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第80話 魔王、終戦を勧告する

 早馬を走らせ到着を知らせてあったヴォルトとシャンダライズ王国一行は、ヴァレンシュタイン王国王都へ辿り着くとそのまま王城へと通された。

 北の大国と呼ばれるヴァレンシュタイン王国の王城は、国の力を示すように巨大で美しく、初めて来た者たちを驚かせた。

 その城は、南の大国と呼ばれるシャンダライズ王国のそれよりもさらに大きく、国力の違いを感じさせるものだった。

 だが先頭に立つオズワルドは、それに委縮することなく、堂々とヴァレンシュタイン国王との謁見に臨む。

 後ろには周辺国の特使たち。そしてそこにはヴォルトの姿もあった。

 対するヴァレンシュタイン王国側は、国王の姿はあるが、オーテウス大司祭ザズーの姿はなかった。魔族との会談へ向かっていたためだ。


 真っ赤なマントを羽織り、輝く黄金の冠をかぶったヴァレンシュタイン国王は、一同を見回した後発言する。


「シャンダライズ王国オズワルド王子、この度は王太子になられたとの事。おめでとうと言わせてもらいますぞ。それはさておき、この度はこんなに大勢集まって、どうかされましたかな?」


「ヴァレンシュタイン王よ。この度は急な訪問にも関わらず、謁見の時間を取っていただき、礼を申し上げます。本日私はシャンダライズ国王エドワードの代理としてこの場にやって来ております。私の発言は、エドワード王の言葉としてお受け願いたい」


 その言葉に、ヴァレンシュタイン国王は深く頷く。そして同時に議題の重要さを改めて痛感し、神妙な面持ちになり、眉間にしわを寄せる。

 オズワルドは、持ってきた終戦勧告書を手に取り、ゆっくりと読み上げた。

 ヴァレンシュタイン国王は、驚きの表情を見せつつ、しかしオズワルドの言葉を遮ることなく最後まで聞き続ける。


「……以上の理由により、魔界との戦争を即刻止めるよう勧告する。シャンダライズ国王エドワード・イクス・シャンダライズ。以下……」


 最後まで聞き終えたヴァレンシュタイン国王は、今聞いた、魔界の魔王が、世界中に広がる魔物とは何ら関係のないという情報を、信じられないといった表情をしていた。

 額に手を当て返答に詰まらせる。

 戦争を終わらすよう周辺各国からの勧告に対し、何も言えずにいるヴァレンシュタイン国王に対し、オズワルドが詰め寄る。


「この事実を聞いて、ヴァレンシュタイン王としてはどうお考えか?回答をお聞かせ願いたい」


「うむ……、少し待ってくれぬか。にわかに信じがたい。この話は元老院に持ち帰って、後日返答をさせてもらおう……」


「これだけ聞いても、これ以上過ちを続けるつもりか?国王としての考えの一つくらい聞かせてくれても良いでしょう?」


 返事は持ち帰ると言うヴァレンシュタイン国王に対し、オズワルドは逃がさない。

 戦争の理由が大事なのか、戦争の利益が大事なのか、ヴァレンシュタイン国王の姿勢を知りたかった。

 だが、オズワルドのその言葉が気に入らなかったのか、ヴァレンシュタイン国王は態度を一変した。


「これまで血を流してこなかったそなたらが、今さら何を言っているのだ?実際に我が国は戦火で多くの国民を亡くしているのだぞ?この話が真実かどうか調査は行う。だが、突然戦争を止めろと言われて、はいそうですかと止められるものではない」


「何と?!」


 それはつまり、シャンダライズ王国以下各国の戦争を止めろという勧告に対し、従う事は出来ないという返事であった。

 もう少し話の分かる人物だと聞いていたため、そんなヴァレンシュタイン国王の言葉にオズワルドたちは驚く。

 後には引けなくなったヴァレンシュタイン国王は、さらに言葉を続ける。


「魔界と隣り合っている我が国に、魔界との戦争を全て押し付けておいて、突然何を言うのか。お主たちが今平和に暮らしているのも、わが国が魔族の侵入を食い止めているからだぞ!」


「だからそれは全て誤解だと……」


「それがこの国の返事という事でいいのだな?」


 オズワルドの言葉をヴォルト遮り、口を開いた。

 万事うまくいくようであれば、裏方に徹していようと思っていたヴォルトであったが、交渉が決裂しそうだと分かり、自身の介入が必要だと感じたためだ。


「お主の名は?」


 名乗りもせずに発言をするヴォルトに対し、ヴァレンシュタイン国王は名を尋ねた。


「オレの名はヴォルテージ。魔界の王、魔王ヴォルテージだ!」


 その言葉に、部屋全体に緊張が走る。

 国王の周りにいた護衛の兵士が、国王を庇うようにヴォルトとの間に立ちふさがる。

 部屋を取り囲むように配備されていた兵士たちも、槍の先をヴォルトへと向け構える。

 そんな動きに対し、ヴォルトは平然を崩さない。

 何か言おうとしたオズワルドに、手を挙げて制止し、ヴォルトはその前に歩み出る。


「ヴァレンシュタイン国王よ。このオレ、魔王自ら、戦争を止めるよう話し合いに来た。兵士たちよ、槍を向けるのは失礼だろう?矛を収めろ」


 そんなヴォルトに対し、兵士の間から顔を見せているヴァレンシュタイン国王が話しかける。


「魔王だと?貴様、どう見ても人間ではないか!貴様は魔族の姿を見たことがないのか?魔族は悪魔のような褐色の肌とおぞましい角が生えているものだ!何者かは知らんが、わしを侮辱するのはいい加減にしろ。兵士たちよ、その男をつまみ出せ!」


 国王の言葉の直後、兵士たちが槍を構えヴォルトに駆け寄る。

 ヴォルトに身動きを取らせないように、槍で取り囲む。


「ヴァレンシュタイン王よ。魔王のオレが自ら話し合いに来てやった返答が、これなのだな?」


「いつまで戯言を……」


 次の瞬間、ヴォルトに槍を向けていた兵士たちが、順番に空を飛び始めた。

 その言い方には言葉の誤りがあった。だがヴァレンシュタイン国王には、一瞬そう見えた。

 ヴォルトは自身に向けられた槍を掴むと、その槍を持っていた兵士の体制を崩す。そしてヴォルトに近づいたその兵士の鎧の襟元を掴み、投げた。

 まるでボールを投げるかのように、軽々と宙を飛ぶ兵士。

 ヴォルトを取り囲む兵士は、そうして次々と四方へ投げ飛ばされ、ある者は落下した衝撃で失神し、ある者はその激痛で動けなくなった。

 あっという間にヴォルトを取り囲んでいた兵士は四散する。


 隠れていた護衛の魔術師たちが、武器を構えた兵士をあっという間に蹴散らしたヴォルトに脅威を感じ姿を現す。事態は飲み込めていないが、ヴォルトを排除すべき脅威と受け止め、攻撃魔法の詠唱を始めた。

 だがその気配を察知したヴォルトは、彼らの呪文詠唱よりも早く、呪文を唱える。


「≪魔術反射(カウンタースペル)≫」


 国王の護衛の魔術師たちは、炎の矢、氷の槍、石つぶて、あるいはヴォルトの身体の自由を奪う呪文を唱え放った。

 だが次の瞬間、唱えた魔法が術者自身を襲う。

 自らの魔法によってダメージを受けた魔術師たちの悲鳴が、部屋中に響き渡る。

 その光景に、部屋にいる全ての者たちがあっけにとられる。


「もう一度だけ言うぞ。オレは魔王ヴォルテージ。戦争を終わらすよう話し合いにやって来た。ヴァレンシュタイン国王よ?貴様はこの状況を理解できたか?」


 ヴァレンシュタイン国王は、後ずさりをする。

 自らを護衛させている精鋭の兵士も魔術師も、簡単にあしらわれてしまった。

 自分の目の前にいる男は、人の姿をしているが人間ではないと、やっと理解し始めたのだ。

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