第73話 蝙蝠男、金貸しを訪ねる
「あら。デュランさん、おかえりなさい」
役場から帰った私に、ナタリアさんから声を掛けられる。
ナタリアさんは旦那さんも息子さんもを戦争で亡くしてから、この孤児院で働いているそうだ。
今ではこの孤児院の子供たちが自分の子供のようだと言っている。
「ただいま帰りました」
「どこへ行かれていたんですか?」
「ええ、ちょっと役場までお金の相談に……」
「なんだか面倒な役割を任せてしまってすいません。でもデュランさんがお金の管理をしてくれるようになって、助かっています」
「ナタリアさん、今は私が全てやっていますが、皆さんにも少しずつ帳簿の付け方を覚えてもらいますよ。覚悟しておいてください」
「フフッ。今まではそんなことを教えてくれる人もいなかったので助かります」
そんな話をしていると、子供たちが帰って来たのだろうかバタバタと騒がしい音が聞こえて来た。
「カイト、今日は木登りしようぜ」
「俺の方が上まで登れるぜ」
カイト坊ちゃんと、ここのガキ大将のジャスティンの声が特に大きい。さすが子供同士というか、すぐに打ち解けていた。
カイト坊ちゃんは国へ帰れば本来王子であり、このような平民たちと友達として接する事はありえないのだが、今では国を捨て逃げて来た身。もはや王子ではないのだから、これでいいのだろう。忠誠を尽くすのは、私とユーゴの二人でいい。
「ほらほらあなたたち、今日の水くみは終わったの?」
「さっき終わったとこだよー!今から遊びに行ってくる!」
「ごはんまでには帰って来るのよ!」
ナタリアさんにそう言われ、返事をするより先に外へと飛び出す子供たち。
そんな坊ちゃんの元気な姿を見る度、ヴォルトさんにここを紹介してもらって本当に良かったと思う。
坊ちゃんと入れ替わりで、そんなヴォルトさんが孤児院に入って来た。
この人は仕事を手伝うでもなく、孤児院の周りをちょろちょろしている。
一体何をしているのだろう?
「おう、デュラン。役場から帰ったのか?どうだ、借金の問題は解決しそうか?」
「ええ。やはりこの国の法律で定められている利率よりもはるかに高い利息を払っているようなので、明日それを伝えて過剰に支払った分を帰してもらうよう話し合いに行ってきます」
「そういう借金取りとかは、ぶっそうな奴が多いから気を付けろよ。正論が通じないぞ」
「大丈夫です。私もそれなりに腕に覚えがありますので」
「そうだったな。お前に任せておけば大丈夫そうだ。ワハハ」
「ヴォルトさんこそ何をされているのですか?なんだか毎日この辺りをぶらぶら歩きまわっているようですが」
「この辺りの貧民街に時々出没する、通り魔を探しているのだ。冒険者ギルドでも手に負えない案件らしくてな。そこでオレが引き受けたのだ。だが手がかりがなくて、とりあえず色々歩いて回ってるところなんだがな」
「暇すぎて散歩していたわけじゃあないんですね」
「なんだおまえ、失敬な!」
この人の強さなら、町の中で起こる事件程度なら特に問題ないだろう。大型の魔獣やドラゴンが出るようなことはあるまい。この人ならそれすら簡単にかたずけてしまいそうだが……。
「まあ特に何事もなさそうだな。何か情報があったら教えてくれ」
ヴォルトさんはそう言い残すと、また孤児院から去っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、私は孤児院が借金をしている金貸しの事務所までやって来た。
この区画は随分と豪華な建物が並んでいた。孤児院のある下町とは大違いだ。
当然金貸しの事務所のある建物も、とても豪華な作りをしており、どこの貴族が住んでいるのかと思わんほどだ。
建物の入り口にはガードマンであろう黒服の男が二人おり、頑丈な鉄の門を開けて中へと通された。
通された部屋にも屈強な男が二人いた。彼らが手首に付けているバングルには魔力が籠っていた。恐らく腕力を増強させる類の魔道具だろう。そしてこの部屋自体には、魔法阻害の結界がなされている。精霊魔法だろうが、私の得意な暗黒魔法だろうが、その効果を弱めてしまうだろう。
光沢のある真っ黒な革のソファーに座って待たされていると、目的の男が現れた。
彼の名はランディ・ドールマン。この町では名の知れた金貸しらしい。
恰幅の良い体にぴったりと合うようにしつらえられた、立派なスーツを着込んでいる。
笑顔で善人ぶった表情を取り繕ってはいるが、その視線の奥にはよこしまな人間の持つ特有の嫌なものがあった。
「ようこそいらっしゃいました。ランディ・ドールマンと申します。デュラン様と言いましたね。今日は何のご用ですかな?」
ドールマンは、そう言って私の反応を待つ。
私は臆することなく、要件を告げることにした。
「私はこの度孤児院のお金の管理を任されることになりました、デュランと申します。本日は、貴方から孤児院が借りているお金の事で相談に上がらせてもらいました」
そこまで言うと、突然ドールマンの視線が鋭くなる。後ろの護衛たちも神経をとがらせているのが分かる。
「孤児院での支払いの記録を確認させていただきましたが、はっきり言わせてもらうとあなたが孤児院に課している利率は、この国の法律で定められている利率を大幅に超えていますね」
「それは貸す時に、それでもいいと約束をして貸していますからね。仕方がありません」
「いえ、法律上そういう場合の契約は、無効となると決められています。それだけではありません。国から孤児院に払われる補助金をもらいに行く際に、あなたの部下が付き添いに行ってそこで利息を受け取っているそうですね?孤児院の者が受け取った金額を調べると、どうも計算が合わないんです。国から支払われた補助金と支払った利息を差し引いても足りないのです。毎月そこでもごまかして余分に取り上げていますよね?これは詐欺でもありますね?」
もはや完全にドールマンの表情は変わっていた。先ほどまでの愛想笑いはどこにもなく、冷静でこちらを品定めするかのような顔だ。
「はあ……」
ドールマンは深いため息をつくと、言葉を続けた。
「証拠は?受け取った領収書はそちらで確認済みのはずですよ。証拠がなければ誰も私を罰することはできない。どうせおまえは浅知恵を持ってあの孤児院に雇われた三下だろう?悪いことは言わん。痛い目に会う前に黙って帰れ」
ドールマンは開き直って、私を脅してきた。
恐らく私のようなクレームは、過去に何回もあったのだろう。そして一度も悪事を暴かれる事なく、返り討ちにしてきたのだろう。あふれる自信がそれを物語っていた。
だが私には、そんな態度は通用はしない。
「証拠を残さないようにうまくやって来たのでしょうが、そちらが態度を改めないと言うなら、こちらの方こそ手荒な真似をせざるをえませんな」
「はあ?おまえのようなやせ細った男が何ができるというのだ?おい!つまみ出せ!」
ドールマンの指示で、ガードマン二人が私の両手をそれぞれ掴む。
「≪硬直≫」
ガードマンたちは私の身体の自由を奪う事は出来ない。
逆に私の魔法によって動きを封じられてしまう。
私は二人の手を振り払い、言葉を続ける。
「無駄ですよ。私は会計士でも法律家でもない。魔法使いですから」
「バカな?!この部屋には魔法阻害の結界が張ってあるのに」
「魔法阻害の結界とはあれですかな?≪黒針≫」
私が放った暗黒魔法の針が、部屋の片隅に置いてあった水晶球を割った。
「まあ、これくらいの魔法阻害の結界では私の魔法を完全に封じることはできませんがね」
私を見るドールマンの目が、恐怖で溢れる。
この男は痛い目に会わせないと分からないようですね。
そう思った時、突然全身に寒気が走るのを感じる。
なんだこれは?魔法阻害の結界は破壊したはずなのに?!
「珍客を迎えているみたいだな」
その声の主は、扉を開かずにその場に現れた。
突然現れた真っ黒なフードのマント姿の男は、私に恐怖を与えるほどの殺気を放っていた。
「先生!!!グッドタイミングです!!!」
その男をドールマンは先生と呼んだ。恐らく用心棒であろう。
ドールマンはホッとした表情に変わる。
「ドールマン、こいつどうする?」
「殺してしまってください。こういう中途半端に力を持ったやつは面倒なだけです」
「そう簡単に殺さ……」
「≪麻痺≫」
黒フードの唱えた呪文で、私の全身は麻痺し動けなくなる。
ありえない事だ。
私は人間たちよりもはるかにレベルの高い魔法使いであり、私よりも下位の術者の魔法は呪文を唱えずとも無効化できる。
こんな簡単に麻痺させられるなんて、考えられないのだ。
それはつまり、この黒フードは私よりずっとレベルの高い魔法使いという事になる。
ありえない。
そう思って黒フードを見つめると、フードに隠されたその顔が見えた。
そこにあったのは、ギロリと光る眼球と、皮膚と肉を失った人間の頭部。つまり頭蓋骨だった。