第65話 魔王、乱闘に巻き込まれる
オレは町はずれに住む古代語魔法を使える老人と別れ、ユウたちと合流するために町の市場へと向かった。
今頃ユウは情報収集、スカーレットは旅の消耗品の購入をしているはずだ。
元の世界に帰すことができそうだとユウに伝えたら喜ぶだろうか?
だがユウが元の世界へ帰っってしまうと、もう二度と会うことはないだろう。
そう考えた時、不覚にも少しさびしさを感じてしまった。
こんなこと本人には絶対に言えないが。
元々はお互いに命を奪った宿敵のはずだが、あいつとここまで旅をしてきた短い間にいろんな出来事があった。その濃密な時間が、あいつに対して感じている友情となっているのかもしれない。
合流時間はまだ先だが、朗報は早めに伝えたいと思い、二人を探す。
小さい市場のため、それほど探さなくても見つかるはずだ。
オレが少し感傷に浸りながら歩いていると、市場に着く前に、何やら騒がしい喧噪が聞こえて来た。
そこは、オレたちが宿泊している宿から市場へと行く途中にある通りだった。
なにやら人だかりの中にはケンカをしているようだ。
オレは積極的に厄介ごとに関わろうとは思っていなかったのだが、通りすがりにその人だかりの中を見てしまう。
なんとそこでは、ちいさい子供を冒険者風のいかつい男たちが取り囲んでいた。
「なんだ小僧?通りの真ん中を歩いてたら邪魔になるだろうが!気を付けて歩きやがれ」
そう冒険者が怒鳴る。
周りの群衆はそのケンカを止める様子もない。
一般市民では屈強な冒険者を止めることは不可能なのだろう。
オレは思わず人ごみをかき分け、そのケンカを止めに入っていた。
「やめろ!恥ずかしいと思わないのか!」
そうオレが叫んだ時だった。
オレに背を向けていた男が、突然オレの方に向かって飛んできたのだ。
思わずそいつをキャッチし、足元に降ろす。
そいつと目が合い「どうも」と礼を言われる。
そしてもう一度前方に視線を移す。
するとそこでは、小さな子供が大の大人をポイポイと投げ飛ばしている光景があった。
取り囲んでいた大人を全員蹴散らすと、その子供はオレの方を向いて言った。
「ああ?なんだてめえは?」
「や……やめろと言っているだろう。弱い者いじめはやめるのだ」
どうやらオレが止める必要があるのは、いかつい冒険者たちではなくその子供のようだ。
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すらりと痩せた優男、デュランはポケットから取り出したメモを確認していた。それは料理人であるユーゴから買い出しを頼まれた食材のリストだ。デュランは買い物をサボってスカーレットをナンパしていたのだった。
帰りの遅いデュランを迎えに来たユーゴに見つかって怒られると、慌てて二人で買い出しを急ぐ。
そんなデュランは、手に持ったメモと、今ユーゴが屋台で買っている袋いっぱいの串が刺さった焼き肉を見比べて言う。
「ユーゴ、それはお前の書いたこのメモに入っていないようだが」
「バカ!お前が遅いから坊ちゃんが腹を空かせてイライラしてるんだ。すぐに食べれる物を買って行かなきゃ、晩飯作ってる最中に殺されるぞ」
「た、確かにその通りだな」
なんだか物騒な会話をしながら、二人は買い物を続けていた。
そして二人は気付く。通りの先で何やら騒ぎが起きている事を。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その子供はくたびれた外套を羽織っていたが、その下に来ている服装は立派なものだった。どこかいいとこの御曹司のような。
だが歯をむき出して怒りを浮かべるその顔は、子供というよりも腹を空かせた狂犬のようだった。
ケンカを仲裁するつもりで割り込んだオレだったが、正直どうしたものかと悩む。
すると突然その小僧は、オレの服の袖を掴んできた。
慌ててオレは振りほどいたが、子供の力ではない。さっきの男たちも、掴まれて投げ飛ばされたのだろう。もしかしたらオレも袖を振りほどくのが遅れたら危険だったかもしれない。
小僧は再びオレにつかみかかろうとする。この小僧、組み技使いか?
何度もオレを掴もうと手を伸ばしてくる。だがそれをオレは必死で交わす。素手の子供相手に武器や魔法を使うのも大人げない。だからオレもその攻防に付き合っているのだが、明らかな体格差のあるオレが掴まれるのを防ぐのに精いっぱいだというこの状況。
この子供はオレよりもスピードが速いのだ。
信じられない事だ。
確かにオレは格闘は専門ではないが、これは異常だ。
オレは強い。シャンダライズ王国の騎士団長であったスカーレットを剣で負かし、オレの倍以上ある体格の冒険者を腕相撲で負かし、その辺の魔物であれば指一本で倒すことができるほどだ。
そんなオレが防戦一方になるという事は、この子供は恐るべき戦闘能力を持っているという事だ。
「オッサン、ちょこまかと逃げ回るんじゃねえよ!」
オレを捕まえられずさらに苛立つ子供。
同様にオレも苛立ってはいたのだが、その様子を見たオレは余裕ぶる。
「はっは、どうした小僧?」
そのオレの言葉に、小僧はさらに不機嫌な顔になる。
その時だった。
オレの視界にユウの姿が目に入る。
「おまえ、子供相手に何してんだ?」
騒ぎを見てやってきたようだ。
「いやこれは……」
一瞬オレの集中力が切れたその時だった。
小僧に服を掴まれると、足を思い切り蹴とばされる。
オレの視界は、世界がぐるっと一回転をした。
頭の上に何かがぶつかった。それは地面だ。
オレは気付く。
オレは一瞬のうちに、小僧に投げ飛ばされていたのだ。
「ハッハー!ざまあみろ!」
オレを投げ飛ばして優越に浸る小僧。
オレは投げ飛ばされた怒りよりも、驚きの方が大きかった。
「坊ちゃん!」
次いでまた別の男の声がする。
痩せた紳士風の男と、無精ひげのがっちりした男の二人が、オレを投げ飛ばした小僧に駆け寄って来た。
「デュラン!てめーどこほっつき歩いてやがったんだ!」
「あっ?」
「あっ!」
デュランと呼ばれた男は、ユウと目が合うと気まずそうにする。
「こいつなら、さっきまで俺たちの連れの女をナンパしてたぜ?」
ユウが小僧に向けて、さらっとそう告げる。
すると小僧から、オレでも驚くほどの殺気が立ち昇った。何だこれは?
だが次の瞬間にはその殺気は消えていた。
「坊ちゃん、屋台で旨そうな肉が売ってましたよ」
無精ひげの方がそう言って串にささった焼き肉を差し出すと、小僧の意識はそっちに行ったようで、何も言わずに受け取ると食べ始めた。
その光景を、オレたちを含め周りの人ごみは、何が起きたか分からず見ていた。
「旨いなこれ。どこで売ってたんだ?」
「そこの屋台です」
「それで何だっけ?」
「ええ、買い物が遅れてすいません。すぐに帰って昼飯を作ります」
「そうだよ!お前、今何時だと思ってんだよ!」
デュランという男が、小僧に怒られてペコペコ頭を下げていた。
そんな横で無精ひげがオレに手を差し出す。
「坊ちゃんがすいません、お怪我はないですか?」
オレはその手を借りて立ち上がる。
「あ、ああ」
何なんだこいつらは?




