第53話 魔王、ヴァレンシュタイン王国入国
遂にヴォルトとユウは、旅の目的地であるヴァレンシュタイン王国へと入国した。国境の街サンドラにて案内人のスカーレットと三人別々の部屋で宿を取り荷物を片付けると、ヴォルトの部屋に集まりこれからの行動について話し合うことにした。
「話し合いも何も、城に乗り込んでぶちのめして終わりじゃないのか?」
「ユウ……おまえは過激な発言しかしないな。暴力でなんでも解決するわけではないぞ?」
ユウの怖いもの知らずな発言を、暴力最強の魔王が諫める。
「まずは情報収集だ。向こうにオレたちの行動が伝わって警戒されぬよう、正体は隠した方がよいだろうな」
「ヴォルト様、ヴォルト様のお力ならば真っすぐ乗り込んで王城を制圧することも可能だと思います。なぜそこまで慎重に行動されようとしているのですか?」
ゴモラ討伐時、足手まといでしかないスカーレットは市民と共に避難命令に従って避難をしていた。そのためヴォルトたちの戦いを目撃してはいない。だが討伐が終わった惨状をその目にし、人知を超える戦いが行われた事を知ると、そんな戦いを繰り広げ勝ったヴォルトたち二人の強さ、魔王と勇者の力が人類の及ぶレベルではないと知ったのだった。いくら軍事国家ヴァレンシュタイン王国とて、無防備な状態でそんな魔王が突然王都に現れれば、容易に陥落できるはずだと思ったのだ。確かにユウの言い方は過激だが、ヴォルトがそこまで慎重になる理由が分からず、スカーレットは尋ねた。
するとヴォルトは、ゆっくりと理由を説明し始めた。
「まず一つはこの国の全てが敵ではないという事だ。オレはオレに逆らう人間にかける情けは持っていないが、騙されている人間を巻き込むのは哀れだと思う気持ちくらい持っている。魔界に戦争を吹っかけている黒幕は、おそらく自分たちの手を汚さず後ろに隠れているのだろう。オレが許せないのはそいつらで、前線に出ている兵隊ではない」
「それだったらまず一番悪いのは、俺をこの世界に召喚したオーテウス教の大司祭だな。逆に国王は騙されてる可能性が高いと思う」
「うむ。その辺も詳しい調査が必要だろうな。魔界が魔物たちの総本山だ、などというデマがどう広まったのかも調べる必要があると思う。そしてもう一つ、オレが気になっている事がある。ユウ、おまえがオレの乗る飛空艇を襲ったのは、飛空艇がそこを通るという情報を入手したからだと言ったな?」
「ああ。でも俺は詳しい事はしらないぜ?作戦会議の時に兵隊を通してその話があって、その時の俺は手っ取り早くお前を殺して日本に帰ろうと思ってたから、単独で奇襲を仕掛けて終わらそうと思ったんだ」
「今さらお前との戦いを責める気はない。問題はその情報がどこから漏れたかという事だ。飛空艇の移動を探知できるほどの魔術やそれ以外の技術がこの国にあるとは思えん。だとしたら魔界でしか知らぬはずの情報がなぜ漏れたのか?信じたくはないが魔界に内通者がいたのではないか?それが気になっているのだ」
「あー、たぶんそうなんだろ?」
「魔族というのはだな、ユウよ。人間とは性質が違うのだ。裏切るという行為がどれほど恥ずかしいか知っている。特にオレに近い部下たちはそれが顕著で、オレに対する忠誠心の強さはオレが恥ずかしくなるほどだ」
「そんな信義に厚い魔族が、人間に情報を売るとは信じられないという事ですね」
「うむ。その通りだ」
その後も、聞き込みを行う情報を話し合った。
現在の魔界との戦争の状況、この国の軍隊の組織構成、また戦争支持者やその中でも有力な者、戦争をすることで利益を得ている者、魔界から情報をどう得ているか。
それらの事を先に調べておき、ヴォルトたちが実際にどう行動を取るかはそれらの情報を得た後に決めることになった。
もちろんこの国全体が敵だと判断したら、ヴォルトはこの国を亡ぼす事も厭わないつもりだ。だが無血で終戦に持ち込めるのであればそれが最善だと思っている。
例えば国王に真実を話し戦犯を摘発することで、終戦協定を結べるのならそれでいい。もし真実を聞いても自分たちの間違いを認めず争う姿勢を改めないのであれば、国王だろうが大司祭だろうが全て始末するだけだ。
「どこでどうやって情報収集をするかだな……」
「それはやっぱり、まずは冒険者ギルドの酒場しかないだろう」
ヴォルトたちはゴモラ討伐の後、冒険者ギルドへ魔物討伐による昇格を受けられるか確認に行った。その結果、昇格についてどうするか冒険者ギルドの中で問題となった。本来大型モンスター討伐は1級冒険者のクエストであり、ゴモラに関しては1級冒険者でも持て余すレベルの魔物であった。ヴォルトたちの実力を考えれば、軽く1級冒険者を越える力を持っており、1級の上でありギルドではなく国家に所属する特級冒険者として迎えられるべきレベルだと言えた。
だが5級から一気に1級へと4階級も飛び越えて昇格するという前例がないことと、ヴォルト自身が今後の活動で目立ちたくないからという理由で1級を辞退したため、二人は2級冒険者へと昇格している。
それでも3階級特進という、冒険者ギルドでも前例のない昇格だ。
今二人が身に付けている冒険者プレートも、それまで黄銅製のものから白銀製のものへ変わっている。2級冒険者ともなれば、オーガくらいの魔物討伐に駆り出されるレベルの強さであり、どこに行っても仕事に困らないそうだ。
情報収集するにしても、5級であればなめられて相手にされないだろうし、1級であれば滅多にいない強さゆえ注目されてしまうだろう。2級というほどほどの強さの証明が、情報収集においてもちょうどよかったとも言えた。
「あとな、二人に話しておきたいことがある」
一通り話し合いが終わった後、ヴォルトが呟いた。
いつもの自信に満ちた顔と打って変わって、微妙に不安をのぞかせる表情だった。
「実はな、先のゴモラとの戦いで、一度オレは魔力を使い果たしてしまったのだ。魔界にいれば一晩寝れば回復するのだが、やはり人間界では回復が遅い。今のオレの魔力は、本来の十分の一しかない」
「やっぱりあれか?こないだの雷落とすのとかは無理なのか?」
「不可能ではないが、威力はかなり落ちるだろうな。単純に戦力が十分の一くらいに落ちていると考えてもいいだろう」
ヴォルトの深刻な表情に対し、ユウは気楽に答えた。
「まあ、大丈夫じゃね?」
ユウの言うように、そこで悲観するような事は何もなかった。所詮相手は人間。ゴモラのようなバケモノはここにはいないのだ。
「それともう一つ。魔力が一度ゼロになった時に、前回死ぬ前に施した転生の秘術の呪印の痕が浮かび上がって来たんだ」
ヴォルトは上着を脱ぎ、ユウにそれを見せる。
スカーレットは一瞬恥じらい、だが恥じらう必要がないと分かると食い入るようにヴォルトの肉体を眺めた。
胸の真ん中に丸い魔法陣のような呪印の痕があった。解読不能な古代文字がたくさん記されている。
「おー!俺が死ぬ前にやったのと同じだな。でも色が薄いな。俺のははっきりとした黒い文字だったぜ」
「うむ。オレも生前は黒い文字だった。多分これは傷痕のようなもので、今転生の秘術が掛かっているわけではないのだろう」
「ちなみにヴォルトが転生失敗したのって、たぶんここらの文字が生まれてくる座標で書き間違ってたんじゃないか?生まれ変わるのが人間か魔族かっていうのも、どっかにあるんだろうな」
ユウがヴォルトの呪印に記されている古代文字指差しながら解説をする。
「これって、どうやって書き換えればいいんだろうな?」
ユウの質問に、ヴォルトは答える。
「≪呪印書込≫。これで書き換えれるだろうか……」
ユウの問に答えるため、ヴォルトは呪文を唱える。
唱えたのは、符呪で呪文を書きつけた霊符の文字を変更したり、人体に文字を書き込むタイプの呪いなどの内容を変更する魔法だった。
するとヴォルトの胸の灰色い呪印の痕が光を発する。書き換えができるようになったようだ。
「おっ?!すげえ!」
そう言ってユウはヴォルトの胸の古代文字を入れ替えて書き込んでみる。ユウがなぞった通りに文字が変わった。
「いや、っつっても、魔界の座標とか分かんないんだけどな」
「なんだと?!人の呪印で遊ぶな!」
そう言ってヴォルトが書き込みモードを終了させると、ふっと光が消え呪印は黒い色ではっきりと刻み込まれた。
「あれ?もしかして今転生の秘術が施されちゃった?」
「ば、バカ者!これでまたどこに転生するか分からなくなってしまったではないか!」
「まあまあ、死ななきゃいいんだって。ぎゃはは!でもこれで死んだらまた転生失敗するな!ウケる!」