第70話 勇者、帰還
宿に戻ると、オレはユウに話し忘れていたことを思い出し、伝える。
「ユウ。そういえば、お前を帰すことができる古代語魔法使いを見つけたぞ。明日までに準備ができるそうだ」
「えっ?!」
オレの突然の言葉に、ユウはあっけにとられた顔をする。
「今日その魔法使いと会って、例の等価交換の魔法の術式を伝えて来た。明日にはお前を元の世界に送り返してやることができそうだ」
「あっ、ああ。そうか……。遂に帰れるのか……」
もっと喜ぶのかと思ったが、オレの説明に戸惑った様子のユウ。
ユウは元の世界(日本という国らしい)には婚約者がおり、近いうちに結婚式を挙げる予定だったらしい。
だが突然仕事中に、オーテウス教の大司祭による勇者召喚の魔法によってこの世界へと呼び出された。
ユウはこの世界の事など興味がなく、とにかく早く元の世界へと帰り、婚約者を安心させたいと言っていた。
なのにこの反応はなぜだろう?
ユウは元の世界に帰ることができることを、素直に喜べないようだ。
「やはりあれか?大司祭に一発食らわしてやらないと気が済まんか?」
ユウをこの世界に呼び出したオーテウス教の大司祭ザズーは、言う事を聞かないユウに隷属化魔法をかけたり、上から目線で一方的に命令をしてきたりした、嫌な奴だったと言う。
魔王が魔物を操っているという嘘の情報を流し、魔界に戦争を仕掛けているのも恐らくこの大司祭だ。
ユウは、この大司祭を心から恨んでいる。
「あ、ああ。それもある。っつーか、本当に俺帰っちゃっても大丈夫か?」
「ん?」
「戦力として必要ならもう少し付き合うぜ?途中で投げ出すみてえで申し訳ないし……」
「なんだ?そんなことを心配してくれていたのか?」
「いや、乗りかかった船だからさ、俺がここで一人先に抜けたら、途中で逃げるみたいで」
「ああ。心配をしてくれてるのだな」
ユウがそれほどまでのこの世界に愛着を持ってくれていたとは、意外だった。
心配をさせないよう、オレはこれからの計画をユウに話すことにした。
それは今までのような戦いではなく、政治的に交渉を行い、終戦へと導く方法だ。
「ユウ、オレは先日会った商人兄弟に、シャンダライズ王国やオーウェンハイムの国王宛てに手紙を託した。その手紙の内容は、魔族と魔物は関係がなく、魔王が魔物を率いているというのは全くのでたらめだという事を表明する国王の文書と使者を寄越せというものだ。オレはそれぞれの国からの使者と合流したら、直接ヴァレンシュタイン王城へと乗り込み、ヴァレンシュタイン王国が掲げている戦争の正当性を否定し、今すぐ侵略戦争を中止するよう求める。オレが魔族の代表としてその場で終戦協定を結んでもいいと思っている。戦後補償の話はその後も面倒だろうが。もしそこで大司祭ザズーが暴力で訴えてくるようなら、こちらも力で対処するつもりだ」
「つまり、俺の勇者としての力はもう必要ないということか?」
「うまく行けばな。お前の話では、国王は真実を知らない可能性が高い。それに根っからの悪人というわけでもなさそうだ。交渉は上手くいくのではないかと思っている」
「そうか。なら良かった」
そこまで話して、やっとユウは笑顔を見せる。
そうだな。中途半端で帰しては心残りにさせるだけだろうから、しっかりと説明をすべきだった。
ともかくそうしてオレたちは、翌朝古代語魔法使いグラナダの家を訪ねるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうぞ」
扉をノックすると、小屋の中からグラナダの声がする。
オレ達は扉を開けて中に入ると、部屋の中には床に描かれた大きな魔法陣と四方に置かれた動物の像があるのが目に入って来た。
部屋の奥にはグラナダの姿がある。
「ようこそ、ヴォルト様。そちらが勇者様ですね?」
「ユウだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
そう言って老魔法使いと挨拶を交わすと、これから行う等価交換の魔術についての打ち合わせが始まった。
「基本的には勇者様には魔法陣の中央に立っていていただくだけで、転移の魔法は外から私が行います。ただこの魔法については単純な転移ではなく、ここをA地点とするとA地点の勇者様と、勇者様の故郷であるB地点にある勇者様と同じ価値がある物を入れ替える魔法となります」
「その同じ価値っていうのは、誰がどう判断するんだ?勇者タイゾーは単車と入れ替わったって聞いたし、もしかしたら何でもいいんじゃないか?」
「はい。それがどうやら、同じ程度の質量と、所有者の承認が必要となるようです」
「どういう事?」
「術式を確認したところ、転移の際に、A地点にいる人あるいは物の所有者と、B地点にいる人あるいは物の所有者と交信を行い、交換を行うための承認が必要となります。恐らくタイゾー様は、ご自身と、タイゾー様の所有する物との入れ替えですので、どちらもご本人が了承をされたのだと思います」
「なるほど……」
「それでユウ様。ユウ様と交換できるものの見通しは付いていますでしょうか?」
それを言われ、ユウは考え込む。
そう言えばその問題が残っていた。
等価交換の魔術は、単なる転移魔術ではない。A地点とB地点にあるものを入れ替える魔法だ。
ユウと交換できるようなものが、ユウの故郷にあれば良いのだが。
「俺も単車は持ってるけど、まだローンが終わってないのに手放すわけにはいかないんだよなあ……。同じくらいの質量って、どれくらいまで誤差が許されるんだ?」
「およそ半分から二倍くらいなら大丈夫かと。勇者様の体重はいくつですか?」
「55kgだけど……」
「それでしたら22.5kgから110kgぐらいなら大丈夫かと」
「逆に分かりづらいわ!重さとかあんまり意識したことないから、何がどれくらいの重さなのか分かんねえ!」
ユウは頭を悩ませてしまった。
「せっかくここまで準備できたんだ。何かないのか?」
オレの言葉に、ユウはもう一度考えを巡らせる。
「なあ、人間と人間の入れ替えなら一番手っ取り早いのか?」
「そうですね。相手さえ承認してくれれば、ほとんど誰とでも入れ替えは可能ですね」
「……ヴォルト。今俺が考えている奴は、おそらく俺の代わりにこの世界に来ることを承認してくれると思う。」
「本当か?それは良かった!」
「いや、あんまり良くねえかもしれねえ。そいつはどうでもいいやつなんだが、面倒臭えかもしれねえ。迷惑かけるかも知れねえけど、いいか?」
「あ、ああ。それはどういう?」
「ともかく、そいつがこっちに来たら、さっさと追っ払ってくれ。適当に一人で生きてゆけって言って、すぐに追い出してくれ。面倒をみてもらう必要はない」
「わ……分かった」
ユウは複雑な表情を浮かべながらそう言った。
よく分からんが、言う通りにするだけだ。
ユウと交換を行う相手が決まったところで、等価交換の魔術が始まった。