第66話 魔王と謎の男たち
乱闘に巻き込まれたオレは、不覚にもその乱闘の中心となった子供に投げ飛ばされてしまう。
子供の召使いである二人の男がやってきて事態は収束したのだが、腑に落ちないことがある。
それは、オレが投げ飛ばされたという事だ。
腹が立つとかそういう話ではない。
オレを投げ飛ばすことができたという事が信じられないのだ。
召使いの一人、無精ひげの男はオレに頭を下げて去ろうとする。
「それではこれで」
「待て」
だがオレはそんな男を引き留めた。
「お前たち……人間ではないな?」
途端に三人の視線が鋭くなる。
無精ひげは冷や汗を垂らしながら、答えた。
「な、何を言ってるんですか?」
俺を投げ飛ばしたこの小僧の身のこなしは、明らかに人間離れしていた。技術が優れているのではなく、単純に身体能力が異常に高いのだ。
後から現れた召使いの二人も、オレくらいになると只者ではないのが一目瞭然だった。
だが、見た目は人間にしか見えない。
魔族であれば肌の色や頭に生えたツノなどの外見的特徴がある。エルフなら痩せた体に長い耳、ドワーフであれば低い身長に長いヒゲなど、その種族特有の外見的特徴がある。
この3人にはそういうった亜人特有の特徴が見当たらないため、一見して分からない。そこでオレはカマをかけてみたのだ。
そしてオレは、オレの言葉に反応する3人の様子を観察する。
段々三人の表情がこわばってくる。ニヤニヤしながら見ているオレの視線に耐えられないといった感じだ。
これは図星だな?
「謝罪が足りないと怒ってらっしゃるんですか?ちょっと旦那、ここでは何ですので、向こうで話させてもらえませんか?」
「ん?いいだろう」
そう言われ、オレはその三人に連れられて行く。
罠の可能性もあるが、オレに恐れるものは何もないのだ。
ユウも一緒に付いてきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
人だかりのない路地に出る。
ここなら余計な邪魔は入らないだろう。人に話せない話をするにも、有無を言わさず戦うにももってこいだろう。
オレは相手の出方を観察する。
「旦那。あまり我々に関わらないでもらえますか?でなければ痛い目に会うかもしれませんよ?」
「ほう?脅しか?だが、おまえらが人間ではなくて、もし人間に脅威を与える存在であるというのなら見逃すわけにはいかんな」
無精ひげの脅しに、オレは逆に脅し返す。
三人の表情は緊張感が漂っている。
「ユーゴ、気を付けろ。こいつただ者じゃないぞ。さっきもなかなか組ませてもらえなかった」
小僧が無精ひげに忠告する。
こいつら戦う気満々だな?先ほどは小僧に投げ飛ばされたが、それはオレが子供相手に手加減をしていたからだ。この小僧相手に負けることはない。問題はその召使い二人だ。一体どれだけの使い手なのか。まあそれでも負ける気はしないがな。
ユーゴと呼ばれた無精ひげの男と、先ほどデュランと呼ばれていた細身の男が目を合わす。
その直後、二人はそれぞれオレとユウへと襲い掛かって来た。
オレの元へと襲い掛かって来たのはユーゴだった。
殺気を感じていてオレは距離を取っていたのだが、ユーゴは一瞬でその距離を縮める跳躍を見せると、その右手から強力な一撃を放つ。
あまりの速さにオレは防御するのが手一杯で、その大きな拳を両腕でガードした。
腕には重い衝撃が走る。明らかに人間の力ではない。
そして今度は左手でパンチを放とうとするユーゴの顔が視界に飛び込む。
その顔は、先ほどまでの無精ひげが顔全体に広がった毛深い顔に代わっていた。
そして食いしばる歯は、犬歯が鋭く尖っているのが見えた。
「まさか」
繰り出される左拳からの二撃目もガードする。
完全に防御しているが、オレの身体は衝撃で少し浮き上がる。恐るべきパワーだ。
一歩後ろに退き、ユーゴの姿を観察する。
先ほどよりもさらに一回り筋肉が膨張している。そしてその顔は毛で覆われ、鋭い眼光と牙が見える。
オレはこの種族に心当たりがあった。
「狼男か!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヴォルトにユーゴが襲い掛かると同時に、ユウのところにはデュランが襲い掛かっていた。
ユウも油断はしていない。デュランの姿をはっきりと捉えていた。
だが突然デュランは魔法と唱える。
「≪暗黒≫!」
突然ユウの周りに真っ黒な霧が現れる。その霧は一瞬でユウの身体全体を包み込んだ。視界を完全に遮る魔法だ。
「あなたには恨みはありませんが、私たちの邪魔をするからいけないのですよ」
デュランはそう言って右手の手刀を構える。
「≪黒槍≫!」
呪文を唱えたデュランの右手から、真っ黒な槍が飛び出す。その槍は、ユウの居る黒い霧を貫いた。