第78話 戦争をしたい者、終わらせたい者3
シオンたち魔族の一行は、無事に一時停戦協定を結び、人間族の砦を出た。
一行を乗せた装甲車は街道を進む。
そこは魔界ではあるが、まだ人間族の占領している土地だ。
無事に協定は結んだが、敵地である限り油断することはできない。
シオン達の乗った装甲車は、辺りに気を配りながら、自分たちの領土へと進んだ。
装甲車の進行方向に、動く影があった。
ここ魔界では、魔力が充満しているため、どこにでも野生の魔物がいる。人間界であれば深い森の中や、人里離れた山奥にしかいないのだが、魔界では森だけでなく、荒野でも、野原でも、こういった街道沿いにでも出没することが多い。
だがここは人間族の領土のため、人間がいてもおかしくはない。
人間の兵士なのか魔物なのか、慎重にその動く影の様子を伺う。
すると、その影は力なくその場に崩れ落ちた。
その影の正体に気付いた者が、「バカな?!」という声を漏らす。
近づくに従い、皆がその影の正体に気付く。
それは、一人の人間の子供だった。
「停めろ」
シオンの命令によって、その子供の近くで装甲車が停まる。
「待てシオン!罠かも知れない」
シオンの警護をしているルビィが忠告をする。
装甲車の中では、強化ガラス越しに倒れた子供の姿が見えていた。
ひどく汚れたみすぼらしい服装の痩せた子供が、地面に横たわっている。
ここは人間たちの領土であり、信用できない人間たちが罠を仕掛けている可能性は大いに高い。
さきほど停戦条約を結んだばかりではあるが、軍事行動以外の罠で、魔界の幹部が襲われても何らおかしくはない。
「ルビィ。目の前に倒れている子供がいる。それを罠かもしれないと言って、見捨てることができるか?もしこの場に魔王様がいたら、どうするだろうか?」
「見捨てるなどとは一言も言っていない!お前は魔界の副官。絶対に死なすわけにはいかん。ここは私が行く」
「ルビィ!」
シオンの返答も待たず、ルビィがドアから外へと飛び出す。
心配で立ち上がるシオンを、マグマが制止した。
「だ……大丈夫」
「ああ」
シオンとてルビィを信頼していないわけではない。
個としての戦闘能力の高さでは魔界トップレベル。人間界のどんな兵器とも渡り合えるだろう。
マグマの制止に従い、シオンは着席する。
装甲車内の魔族たちは、ルビィの対応を静かに待った。
ルビィが駆け寄ったそこに居たのは、一人の人間の子供だった。
念のため魔法で周囲の罠検知、そして子供の装備の罠検知や状態確認を行ったが、怪しいところは何もなかった。
だとしたら何でこんなところに人間の子供が?
ここは人間の領土とは言え魔界。つまり戦場の一角だ。人間の一般市民がいるような場所ではない。
「大丈夫か?」
ルビィはその少年に静かに話しかける。
「た……助けてください……」
意識が朦朧としているその人間の子供を、ルビィは抱きかかえ、装甲車内へと連れ帰った。
死臭を漂わせる汚れた少年を車内へと連れて来たルビィに対し、批判をする者は一人もいなかった。
むしろ皆心配をし、様子を伺いに近寄ってくる。
平らな座席に寝かせると、一人が差し出した水筒をルビィが受け取り、少年に水を飲ます。
そして≪小回復≫の魔法で回復してきた少年は、意識を取り戻した。
最初周りを囲っている魔族の姿に驚いたが、そんな魔族が自分を助けてくれたと分かり、すぐに落ち着きを取り戻す。
そして少年はゆっくりと自分の事を話し始めた。
少年の名はマルス。
ヴァレンシュタイン王国に現れた神人エィスが、傭兵という名目で人を集めて殺し魂を喰らったその景色を見た、オーテウス教団以外に唯一生存している目撃者だった。
無事に終戦を迎えられるかもしれないともくろんでいた魔族陣営に、人間界の脅威が知れ渡る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お……おらはヨンタと申します」
ザズーが園長に頼んで会わせてもらった少年は、いかにも田舎者という雰囲気の、さえない少年だった。
「ヨンタよ。おまえはあの日何を見たのだ?」
これまで調査をしてきて、古代巨獣ゴモラの死因について何一つ手がかりをつかめていないザズーは、焦っていた。ザズーはヨンタにいきなりストレートに自分の聞きたいことを尋ねた。
「あ、あの日と言いますと?」
「ゴモラが死んだ日だ。おまえは国王から表彰されたらしいな?なぜだ?何かを見たのだろう?まさか貴様がゴモラを倒したとは言わないだろうな?」
こんな田舎臭い子供とは言え、国立魔法学園の生徒なのだから魔法を使えるはずだ。だからと言って、あの巨大な山のようなバケモノを倒すほどの使い手には見えない。
「お、おらがあんな恐ろしいバケモノを倒せるはずがありません!」
「では何を見たのだ?私はオーテウス教の大司祭だ。おまえが見たことはとても大事な情報だ。正直に話せ」
ザズーはその鋭い視線で、まだ子供であるヨンタには耐えられないくらいのプレッシャーをかける。
ヨンタは怯えて汗を流しながら小刻みに震えだす。
だがザズーに言われてもヨンタは口を開かない。そんな態度にザズーは苛立ち、さらに睨みつける。
「生徒が怯えております。もうその辺で……」
そんなザズーを遮る園長に対してもザズーは苛立ち、睨みつける。
自分へと向けられた殺気に、園長も一瞬怯む。
「いい加減にしろ。優しく話してやっているというのに調子に乗りおって。痛い目に会いたくなかったら、私に言われた通りに全て話せ」
「な……何を言っておるのですか?国際的に抗議しますぞ?!」
もはや猫をかぶるのをやめたザズーは、低い声で二人を恫喝する。
そんなザズーへ園長は講義をするが、ザズーはそんな言葉には耳を貸さずヨンタに詰め寄る。
「し……知りません。おらは何も見てません!」
「≪精神操作≫」
何も見ていないという言葉を繰り返すだけのヨンタに、業を煮やしたザズーは、ついにヨンタに魔法をかける。
「精神操作の魔法は人道に外れるため国際的に禁止されているはずですぞ!」
その魔法は、禁呪。
人間の心を操る魔法は人道に反するため、全世界で使用を禁じられているものだった。
「うるさい黙れ。≪束縛≫」
「ああ……」
「ふん!何が魔法学園だ。責任者がこの程度の魔法に抵抗できんとは、たかが知れてるな」
魔法で園長の身体の自由を奪った後、ザズーはヨンタへの尋問を始める。
園長は意識はあるが、ザズーの魔法によって言葉を発することすらできなくなっていた。
「さあ、ヨンタよ。今度こそ本当の事を話せ。貴様は何を見たのだ?ゴモラに何があったのだ?」
「大魔法使い様が倒しました……」
「はあ?大魔法使い?」
「大魔法使いヴォルト様です。ヴォルト様が巨大な魔法陣を展開して、広場に怪物が現れて、雷の魔法を唱えました。それでも怪物は死ななくて、ヴォルト様は魔法の矢で止めを刺しました。おらを弟子入りさせてはもらえなかったけど、がんばればいつか弟子入りさせてくれると言われました……」
「ヴォルトだと?誰だそれは?そんな奴の名前など聞いた事がないぞ!私も知らない強力な魔法使いがいると?……ヨンタよ、そのヴォルトの容姿を説明しろ」
そしてザズーは、ヨンタの知りうる限りの情報を聞き出すと、やはり禁呪である≪記憶操作≫で、ヨンタと園長の記憶を消し、その場を去った。
その後国に帰ったザズーは、すぐに神人エィスに報告をする。
エィスは驚く様子もなく、ザズーの報告に耳を傾けた。
「ああ、間違いない。そいつだ、僕の使い魔を殺ったのは。……ヴォルトというのか。覚えておいてやろう」
「エィス様、なぜお分かりになるのですか?」
「僕らの使役する使い魔というのはね。自分の手足のようなものなんだ。ゴモラが見た景色は僕も同時に見ている。そのヴォルトという男に魔法の矢を撃たれた景色をね。もう一人いたはずなんだが、まあいい。そんなことよりもザズー、さっさとそいつの足取りを調べろ」
「ははあ!」
ヨンタから情報を聞き出した後、すぐに報告のためヴァレンシュタイン王国王都へと戻ったザズー。
もう少しその場に残り情報収集をしていたなら、ヴォルトという名の冒険者の情報が手に入っていたはずだった。
だが早く報告しなくてはならないと焦りそれを怠る。そのためまだ彼らにはヴォルトの足取りは伝わっていない。
そしてエィスの部屋を出たザズーに飛び込んで来たのは、戦争をしている魔界と停戦協定を結んだという情報であった。
そして魔族たちはこのまま終戦協定を結びたいと言っていると聞き、王都に帰ったばかりのザズーはヴォルトの調査を一時保留し、慌てて北部へと向かう。
魔族が終戦の代わりに提供すると言う領土と鉱山が、戦争を終わらせるだけの価値があるかどうかを判断するために。