第95話 魔王VS神人エィス
「ロック!」
流血し倒れるロックの姿を、目の当たりにしたルビィが叫ぶ。
「なぜだマグマ?!」
仲間に剣を振るったマグマに、ジェニーは非難の言葉を投げかける。
だがマグマはその声に答える事はない。
「洗脳されているようだ」
恐らくジェニーも分かってはいるはずだが、改めてオレは言葉で伝える。
マグマはエィスの『神言』もしくは精神魔法によって、操られているのだ。
ロックを救うためにルビィがマグマへと飛び掛かる。
剣と剣が交差する金属音が響く。
腕力ではマグマが圧倒的に優るが、速度ではルビィが勝っている。そしてルビィは腕力の差を埋めるだけの技術を持っている。
部屋を見回すと、マグマの後ろにエィスとザズーの姿があった。
マグマをルビィが抑えている隙に、ジェニーが後ろの二人へと攻撃魔法を放つ。
「≪疾風刃≫」
ジェニーが唱えたのは、疾風を巻き起こし、それに巻き込まれたものをズタズタに切り裂く魔法だ。だが、エィスが先ほど唱えた魔法無効化がまだ続いているらしく、エィスの周りに発生した真空の渦は吸い込まれるように消えていった。
「くっ……」
得意な魔法を封じられ、手も足も出ないジェニー。
だが一つ分かっている事がある。魔法が無理でも、さきほど逃げ出したように、物理攻撃は完全に防ぐことができないはずだ。
「ロック!剣を貸せ!」
「魔王様?」
マグマの一撃で深手を負い立ち上がれずにいたロックは、人間となったオレを見て一瞬驚くが、次の瞬間には自らの剣をオレに差し出していた。
「ジェニー、ロックの回復を!」
そう指示すると、マグマとルビィの横を抜け、自由になった両手でエィスへと襲い掛かる。
一瞬焦った顔をしたエィスだが、すぐに魔法で反撃をしてくる。
「≪知覚減速≫」
しまったと思った瞬間には、オレの視界に映る映像が早送りになっていた。
おそらくエィスの魔法でオレの知覚速度が遅くなったせいだ。
自分の身体も自覚している以上に早く動くため、振り下ろす剣がエィスに上手く当たらない。
すぐに横のザズーが、持っていた錫杖でオレを殴る。
知覚速度が狂ったオレは、そんな愚鈍な攻撃すら交わすこともできず食らってしまう。
「≪状態異常回復≫」
しかしロックの回復を終えたジェニーが、すぐにオレの状態を回復させる。
オレはさらに錫杖を振り下ろそうとしていたザズーを、前蹴りで吹き飛ばす。
「ぐぼっ!」
大げさに吹き飛ばされるザズー。
「ちっ、なんでてめえ魔族と共闘してやがるんだ」
エィスは恨めしそうに叫ぶ。
オレはそんなエィスに剣を振り下ろすが、それを交わしたエィスはまた次の部屋へと逃げ出した。
「待て!」
エィスが逃げた扉の先には、シオンの姿があった。
エィスはナイフをシオンの首に突き付け、こちらを睨んでいた。
「本当はこんなナイフなんか使わなくても、僕が死ねって命令すればこいつは死ぬんだけどね。こうした方が人質っぽいだろ?」
オレは何も言えず部屋の入り口で黙って立つ。
「剣を捨てろよ」
オレが剣を捨てなければ、シオンを殺すつもりのようだ。
「分かったぜお前の正体。お前、魔王だろう?さっきの男もそう呼んだしな。なんで人間の姿をしてるか知らねえが、こいつらを助けに来た理由も、バカみてえな魔力もそれで説明がつく。さあ、その剣を捨てなきゃ、おまえのかわいい部下を殺すぞ?」
「……。シオンも人質となってまで生き長らえたいとは思わないだろう。自分の代わりに他の者が死ぬより、自らの死を選ぶはずだ」
オレは脅されようとも剣は捨てない。
「シオン!」
マグマをルビィに任せ、ジェニーとロックがオレを追ってこの部屋までやってきた。
隣の部屋からは、まだルビィとマグマの戦う音が聞こえている。
エィスはオレたち三人に問いかける。
「ならばお前が投降すれば、ここにいるお前の仲間全員の命を助けてやろう。いや、魔族に手を出さないでいてやる。僕の食料となる命は、別に誰の命でもいいのだ。これまでどおり人間の命だけで良しにしようじゃないか」
いくら神とは言え、肉体を持った身。さすがの神人エィスもピンチを察したのだろう。魔族全員の命を奪う事を止める代わりに、オレにこれ以上関わらないよう交換条件を突き付けて来た。
それは以前のオレなら、すぐに妥協できる条件だった。
オレは魔族の王である魔王。魔界さえ平和ならば、こいつら神人がどこで誰を殺していようが関係のない話だった。
オレの心が揺れているのを察知したのか、エィスの顔に笑みが浮かぶ。
だが転生した魔王は、少しばかり外の世界と関わりすぎた。
「断る!」
人間界で関わった者たち全ての命を奪われることを、オレは拒否する。
予想外のオレの返答に、エィスの表情が一瞬曇る。だがその直後、ニヤリと笑ったエィスの顔の意味を理解するのが遅かった。
「な?」
俺の腹から、貫いた剣の剣先がのぞく。後ろから刺されたのだ。
振り返って後ろを見た時、そこには≪隠密≫の魔法で気配を消したザズーの姿があった。
エィスに気を取られすぎて、後ろから忍び寄るこの男の存在に気が付かなかったのだ。
「魔王様!」
「しまった……」
「『止まれ』」
ザズーを取り押さえようとしたロックとジェニーに、エィスの『神言』が届いてしまう。
二人は身じろぎ一つできなくなってしまう。
「手こずらせやがって……」
オレはそんなエィスの呟きを耳にしながら、腹を刺されたままの状態で硬直している。
無理に動けば傷を広げてしまうし、どうにか反撃のチャンスを探すしかない。
すると、隣の部屋の戦いの音が静かになったことに気付く。
そしてルビィを脇に抱えたマグマが姿を現す。
ルビィは血まみれでぐったりしている。
マグマも無傷では済まなかったらしく、体中の切り傷から血を流していた。
マグマはルビィを床へと放り投げる。
絶望したオレは遂に身体を支える力も無くし、片膝をついてしまった。
同時にザズーは手に持っていた剣を放し、オレたちから離れる。
「エィス様、こいつらはさっさと殺してしまいましょう」
「まあ待てザズー。僕をこんな危険な目に会わせてくれたんだ。相応の仕打ちを与えてやろうじゃないか」
「拷問ですか?」
「それすらも生ぬるい。魔族たちが全滅してゆくところを見届けさせてやろう」
エィスがこれから始めようとしている、人間たちの軍隊と魔族の軍隊の総力戦。エィスはそこで大量の死者を出させ、その魂を喰らおうとしていた。
オレが諦めた瞬間、多くの命が失われることが決まる。
オレはそう簡単に参ったしてはいけないのだ。
この魔封じの首輪さえなければ『灰燼に帰す弓』で≪魔法の矢≫を放てるのに……
オレは両手で首輪を掴む。
「うおおおお……」
うめき声をあげるオレ。
何をしているのかと見ているエィスとザズー。
腕力を封じる手枷はもうない。
「うおおおおお……」
オレの視界からは見えなかったが、首輪にひびが入り始めると一気にひびは広がっていった。
そして、完全に割れた首輪は簡単に変形をする。
オレは千切れたそれを投げ捨てた。
魔封じの首輪は外したが、腹に大穴を開けたままのオレに何ができるのかという顔でザズーとエィスはこちらを見ている。
だがこれで遂にオレは、渾身の一撃を放つことができるのだ。
神が神を殺すために作った武器、神器。
オレの持つ神器『灰燼に帰す弓』で、神人エィスに止めを刺すのだ。
「『灰燼に帰す弓』!」
銘を呼び異次元より呼び出した弓を、オレは構える。
その弓が持つ威力を察したのか、エィスの顔色が恐怖に染まる。
「≪魔法の矢≫!!!」
極限まで魔力が込められた≪魔法の矢≫をオレは放つ。
「ギャアアアアア!!!!」
胸の真ん中に≪魔法の矢≫が突き刺さったエィスは、激痛の表情を浮かべ地面へと転倒した。
オレは腹に刺さった剣をゆっくりと引き抜き、抜く瞬間に≪回復≫の呪文を唱える。
あまり回復魔法は得意な方ではないが、傷口は無事に塞がった。
「エィス様?!≪回復≫!効かない?エィス様!」
ザズーは倒れるエィスに信仰魔法の回復をかけるが、効果がない。
そもそもザズーの使う信仰魔法の力の元である神人エィスが虫の息なのだから、当たり前だろう。
だがマグマたちの『神言』の効果は消える気配がない。これはエィスが完全に死ぬまでは解けないようだ。
オレは倒れているルビィに駆け寄り、回復魔法をかける。
エィスはもう完全に死ぬと思ったオレは、油断して背を向けてしまっていた。
そして虫の息のエィスは、死ぬ前に魔法を唱えていた。
「≪魔法陣≫、≪通信≫アトラス……」




