第58話 神人エィス、顕現
ヴォルトたちがヴァレンシュタイン王国へ入国し王都へと旅を続けている頃、ヴァレンシュタイン王城内にあるオーテウス大聖堂では早朝から騒動が起こっていた。
「ザズー様!ザズー様!」
「何事だ?こんな朝から騒がしい!」
オーテウス大聖堂の中にある、大司祭ザズーの寝室に怒鳴り込むかのように部下の一人が駆け込んできた。
まだ起きる前だったザズーはその大声で目を覚まし、ベッドから身を起こすと不機嫌そうに返事をした。
「ザズー様、教国より教皇イルマジェンダ猊下がお越しです!」
「何だと?転移門が開いたのか?!」
このオーテウス大聖堂の中には、普段は解放されていないいくつかの施設がある。
そのうちの一つ、転移門。
その部屋の中には、石柱で囲まれた円形の台座があった。
この転移門は、遠く離れた場所と空間を繋ぎ、瞬間移動ができる設備だ。
この国の転移門は、オーテウス教の総本山であるオーテウス教国と繋がっており、大司祭以上の役職の者でなければ使用が許されていない。
その数少ない転移門の使用を許可された人物の一人であり、オーテウス教の中でも最も高い地位にいる者こそ、教皇イルマジェンダであった。
呼びに来た部下に連れられ、ザズーは慌てながらイルマジェンダを待たせている部屋へとやってくる。急いでいるとは言っても教皇と会うのだ。それなりに身支度を整え、しかしあまり待たせるわけにもいかず、額に汗をかきながら教皇の元へと参上した。
部屋の中で待っていたのは、紫色の法衣を着た白く長いひげを携えた老人だった。
「や、こんな朝早くからすまないね。こっちはまだこんな時間だったね。久しぶりで、時差というものを忘れていた」
その老人、教皇イルマジェンダは、穏やかにそう呟いた。
オーテウス教国は大海を渡った西の大陸にあり、渡航技術の発展していない現在、西の大陸とはほとんど行き来がない。オーテウス教の本部があるオーテウス教国は、そんな土地にある。
このヴァレンシュタイン王国との時差は約12時間。向こうは夕方に出たつもりが、この国では日が昇る早朝だった。
転移門があると言っても滅多に使用されることはなく、普段はそれぞれの国で勝手に活動をしているため、何かあった時にしか現れることはない。そのためこうして顔を合わせるのは久しぶりであり、同時に何か重要な話があるという事を意味していた。
「いえ、お気になさらず。イルマジェンダ猊下にあたってはご機嫌麗しく存じます」
「そういう堅苦しい挨拶はいいんだ。すぐに本題に入らせてくれ」
「は、はい」
「神人エィス様が降臨なされた」
「なっ!」
その名を聞いて、ザズーはたじろぐ。
オーテウス十二柱の一柱、神人エィス。
ザズーも当然名前は知ってはいたが、神人が地上に現れるのは滅多にない出来事であり、ザズーにとっても神人と会うのは初めての経験だった。
「君はエィス様の御尊顔を拝するのは初めてだったね。エィス様のご気分を害することのないよう、特に注意するんだよ」
「は、はい!もちろんです」
教皇イルマジェンダは、穏やかに、しかし厳しくザズーへと釘を刺した。
彼らオーテウス教が祀る神こそが、神人エィスを含むオーテウス十二柱。そしてオーテウス十二柱は、人間の姿をして物質界に現れることがある。人間の姿をした神のことを神人と呼び、神人が現れる時は、決まって人間たちに要求がある時であった。
それは、神への捧げものである人間の魂を要求することだった。
そう、オーテウスの神は、人間の魂を食らうのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ザズーたちは教皇イルマジェンダの指示に従い、神人エィスを迎える準備を行った。
大聖堂の中に礼服を着用して集合し、指定の時間まで待機する。
大聖堂の最奥にあるアイコン――神を意味する記号の形の像――の前にある台座には、最上級のじゅうたんを敷き、その登場を待つ。
ザズー以下の司祭たちは指示があるまで、地に膝を付き待っていた。
指定の時間になった瞬間、台座の上にどこからともなく明るいスポットライトが差す。
それを見た教皇より、神人の登場を告げられる。
「神人エィス様の御顕現である。頭を下げよ」
その声と同時に全員平伏する。そして次の瞬間、スポットライトの中に突如人の姿が現れた。
教皇イルマジェンダはその人影に歩み寄り、傍まで行くと膝を付いて挨拶を告げる。
「エィス様。お久しぶりでございます」
「ああ。ここに来るのも久しぶりだな」
その声色は幼く、まだ声変りがしていない少年のようだった。
そしてスポットライトが弱まり、現れたその姿自体も、幼さが残る少年の姿だった。
背の高さは140センチ程度。淡いブロンドの巻き髪、大きな瞳に小さな鼻とあご、幼くも美しい作りの顔をしていた。
その身に纏った服は、どんな材質で出来ているか不思議に思えるほどドレープの美しい真っ白な布地でできており、裾に金色と紫色の刺繍が飾られていて神々しさを引き立てていた。腰に革のベルト、足には革のサンダル、それらは一般的なものではあるが、誰が見てもその上質さは理解できるものだった。
そんな物質的な存在感と同時に、後ろに背負った直径1メートルほどの光の輪、通称『光輪』と呼ばれるそれが、間違いなくその少年が神であることを証明していた。
「この度はヴァレンシュタイン王国までお越しくださり、ありがとうございます。お初にお目にかかります、大司教のザズーと申します」
教皇より一歩下がった位置から、ザズーは挨拶をする。
さすがのザズーも、緊張感からくる震えを隠し切れない。
「君がこの国の責任者?だったらすぐに調べてほしいことがあるんだけど。僕のおもちゃが壊されたみたいなんだ」
「お……おもちゃですか?」
「ああ。ゴモラっていう名前の、大量殺りく兵器なんだけどね。久しぶりに起動させたんだけど、どっかのバカが壊しちゃったみたいなんだ。ゴモラを使えば、増えた人間の魂を自動的に収穫できるはずだったのに……。ムカつくよね?罰を与えなきゃ」
無邪気な笑顔で、恐ろしい言葉を次々と告げるエィスの姿に、ザズーは背筋に冷たいものが走る感覚を覚えた。




