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第88話 魔王、孤児の話を聞く

「変な子供が現れて、砦の兵隊の頭がおかしくなっただと?」


「本当なんだよ!信じてください!」


「いや、分かってる。信じるぞ」


 ヴォルトはマルスの話を聞き、すぐにそれが神人エィスの話であると分かった。

 オーテウス教の司祭たちの証言と同じかどうか、確認のためにマルスに質問をする。


「マルスよ。その変な子供はどんな容姿をしていた?」


「えっと……背中に光る輪っかがあったよ。あと髪の毛は金色でくるくるした巻き毛で、背は俺と同じくらいで、真っ白い綺麗な服を着てた……」


 その説明は、司祭たちが話した神人エィスの特徴と一致した。

 間違いない。神人は実際に存在していて、今この先にいるのだ。


「なるほど。分かった。そいつは神人エィスに間違いなさそうだな。それで、エィスは何をしたんだ?兵隊はどうなったんだ?」


「神人エィスっていうの?俺がそいつを見たのはこれで二回目で、一回目は王都で傭兵を集めた時に見たんだ。よく分かんないけど、あつめたやつらは突然全員死んで、そのエィスっていう奴が死んだやつらの魂を食べてた」


「何?お前それも目撃したのか?エィスはどうやって傭兵を殺したんだ?」


「分かんない。突然みんな倒れて、俺は下敷きになって……。そういえば倒れる時に、死ねっていう声が聞こえたような気がしたよ……」


「まさか『神言』か?死ねと言うだけで殺してしまうなんて、どう対処すればいいのだ?ん?そういえばマルスよ、おまえはなぜその時助かったんだ?」


「分かんない……。周りが大人ばかりだったから、その瞬間は全然見えなくて……」


「見えなかった?そうか。やつと視線を合わせなければ『神言』も届かないのかもしれんな」


 ヴォルトは貴重な生き証人マルスからの情報を元に、エィスの能力を推測してゆく。


「それでマルスよ。お前はその後どうなったのだ?」


「俺は死んだふりをして隠れてたんだけど、死体と一緒に馬車に乗せられて運ばれたんだ。死体が運ばれたのは

魔界の戦場で、俺はそこから歩いて逃げ出したんだ」


「魔界?おまえ魔界に行ったのか?」


「うん。でも食べるものもないし、フラフラで歩けなくなっちゃって、その後魔族に助けられたんだ」


 その言葉に驚いたのは、同じ馬車に乗る騎士カインだった。


「魔族に助けられた?」


 カインはこれまでずっと魔族が敵だと刷り込まれてきたせいで、魔族が人を助けるという話に驚いてしまったのだった。

 ヴォルトから事情を説明されて分かってはいるつもりだったが、実際にその話を聞いて、魔族が悪い生き物だという認識は間違いだと、改めて知る。


「魔族が人間を助ける事は、そんなに驚く事か?」


「いえ……、すいません。先ほどこの子を助ける指示をくれたのもヴォルト様ですし、我々の方こそ長引く戦争で人の心を忘れていたのかもしれません」


 カインはヴォルトに非礼を詫びる。

 ヴォルトもそれくらいの事を気にする男ではないため、すぐにまたマルスから話の続きを聞く。


「魔族のルビィさんという女の人が俺を助けてくれて、馬のない鉄の馬車に魔族たちと一緒に乗って治療をしてもらったんだ」


「ルビィだと?ルビィがなぜ戦場に?あいつは本来魔王城の防衛が仕事のはずだが」


「ヴォルトさんはルビィさんを知ってるの?」


「ああ。良く知っている」


「シオンさんという人が王国と戦争を止める話をしに来ていて、ルビィさんはシオンさんを守る仕事をしてたみたいだよ」


「何だと!シオンが終戦協定を結ぼうとしていたのか?オレと同じことをこっちでもやっていたとは、さすがだな」


「シオンさんのことも知ってるの?」


「ああ。マルスよ、お前は魔族に対して偏見を持っていないようだから話そう。オレこそが魔界の王、魔王ヴォルテージ。ルビィやシオンの上官だ」


「え?!でも……ヴォルトさんには角もないし肌も黒くないし……」


「わけあって今は人間の身体となっている。だが精神も魔力も、魔族であったころと何一つ変わっていない。変わったのは外見だけだな。間違いなくオレが魔王だ」


 よほど驚いたのだろう。そう言われたマルスは、口を大きく開けたまま硬直していた。

 だが納得できたのだろう。


「うん。信じるよ」


 そう呟いた。


「それでマルス。シオンたちに保護されたお前が、どうやってまたここ人間界へと戻って来たのだ?確か途中には軍隊の砦があるはずだろう?」


「うん。それで、シオンさんはまた戦争をやめる話の続きをしに、魔界から山を越えて人間界のバーデンバーグっていう街まで来たんだ。俺はシオンさんに、王都に残した弟を助けに行きたいって話したら、俺もその街まで連れて来てくれた。エィスってやつの話はシオンさんにも話してあって、俺は人間だけど王国軍が信じられないって話したら、砦まで連れてってくれるから、そこから上手く逃げ出して一人で王都に行けって言われたんだ」


「なるほど」


「俺が逃げ出す前に、シオンさんは話し合いを終わらせて帰って来て、でもなんか様子がおかしくて、鉄の馬車に乗っていた魔族たちを全員馬車の外に呼び出したんだ。俺は呼ばれなかったから、馬車の中に隠れてたら、外に出た魔族たちの前に、エィスが現れたんだ。俺はビックリしてすぐにまた隠れたんだ。あいつは魂を食べるって知ってたから。怖くて震えてたら、また人がドサドサと倒れる音が聞こえて。気づいたらシオンさんはエィスと一緒にいなくなっていて、魔族のみんなは死んでた……」


 マルスはその光景を思い出し震えていた。


「俺は何もできなくて……」


「マルスよ。お前は何も悪くない。隠れて逃げ出したのは正しい判断だったぞ」


「うん……ごめんなさい……」


 自分を助けてくれた魔族たちを見殺しにしてしまった罪悪感に、マルスは両方の瞳からぼろぼろと大粒の涙を流した。スカーレットから差し出された白いハンカチを、一度は汚れてしまうからと言って断るが、スカーレットはそんな事気にしなくていいと言って彼の涙を拭いた。

 ヴォルトは、マルスが落ち着くまでしばらく待つ。


「それから俺は逃げ出したんだけど、慌てて逃げ出したら兵隊に見つかっちゃって、でも兵隊は俺をみても何も言わなくて、みんななんだかぼんやりした顔をしてたんだ。みんな頭がおかしくなっちゃったんだと思う」


「なるほど。それはたぶんエィスの『神言』で洗脳されたのだろう。兵隊を洗脳し、終戦協定を結びに来た魔族を皆殺しにし、王都に増援を求める……。やつは魔族と大きな戦いをしようとしてるな。殺し合いをさせて大量の魂を食べようとしているのか」


 ヴォルトはマルスから聞き出した情報で、エィスとザズーの行動の目的を悟る。

 それはヴォルトにとっても、人間たちにとっても、最悪のシナリオだった。


「まずいな。やはり急がなければいけないようだ。そして神人エィスとの戦いも避けられそうにないな。マルスよ。シオンの姿はなかったと言ったな?死んだのが確認できなかったのはシオンだけか?」


「最初にシオンさんと一緒に付いて行った、ルビィさんとマグマさんも死んだところは見てないよ」


「そうか……。おそらくシオンは人質にされている可能性があるな。神言でうまく利用しようとしている可能性もある。くそ。なかなか厄介だぞ」


「俺が知ってるのはそれで全部だよ。ヴォルトさん、やっぱりバーデンバーグには行かない方がいいよ。俺は王都に帰りたい」


 ヴォルトは、マルスの気持ちもよく分かった。弟が心配だろうし、せっかく逃げて来たのにわざわざ危険な場所に戻りたくはないだろう。

 だからと言って、この軍勢ごとUターンすることはできない。


「スカーレット」


「はい?」


「マルスを王都に届けてくれぬか?」


「えっ?!この子を王都に連れてゆくのなら、それは他の誰かに……」


「そしてマルスが今話したことを、ヴァレンシュタイン国王とオズワルドに伝えてほしい」


「私はヴォルト様について行かせてください」


「どちらにせよ、この先はこの軍勢と別れてオレが一人で先行する。単独で潜入してシオンも救出しなくてはいけない。お前をどこまでも連れて行く事はできないのだ」


「でも……」


 尚も拒否をするスカーレット。

 ヴォルトはその肩に手を置いて頼む。


「頼む、スカーレット」


 そしてついに納得したスカーレットは、首を縦に振った。


「分かりました。でもこの子を届けて、国王とオズワルド殿下に話をしたら、また戻ってきます」


「お前が戻ってくるまでに片を付けるよう努力するよ。カイン。馬を一頭手配してくれるか?」


「はっ!」


 そうして他の騎兵が乗っていた騎馬を一頭譲ってもらい、スカーレットはマルスと共にその馬に乗り、ヴァレンシュタイン王都へと戻っていった。

 ヴォルトたちは、まもなくマルスがエィスを目撃した、ヴァレンシュタイン王国最北の都市バーデンバーグへと辿り着こうとしていた。

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