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第99話 勇者と勇者

「島田さーん!お客さんが来てますよー」


「おう、そうか!今行く」


 若い大工から呼ばれ、威勢のいい返事をした一人の鳶の男が建築中の家の屋根から降りて来た。その男の白い髪は角刈りで刈り揃え、顔には六十年生きて来た年月がしわとなって刻み込まれていた。


「はじめまして。あなたが島田泰造シマダタイゾウさんですか?」


「おう、そうだ。兄ちゃんたちは?」


「俺は杉本ユウと申します。こっちは廣瀬ユイです。突然すいません」


 その男、島田泰造こと、かつて異世界で勇者タイゾーと呼ばれていた男を尋ねて来たのは、ユウとユイの二人だった。


「島田さんは、勇者タイゾーですよね?」


「は?」


 先程まで機嫌のよさそうな雰囲気だった泰造の表情が、突然曇る。

 

「おまえ何言ってんだ?マスコミの取材とかならお断りだぜ。帰んな」


 そう言って、ユウの言葉に嫌な顔をした泰造は、二人に対し手で追い払う仕草を見せた。


「待ってください。四十三年前にあなたが失踪したとされている時の話を聞かせてほしいんです」


「そんな昔の話なんて、もう忘れちまったよ。今さら人の過去を掘り返してどうするつもりだ?またバカにして笑いたいのか?」


「またって、前に何かあったんですか?」


「兄ちゃんが生まれる前の話だから知らねえか?兄ちゃんだって俺の話をホラだってバカにしに来たんだろ?」


「そんなつもりは……」


「とにかくおまえに話すことは何もねえ。じゃあな」


 島田泰造は突然の訪問者の言葉に耳も傾けず、その場を立ち去ろうとする。


「待ってください」


 ユウの引き留める言葉に、泰造は振り向きもしなかった。


「≪接続線コネクション≫」


「おっ?」


 腰にぶら下げていたトンカチが引っ張られて、泰造は少し姿勢を崩し、そして踏ん張って立ち止まる。


「なんだ?」


 だがトンカチが何かに引っかかったわけでもなく、誰かに捕まれたわけでもない。

 すると突然トンカチが腰のループから飛び出て、ユウの手元へと飛んで行った。

 空を飛んだトンカチをあっけにとられた顔で眺める泰造。


「勇者魔法≪接続線コネクション≫。タイゾーさんも昔使えたんでしょう?」


「おまえ……」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 三人は場所を移動し、近くのファミレスへとやってきた。

 タイゾーに事情を聞かれ、ユウから先に素直に全てを話した。

 半年前に自分も異世界へと召喚されたこと。

 魔王を倒すよう言われたユウは、魔王と相打ちになるも、本当の敵は魔王ではなかったこと。

 自分を異世界へと召喚したオーテウス教大司祭こそ本当の敵だと分かったが、早く日本へと帰りたがっていた自分を魔王が力を貸してくれ、大司祭を倒す前に帰ってこれたこと。

 それ以外にも、道中の様々な出来事を話した。


 ユウの言葉を黙って聞いていたタイゾーは、ユウの話が終わるとゆっくりと口を開いた。


「話してて恥ずかしくなかったか?」


「え?」


 ユウはビックリして目を丸くする。

 タイゾーは自分と同じように異世界に行っていたはず。だからこんな荒唐無稽な話でもすぐに分かってくれると思っていたからだ。


「だれが信じるっつうんだ、そんなマンガみたいな夢物語?」


 タイゾーはそう言って、冷たい視線でユウを見つめる。

 人違いだったのかもしれない。

 ユウはそう思うと、だとしたらこんな話を信じてもらえるはずもないと気づき、恥ずかしくなってくる。


「お……俺だってこんなバカみたいな話したくねえよ。でも本当のことなんだから仕方ないじゃねえか!」


 焦るユウの敬語が崩れる。

 そんなユウの言葉にニヤニヤしながら、タイゾーはユウの隣に座っているユイにも話しかけた。


「お姉ちゃんはどう思う?半年も行方不明だった恋人が、帰って来た時にこんなデタラメな言い訳をしたら?いくら何でも、もうちょっと上手な嘘をつけるだろうに?」


「嘘じゃねえって……」


 ユウが必死で言い訳をしようとした時、ユイが話し始める。


「ユウは私には絶対に嘘をつきません。ユウが異世界に行っていたと私に言うなら、信じられない話ですけどそれが本当の話なんです」


 ユイはそう言って真剣な表情で、そして真っすぐにタイゾーを見つめる。

 タイゾーはユイにもう一度念を押す。


「絶対に?」


「絶対です。ユウが嘘を言っていないという事は、私が保証します」


「姉ちゃんは異世界に行った事も見た事もないのに?」


「はい!」


 そんなユイの態度にユウはホッとし、そしてタイゾーは口角が上がり笑みが漏れる。


「ハハハハハ!」


 突然豪快に笑いだすタイゾー。店内の他の客からも何事かとチラホラ見られる視線が痛い。


「悪い悪い。俺の時には、お姉ちゃんみたいに信じてくれる人がいなかったんだ」


「え?それじゃあ……」


「ああ。兄ちゃんの予想通り、俺が四十三年前に突然異世界に呼び出された勇者タイゾーだ」


「やっぱり……。でも何で知らないふりをしたんですか?」


 それからタイゾーは、ゆっくりと自分の話をし始めた。


 当時、不良と呼ばれる学生だったタイゾーは、自分の学校の生徒が他校の生徒に暴力を受けたと知り報復をする。すると、タイゾーにやられた男は仲間を集めてタイゾーを山奥の廃校へと呼び出した。

 およそ二十人に囲まれるが、結果タイゾーはそれを返り討ちにする。

 その時、突然その廃校が光に包まれる。不思議に思ったタイゾーは校舎へと近づき、他校の二十人はその隙に逃げ出す。

 そしてタイゾーは校舎ごと異世界へと召喚され、神器『殲滅し尽くす聖剣エクスキューショナー』を手にし勇者となる。


 勇者タイゾーはアトランティスに現れたと言う邪神を倒しに海を渡る。

 邪神こと、オーテウス十二柱が一柱、神人ドラゴ。

 神人ドラゴは長髪の痩せた優男だったと言う。ドラゴは、その言葉を聞いた者を絶対に従わせると言う『神言』と、全てを燃やし尽くす炎の魔法を得意とした。

 タイゾーが駆け付けた時には既に多くの命が奪われた後だったらしいが、タイゾーは『殲滅し尽くす聖剣エクスキューショナー』によってドラゴを倒した。


「神人って実在するんスか?」


「ああ。俺はあいつが死んだ人間から立ち昇る霊魂を食べる姿も見た。あれは人間の姿をしたバケモノだ」


「強かったっスか?」


「いや。相性っていうのがあるんだな。神器『殲滅し尽くす聖剣エクスキューショナー』の所有者だった俺には、神言も炎の魔法も効かなかったんだ。余裕で倒した。その前に仲間は殺されたけどな」


「そうだったんですか……」


 タイゾーが自分の時よりも多くの死者を見て来たのだと知り、ユウは重苦しい気持ちになる。

 ユウ自身も魔界との戦争に駆り出されていた時期があった。だが先鋒を務めたユウは、いつも早急に転移で戦場から逃げ出していて、人が死ぬ姿はあまり見ずに済んでいた。


「兄ちゃん……、かわいい後輩をいつまでも兄ちゃんって呼ぶのも何だな。ユウっつったな。ユウだって大変だったんだろう?旅をしてれば、普通に盗賊とかに襲われただろう?」


「あ、いや、そう言うのはヴォルトが対応してくれたんで……」


「そうなのか?それは良い仲間に恵まれたな。姉ちゃん……は、ユイちゃんっつったな。ユイちゃんにしても、その魔王にしても、ユウは良い縁に恵まれてる」


「ありがとうございます」


「俺は結局邪神を倒した後こっちに帰って来ることができたんだが、本当の事を話しても誰も信じてくれなかったし、雑誌の取材で話したら『失踪していた学生は虚言癖だった』みたいな見出しでバカにされた事もあったんだ。俺が消えたとこを見たやつらも、全員なにも見てないっつって黙り通しやがって……」


「そんな事があったんですか……」


「まあ、俺の事はいい。そんでユウ。どうすんだお前?そのヴァレンシュタイン王国にも邪神と同じオーテウス教がはびこっていたなら、神人が現れるかもしれねえぞ?一体は俺が倒したけど、全部で十二体もいるんだしな。魔王一人に任せといて大丈夫なのか?」


「いや、ユイに俺は無事だと伝えることはできたんで、もう一度向こうに行ってケリをつけてきます」


「そうは言ってもどうやって行くんだ?また召喚してもらえるように『殲滅し尽くす聖剣エクスキューショナー』を置いてきたっつっても、向こうで呼び出ししてもらうまで何もできないんだろう?」


「もう一つ向こうに行く方法に心当たりがあるんです」


「何だそれは?」


「これを異次元収納してたのを忘れてたんです。『転移の腕輪テレポートバングル』」


 ユウがその名前を呼ぶと、腕に古代語が彫刻されたシルバーのバングルが現れる。


「それは?」


「神器に次ぐくらい貴重な古代聖遺物アーティファクトっていうのの一つらしいんですけど、ヴァレンシュタインで戦争に参加してた時に、すぐに退却できるように国王がくれたんですよ。転移先は王都のオーテウス神殿に固定されてるみたいなんで、敵のど真ん中になっちゃうんだけど……」


「ユウ……」


 ユイが心配そうな顔でユウの顔を覗き込む。

 ユウは笑ってそれに応える。


「心配すんなって。すぐに帰って来るから。俺が嘘をつかないのはお前が一番よく知ってるだろ?」


「うん……」


「それじゃ、タイゾーさんからいろいろ情報は聞けたんで、もう一度向こうに行って、決着付けてきます」


「ああ、帰って来たらまたいろいろ話を聞かせてくれ。俺を呼びだしたシャンダライズ王国がどうなったかとかな」


「分かりました」


 タイゾーと別れたユウは、再びユイの家に行き、預けていた装備に着替える。

 最後に、日本で持ち歩いていたら銃刀法に引っかかりそうなショートソードを腰に下げる。


「それじゃあユイ。ちょっとの間待っててくれ。帰ってきたら、今度こそすぐに結婚式を挙げよう」


「うん。ユウが帰ってこないと私一生独身になっちゃうんだからね?」


「ああ。だから絶対に帰るからな」


「うん」


「じゃあ行ってくるぜ。≪強制帰還シーユー≫!」


 ユイの家の庭でそうユウが帰還の呪文を唱えると、彼の姿はそこから消えた。

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