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ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast プロローグ②

プロローグの続きです。

今日はもう1話更新しています。

 2人がその異変に気付くのにそれほどの時間はいらなかった。


カァー、カァー!


 黒い鳥が不気味な鳴き声と共に、背後から頭上を通り抜けて数羽飛んでいった。

 つられるように追った視線の先にあるのは目的の山小屋で、屋根には他にもカラスたちがたくさん止まっている。


「なんだか様子がおかしいわよ・・・!?」


「いくぞ!ソフィ!!」


「ええ!」


 2人は思わず小屋の目の前まで全速力で走り寄ってしまう。

 そして、敵が中にいることを考慮して一度足を止めた。

 小屋の入口は・・・開いていた。


ギイ・・・ギイ・・・


 半開きになったドアは風で揺れて不吉な音を辺りに響かせている。


「まさ、か・・・!?」


 あり得ない、そう思いつつも2人は真っ青になって顔を見合わせた。

 敵の襲撃があったにしては周辺に戦闘の痕跡はない。

 そう、これではまるで・・・

 強い風が吹き抜けたかと思うと小屋に取り付けてあった『みんなのおうち』というフィーア手製の木の板がバタンっと下に落ちた。

 朽ち果てた我が家、2人の目の前にそれがあった。


 さらに、風で開いた戸の隙間から誰かの白い手が見える。

 確認するために素早くドアを開けると、入口には銀髪の青年がうつぶせに倒れていた。

 それは間違いなく紅牙だった。


「紅牙!!どうしたの!いったい何があったの・・・!?」


 彼が戦闘面ではかなりの力を誇っているのは家族の誰もが知っていることだ。

 以前のように多くのものを取りこんだ群体としての力は失っていても、相手を喰らう能力や戦闘での技術というものはそのまま残っている。


 その彼が、何者かにやられた・・・!?


 焦る気持ちを抑えることが出来ず、ソフィは懸命に紅牙の身体をゆする。


 すると・・・


「う・・・」


 微かだが紅牙がうめき声を上げた。


「紅牙!しっかりなさい!!」


 支え起こそうとすると彼はソフィを見てかすれた声で。


「俺と、したことが・・・甘く見ていた、気付かなかったんだ・・・」


 それはつまり、紅牙が何者かに奇襲され皆を守ることに失敗したということをさしているのだろうか?


「ど、どうしたんだ!?どうするソフィ!」


「あんたが慌ててどうするのよアハト!」


 あまりのことにアハトも驚きを隠せないのか、明らかに動揺した様子で話しかけてくる。


「いいから、紅牙、この水を飲んで落ち着きなさい!」


 ソフィ自身も正直パニックになってしまいそうだったが、そういうわけにはいかない。

 深呼吸をしてから水筒を取り出し紅牙の口にそっとあててやる。

 紅牙の乾ききった唇が少しずつ湿って行ったところで、彼は安堵のため息と共にこう言った。


「あ、ああ・・・最後に水が飲めてよかった。」


「何言ってるの!最後なんてそんなこと言っちゃだめ!」


「お、俺のことよりも皆のことを早く・・・」


 そこまで言うと、紅牙はまたうつぶせのまま倒れ伏してしまった。


「紅牙!?」


 脈を確かめてみるがとりあえずは大丈夫そうだ。

 そのことを確認してからソフィは立ち上がった。


「先に行くわよ、アハト。」


「いったい、何があったと言うんだ。」


 ごくり、と息をのんでアハトと頷きあうと部屋の奥を目指す。

 簡易のキッチンのあたりに誰かが倒れていた。

 それは、長い金色の髪をツインテールに結い、くまぬいぐるみを抱いている少女と、少女と間違えそうなほどに華奢な銀髪の少年だった。


「フィーア、ツヴァイ!!」


 2人は抱きあうようにして床に倒れ伏している。


「2人とも、意識はある・・・!?」


 軽く体を揺さぶるとツヴァイがうっすらと目を開けて。


「ぼ、僕のことはいいから・・・紅音にだけは、紅音にだけは・・・」


「フィーアがどうしたの?何をしてあげればいいのツヴァイ?」


 がくがくと揺さぶるが、ツヴァイはこれ以上はしゃべれそうにない。

 だとすれば、フィーア本人に聞くしか・・・!?


「フィーア、いったい何があったの?」


「ご、ごめんね・・・私が、かんりが、あまかったか、ら・・・」


「か、管理??」


 今までの2人とは明らかに毛色の違う言葉にソフィは首をかしげる。


「アハト、私はツヴァイとフィーアからもう少し事情を聞きだしてみる。あんたは、アインとドライをお願い。」


「ああ、わかった。」


 さらなる聴取の必要性を感じたソフィは2人に少しずつ水を飲ませ、アハトに奥の部屋にいるであろうアインとドライを任せることにした。

 ソフィに言われるがままアハトは先の部屋を目指す。

 一番奥の部屋には明かりがついていた。


「アイン、ドライ、おまえたち・・・!?」


 ドアを開け『無事か』と叫ぼうとしたアハトの目に飛び込んできたのは一面の紅い花。

 散らばる紅い花の中に、ルビー色の髪の少女が倒れていた。

 彼女は祈るように胸元で手を組み、その手には紅い花が添えられている。


「ドライ・・・寝ちゃ、だめだ・・・」


 そんなドライの隣でうつろな目をした銀色の毛並みの獣人の青年、アインがただひたすら同じ言葉を繰り返していた。


「な、なんてことだ・・・!」


 驚きを隠せずにいるアハトを、虚ろだったアインの瞳がようやく捕えた。


「アハト・・・ごめん、見通しが甘かったんだ・・・」


 そして、他の4人と同じようにその場に倒れた。


「アイン、大丈夫か!?アイン!!」


 駆け寄ったがアインはもはや気を失ってしまっているようだ。


「アハト、2人の様子はどう・・・!?」


 飛び込んできたソフィも、一面にちりばめられた紅い花と倒れている2人を見て絶句する。

 絶望するような瞳をアハトはソフィに向けた。


「俺たちはまた間に合わなかったと言うのか・・・!?」


 ぐぐっと拳を握りしめてアハトが悔しげに言った時だった。


ぐー・・・


 間の抜けた感じの、しかもかなり大きな音が入口の方から聞こえた。


「な、何の音・・・?」


 断続して聞こえるその音はなんというか、聞き覚えがあるような気がする。


「ドライ、アイン・・・ちょっと待っていてね?」


 2人の様子を確かめてからソフィはその場に立った。

 皆、一月前に会った時とは比べ物にならないほどにやつれている。

 大柄なはずのアインの身体も、どこか一回り小さくなってしまったような印象だ。


「どういうことだと思うソフィ?」


「皆、衰弱しているみたい。でも今はあれを確認するのが先でしょうね。」


 心身共に衰弱の激しい皆をこのままにしておくのは気が引けるが、今は音の正体を確認しなければならない。

 真相を確かめるべく2人は緊張した面持ちで音のする方に戻っていく。

 先ほど気付かなかった何かが、もしかするとそこにあるのかもしれない。


 そして、その事件は入口で起きていた。


はむ・・・はむ・・・


 1匹の白い子ライオンがそこにはいた。

 それは紅牙がこの姿の方が人の姿よりも燃費がいい・・・つまり、おなかがすきにくいからという理由でよく変身している姿なのだが、その子ライオンが獲物を狙うかのようにずりずりと腹這いに移動して衰弱して動けないツヴァイのふくらはぎに噛みついてた。

 もちろん牙を立てているわけではなくあくまでも甘噛み程度なのだが。


「こんなおいしそうなところにお肉が・・・」


 もはや何を言ってるのかもよく分からないことをいいながら、紅牙は夢見心地でツヴァイの細い足にかぶりついている。

 ライオンの姿といっても大きさは子犬程度、正直、ほほえましい光景に見えなくもないのだが。


「これぜんぶくっても、いいかな・・・あむあむ。」


「う、うう・・・僕が囮になっているうちに、早く逃げるんだ紅音。こんな食欲魔人のせいで僕たちは・・・うう・・・」


「だ、だめ、蒼ちゃん・・・私はここを離れられない。これ以上紅牙お兄ちゃんに食卓を任せたりしたら・・・」


 ツヴァイとフィーアの会話を聞いてソフィには一つだけ思い当たることがあった。

 なのでそれを確認すべくさっそくツヴァイにとりついている紅牙の首根っこを掴んでひょいっと持ち上げると、自分の顔の高さまで持ってきて質問を投げかける。


「紅牙、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・アハトが出掛けに渡した2万何に使ったんですか?」


 にこにこと笑いながらもソフィの額には怒りマークが浮かんでいた。


「おまえたちが言った通り、食費として使ったに決まっているだろう。」


「ひと月で全部使い切れって意味で渡したんじゃないわよっ!?」


 思わず全力で叫んでしまうと紅牙はさらにこうつけたした。


「何を言ってるんだ・・・あの量じゃ1週間持たなかった・・・」


「どんな無茶苦茶な使い方したらそうなるのよおおおお!?」


 2万G、月の生活費の軽く4倍。

 どこをどうしたらその金額を1週間分の食費だけで使い切ることができるのか。

 ソフィは手にしていた紅牙をひょいっとアハトの方に投げると、旅費として使っていた金貨袋を取りだした。

 もちろん、これといって収穫のなかった今回の旅の中でその袋は限界ぎりぎりまでやせ細っているのだが。

 ちゃりちゃりと数回振って残りの金額を確かめるとソフィは大きなため息をつきつつ。


「ちょっと・・・街まで行って食料を買って来るわ。あんたは子供たちの確認と皆の介抱をお願い。」


 がっくりと肩を落として隠れ家を出発していった。


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