第52話 学生、伝説を目撃する
「大魔法使い様、大丈夫ですか?!」
そうヴォルトに声を掛けて来たのは、先ほど見た逃げ遅れていた若い男だった。
ゴモラのブレス攻撃で瀕死になっているヴォルトを心配して近寄ってきたのだ。
「貴様?逃げろと言っただろう……」
「お、おらヨンタと言います。ここのシンソ魔法学園の生徒です。大魔法使い様はもしかしてハララ様ですか?」
「ハララ?誰だそれは。確かにオレが大魔法使いだが、オレの名はヴォルトだ」
「ヴォルト様ですか……。ヴォルト様、お怪我は大丈夫ですか?」
「見ての通りだ。大丈夫ではない。オレにはもう貴様を守ってやる魔力も、アレに止めを刺す魔力も残っていない。早く逃げろ……」
ヴォルトは最後の力を振り絞ってヨンタに逃げるよう指示を出す。もはやできるのは被害を少しでも減らすことだけだ。
だが返って来た返事は意外なものだった。
「ヴォルト様、魔力が無くなったなら、おらの魔力を使ってください!」
ヨンタは精霊魔法が使えないが、魔力だけは誰にも負けないほど持っていた。そして魔道具に魔力を補充するバイトをしてきたので、ヴォルトに魔法を譲渡するという発想はすぐに出て来た。
むしろ魔力こそたくさん持っているが精霊魔法に適性のない落ちこぼれのヨンタとしては、自分の魔力をヴォルトに使ってもらうことこそが自分が最大に役立つことだと思えた。いや、目の前に迫るこの世の終わりのようなバケモノを前に、そのために自分は生まれて来たとさえ思ったのだ。
「≪魔力贈与≫」
ヨンタは両手をヴォルトの胸にあて、魔力を流した。
ヴォルトは無くなった魔力が回復してゆくのを感じる。
「何と!でかしたヨンタ!お前の魔力を全て俺に寄越せ!」
ヨンタは言われるがまま魔力を送り続ける。目の前の魔法使いに全ての運命を委ねるために。そしてついにヨンタの魔力がゼロになった。
「これで全部です……」
「よくやったぞヨンタ!褒めてやる!」
ヴォルトはすぐに自身の身体に≪小回復≫を掛け、全身のダメージを回復する。
ヨンタから魔力をもらったが、ヴォルトからしたら微々たるものだ。これだけでゴモラに止めをさせるだろうかと、ヴォルトは一抹の不安は隠せない。
「ヴォルト様!あの杖をお使いください!」
するとヨンタから新しい提案がされた。そこには岩に突き刺さった杖があったのだ。杖からは魔力を感じ取れた。
すぐにヴォルトは杖に駆け寄り、すんなりと岩から杖を引き抜く。
「なんと!こんなところに魔法の杖があるとは?!」
ヨンタはそれを、尊敬の眼差しで見守る。強大な魔法が使えるレベルにならなければ引き抜くことができないよう封印されたハララの魔法の杖。これまで誰も引き抜く事ができなかったのだが、ヴォルトはそれをあっさりと引き抜いた。
信じられないとも思ったが、目の前の魔法使いは自分の知るどの魔法使いよりもすごいからそれが当たり前だと思た。
だが次の瞬間、ヴォルトはヨンタの予想の行動を取った。ヨンタはヴォルトがその杖を使って魔法を使うのだと思っていたのだが……
「≪魔力吸収≫!」
ヴォルトは杖に眠る魔力を吸い取り始めたのだ。
そして杖の中の魔力を吸い取り終わると、その貴重な魔法の杖を投げ捨てた。
その姿をヨンタは唖然として見つめていた。
ヴォルトは広場へと振り返る。
そこでは死に損ねた巨獣ゴモラが、ヴォルトへの攻撃を再開しようとしているところだった。
ゴモラは再びゆっくりと口を開き始める。先ほどはなったブレス攻撃。その再充填が終わり、再びそれを放とうとしていた。
「≪灰燼に帰す弓≫!」
ヴォルトは神器≪灰燼に帰す弓≫を異空間から取り出し構える。
その巨大で荘厳な弓を見たヨンタは圧倒される。
≪灰燼に帰す弓≫は古代の神が使ったという武器、神器。それに対しハララの杖は所詮どこにでもあるマジックアイテム。多少性能が高いというに過ぎない。あきらかに別次元の武器なのだ。見た事もない神器のその存在感に、ヨンタが圧倒されるのも当然だ。
そして再びヨンタは驚愕する。ゴモラに止めを刺すために使ったヴォルトの魔法に。
「≪魔法の矢≫!」
そう。ヴォルトが≪灰燼に帰す弓≫で射ようとしていたのは、ヨンタがこれまで同級生たちにバカにされていた魔力系魔法の初歩の初歩、≪魔法の矢≫だったのだ。
だがヴォルトの≪魔法の矢≫は、これまでヨンタが見たことのある物とは全く違っていた。その細い光の矢の中に込められているエネルギーが桁違いに大きいのである。そしてその魔法の矢を巨大な弓で引き絞るほど、内包された魔力が増幅してゆくのが分かった。今、ヨンタの目の前では、それまでの彼の持つ常識が覆されるほどの一撃が放たれようとしていた。
ヴォルトはゴモラに一度≪灰燼に帰す弓≫の攻撃を破られていた。だがヴォルトの中には次は必ず倒せるという確信と、その理由となる一つの仮説があった。
それは、ゴモラの本体はあの岩の奥にあり、ゴモラの表面を覆いつくしている岩石は、本当にただの岩石ではないかという仮説だ。
ヴォルトの≪灰燼に帰す弓≫もユウの≪殲滅し尽くす聖剣≫も、攻撃対象を完全に破壊する特性を持っている。なのにどの攻撃も表面の岩を破壊するだけだったのは、本当に表面にあるのはただの岩で、ゴモラではないからではないか?
ゴモラの背中の上に乗っている『岩』を攻撃しても、『岩』を破壊するだけで『ゴモラ』を傷つけることができなかった。そう考えたのである。
長い間眠っていたため背中に岩石層が蓄積したのか、岩石を体の周りに貼り付ける事ができるのか、それともゴモラの体内から岩石を作り出し背に乗せているのか、その生態は分からない。だがその仮説が正しいとしたら、ゴモラを倒す方法がある。
それはブレス攻撃を放つ際に開ける口、その瞬間こそゴモラ本体への攻撃を可能とさせるという事だ。
ゴモラはブレス攻撃を放つため、再び大きく口を開けた。そこには放つエネルギーが青白く光っていた。だがそこにヴォルトが≪灰燼に帰す弓≫で撃った≪魔法の矢≫が突き刺さる。
音の無い爆発。
青白いエネルギーは消滅し、そしてゴモラの全身を覆う岩石の内側から強い光があふれる。
次の瞬間、光は消え、ガラガラと岩石が崩れていった。
ゴモラは、死んだのだ。
「ふん。手こずらせおって」
散々苦戦したくせに、ヴォルトは余裕の態度を見せる。
その威風堂々とした佇まいに、ヨンタは思わず平伏する。
自分が憧れ続けた大魔法使いハララは既にいない。それにハララがここまでの大がかりな魔物討伐を行ったという記録も残っていない。だが今ヨンタの前には、実際に古代巨獣を倒して見せた大魔法使いがいるのだ。ヴォルトがハララ以上の大魔法使いであることは明白だ。ヴォルトがいなかったらこの街は滅びていたかもしれない。まさに目の前には救世主がいるのだ。
「ふん。面を上げて良いぞ、ヨンタ。貴様は良い仕事をした」
「助けてくれてありがとうございました、ヴォルト様。こんなにすごい大魔法使い様がいることを、この魔法学園にいながら知りもしませんでした。お許しください」
「うむ。許そう」
ヴォルトはおだてに弱い。攻撃してくる者に対しては非情だが、頭を下げてくる者に対しては寛容だ。ヨンタの全力の下手に出る態度に、まんざらでもない気持ちでいた。
「この度のゴモラ討伐に、お前の魔力が役に立ったと伝えておこう」
「ありがとうございます!ヴォ……ヴォルト様!お願いがあります!」
「何だ?」
「お……おらを弟子にしてくれませんか?」
「何だと?」
「お……おらあ魔力はそこそこ持っているのですが、精霊魔法の適性が全くなくて学校では落ちこぼれです。魔力魔法は精霊魔法より威力が落ちると思っていましたが、ヴォルト様の≪魔法の矢≫は、そんな常識が通用しないほどすごかったです。ヴォルト様ほどは無理としても、おらも少しでもヴォルト様に近づけるような魔法使いになりたいんです!」
「ふむ……」
唐突なお願いを、ヴォルトはすぐに断るようなことはせず、ヨンタを観察した。
その真剣なまなざしに、ヨンタも本気であるのだとヴォルトは理解する。
だがそんな簡単にイエスと言える話でもない。
「ヨンタよ。悪いがオレは今ある目的のために旅をしている途中だ。今すぐに弟子を取れる状況ではない」
「はい。すいませんでした。分かりました」
ヨンタはすぐに、自分の弟子入りを断られたことを察する。まだ自分がヴォルトにものを教わるレベルではないことも自覚していた。
「ヨンタよ。お前は今、魔法学校に通っていると言ったな?」
「は……はい!」
「まずは全力で努力して、学校で習える事を全て習得せよ。魔法だけでなく、それにまつわる知識の全てだ。そしてあと体力づくりも必要だな。強い魔法を使うのに強い肉体である方が都合がよい」
「はい!」
「学校を卒業し、それ以上何を学べば良いか分からなくなった時、このオレを探して旅に出ろ。もしお前の進む道にオレの指導が必要であれば、オレたちはもう一度再会するだろう。だがそれまでの努力が足りなかったら、その時オレがお前に指導することはないがな。まずはオレの弟子になれるレベルまでなってみるんだな」
ヨンタの弟子入りは完全に断れたわけではなかった。
条件付きで、将来弟子入りを許されたのだ。
少し前までシンソ魔法学園を辞めることも考えていたヨンタだったが、この瞬間必ず卒業すると心に誓うのだった。
――後日、ヴォルトとユウはオーウェンハイム国王と面会し、ゴモラ討伐を報告する。
オーウェンハイム国王はヴォルトとユウに心より感謝し、二人をこの国の救世主と称えた。
またヴォルトがヨンタの協力があったことを伝えると、ヨンタは国王より勲章を授与されることになる。
その後ヨンタの学園での立ち位置は、落ちこぼれから再び優等生という評価へと変わった。相変わらず精霊魔法への適性はなかったが、使える魔力魔法の研鑽と魔法知識の習得を誰よりも励むのだった。
ゴモラの死体は撤去され、シンソの街の破壊された地区と一度は市民が完全に避難したキューゴの街の復興のため、オーウェンハイム国民は尽力を尽くすことになる。
ゴモラを倒したヴォルトとユウは、オーウェンハイム国王との謁見の翌日、そんなシンソの街を去る。
そしてスカーレットに案内してもらいながら三人は、遂に目的地ヴァレンシュタイン王国へと足を踏み入れるのだった。




