ホムンクルスの箱庭 ~Seven deadly sins~ 第1話 Sloth Beast 第4章『宿場街の踊り子』②
第4章『宿場町の踊り子』①と同時に更新しました(`・ω・´)
「わあん!私のばかばか・・・っ!」
部屋に駆け戻ったフィーアは枕に顔をうずめてばたばたと足をばたつかせていた。
聞かれた、聞かれた・・・蒼ちゃんにあんな恥ずかしい夢のことを。
頭の中ではそのことだけがぐるぐると回っている。
実際のところはフィーアが一方的に抽象的なことを言っていただけなので、たとえ聞かれたところで詳しい夢の内容など分かるはずもないのだが当人はそのことに気付いていない。
一つだけ分かっているのは自分がとても恥ずかしいことをしてしまったということだけ。
昨日、尋常ではないくらい恥ずかしい夢を見た。
ツヴァイにプロポーズらしきことをされてから数カ月。
その後はこれといった進展はなく清いお付き合いが続いていた。
別にそのことに不満はない。
というよりも、それ以上のことを求められても自分が応えられる自信がなかったのでむしろほっとしていたくらいだ。
それなのに・・・
「な、なんであんな夢を見るの、私のばか・・・」
自分の心のどこかにそういう欲求があったのかと思うと穴にでも入りたい気分だった。
そんな自己嫌悪に陥っていた時だ。
トントン・・・ガチャ。
部屋がノックされて答える間もなく開いた。
「そ、蒼ちゃん・・・!?」
入ってきたツヴァイは慌てて起き上がったフィーアを迷うことなく抱きしめた。
「紅音、僕は・・・」
「はうう・・・!だ、だめだめ!私、まだ心の準備が・・・!」
これではまるで夢の続きではないか。
「えっと・・・どうしたんだい紅音?」
「は・・・っ!」
我に返ってフィーアは首を横に振った。
ツヴァイは不思議そうにこちらを見つめている。
ここで慌てては朝の二の舞になってしまう。
「な、なんでもないの。蒼ちゃんこそどうしたの?」
ノックはすれど返事も待たずに入ってくるなど彼らしくもない。
「いや、その・・・まだ夕飯の支度をしないなら2人で少しゆっくりしたいなって。」
「う、うん!いいよ~。」
フィーアが出来るだけ平静を装ってにこっと笑うとツヴァイは一瞬だけ不安そうな表情をしたもののすぐに笑顔に戻って。
「それじゃあ、今は紅音は僕のものでいいよね。」
さっそくというようにベッドに乗るとフィーアの膝に頭を乗せた。
そんな彼の髪をフィーアはそっと撫でる。
「んっと、毛づくろいする~?」
何とか場を和ませようと言った一言にツヴァイは一瞬沈黙した。
「そ、そうだね・・・お願いしようかな。」
ツヴァイの返事に少しだけよどみがあったことにはフィーアもすぐに気付く。
くすっと笑うとフィーアはツヴァイの真っ白な獣耳を優しくなでた。
びくっと彼の身体が震えたことにも気づいていたがそれは何も言わずに毛づくろいを繰り返す。
ツヴァイは毛づくろいが苦手だ。
以前であれば断固拒否されていた。
彼曰く、耳に触れられるのはとてもくすぐったいのであまり好きではないそうだ。
なので今回のように素直に触れさせてくれるのは珍しかった。
蒼ちゃん、どうしたんだろう?
なんだかここしばらく彼の様子がおかしい。
そんな気はするのだが具体的にどこがおかしいのかはまだ分からずにいた。
「気持ちいいですか~?」
「う、うん。」
やはりくすぐったいのかぴるぴるとよく動く彼の獣耳をもふもふするのはとても楽しい。
「蒼ちゃんは紅牙お兄ちゃんよりもだいぶ毛質が柔らかいよね。双子みたいなものなのにすごく不思議。」
ツヴァイは紅牙のクローンだ。
剣を使って戦う紅牙と能力で戦うツヴァイでは体格差はあるものの瞳の色以外はほぼ同じはずなのに、こういった差があるのは不思議だった。
「・・・彼と僕は別の人間だから。」
「うん、もちろんそれは分かってるんだけど・・・蒼ちゃん?」
膝に頭を乗せたまま振り向いたツヴァイがぎゅっと抱きついてきた。
腰に腕をまわされておなかのあたりに顔を押し付けられるような形だ。
「紅音、好きだよ。」
「うん、私も大好き。」
「好きなんだ・・・誰よりも。世界で一番。」
起き上がったツヴァイの顔が目の前に近づいてきた。
反射的に目をつぶろうとした時だ。
にゃー・・・
部屋の中で猫の声がして思わず辺りを見回す。
ツヴァイも気づいたのか窓の方に視線を送った。
窓際に、いつの間にか猫がいた。
少し前に子供たちが拾ってきた新顔だ。
「なんで部屋に猫が・・・」
訝しげというよりはうんざりとした様子でベッドから降りたツヴァイが窓際に近づく。
「あう!この子、今朝も私の部屋にいたの。この部屋が気に入っちゃったのかな~?」
そういえば今朝、例の夢を見て飛び起きた時にちょうどこの猫が上に乗っていたのだ。
確かにペット小屋に戻したはずなのにいつ戻ってきてしまったのだろう。
「ペット小屋があるんだからそっちにいてもらわなきゃ困る。子供たちが勝手に外に出したのかな・・・」
「わからないけど、にゃんこたちは脱走が得意だから。」
犬たちと違って猫は身軽だ。
他の猫たちも時々いなくなっては皆のことを心配させていた。
「まあいい、とりあえず外に出すね。」
ひょいっと首根っこを掴むとツヴァイは猫を窓からぽいっと放り出した。
「あう!蒼ちゃんここ2階・・・!」
「平気だよ、猫は高いところから落ちても大丈夫なように出来てるんだ。」
にこっと笑って振り向いたツヴァイは、はあっと深いため息をつく。
「なんていうか、邪魔されちゃったな。」
「え?」
「いや、なんでもないよ・・・そろそろご飯作ろうか?僕も手伝うよ。」
「ほんとに?ありがとう~!」
ツヴァイの言葉通りそろそろ夕飯を作り始めなければならない。
猫のことを気にしつつもフィーアはツヴァイと一緒にキッチンに移動したのだった。
「はい、今日の分の稼ぎだよ。」
「ありがとう!今日もお疲れ様、蒼ちゃん!」
キッチンで今日の分の稼ぎをツヴァイから受け取るとフィーアは嬉しそうに笑った。
「今日も狩りがそこそこうまくいってね。」
「そうなんだ~!さすが蒼ちゃん。ところで、蒼ちゃんっていつも何を狩ってるの?」
渡された金貨袋を大切そうに家計簿の横に置きながらフィーアはなんとなく聞いてみる。
狩りというからには何か動物でも狩ってくるのかと思っていたのだが、ツヴァイはいつもお金を届けてくれていた。
「・・・そうだね、そこで簀巻きになってるライオンみたいな害獣たちかな。」
振り向くといつの間にか紅牙が簀巻きにされて木につるされていた。
そのおなかがぐーぐーと音を立ててなっている。
「え、えーとぉ・・・イノシシとかクマとか?」
その音を気にしつつもフィーアは尋ね返した。
「一部を間引いてそれ以外を街の人に引き渡しているからそれなりにお金にはなるんだ。
それだけでも案外良い稼ぎになるから。」
にこっと笑いながら説明されてもフィーアは頷くしかない。
狩ったものを引き渡してお金に変えてもらっているのはきっと、クマやイノシシをそのまま持ってきても処理するのが大変だからということなのだろう。
それだったら街で買い取ってもらってお金や普通の食材に変えた方が効率がいいのかもしれない。
「冒険者のルールで一部を持っていくと引き取ってもらえることになっているんだ。」
「そうなんだ~?冒険者ってすごいね!」
そういった世間のルールに疎いフィーアにはその言葉が何を意味しているのかまでは分からないのだが、それが便利なのだろうということだけは分かったので頷く。
「うん、すごいだろう?」
「うん!」
「一部を引き渡すだけでこれだけのお金になるんだから、やっぱり狩りはやめられないな。生活を守るためにも続けなくちゃ。」
「私にも何か手伝えることがあったら言ってね蒼ちゃん。」
フィーアからしても家で待っていることしか出来ない自分が歯がゆい時がある。
だから、何か手伝えるのならばそうしたいのだが。
「うん、紅音がこうして家で待っててくれるだけで僕はいくらでもがんばれるんだ。」
その部分には触れずにツヴァイは笑顔でそう答えた。