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作者: 近江守

 これは数年前の出来事です。


※   ※   ※


 年末ということで、私は田舎の実家へと帰省しました。

 私の実家は地元に古くからある家で木造の二階建てです。

 部屋数も一般的な家庭と比べると多い方だと思います。

 当時、私たち兄弟は全員自立して家を出ていて、実家は私の両親と祖母の三人暮らしでした。


 実家に戻ると玄関先で両親が出迎えてくれました。

 祖母はかなり足腰が悪くなっていると聞いていましたが、私が実家に入ってきた音を聞きつけると、家の奥にある自分の部屋から出てきて笑顔で迎えてくれました。

 年末、いち早く帰省したため、兄弟で実家に戻ったのは私が最初でした。


「二階を整理して、捨てるものをまとめておいたから。もし、捨てちゃ駄目なものがあったら除いておいて」


 私をはじめとする兄弟の子供部屋はすべて二階にありました。

 今は、空き部屋か物置きになっています。

 空き部屋はこうして誰かが帰省した際、寝泊まりする時に使うぐらいです。

 そして物置部屋には、私たち兄弟が子供の頃使っていた物がまだ沢山残されていました。

 母は、将来使う見込みがない物を保管して家を狭くするべきではないと考えたようで、十二月の初めごろから整理を始めたらしいです。


 選別された物はかなり雑に置かれていました。

 ボロボロになった野球道具や、誰かの黒歴史が書いてありそうな古いノートなど多岐に渡ります。

 私だけでは捨てても良いのか判断がつかない物も多いので、それらは今後到着予定の兄弟たちに判断を任せることにしました。


 その場から立ち去ろうとしたその時、私は気になる物を見つけました。

 掌に乗る程度の正方形で、厚さは1cmほどでしょうか。

 そんな小さな箱のような物体です。

 材質はプラスチックでできているようでした。


「何だろう?」


 手にとっても、私にはそれが何かわかりませんでした。


 それをよく眺めると、四隅のうちのひとつに白い和紙が貼ってあるのに気づきました。

 おそらく封紙の類でしょう。

 きっと未使用品なのです。


 私はおもむろにその紙を剥がしてみました。

 するとそこからちょろっと白い紐の先端が顔を出しました。

 それほど太くはないけれど、糸と呼ぶほど細くはない。

 その程度の太さです。


 私はそれをちょいと摘まみ、引っ張ってみました。

 すると紐がするするとケースから出てきたのです。

 30cmほど伸ばしたところで紐から手を離すと、紐は勢いよく巻き戻って元の状態へと戻りました。

 どうやらこれはメジャーの目盛りの部分が紐に置き換わったような代物なのだと私は解釈しました。

 ただ、私はそれが一体何に用いられる物なのか、全く想像できませんでした。


「ご飯よー!」


 その場で考え込んでいたのを、母の大きな声が中断させました。

 私は、それをポケットに入れて夕食へと向かったのでした。


※   ※   ※


 夕食が終わって一段落したところで、私はそれを父に見せました。

 父もそれが何かは知らなかったようで、首を傾げました。

 私は、その紐がどこまで伸びるのか試したくなり、紐の先端を父に摘まんでもらった状態で後退しながら紐を伸ばしてみました。


 すると、1.5mほど伸ばしたところで出てくる紐の色が黄色に変わったことに気が付きました。

 さらに1.5mほど伸ばすと紐の色が橙色に変わりました。


 その時、私に閃きのようなものがありました。

 私は、過去にこの代物を手にしたことがあるような気がしたのです。

 これ以上紐を伸ばすと色が赤くなるという確信のようなものが私にはありました。

 後々から考え直してみると、そのようなカラーバリエーションのものは世の中に沢山ありますし、単に経験則に基づく直感的な思考に過ぎなかったのかもしれません。

 それがデジャブのようなものであったのか、それとも本当に経験したことがあったのかは今でもわからないままです。


「やめろ!!」


 もう少しで赤い紐が出てきそうな予感がしたところで、突然怒鳴り声が部屋中に響きました。

 発声したのは祖母でした。

 普段の柔和な表情からは想像できないような形相で私を睨みつけていたのです。

 その変貌した様子に両親も驚いているようでした。

 後で両親に聞いた話ですが、祖母はこの時軽度のもの忘れはあったものの、あのような態度を示すことは初めてだったそうです。

 私はすぐに紐をしまい、自分の席に戻りましたが、その場にはどこか気まずい空気が残りました。


 それから程なくして、妹が到着しました。


「何かあったの?」


 そんな雰囲気を読み取ってか、妹が私に聞いてくるので玄関から近い客間に部屋を移したところで先ほど起こったことを説明してやりました。

 妹もその紐が何なのかは知りませんでしたが、紐には興味を持ったようでした。

 同じ両親から生まれ同じ環境で育ってきただけあって、どうやら血は争えないようです。


「ここで試してみようか」


 妹がそう言うので、私は部屋の隅に陣取り、紐の先端を妹に渡します。

 妹は部屋の対角に向かって後退しながら紐を伸ばしていきました。

 そして、もう少しで部屋の対角線上を横断できるというようなところで、ついに紐の色が赤くなりました。

 やっぱり思ったとおりだったと私は妹と目を合わせました。

 そして、妹がもう一歩下がり、赤紐が20cmほど出たところで――。


 バキャンと玄関の方でもの凄い音がしました。

 もう深夜と言っていい時間帯となって辺りが静かになっていたこともあり、その音は家中に響き渡りました。

 妹が驚いて、紐から手を放してしまったので、紐は勢いよくするするとケースの中へと巻き戻っていきました。



 何事かと私は慌てて戸をスライドさせて玄関扉の方を見ると、二枚ある扉のうち一枚が家の内側に向かって外れているのがわかりました。

 この家の玄関扉は、木製ガラス張り引戸の両開き式なのですが、扉がレールから外れ、木枠にはひびが入り、ガラスも割れてしまっていました。

 あまりに音が大きかったので、就寝しようとしていた両親も慌てて駆けつけました。

 因みにですが、玄関は大きめのエレベータの2から3倍の広さがありますので、家族全員が一堂に会しても全く問題ありません。


 もしかして強盗が押し入ろうとしているのかと、近くに飾ってあった鎧の傍にある模造刀を手に取り、無事だった方の扉を恐る恐る開けて屋外の様子を確認したのですが、人影はありませんでした。

 その代わりに、壊れた扉の外側に消火器が一本横たわっているのを発見しました。

 拾い上げて確かめてみると表面に若干の凹み傷があり、これが外側から当たって戸が壊されたのだと推察できました。

 結論から言うと、その消火器は実家の防火用として玄関の奥に置いてあったものだったのですが、どうして家の中にあるはずのものが外にあり、誰が投げたのかもわからず終いでした。


 扉が若干ずれただけで、私がすぐに玄関を確認したので誰かが玄関から押し入った可能性はすぐに否定されましたが、外に人がまだいるかもしれないため確認しようと思って外に出かかったのですが、後ろから腰に手を回され、凄い力で止められました。


「死にたいのか!」


 それは鬼のような形相をした祖母でした。


「放してよ!」


 私は是が非でも逃れようとするのですが、どうにも離れることができませんでした。

 まだ若い私がなぜ足腰の弱った祖母に力負けするのか訳がわかりませんでした。

 もちろん表情も恐ろしくはあったのですが、それよりも得体の知れない剛力に得も言われぬ恐怖を覚えました。

 私は抵抗するのを止め、外に出ることを諦めました。


 そんな時、インターフォンの音が鳴りました。

 こんな夜更けに、しかもこんなタイミングで人が来るはずがないと、私たちは一瞬ビクリとしました。


「こんばんは。警察です」


 扉を開けると、そこにいたのは二人の制服警官でした。

 何でも110番通報があったとかで最寄りの警察署から来たとのことでした。

 それを聞いて、近所の誰かが通報してくれたのかなと思ったのですが、よくよく話を聞いていると、通報はこの家からされたとのこと。

 祖母を除いて全員がこの場に急行したため、消去法で電話をしたと思われるのは祖母ということになるのですが、祖母にその記憶は無いようでした。

 警察の人には、祖母はついさっきのことでも忘れてしまうからと納得してもらったのですが、私にはどうも納得がいきませんでした。

 どちらにしても何者かが我が家に侵入しようとした形跡が確認されたため、その晩は警察が周辺の捜索や実家前での警備を行ってくれることになりました。


「ねえ、あの紐のことだけどさ。長さはどれくらいだと思う?」


 妹が思い出したように囁きました。


 「さあ。試してみようか」


 そう言ったはいいものの、現在、警察の人たちが追加で来て現場確認やらを行っていて、今の部屋ではこちらの様子も丸見えです。

 流石にこんな馬鹿そうなことをやっているのも憚られたため、隣の部屋でやることにしました。

 そこは、床の間と仏壇がある和室です。

 夜間、雨戸を閉めた状態では全く光が入ってこないため照明をつけないと真っ暗なのです。

 ところが隣は祖母の寝室です。

 しかも部屋の境に木彫欄間があるため、照明をつけると誰かが何かしていることを悟られてしまうおそれがありました。


 そこで、暗闇の中で限界まで紐を引き出し、一瞬だけ明かりをつけて確認するという方法をとることにしました。

 その時、なぜそこまで紐に執着していたのかはよくわかりません。

 何かしら魅かれるものがあったのだと思われます。

 私は両手を使って勢いよく紐を出し続けました。


「まだ終わらないの?」


 引けども引けども終わりの感触がありませんでした。

 外観の大きさと紐の太さから10m程度だろうと思っていた紐ですが、その3倍は引いたような気がしているものの、まだ尽きない様子でした。


「一度電気つけてみる?」


「うん」


 私は暗闇の照明のスイッチである紐を探り明かりをつけました。

 その瞬間、足元に広がっていたのは、真っ赤な光景でした。

 鮮血のように真っ赤に染められた紐は暗闇の中で雑に引き出されたとは思えないほど満遍なく部屋の隅の方まで行き渡っていたのです。

 光の反射のせいか、壁までほんのり朱に染まっている光景がさらにその場の異様さを増長させるようでした。


 足元にある紐の量はどうやっても掌サイズの小箱には収まりきらないほどで、私たちはこの世ならざる世界の扉を開けてしまったことを瞬時に理解したのです。


「あーーーーーーーー!!」


 私たちは、すぐに手にあるものを放り投げ、戸を引いて元いた部屋へと駆け込んだのでした。


 その悲鳴にびっくりしたのは、いまだ玄関にいた警察の人と両親でした。


「どうした?」


「あ、赤いひ、紐が……」


「紐?何のことですか?」


 私たちが振り返ると、仏壇の間に赤い紐はありませんでした。

 部屋を調べると例のケースが転がっているだけでした。

 この家は何なのかと白い目で見る警察関係者と、苦笑いするしかない両親。

 次の日、私たちは久々に父から説教を受けたのでした。


 結局、警察の捜査も進展がなく、犯人の特定には至りませんでした。

 私は元から犯人などいなかったのではないかと思っています。

 因みに、あの後家の電話で発信機記録を調べてみたのですが、通報を行った形跡はありませんでした。

 警察の方にも通話記録が残っているのですはずなのですが、声の主は不明だとか。


 また、あの紐の正体もわからないままです。

 少なくとも人が引き出してよいものではないような気がしています。


 幸い我が家には神棚がありましたので、例のケースは一時的にそこに祀り上げることになりました。

 そのお陰なのか、その後、年が明けても何ら異常なことは起こりませんでした。

 そして私たちがUターンした後、父がしめ縄と一緒に左義長に持ち込んで焼いてもらったそうです。


 また、祖母はあれから体調が悪化し、施設に入ることになりました。

 ただし、今も存命で100歳を超えることができるかもしれないということで、例の件との関連は不明です。


 余談ですが、あれから妹は良縁がないのは赤い糸を焼いてしまったせいだと主張しています。

 私は全く関係ないと思っています。


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