第71話 愚者、召喚
古代語魔法を使える魔法使いグラナダの住む小さな小屋の中では、等価交換の魔術という古代語魔法によって、ユウを元の世界へと送り返そうとしていた。
グラナダの唱える呪文により、四方に置いてある像が輝き始める。次に床に描かれた魔法陣から、ゆっくりと光があふれだす。
「それではユウ様。魔法陣の中央へ。
「あ、ああ。その前にヴォルト」
「何だ?」
「これを預かっといてもらえるか?『殲滅し尽くす聖剣』」
ユウは異次元収納されている『殲滅し尽くす聖剣』を呼び出し、オレに手渡した。
「これがあったらまた俺を召喚できるんだろ?何かあったらまた呼んでくれ!」
「……分かった」
この期に及んで、まだオレの事が心配なようだ。ユウは必要ならばまた助けに来てくれることを約束してくれる。
オレはそんな心優しい友から、しっかりとその聖剣を受け取った。
そしてユウは、魔法陣の真ん中まで移動をする。
「それと、さっきも言ったけど、これから俺の代わりに来るやつに対して、まじめに対処する必要ねえからな。とっととここから追い出して、勝手に生きていくように伝えてくれ」
「分かった。分かった」
「それではユウ様、準備はよろしいでしょうか?」
グラナダにそう言われ、表情を引き締めるユウ。静かに頷く。
「わたしにはユウ様の故郷の事は分かりませんので、ここからはユウ様が主導でお願いします。ユウ様と入れ替えを行う相手を呼び出してください。頭にイメージしてもらい、話しかけてください」
「まずイメージだな?」
そう言うと、ユウは目をつぶる。頭の中に相手を思い描いているのだろう。
そしてユウはその相手へと語りかけた。
「サトル!ハットリサトル!聞こえたら返事をしてくれ」
ユウが呼び掛けた瞬間、ユウの視線の先に、突然映像が浮かび上がった。
そこには、一人の男がいた。
そこに映っていたのは、小さな部屋の中の景色だった。
男は部屋の中のベッドの上に横になって、本を読んでいるようだ。
その部屋の中には、本棚に収まりきらないたくさんの書物が床に平積みになっていた。これだけたくさんの書物を所有していると言う事は、学者なのだろうか?
そして書物だけでなく、たくさんの小さな人型の人形が棚に並んでいるのが見えた。それは動かないし魂を感じられないため、おそらく人形で間違いがないはずだ。しかし何のためにこんなものを集めているのか?呪術に使うのだろうか?
その不思議な部屋は、オレにはとても不気味な空間に思えた。
「おいサトル!返事しろ!」
するとサトルと呼ばれたその男は、ユウの声が届いたのか、本を横に避け辺りをキョロキョロと見回した。
「おいサトル!聞こえるか?俺だ。ユウだ!」
「ユウ?」
「おう!そうだ!久しぶりだな」
「ユウなのか?どこだ?おまえまさか死んじまったのか?」
「バカ野郎!生きてるわ!今異世界から通信してんだよ」
「マジか?!やっぱりお前異世界に行ってたんだな?おまえが消えてから大変だったんだぞ!警察が調べに来たり、俺初めて取り調べ受けたんだぜ?」
「それは大変だったな……」
「俺は、異世界に呼び出されたみたいだって説明したんだけど、警察は信じてくれなくてな。結局俺や店員たちで集団幻覚を見て、おまえは失踪したっていう話になってるぜ」
「そ、そうか。店長にも迷惑を掛けたな……」
「それで何だ?俺に何か用か?」
「おう!お前、前に異世界に行きたいって言ってたよな?」
「そうだよ!何で俺じゃなくてお前が呼び出されてるんだよ!」
「おお、俺はいい迷惑なんだけどな。そこでな、俺と入れ替わってくれないかなって思って連絡してるんだけど」
「遂に俺の時代がキタか?!ちょっと手違いがあったみたいだけど、やっぱり俺が行かなきゃ始まらねえよな」
「という事は俺と入れ替わってくれるって事で問題ないな?」
「おう!後は任せとけ!」
「了承が取れたぜ」
ユウはそうグラナダに告げる。
するとユウの身体と、空中に浮かんだ映像の向こうにいるサトルという男の身体が淡い光に包まれる。
「それでは等価交換の魔術を発動させます。転移のショックに備えてください」
グラナダは古代語で呪文を唱え始める。
するとユウの身体を包んでいた淡い光が、段々と強くなってゆく。
「ヴォルト!世話になったな!」
「おお!こちらこそだ。ユウ、達者でな!婚約者殿によろしく!」
「おう!」
そして一瞬の閃光と共に、ユウの姿と空中に浮かんでいた映像が消えた。
次の瞬間、そこにはだらしない服装をした、小太りの男が現れた。
ユウとの別れを惜しむ暇もなく、その男サトルは、一方的に話し始めた。
「おお!ここが異世界!遂に来たぜ!それで……どいつが俺を呼び寄せた国王だ?姫はいないのか?俺は何をすればいいんだ?魔王を倒すのか?それとも俺の知識で国を豊かにしたいのか?」
「……」
「というかやけに汚い小屋だな?もしかしてここは城じゃねえな?まさか違うパターンか?でもユウを呼んでも役に立たなかったから俺を呼んだんだろ?どっちが俺を呼んだんだ?何でおまえら何もしゃべんねえんだ?うわ、まさか言葉が通じないパターンか!くっ、ステータス!ステータスッ!出ねえ。ステータス画面がでないパターンかよ。それじゃどうやって異世界語翻訳のスキルを発動すりゃいいんだ?」
「おい……、おまえさっきから何を言っているのだ?」
「お?なんだ?日本語喋れるじゃねえか!」
ユウと入れ替わりでやって来た男、サトルは、登場と同時に訳の分からないことを喋り続けていた。
ユウと接していて、異世界人であろうが大きな違いはないため、交流に支障はないと思ったのだが、どうもこの男からは危険な香りしかしない。
「おい、俺を呼びだした目的は何だ?報酬次第では力を貸してやるぜ。俺が来たからには安心しろ。どんな敵でも倒してやるぜ」
どこからそんな自信が湧き出てきているのだろうか?
どこをどう見ても強そうには見えない。
「いや、別にお前には何も求めていない。ただ異世界に来たいと言っていたという事で、呼んだだけだ」
「まじかよ!これから自由に生きろパターンかよ!まあいいや。自分のスキルってどうやりゃ見れるんだ?今まで課金してきたアイテムとかあんのかな?アイテムボックス!アイテムボックス!くそっ、開かねえ。イベントリ!イベントリ!イベントリでもないのか……」
本当に登場と同時に意味不明が続く男だ。
何がしたいのか分からない。
「ああ、サトルとやら、ユウからの伝言だ。『とっととここから出て行き、勝手に生きろ』」
「はあ?何なんだよさっきから。お前俺を呼んでおきながらその態度何なんだ?呼び出した責任を取れよ!」
「な……何を言っているのだお前は?」
「この世界の情報を寄越せよ。通貨価値とか、モンスターの情報とか」
「魔物は町の中や町の近くにはいない。町で暮らすには危険はないはずだ」
「奴隷を買うにはいくらくらい必要なんだ?」
「ど……奴隷だと?そんなもの国際的に禁止されているに決まっているだろう?貴様の故郷の日本という国には、奴隷制がまだあるのか?」
「はあ?奴隷も買えないの?奴隷に戦わせて俺が楽してレベルアップするパターンも、奴隷ハーレムを作るパターンも通用しねえじゃん」
ダメだこいつ。話していてだんだんムカついてきた。生理的に受け付けないとは、こういう事をいうのだろう。
「もういい、さっさと出て行け!」
「だから呼び出した責任を取れって言ってるだろ!普通チートスキルとかアイテムとか何か寄越すもんだろ!」
「さっきから貴様の言っている言葉の意味が分からん。出て行かないと殺すぞ」
「こ……殺すとか簡単に言うんじゃねえよ。殺人罪で刑務所行きだぞ……」
オレの脅しに対して、反論する声がだんだん小さくなる。
腕を組んでこの愚か者を睨んでいると、サトルという名の男はだんだん後ろ脚で後退してゆく。
「出口はそっちだ!さっさと出て行け!」
「チキショウ、覚えてろ!」
サトルは突然走り出して、扉から出て行った。去った後、外からバカヤロー!という声が聞こえる。
変な男のせいで、ユウとの別れの感傷に浸る暇がなかった。
オレとグラナダは、なんだか疲れた表情を浮かべた。
こうして、短かったのか長かったのか、俺とユウの二人の旅は終わった。
後は無事に終戦協定を結ぶよう、交渉に挑むだけだ。
「そういえばグラナダよ。お前が勉強を教えているという孤児院で仕事を手伝いたいという者がいるんだ。ちょっと面倒をみてやってはもらえんか?」
「え?給料はろくに払えませんよ?」
「ボランティアで働いてくれるだろう。金には困ってないらしい」
「それなら。ヴォルト様の紹介でしたら問題ないです。ぜひおねがいします」




