第67話 魔王VSライカンスロープ
乱闘を起こしていた子供の召使い二人は、それぞれ狼男と暗黒魔法使いであった。
狼男ユーゴはヴォルトに、暗黒魔法使いデュランはユウへと襲い掛かる。
デュランが≪暗黒≫の魔法をユウに放つと、ユウの全身は発生した真っ黒な霧のようなものに包まれてしまう。
視界を奪われたユウに、デュランの攻撃魔法≪黒槍≫が襲い掛かった。
「何?!」
デュランの口から驚きの声が漏れる。
必勝を確信したデュランの一撃が、黒い霧の中から出て来た剣によって叩き落されたからだ。
「どうして?!」
デュランは何が起きたのか理解できず狼狽する。
≪暗黒≫の魔法は、視界を完全に完全に封じてしまうだけでなく、全身の自由も奪う麻痺効果もある。
その魔法をかけられたユウが次の≪黒槍≫の攻撃に反応できるはずもなく、そもそも動けるはずがなかった。
そして≪黒槍≫を剣で叩き落すという行為自体もデュランの常識を超える行動であった。デュランはこれまで魔法による防御以外の物理的防御でこの魔法を破られた事がなかった。
ユウの振り下ろした剣によって、ユウの身体を包んでいた暗闇も剣に吸い込まれるようにかき消されてゆく。
次第にユウの全身が姿を現わす。
≪殲滅し尽くす聖剣≫を振り下ろした姿勢のまま、デュランを見据えている。
何事もなかったかのように冷静なユウの表情。その顔は、デュランにまだ奥の手があるのだろう?とでも言いたいように、そしてそれを楽しみにしているかのようだった。
反対にデュランは一撃必殺を破られた動揺を隠せずにいた。
ユーゴの猛攻に、ヴォルトは防戦を続けていた。
絶え間なく繰り出される重い拳を、時折姿勢を崩しながらも防御している。
そんな二人を見ていた少年は、どちらに加勢すべきか判断を下した。
それはデュランの方であった。
ヴォルトはユーゴに反撃できずにいる。ユーゴの拳を何発も受けても立っていられる事が不思議ではあったが、それでもユーゴが優勢に見える。対してデュランは、魔法を破られ動揺している。
攻撃の手を休め、たじろいでいたデュランの横から、少年はユウへと飛び掛かった。
デュランは、突然横から飛び出した自分の主人の姿に気が付くのが遅れる。
魔法が破られた事に動揺していたためだ。
本来自分たちが守らなければならない主人が、逆に自分を守ろうと前へと出て行く。
ダメだ!そいつは危ない!
デュランの本能がユウの危険性に気付いていた。
今まで見た事もないその剣が、デュランの魔法が通用しない魔力を持った剣だという事に。
そして武器を持たない自分の主人がデュランよりも強かったとしても、恐ろしい武器を持った相手には勝てないだろうと分かって。
「ダメです坊ちゃ……!」
主人を制止しようと右手を伸ばすも届かず、そしてその直後、振り抜かれたユウの一撃はその主人の頭へ直撃し、小さな体は横へと吹き飛んだ。
「坊ちゃん!!!」
その異変には横で戦っていたユーゴもすぐに気が付く。
ユーゴが視線をヴォルトから逸らした直後、ユーゴの側頭部に重い衝撃が響く。
ヴォルトの拳が飛んできたのだ。
ユーゴの巨体が大地へと倒れる。
慌てて立ち上がろうとするところに、ヴォルトの鋭い視線から放たれる殺気に背筋が凍り付く。
「戦いの最中によそ見をするとは何事だ?もっとまじめにやれ!それにさっきから何だ?力任せに殴る大振りのパンチばかりで、技術も何もあったもんじゃない」
「あ、当たり前だ!俺は只の料理人だ!」
狼男ユーゴは、そう言って再びヴォルトに襲い掛かる。
だがヴォルトの左拳がカウンターでユーゴのあごを打ち抜くと、ユーゴは前のめりに倒れ込み、気を失っていた。
「そうか。戦闘は専門外だったか」
そんなヴォルトの声は、意識を失ったユーゴには届いていなかった。
ユウの剣の一撃を食らい、吹き飛ぶ二人の主人である子供。
「坊ちゃん!!!」
デュランは目の前の敵であるユウを無視して、倒れる自分の主人へと駆け寄る。
ユウに背を見せ隙だらけだった。
デュランが主人の小さな体を抱きかかえると、その顔は間抜けな表情のまま気を失っているだけで、首にも頭にも大きな傷は見られなかった。
「ガキが大人のケンカに割って入ってんじゃねえよ。しっかり躾けとけ!」
ユウは背を見せているデュランに追撃することなく、そう言い放つ。
尚も子供の心配をするデュランはそれでもユウの方を向かないため、もう一言付け加える。
「大丈夫だって、剣の腹で殴って失神させただけだから。さあ早く構えろよ!続きやろうぜ!」
「えっ?!」
デュランは驚いて振り返る。その驚くべき戦闘狂ぶりと、自分たちの戦いに割って入った子供に対する手加減ができるほどの余裕に。そして自分の主人が無事であることに安堵した。
もはや勝敗は決した。
「申し訳ありませんでした。どうか、どうか私たちの主人であるこのカイト・ランドクルーエルの命だけはお見逃しください!」
デュランは勝ち目がないことを悟ると、両膝を突き頭を下げ、命乞いをした。
先ほどまでは暴力で黙らせようとしていたが、それがこの二人には通用しない事が分かったからだ。
そして見れば、先ほどまで優勢かと思っていたはずのユーゴも大の字に倒れていた。
「なんだよ?もう終わりなのか?」
「バカ者。ケンカを楽しんでる場合じゃない!」
ユウの頭をヴォルトがそう言って叩く。
「痛ってえな!」
「そちらから襲い掛かっておいて、命乞いとはムシがいい話だな?」
そんなユウを無視して、ヴォルトはデュランへと話しかける。
デュランは二人の様子から、命を取られずに済むチャンスがあると思い、精いっぱい謝罪する。
「申し訳ありませんでした」
もしそれでも主人の命を奪おうとするのであれば、ユーゴを見捨ててでも主人を連れて逃げなくてはいけない。
デュランは二人の反応に集中する。
そして返って来た返事は、あまりにも冷静なものであった。
「もう一度言う。お前たちが人間に脅威を与えるというなら見逃すわけにはいかんな。お前たちは何者で、この町で何をしようとしているのだ?」
ユーゴも、主人である少年カイトも気を失っている。
それに答えて良いかどうかの判断を相談する相手は今はいない。悩みながらもデュランは話すことを選んだ。
「我々は、半獣半人の一族です。我々がいた国から逃げてここまでやって参りました。この国の者に危害を加えるつもりはありません。どうか主人の命だけでもお見逃しください」
「まったく、最初から素直に言え!では二人が目を覚ましたらどこかで話を聞こう」
デュランが顔を上げると、二人には全く殺意がないことが分かった。