ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast 第8章『予兆』②
ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast 第8章『予兆』①と②を同時に更新しました(`・ω・´)
その帰り道、アインが道を歩いていると一人の女性がぶつかってきた。
「あ!す、すいません・・・!」
「いえいえ、大丈夫ですか?」
アインは2メートルを超える体格をしているのでぶつかられても大したことではないが、勢いよくぶつかった女性は数歩たたらを踏んでなんとかその場に踏みとどまった。
「ええ、本当にすいませんでした。
申し訳ありませんけどこれで失礼します急いでいるもので。」
よほど急いでいるのか挨拶もそこそこに走って行く女性は背中に何か背負っているようだ。
なんとなく視線で追いかけると、彼女はすぐ近くの病院のドアを必死に叩き始める。
「すいません!この子が起きないんです、助けてください!!」
「その奇病に関してはどうにもならん。悪いが他を当たってくれ。」
医者は扉を開けたものの首を横に振ってすぐにドアを閉めてしまった。
「そんな、見捨てないでください。お願いします!!」
その後も何度もドアを叩いていたが開けてもらえないと分かると女性は落胆したかのように肩を落とす。
「どうしたんですか?」
その様子を見て思わずアインは女性に声をかけた。
「この子が昨日から寝たまま起きないんです。
最初はただ寝ているだけかと思ったんですけど・・・」
背負われている子供は5歳くらいの少年でアインの目から見てもやはり眠っているだけのように見える。
「もうどうしたらいいのか分からなくて・・・とにかく、私は他にお医者様を探さなければならないので。」
それだけ言うと女性は子供を背負ったまま街の中に走って行ってしまった。
「これは・・・」
どうやらあの衛兵の言っていたことは本当らしい。
医者も見放すような奇病、もしそれに紅牙がかかっていたとしたなら・・・。
ぎゅっとこぶしを握り締めてアインは家路を急いだ。
「な、なんだってー!?せっかくの金づ・・・じゃない、うちの看板娘が!」
「いや・・・そこは今更言い繕っても仕方ないじゃないですか。
いいです、金づるで・・・」
旅立ちの挨拶を告げに勤め先の宿屋にきたソフィはため息交じりに言った。
「ははは。いやあ、実際良い金づるだと思ってたけどさ。
でもまあ、うちの街でも最近暗い話題が少しずつ出てきてるだろう?
だからあんたみたいなのがいてくれて助かってたんだけどね。」
ソフィに言われてあっさりと白状した宿屋の主人は今度こそ偽りのない言葉を口にした。
「暗い話題、ですか?」
「なんだ、聞いてないのかい?」
「いえ、その・・・昼の話はちょっと疎くて。」
街に頻繁に訪れているのも仕事があればこそだ。
アルスマグナの情報を集めている時と違い、最近は昼の街にわざわざ出向く用事がなかったのでソフィもその辺りのことはよく知らなかった。
「あんたみたいなちっちゃいのはもしかしたらかかるかもしれないからな。
一応教えておいてやるよ。」
「は、はあ・・・」
ちっちゃいの、とわざわざ強調されて若干イラッ☆としたがそこは大人なので笑顔で乗り切ることにする。
「街のガキどもの間で奇病がはやってるんだとよ。」
「奇病、ですか?」
そんなことは初耳だった。
「上の街から順にこっちまで広がってきているらしい。
あんたはもしかしたらかかる可能性があるかもしれないからな。
この街からはさっさといなくなるのが正解だと思うぜ。」
口は悪いが一応こちらの心配をしてくれているようだ。
「俺たちみたいなのは店を持っちまってるから逃げることも出来ねえけど、あんたたちみたいな冒険者はこういう時に自由が利くからな。」
「一応聞いておきたいんですけど、どんな病気なんですか?」
「子供とか一部の人間が一度寝るとそのまま起きることなく死んじまうっていうんだよ。」
「え・・・?」
「謎の奇病って言われていろんなところで調べられてるみたいだけどな。」
「怖いですね・・・でもまあ、最後にもうひと稼ぎくらいはして出て行くんで、ステージを見に来てくれてる人達にも挨拶くらいはしていきます。」
「そうだな。連中があんたに夢中になってるのもそういうのを発散させるためみたいなところもあるんだろうし、最後にせいぜい盛り上げてやってくれよ。」
「もちろん!詳しい話はまた後日に。」
それだけ伝えて店を出たソフィは暗くなりかけてきた空を見上げて呟く。
「杞憂だといいんだけど・・・」
今回のこと、もしかすると組織が関係しているのではないか?
ソフィの頭を真っ先によぎったのはそんなことだった。
一月前にアルスマグナの動向についてアハトと調べ回っていたソフィだったが、これといった情報は手に入れられなかった。
それはもちろん、やつらの隠蔽がかなり高度だからというのもあるがそれ以上に今組織が表だって動いていないことの証拠でもある。
だとすれば、その可能性は限りなく低いはずだ。
それなのに・・・
「何かしら、嫌な予感がする。」
ソフィの中の勘が伝えていた。
これはきっと、ただの奇病などではないのだと。
「紅牙、起きたのかしら?」
とにかく、今は家族の安否を確認しなければならない。
冷たい風の吹き始めた街をソフィは足早に家に向かって歩いた。
その頃、家ではフィーアがごはんの支度をしながら皆の帰りを待っていた。
「ペットたちごはんちゃんと食べたかな?」
今日はペットたちを散歩させたのでぬいぐるみの外の山小屋でごはんを与えたのだ。
隣の部屋に移動するとえさ入れに餌が残っている物がある。
「あれ~?また食べてない・・・」
「どうしたんだい紅音?」
その声に気付いたツヴァイがすぐに部屋に入ってきた。
「あのね、昨日からにゃんこたちがごはん食べないの。
ずっと眠たそうにしてるっていうか・・・前は紅牙おにいちゃんと取り合って食べてたのに。」
「それは、紅牙が食べなくなったからじゃないのかい?」
「うーん、でも紅牙おにいちゃんの分は出してないんだよ?」
さすがに眠っているのが分かっていて多く出しても仕方がないので、今いるペットの分だけごはんは出していた。
「そっか・・・おかしいね。」
そう言うとツヴァイは一番手近で寝転がっていた猫を抱き上げる。
その際に首につけられた鈴がちりん、と音を立てた。
「どう?病気かな~?」
順番に猫を触診しながらツヴァイは首を横に振った。
「どの子も特に病気ってことはないと思うんだけど。」
「そっかあ。紅牙おにいちゃんの眠いのがにゃんこたちにも移っちゃったのかな~?」
「はは、さすがにそれはないだろう。怠惰な獣は1匹だけで十分だ。」
「だよね~。ごはん飽きちゃっただけかもしれないし違うもの出して様子見てみるね。」
「それがいいかもしれないね。
そうだ、この子たちを診終わったら心配だから子供たちも診てくるよ。」
今度は犬たちを触診しながらツヴァイはそんなことを言った。
「子供たち?」
どうしてそこで子供たちの話が出てくるのかが分からずフィーアは首をかしげる。
「んー・・・今日ちょっと仕事に出た時に街で変な噂を聞いてね。」
「うわさ?」
「街で病気が流行っているらしいんだ。
僕もあまり分からないんだけど子供がかかりやすいらしい病らしい。」
「そうなんだ!子供たち大丈夫かな~?」
仮住まいである山小屋で暮らしているナンバーズと違って子供たちは普段からぬいぐるみの中の空間で暮らしている。
なので病気が流行っていたとしてもそうそうかかることはないと思うのだが。
「だからちょっと見てこようと思うんだ。」
「分かった。」
「じゃあ、行ってくるね。」
にこっと笑うとツヴァイは部屋に置いてあるクマのぬいぐるみの中に消えて行った。