそう言葉を溢し、唖然とする。その隣のエリカもそうだ。
「そうですね、レイ様の強さは完全にアレス様の上をいってましたから。正直此処まで力の差があるとは思っても見ませんでした」
これまでクロイツェルが優秀なのはエリクやエリカも認めるところだったが、此処まで圧倒される程の強さを見せた事はなかった。ただDクラスのメンバーは意外とも思っていない様で、メンバーのところに戻ったレイを驚く素振りも見せずに受け入れている。
「こちらが見誤ったという事だろうな」
エリクは悔しげにその光景を眺め、自チームの友人の方へと目を向ける。そこにはAクラスの大将、アレックスがおり、やはり厳しい表情を浮かべている。
「はい、でもお義兄様の作戦通りセリアリス様がメルテさんを退けてくれましたから。これで勝ち星は五分。後はアレックス様にお任せしましょう」
エリカもまたアレックスに目を向け、エリクを励ます様に言う。ユーリも2人の会話を聞きながら、同じ様にアレックス見る。
『まさかアレックス様が負ける様な事なんて、無いわよね……』
正直ジークフリードの実力は未知数だ。ただレイのような底の見えない強さではないだろう。対戦相手がレイなら勝つイメージが湧かないが、そうで無いなら勝機は充分ある。なのでユーリは同じクラスメイトの仲間として大きな声を張り上げる。
「アレックス様、頑張ってくださーい!」
アレックスはその声に気が付いたのか、厳しい表情を緩め、ユーリの方に目を向けると小さく笑みを零す。そしてその後暫くして決勝戦第3試合を告げる合図が鳴り響いた。
◇
アレックスはそのユーリの声を聞き、充足感が満ちるのを感じる。正直、セリアリスはまだ知らないが婚約破棄が決定した事で、セリアリス勝利後もどこか気不味い空気で会話をする事が出来なかった。そしてアレスの試合ではあのアレスが手も足も出ずに完敗。ますますアレックスに掛かる重圧が重くのしかかっていた。
『いやマジでキツイ展開なんだけど……』
ユーリの声を聞くまでは、そう思っていた。ここでアレックスが負ける様な事が有れば、ジークのルートに突入してしまうのではないかと思う所である。当然そのプレッシャーは計り知れない。ただその時ユーリから優しい声が届いた。目を向けると可愛らしい笑みを見せている。これで気持ちが俄然上がると言うものだ。
『ジークの奴にはここで格の違いを見せつける』
直ぐに王太子になる必要はないが、最終的には国王になるのが目標だ。ここで躓いている訳にはいかないのだ。アレックスは意気込んで会場へと躍り出た。
◇
一方のジークといえば、やる気を感じさせない雰囲気を醸し出していた。
『レイの奴、珍しくやる気を出しおって。全くいい迷惑だ』
そもそもアレックスが王太子候補であったとしても、ジークには関係の無い話だ。むしろそうであった方が有り難かったのだが、此方もジークが知らない所で状況が変わっているのだが、知っていた所で今のジークの態度が変わる事はない。結局はどう負けるかが問題だった。
『流石に完全に手抜きという訳にはいくまい』
自分や母を保護してくれている王太后の手前、無様過ぎる結果は避けたい。ジークはアレックスと直接ことを構えた事がない。相手の力量が分からない為、どう対処すべきか匙加減がわからないのだ。
「ジーク、予定通り繋いだんだから、頑張れよ。まああまり勝つ気がないのは分かっているから」
「チッ、余計な手間を掛けさせやがって。まあいい、俺の見事な負けっぷりを見るがいい」
レイがニヤニヤしながらジークに話しかけると、ジークは忌々しげにレイを睨む。レイはそれにいい笑顔で返事をする。
「ああ、期待してるぞ、間違って勝っても良いからな」
「それは無い。俺が勝ってもメリットが無い。まあ怪しまれない程度に頑張るさ」
ジークは半ば投げやりな態度で会場へと向かう。こうしてお互いのモチベーションに大きな差がありながら、アレックスとジークの王子対決が今始まる。
◇
2人の間で過去模擬戦等をした事はない。共にどちらかが戦闘指南とやり合っているのを見た事があるくらいだ。なのでお互い相手の手の内がわからないという所からこの対戦は始まった。
「それでは第3試合、始めっ」
合図と同時に先制を仕掛けたのはアレックスだ。アレックスはフル装備の騎士スタイル。左手に盾を掲げ、右手にブロードソードを持ってその剣でジークに仕掛ける。対するジークは二刀流でそれを片方の剣で受け止めて、空いてる剣でアレックスを斬りつける。アレックスも冷静にそれを盾で受け止めて、一旦距離を取る。その後も数合剣を合わせるが、お互い探り探りの為、決定打の無いまま時間だけが過ぎていく。
『チッ、アレックスの奴、もっと凄い攻撃を仕掛けてこいっ、このまま負けても手抜きっぽく見えるじゃねーかっ』
ジークはアレックスのぬるい攻撃に苛立ちを覚える。こっちは負ける気なのだ。厳しい攻撃で有れば、すんなり負けられるのだ。ただ勿論そんな意図を知らないアレックスは慎重だ。真剣勝負の経験が少ない為、相手の戦意が無いのにも気付けない。
『中々反応速度はあるな、なら少しギアを上げるか?』
なのでアレックスはそんな悠長な事を考える。そして少しづつ攻撃のギアを上げた所で、ジークは少しづつ対応に苦慮する様な素振りを見せる。
『ようし、いいぞ、その調子でガンガン攻撃を仕掛けてこい』
勿論、手抜きがバレない様に時折盾で防がれる様に、ジークも反撃する。勿論その攻撃は盾に阻まれるので、ジークは追い詰められた様な振りをする。
『お、そろそろ大技いけば勝てるんじゃねえ?』
アレックスは相手の様子から大技の準備をする。ジークもその様子を見て、この技で勝負をつけるかなどと考えていると、よりにもよってアレックスは、スキルブーストを使おうとする。ジークは相手の攻撃が過剰攻撃過ぎて、思わず身の危険を感じて、スキルブーストで対抗してしまう。
「「スキルブースト」」
スキルブーストはその使用者の能力を数倍にまで引き上げる。通常攻撃も数倍だ。よもやこの手の大会でアレックスが使用してくるとはジークは予想だにしなかった。一方のアレックスはというと対抗してくる可能性も考えていたので動揺はなく、それでいてこれで押し切るとばかりに攻勢をかける。剣を振り盾で押し切り、魔法も駆使する。ジークはジークでスキルブーストされたその攻撃を受けたら致命傷だ。病院送りは免れない。それは勘弁とばかりにかわし、受け止め、回避に全力を注ぐ。
観客は最初こそ探り合いの状況で、凡戦を覚悟していたが、スキルブースト後は物凄い攻防戦に一気にボルテージが上がる。やれ倒せ、倒せと囃し立て、反対では逃げろ、逃げろと面白がる。
そしてこの勝負の結末はジークの計らいであっけなく決着する。スキルブーストは時間制限のある必殺技だ。今回同時発動の為、切れるタイミングもほぼ同じだった。
『よし今の攻撃ならやられても致命傷にならないっ』
スキルブーストが切れてスローになったアレックスの大振りがジークへ振り下ろされる。ジークはそれを剣をクロスさせ、両手でその剣を受け止めるが、剣が弾かれてその剣を自然に落としてしまう。それを慌てて拾おうとするジークの首元にアレックスの剣が掲げられ、ジークは言葉を漏らす。
「あっ、……ま、参ったっ」
ウォーーーーーーッ
ジークのその一言で会場が沸き起こる。優勝チーム決定の瞬間で、誰もが2人の全力を疑わない。
「やっぱアレックス様はつえーっ」
「あれってその前の猛攻で握力が限界だったんだぜっ」
「いやージーク様も良くやったよ。王家にあのお二人が居れば、王国も安泰だな」
アレックスは満足そうに周囲に手を振る。ジークはそれを興味なさそうに見た後、そそくさとDクラスのメンバーの元に戻る。
「ジーク、お疲れ様。思ったより頑張ったじゃん。一瞬勝ちに行くのかと思ったよ」
「ん、まあな」
レイがそう言って労いの言葉を述べるが、ジークは少し浮かない顔だ。なのでレイはそれを不思議に思い、何事かと質問する。
「なんだよ、予定通りだろう?いい負けっぷりだったぞ、それなのに浮かない顔してどうしたんだ?」
「いや、アレックスが思った以上に弱くてな。攻撃型の俺に守り切られちゃうんだぞ?今度の古代遺跡探索、アレックスが矢面に立つと危険な目に遭うかもな」
ジークはそう言って、冷静にレイを見返す。ジークとしては、アレックスの攻撃を全部捌けた事に驚いたのだ。確かにスキルブースト同士で条件は一緒なのだが、傷一つ負ってない。元々ジークの二刀流は攻撃主体の剣技の為、守り切れたのが意外なのだ。
「いやその情報嬉しく無いんだけど。セリアリス様もそれに参加するだろうし、ユーリも多分参加する事になる。アレスはさっきので暫く動けないだろうし……、あれ、これって嫌な予感しかしないんだけどっ!?」
レイもそう言われればと思うと不安が先に立つ。すると今度はジークがニヤニヤ顔になり、レイを煽る。
「ふむふむ、そうなるとここで大活躍した人物が呼ばれるかも知れんな。ああ、俺は遠慮するぞ、先程の闘いで大いに疲労した。暫くは療養が必要だからな。うむ残念だなぁ」
「くっ」
レイはそんなジークを睨みつつ、次なる展開に深いため息を吐くのであった。
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