ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast 第9章『奇病』①
ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast 第9章『奇病』①と②を更新しました(`・ω・´)
「本当にただ眠っているだけね・・・」
魔術的な部分も含めいろいろと紅牙について調べてみたソフィだったのだが、これといって特に異常は見つからなかった。
もっとも、ソフィとしても魔術的な部分はそこまで得意分野というわけでもないのでキュアやヒールといった相手の体調を正常に戻す魔法をかけてみることくらいしかできなかったのだが。
紅牙は相変わらず幸せそうに眠っている。
何か食べる夢でも見ているのか、時々口をもぐもぐさせたり涎を垂らしたりと眠っているのに忙しそうだ。
「紅牙おにいちゃん、夢の中でも何か食べてるんだね。」
そんな様子を見てフィーアがくすくすと笑いながら紅牙の身体を撫でた。
「食い意地が張ってるからね。」
「ほんとにもう、こっちが心配してるのに平和そうな顔をして・・・」
ツヴァイの言葉に同意するように頷いたソフィは、ミニライオンの頬をむにーっと伸ばしてみる。
一方、ツヴァイはそんなことを言いながらも紅牙の身体を真剣に触診していた。
しかし、やはり何も分からないのか首をかしげている。
そんなことをしていると玄関のドアが勢いよく開いた。
「どうしたんだい?兄さん。」
駆け込んできたアインを見てツヴァイはびっくりしたように声をかける。
「兄さんは!?」
「それがまだ起きてないんだ。」
「こいつ、綺麗な顔してるだろう?こう見えて・・・」
「紅牙おにいちゃんは生きてますー!」
リビングのソファでくつろいでいたアハトがろくでもないことを言おうとしたので、すかさずフィーアが反論する。
「そうだな、こんな安らかな顔してぐっすり眠ってやがる。」
「あ、よだれが・・・」
紅牙の口からはまた涎が垂れていたのでフィーアはそれをかいがいしく拭いてやった。
「何食べてる夢見てるのかなあ?」
「というわけで兄さん、見ての通りまだ寝てるよ。兄さんこそどうしたんだい?血相を変えて・・・」
「ちょっと嫌な話を聞いちゃって、慌てて帰ってきたんだ。」
「嫌な話~?」
言うが早いか近づいてきたアインがテーブルにあった果物ナイフを手に紅牙の前足を斬りつけた。
「きゃああ!?何してるのアイン!!」
フィーアは大慌てでアインの前から紅牙を抱き寄せるように庇う。
切りつけられた紅牙自身は目覚めることはなく、当人の回復力が尋常ではないためにその傷口はすぐに塞がってしまった。
「アイン、どうしたの?なんでそんなことするの?」
さすがのフィーアもその行動を非難したがアインは神妙な顔つきでこう告げた。
「街で嫌な話を聞いたんだ。」
「・・・病気のこと?」
それに対してすぐに反応したのはソフィだった。
「ソフィも聞いたんだ!」
「ええ、心配されたわ・・・。」
何とも言えない表情でソフィは頷く。
「それって、さっき蒼ちゃんが言っていた子供がかかる病気?」
「ああ・・・」
紅牙とその病が今一つ結びついていなかったのか、ようやく思い当たったというようにツヴァイも頷く。
「ちょっと皆を集めてくれないかな?大切な話があるんだ。」
「それは子供たちもかい?」
「いや、まずは子供たちは抜きで話をしたい。」
「わかった、じゃあ皆を呼ぶね。」
事態を理解したのかツヴァイは立ち上がると他の大人たちに声をかけるためにぬいぐるみの中に入って行った。
数分後、集まったのはいつものメンバーとアルバート、グレイ、クリストフとジョセフィーヌを含めた10名だった。
「ソフィも聞いてるみたいなんだけど街で今病気のような物が流行っているそうなんだ。」
「ほう、それはどんな病気なんじゃい?」
「それってどんな病気なの~?」
グレイが真剣に問い返したのとは対照的に、フィーアは抱っこしている紅牙の両前足を掴むと肉球をぷにぷにしながら上げたり下げたりしている。
フィーアとて紅牙のことを心配していないわけではないのだが、正直なところ多少の病気程度で彼が倒れるとは思えなかったのだ。
その光景は平和そのものだが事態は思っている以上に深刻らしく、アインが真剣な表情で言葉を続ける。
「このあたりの街で人が眠ったまま起きなくなるっていう奇病が流行っているらしい。
やがて衰弱していって死んでしまうって話だ。」
「え・・・?」
その言葉にフィーアもさすがに顔色を変えた。
紅牙を万歳にした状態で不安そうに隣のツヴァイの方を見る。
「紅音、大丈夫だよ。」
そのことにすぐに気付いたツヴァイは、不安を取り除いてやるようにフィーアの髪を撫でながら微笑んだ。
「子供がかかる病という点では紅牙は関係ない気もするがな。」
アハトの言うとおり、その点に関してだけは紅牙が病にかかっているという確証が取れない。
「さっき街で実際に患者を見かけたんだけど、兄さんと同じように眠っているだけだった。
だからさっき兄さんを傷つけて様子を見ようとしたんだ。
ただ眠っているだけなら、兄さんは切りつけられて目を覚まさないわけがないと思って。」
どうやらアインも同じような疑問を抱いていたために、さっきのような行動に出たようだ。
「さっきの兄さんの反応を見て思ったんだけど、これはやっぱりその奇病と同じような症状なんじゃないかと思う。」
「何か治療法は見つかっていないのかい?」
フィーアは紅牙を抱きしめたまま何も言えなくなってしまっていた。
その肩を抱きながらツヴァイはアインに問いかける。
「今のところ全く見つからなくて医者もお手上げみたいだ。」
「そんな・・・」
「しかも、兄さんは子供じゃないしその上、僕たちの中で一番生命力が高いはず。
そう考えれば僕にはこれがただの病気だとは思えないんだ。」
「一つ確認したいんだが、これは子供しかかからない病気なのか?
それとも子供がかかりやすいと言うだけで大人にも被害が出ている病気なのか?」
「詰め所の人から子供が多いとは聞いてるけれど大人がかからないとは言ってなかったよ。」
それを聞いたアハトはちらっとソフィを見て声をかける。
「ソフィ、おまえは大丈夫なのか?」
「大丈夫よ・・・っていうか、どいつもこいつも私を子供扱いして・・・!」
後半の言葉は誰にも聞こえないような声で、思わず拳を握りしめながら言ってしまうソフィなのだった。
「んー・・・紅牙おにいちゃんがかかるってことは猫たちもかかったりする?」
何か思い当たることがあったのかフィーアが疑問を口にした。
「ここ数日にゃんこたちも元気がないんだけど・・・」
「そうだね、もしかするとそうかもしれない・・・今日見た感じだと子供たちは大丈夫みたいだけど。」
ツヴァイが見た限りでは猫たちは病ではなかったが確かに眠そうにしていた。
その点で言うと子供たちは元気いっぱいで、そういった兆候は見られなかったのでそこだけは安心できる。
「この病気移るのかな?」
「紅音、ちょっと貸して!」
「あう・・・!」
その言葉を聞いた途端、ツヴァイがフィーアから紅牙を取り上げた。
「隣の街の方から流れてきてる病だと聞いたわ。
だとすれば、うつる可能性も無きにしも非ずってところじゃないかしら。」
「ちょっと私にも見せてくれるかい?」
席に座っていたアルバートは立ち上がるとツヴァイから紅牙を受け取る。
そして紅牙をソファーに置くと、ぺたぺたと電極のような物を張りつけながら機器で何かを確認し始めた。
「街の医者に分からなくとも私になら分かるかもしれない。」
そうしてしばらくの間、紅牙のことを調べていたアルバートがこんな言葉を口にした。
「ふむ・・・深く寝入っているように見えて実は眠り自体は浅いのか?」
「どういうことなんだい?アルバートおじさん。」
紅牙の眠りが浅いようには到底見えずアインが問いかける。
「いや・・・睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠というものがあってそれを交互に繰り返すのが通常の眠りなんだが、脳波を見てくれ。」
皆で覗き込むとアルバートがそれを指さしながら説明してくれた。
「レム睡眠と呼ばれる状態は一般的に浅い眠りとされて夢を見る状態なんだが、紅牙の場合はこれがずっと続いているようだ。」
「つまり、兄さんはずっと何かの夢を見ているってことなのかな?」
「そういうことになるな・・・しかし、これは不自然な現象だ。
少なくとも私が知る限りこれは今この世界で公表されているどの病気とも違う。」
電極を外しながらアルバートもこれ以上は何も分からないと言うように首を横に振った。