ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast 第2章『はじめてのおしごと』①
ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast 第2章『はじめてのおしごと』①と②を更新しました。
「お、終わった・・・」
全身でため息をつきながら、アインは完成した花の入った段ボールをテーブルの上に置いた。
「未だかつてない強敵だったわね。」
ふう、とさわやかな表情でを汗をぬぐったドライの額には『根性』と書かれた鉢巻きが巻かれている。
「僕もこのリボンのおかげで頑張れたよ・・・!」
ドライから以前もらったリボンは大切そうにアインの腕につけられている。
それを愛しそうに撫でながらアインはにっこりと笑った。
「私もきつい時にはついこれに触れてしまったわ。」
ふふ、と笑いながらドライはポニーテイルに結んであるアインに選んでもらったリボンに触れた。
「やっぱり私たち2人なら越えられない壁はないわね!」
「ああ!」
アインはドライの肩に手を置き、ドライはアインの腰に手を当てながら登ってくる朝日に向かって共にビシッと指をさして達成感を味わっているようだ。
ちなみに、他のメンバーは長時間の慣れない内職により疲れ果てたのか軒並み全滅していた。
「それじゃあ、僕たちはこれを届けてくるよ。」
「アイン、気をつけるのよ。」
リアカーの荷台に荷物を積みながらドライはアインに注意を促す。
せっかく完成させた商品を汚したりでもしたら、これまでの努力が水の泡になってしまう。
「う・・・なかなかに重いな。」
荷台は大量の段ボールでいっぱいになっていた。
まだ体力が戻りきっていないのかアインが引こうとすると思った以上の重量がその身体にかかる。
すると・・・
「あんたがつらい時は私が力を貸すって言ったでしょう。」
ドライが荷台を後ろから押しながら口元に笑顔を浮かべた。
「ドライ・・・ありがとう!」
「私たちがこの希望を持っていくから、あんたたちはやつを見張っているのよ!!」
くるっと振り向いたドライが真剣な表情で見送りのメンバーにそう言った。
さらにその後ろで、一晩中吊るされていた物体がぷらーんぷらーんと揺れている。
ぐー・・・ぐー・・・
「なあ、腹減ったんだけど朝飯はまだかな!」
自分の身体に巻かれている縄をあじあじと噛みながら小動物はひもじそうにしていた。
「もう少しだけ待っていてくれ兄さん・・・!」
「ああ、任せたぞ銀牙・・・!!」
兄弟が仲良く頷きあっているのを見たツヴァイが、吊るされている紅牙にかかっていた『反省中』の札をくるっと裏返した。
『勝手にえさを与えないでください。』
にやっと笑ったツヴァイを見て驚愕の表情を浮かべながら、小動物は精一杯の抵抗を見せる。
「おのれはかったな蒼夜・・・!!」
紅牙は札をひっくり返そうと必死に動こうとするが、ゆらゆらと左右に揺れるだけでその願いは叶いそうにない。
「すまない兄さん、僕が本調子ならわざわざリアカーなんかで運ばずともすんだものを。」
視線を逸らしながら悔しそうにツヴァイは拳を握った。
その眼中にはもはや小動物は映っていないようだ。
「大丈夫だ。必ず帰ってくる、待っていてくれ!!」
アインは誓いの言葉を述べると、ドライと共に街に向かって歩き出したのだった。
「というか・・・何をどうやったら2万ものお金が1週間で溶けたのよ。」
眼鏡をかけたソフィが家計簿に目を通しながらソロバンをはじいていた。
その隣ではフィーアが心配そうにそれを眺めている。
「えっと、とりあえず問題の食材の欄から・・・」
そう言いながらページをめくったソフィがそこに書かれている数値に目をむいた。
肉20、野菜20、果実30これが一般的な家庭の1日の消費としよう。
しかしそこには・・・
「野菜500ゴールド、果実1000ゴールド、肉2000ゴールドってなんなのよ!?」
そう記されていた。
「ああ、俺は野菜は苦手なんだ。」
「そういうことを言ってるんじゃなーいっ!!」
なぜ若干野菜の消費量が少ないのかとかそういう問題ではない。
通常の食費の20倍以上、肉に至っては100倍の値段が平気で記入されていることこそに問題点があるのだ。
「何!?何なの!肉に2000ゴールドって何!?牛でもまるごと買い取ったわけ!?」
「違うな・・・」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべると吊るされたままの小動物はキリッとした表情で言った。
「ドラゴンの肉と聞いたら食わずにはいられないだろう!!」
「絶対騙されてるからねそれ!!」
ドラゴンはこの世界でもかなり希少な種族だ。
ソフィたちも以前ツヴァイを助けるために小型の竜を狩ったことがあったが、それはとても危険な賭けだった。
そんなものをわざわざ倒してその肉を市場で売るなどまずあり得ない。
「そ、そうだったのか・・・ドライが料理したから全く分からなかったぞ!!」
「なんでよりにもよってドライに料理させるかなー!?」
「ご、ごめんね・・・私、ドラゴンって料理したことなかったんで困っていたら、おねえちゃんが私に任せなさいって。」
料理の方法をたとえ知らずとも、フィーアが作った方が幾分ましだったのではないだろうか。
「こんな調子で使い続ければあっという間にお金がなくなるわけよね・・・」
ドラゴンの肉だけでなく、他にも高級な食材を金に糸目をつけずに買いまくったのだろう。
しかも、紅牙がおなかいっぱいになるほどの量を。
「とにかく・・・しばらくは私も一緒に家計簿を管理します。買い物も一緒に行くからね。」
おそらく、買い物もこんな調子だったのではないだろうか。
『お客さん、どの肉にしますか。』
『ああ、一番いいのを頼む。』
考えるだけで頭が痛くなってきた。
「今日から皆働きに出ているわけだから余計な出費をしないこと!っていうか、紅牙もこれから仕事じゃなかったっけ?」
それならいつまでも小動物でいさせるわけにはいかない。
仕方がないのでソフィは吊るされている紅牙の縄をほどいてやる。
見る間にミニライオンの姿は、白い狼の耳としっぽの生えた青年の姿に戻った。
「ふう・・・さすがに頭に血が上ったな。」
「うん、その辺りアインと同じく丈夫よね。」
1日中逆さまにつるされていたにもかかわらずそれで済んでしまうのだから大したものだ。
「で、どこで働くのよ紅牙は。」
「ん?ああ、街を歩いていた時にウエイター急募っていう張り紙を見たんだ。
だからそこに行ってみようと思っている。俺は喰うのが好きだからな。」
「そ、そう・・・まあがんばりなさいね。」
喰うのが好きなこととウエイターの仕事が今一つ結びつかないのだが、要は食べ物関係の仕事がしたいということだろう。
「さて、私もそろそろ準備しようかしらね。」
「ソフィは何のお仕事するの~?」
「ん?ああ、考えてはいるけどまだ決まってないの。とりあえず街に出てみるわ。」
曖昧な返事を返してソフィは出掛ける準備を始めてしまった。
「それじゃあ行ってくる!」
「フィーア、良い子にしてるのよ。」
街に出かけて行く2人をフィーアは手を振りながら見送った。
「はーい、いらっしゃいいらっしゃーい!
高性能のポーションだよ!他じゃ買えないよー!安いよ安いよー!」
白衣を着た銀髪の男性――アルバートが路上でさわやかな笑顔と共に客を呼び込んでいた。
その後ろではむすーっとした表情でジョセフィーヌがポーションを合成し、それをクリストフが手伝っている。
さらに道の真ん中にはサンドイッチマンよろしく『ポーション大安売り』『良く効くポーション買わなきゃ損!』という看板に身を包んだ老人がいた。
「耐えるんじゃわし・・・!皆のためなら恥ずかしくない!」
それはひたすらに自分に言いきかせながら耐えているグレイの姿だった。
「あんなご老体を働かせるなんて・・・」
「よほど財政難なんだな、よし、俺も一つ買って行ってやろう。」
道行く人たちは同情の眼差しを向けながら、いくつか商品を買って行ってくれる人もいた。
「な、なんで私がこんな真似を・・・」
「文句を言うなジョセフィーヌ!子供たちのためだ・・・!何だったら私と変わってみるか?」
「却下。」
ぶつぶつと文句を言うジョセフィーヌにアルバートがそう提案するが一言で却下された。
「子供たちのために頑張る君は美しいよジョセフィーヌ。」
「いいからさっさと働きなさい!これを瓶に詰めて商品棚に並べて!!」
乾眠からようやく目覚めたクリストフに、ジョセフィーヌは出来たポーションを押し付けるのだった。