第54話 魔王、よそ者扱いをされる
ヴァレンシュタイン王国国境の町サンドラに辿り着いたオレたちは、情報収集のためにこの町の冒険者ギルドの酒場へとやってきた。
ここは国境の町のため旅人も多く、よそ者は珍しくはないはずなのだが、オレたち三人が酒場に入ると、店内にいる冒険者たちがオレたちに一斉に注目する。
そんな視線をオレたちは無視して、カウンターに座ると酒を注文した。
「オレたちはオーウェンハイムから来たんだが、最近のこの国の戦争の状況ってどんななんだ?」
オレが店主にそう尋ねると、周りから笑い声が起こった。
なんだ無礼な!
すると一人の冒険者がオレに話しかけて来た。
「兄ちゃん、ここをどこだと思ってるんだ?南部の国境の町サンドラだぜ?戦争をやってるのはこの国の北部の国境。こんな南部の果てまで戦況が伝わってくるわけないだろ。せめて中央の王都くらいまで行くんだな」
「そうか。わざわざありがとう。ところでお前はなんだ?旅人に説明してくれる親切君か?」
するとまた周りから笑い声が起こる。
ん?ウケたか?
だが俺に話しかけている冒険者は顔を赤くして怒っているようだ。
「バカにしてんじゃねえよ!用がねえならさっさとこの町から出て行きやがれ!」
親切君は怒ってそう言った。
なんだかやけに嫌われてしまったようだ。
「いや、出て行く前にこの先の情報をここでいろいろ聞いておきたいと思ってな。それとも何か?この町の冒険者ギルドはそんな情報もないのか?」
オレの言葉に返す言葉が見つからなかったようで、親切君は黙って睨んでくる。
そこに店主が仲裁をするように会話に入って来た。
「モース、引っ込んでな。店の客を勝手に追い出すんじゃない」
ひげ面の店主からそう言われ、親切君はそれ以上言い返すことなくすごすごと元の席に戻っていった。
オレは視線を店主に戻す。
「すまねえな。この町の冒険者ギルドでは、町の中の仕事が少なくてな。よそから来た冒険者に対して、仕事を取られたくないんであまりよく思わないんだ。許してやってくれ」
「仕事が少ない?これだけ人の行き来があれば、商隊の護衛などの仕事がたくさんありそうなものだが」
「ああ。そういう『出張もの』はいくらでもあるんだ。だが町に住んでいる冒険者の中には、家庭の事情であまり長い間町を離れたくないやつだっている。あのモースだってそうだ。家にいる老いた両親の世話をしなきゃなんないんで、気楽に旅に出られるわけじゃないんだよ」
「そういうことか」
「人通りが多いからこの町の周りにはほとんど魔物も出ない。すると町に住んでる冒険者の仕事も余計に減るのさ。冒険者なんかやるよりも、旅人相手に商売やった方がよっぽど楽に儲けられるんだがね。冒険者なんかやってるやつは、頭脳労働が苦手なやつが多いのさ。あんたもそのクチだろ?」
店主はオレの胸にかかっている銀色のプレートを見ながらそう言った。
「何を言う?オレは知性の塊のような男だぞ」
「そんなどでかいガタイして何言ってんだよ」
店主のツッコミに仲間であるはずのユウとスカーレットまでクスクスと笑った。
おまえたちはオレの知性に疑問を持っているのか?
「ハハハ、面白い兄ちゃんだな。ところで戦争の話なんか聞いてどういうつもりだ?傭兵としてこの国に来たのか?だとしらた王都へ行けばいくらでも求人があるぜ?それとも北部に行きたいのに戦争が怖くて心配なのか?」
「どちらかというと後者だな」
「ハハハ!兄ちゃん怖いもの知らずのように見えて、意外と臆病なんだな。それなら大丈夫だ。百年以上戦争は続いているが、魔族にこの国の中まで侵略させたことは一度もない。戦場は常に魔界の中なんだ」
「そりゃ魔族は侵略する気なんてないし、防衛戦しかしてないからな……」
「え?何だいそりゃ?」
「いや、なんでもない、忘れてくれ」
それからオレたちは、店主からこの町の先の状況などを聞いた。
必要な情報はやはり王都へ入ってからの方が集めやすそうだ。
この町は早めに発った方がよいだろう。
そう思いながら酒を飲んでいると、突然入り口の扉を押し開け、騒々しく飛び込んでくる者がいた。
「た、たいへんだ!助けてくれ!!」
店内の冒険者たちの視線がその男に釘付けになる。男の装備はボロボロで、体中から血を流していた。
「どうした?」
ギルドの人間が駆け寄り治癒魔法をかける。
さっきよそ者に仕事を取られたくないと聞いていたオレは、関わらないように座ったまま見ている。
「工場に魔物が出たんだ。仲間が食われた。逃げ遅れたやつらが奥の部屋に立てこもってるんだ!」
男は焦った表情で助けを乞う。だが混乱していて話が掴めない。
「落ち着け。どんな魔物が出たんだ?状況はどうなってるんだ?」
「分からない。急に工場の中に現れて……。それより立てこもったやつらは、魔物に囲まれちまって逃げ出せそうにない。食料も何もないんだ、早く助けに行ってやってくれ!」
「魔物の正体が分からなきゃ、ギルドでどんなレベルのクエストを出せばいいか分からないだろう」
「強い冒険者を頼む!生半可な奴がいったら被害が増えるだけだ」
様子を見ていたオレは、突然そいつと目が合った。するとそいつはオレに声を掛けてきたのだ。
「あんた白銀階級なのか?助けてくれ。どれだけ報酬が出せるか分からないが、頼む」
「いや~、今のところ金に困っていないし、よそ者が仕事を取るなと言われたばかりなんだ。すまんな。2級冒険者(銀色プレート持ち)なら他にもいるだろう?」
オレが柔らかく断ると、店主がオレに呟いた。
「いや、この町の2級冒険者は、今みんな出張に行ってるんだ」
「何だと?」
オレはさっきオレに絡んできた親切君を見る。
親切君は慌てて視線を逸らした。
マジか?
どうやら簡単な仕事はやりたいが、危険が伴う仕事はやりたくないらしい。
「いいじゃねえか、行ってやれよ」
なんとそこでユウがそう言ってオレに止めを刺した。
というかおまえは行かないつもりなのか?
男が俺のところまできて、足元で膝を付いて助けを乞う。
「俺の仲間を助けてください!あのままだと魔物に食われちまう!」
ここまで頼まれてしまっては、オレにはもう断れなかった。
「あー、もう分かった!仕方ない。サクッと行ってサクッと終わらすぞ」




