ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast 第15章『怠惰な猫が守るモノ』①
ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast 第15章『怠惰な猫が守るモノ』①と②を更新しました(`・ω・´)
「僕の夢は気に入ってくれたかにゃん?」
辿り着いた先で待っていたのは1匹の黒猫だった。
「大人しくしていてくれればずっと幸せな夢だけを見せてあげられたのに。
君たちの行動は僕にはまったく理解できないにゃん。」
「幸せは蒼ちゃんと一緒に築いていくって約束してるの。
あなたがくれる一方的な幸せなんていらない。」
真っ先に結界を破壊してここまでたどり着いたフィーアとツヴァイを、黒猫はしっぽを左右にぱたんぱたんと振りながら眺める。
「そっちの2人もそういう意見なのかにゃん?」
ふと黒猫が別の場所に視線を移す。
「おねえちゃん!」
「待たせたわね!私たちが来たからにはもう大丈夫よ!!」
ぜえぜえと肩で息をしながら空間に走り込んできたのは、ドライとアインだった。
「皆!無事かい!?」
「兄さんたちこそ!」
「紅牙おにいちゃんたちは?」
「兄さんとアルバートおじさんと母さんと子供たちなら助けたよ!」
「でも途中ではぐれちゃったのよね・・・たぶん大丈夫だとは思うんだけど。」
「ソフィとアハトはどこかにいなかった?」
「2人もこの世界に取り込まれたのかい?」
「うん・・・私の目の前で2人とも倒れちゃった・・・」
どうやらその場に集まることが出来たのはフィーア、ツヴァイ、ドライ、アインの4人だけのようだ。
しょんぼりとしながらアインに告げたフィーアをそっと抱き寄せてから、ツヴァイはその肩にドヤ顔で止まっている鳩を追い払いつつ話しかけた。
「ズィーベン、他の2人の居場所は分かるのか?」
「人使いの荒い坊主だぜ。」
「おまえには家のリンゴの木を自由にさせてやっただろう?」
本来であればズィーベンたちを追い払いリンゴを木ごと切り倒してしまうこともできたのだが、フィーアにそんなことはしないでほしいと言われたので野放しにしていたのだ。
ツヴァイはにっこりと笑いながら笑っていない目で語りかける。
「やれやれ、フィーアに免じて手伝ってやろう。」
「ああ、言っておくが3歩進んだら忘れたとか言うなよ。」
「俺は自由の翼だ。いつ忘れるのかも俺の自由だぜベイベー!」
そう言い放ってから白い鳩はブーンと音をさせてどこかに飛び去ってしまった。
「さて、お話し合いは終わったかにゃん?」
鳩のことなど気にも止めずに、事の成り行きをめんどくさそうに眺めていた黒猫はくあーっとあくびをしながら尋ねる。
「ええ、あんたをぶっ飛ばす準備はばっちり出来てるわよ。」
キッと睨みつけながらドライが言うと黒猫はまるで狩りをする肉食獣のように目を細めた。
「ドライ、危ないっ!!」
次の瞬間、アインがドライをかっさらうようにしてその場から飛び退いた。
ガギィン!!
何か固い物がぶつかり合うような耳障りな音が辺りに響く。
「今のは何だ・・・!?」
ドライのいた地面に突如現れた一対の牙のようなもの。
それはすぐに・・・
「紅音!!・・・ぐっ!」
「あう!蒼ちゃん・・・!?」
フィーアの足元に現れて捕えた物を噛み砕こうとする。
とっさにツヴァイが突き飛ばしたがその牙の一部がツヴァイの腕をかすめた。
「大人しく食べられてほしいにゃん。」
「馬鹿なこというんじゃないわよ!!牙勝負だったら負けないんだからね!?
行きなさいフェンリル!!」
どういった原理なのかは分からないがそれが黒猫の仕業であることは分かる。
ドライの召喚した氷の狼は迷うことなく小さな黒猫に向かって飛びかかり、その獰猛な牙で喰らいつこうとした。
しかし・・・
「そんなの喰らいたくないにゃん。」
突如黒猫の前に現れた見えない壁がフェンリルの攻撃を受け止めて砕ける。
「ちょっとずるいわよ!正々堂々と戦いなさい!」
「こんな小さな猫1匹に大の大人4人で襲いかかりながら言うセリフじゃないにゃん。」
「あんた普通の猫じゃないじゃないの!!」
むきーっとなりながらドライは次々とフェンリルに攻撃させるがその度に透明な壁が砕ける音だけが響く。
それを見ていたアインは刀を構えるとフェンリルと同時に斬りかかる。
その攻撃もやはり見えない壁によって防がれてしまった。
透明な壁がガラスの砕けるような音と共に砕け散り、次の一撃を振り下ろした時にはもう次の壁が形成されているようだ。
「む、もしかして・・・?」
アインが何かに気付いたかのように再び攻撃を開始しようとする、ところが・・・
「とりあえずおまえでいいにゃん。」
「な・・・!?」
砕こうとした結界が光ったかと思うとまるで鏡のようにアインの姿を映し出す。
鏡に映ったアインはにやり、と邪悪な笑みを浮かべたかと思うと鏡から抜け出して本物のアインに斬りかかった。
「アインの偽物なんてもう見飽きたのよ!フェンリル、噛み砕きなさい!!」
偽物のアインにフェンリルが喰らいつこうとするが、刀の一振りで斬り払われて氷の結晶がキラキラと辺りに降り注ぐ。
「ああ!!ちょっと人のフェンリルに何やってんのよこの駄犬!!」
「え!ご、ごめ・・・」
自分の姿をした何かの所業だったためか、アインがその言葉に反応してすまなさそうに謝ろうとする。
「アインのことじゃないわよ!!」
きちんと否定してからドライはビシっと偽物を指さした。
「あんたなんてアインの足元にも及ばないんだからね!行きなさいアイン!!」
「おーう!!」
ドライの指示に従うようにアインはどこからか取り出した刀をもう一振り左手に構える。
「アイン、あんた2刀なんて扱えるの!?」
「ふふふ、少し前から兄さんに鍛えてもらっていたんだ。
またいつ組織と戦うことになるか分からなかったからね。」
紅牙を取り戻してからすぐ、アインは剣術について彼から学んでいた。
大切な家族を取り戻してハッピーエンド。
物語としては上々かもしれないが、実際はそう簡単にはいかない。
自分たちが組織に追われながら大家族を守るためにはどうしても新たな力が必要だった。
以前の戦いで目覚めた自身の能力についてはまだ分からないところが多すぎて完全には使いこなせそうもないし、それはならばせめて新たな戦術をと考えた結果、昔から剣術を得意としていた紅牙に稽古をつけてもらうことになったのだ。
「僕たちはこんな夢の中で立ち止まってる場合じゃない。
明るい未来が僕たちを待っているんだ!」
その言葉に、黒猫はぴくっと反応した。
「・・・僕たちに明るい未来なんかないにゃん。」
「そんなことはない!
今から僕たちを解放して眠ってしまった村の人たちも目覚めさせるって言うなら
おまえにだってきっと償いをしながら生きるっていう明るい未来が・・・!」
「そんなものないにゃん!おまえたちを殺してアレのところに帰るにゃん!!」
アインの言葉を黒猫が全力で否定すると同時に偽物が剣を振りかぶって斬りかかってくる。
その一撃をアインは2つの刀を平行に構えて受け止めた。
相手の攻撃を見ながらアインは紅牙に言われたことを思い返す。
『銀牙、おまえの攻撃は少し大ぶりすぎる。
体が大きい分小回りが利きにくいのは分かるが、一撃一撃に自身の体重を乗せすぎて次の一撃につながっていない。』
なるほど・・・確かに相手の動きを見てみるとかなり大ぶりで無駄な動きが多く見受けられるような気がした。
あれでは攻撃を外した瞬間に攻撃してくださいと言っているようなものだ。
「く・・・!」
だが、一撃に乗せられる重さは相当なものでまともに喰らったり受け止めたりしてしまうとこちらの動きも止められてしまう。
これは・・・相手の攻撃を素直に受け止めるんじゃなくてかわして相手に隙を生じさせることを考えた方がよさそうだ。
といっても二つの同じ重さの刀を片手で扱っている分、アインも小回りの利く動きをしやすいとは言い難かった。
『・・・刀を二刀にして戦いたい?
一刀でも振り回されている感が否めないんだぞ?
それなのに武器を増やしたところで即座にそれを操れるとは俺には思えないんだが。』
稽古をつけてもらってすぐ、二刀で戦いたいと言った時に紅牙に言われた言葉。
『・・・なるほど、刀に自身の力を乗せて戦うから武器が多い方が強い。
そう考えたというわけか。
確かに、武器に同じだけの力を乗せることが出来るなら攻撃力だけは上がるだろう。
それを使いこなせるかどうかは銀牙、おまえ次第ということになってしまうが、俺はおまえが武器を使いこなせなくても手加減はできないぞ?
それでも構わないというならやってみるといい。』
アインが今のところ使いこなせている能力の一つが『インフィニット・ジャスティス』と名付けたその能力だった。
賢者の石の力を利用して自身や持っている武器の力を高めることができるこの能力を最大限活用するには、手持ちの武器の数を増やした方がいい。
単純すぎる考えではあるかもしれないがそれが間違っているとは思わない。
自分がその武器を扱うことさえできれば理にかなっているはずなのだ。
稽古をつけてもらうようになってから数カ月が経っていた。
紅牙が危惧していた刀に振り回されていた動きも今ではだいぶ安定した気がする。
なにより・・・
僕は家族を守るために兄さんに稽古をつけてもらったんだ。今使わないでいつ使う?
その上相手は好都合なことに自分と同じような動きをしてくる敵だ。
これ以上の練習相手はいないだろう。
2つの刀をぎゅっと握りしめると、アインは相手に向かって斬りかかった。