第51話 魔王、乾坤一擲
「≪神風特攻≫!」
『殲滅し尽くす聖剣』を両手に抱えたユウが、ゴモラへ右目へ向かって突撃をした。
家で例えるなら三階ほどの高さ。巨大な体を持つゴモラの目はそこにあった。
剣がゴモラの右目に突き刺さった後、ユウの身体は岩壁のようなゴモラの身体に激突する。
全身に走る激痛。ユウはすぐさま自らの身体に≪水精小回復≫の魔法をかけ、回復する。
ゴモラに衝突し、ユウの身体は地面へと落下してゆく。だが地面へと衝突寸前に、勇者魔法≪接続≫をクモの糸のように操り、身体を浮き上がせその場より離脱した。
片目を潰されたゴモラは、これまでにない唸り声を上げている。
「ゴオオオオオ!」
地響きのような低い唸り声は、耐性の無い者であれば恐怖で動けなくさせられていたであろう。
状態変化魔法完全無効のユウはそれに怯むことなく、体勢を立て直し現状の確認をする。
ユウの攻撃は当たったが、致命傷を与えるまでではなかった。これまでゴーレムや砦の城門を完全に破壊して来た一撃だったが、やはりこの古代巨獣には一撃で絶命させるほどのダメージは与えられなかったらしい。だがそれは想定内だ。
片目を潰されたゴモラは、痛みと怒りでユウを睨みつけている。ユウも身を隠すことなく、先ほどの一撃を食らわしたのは自分だと言わんばかりに、道の真ん中に仁王立ちしていた。
ユウはヴォルトから囮役を頼まれたのだ。このままゴモラを引き付けて、この先にある広い場所へと誘導するのがユウの仕事だ。
狙い通りゴモラは、攻撃をしかけたユウへと向かって突進してきた。
ユウは≪接続≫の伸縮で、人間とは思えない速度で逃げる。時々後ろを振り返り、ゴモラとの距離を確認する。ゴモラの突進が直撃したら、ユウとて簡単に死んでしまうだろう。
ユウにはまだ、先ほどの突撃によるダメージが完全に回復しきらずに残っており、体中に痛みが残る。
だが集中を欠いたら死ぬ。そんな死と隣り合わせの逃亡が、今始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ユウ、途中でへましてくれるなよ」
ヴォルトはそんな独り言をつぶやきながら、その広場に降り立った。
辺りを見回し、充分な広さがある事を確認する。
「これくらい広ければ魔法陣も展開できるだろう。≪天候操作≫!」
ヴォルトは残された魔力を振り絞って、その広場に巨大な魔法陣を出現させる。
ヴォルトを中心とした直径100mにも及ぶその魔法陣から、薄ぼんやりと光が発し始める。
そしてそのはるか上空では、周辺から雲が集まりだし、ヴォルトの上に雷雲を形成しようとしていた。
今から行おうとしている魔法は、一言で言えば落雷である。ヴォルトの使う魔法の中でも最大範囲の殺傷力を持つそれは、指先から放つ雷撃魔法よりも威力が桁違いに大きい。1000万V以上の電流が一瞬で落ちてくるのだ。
その魔法こそがヴォルトの奥の手であり、ゴモラを倒すための最終手段であった。
ゴモラが街並みを破壊しながら進む音が、段々と近づいてきている。
ヴォルトの緊張感も高まる。
既にヴォルトは大部分の魔力を消費しきっていた。
この作戦が失敗したら他に手段はないのだ。
ヴォルトが順調に上空の雷雲を形成していると、ふいに背後に人の気配があることに気が付いた。
ここら一帯は避難が済んでいて人の気配はなかったはずなのに、だ。
振り返り気配の先を見ると、広場の隅に逃げ遅れたのか若い男が一人おり、こちらをぼんやりと眺めていた。
「貴様何をしている?さっさと逃げないか!」
離れた場所にいるその若者に聞こえるよう、ヴォルトは大声で怒鳴る。
若者は声を掛けられたことに戸惑い、右往左往した後、ヴォルトに話しかけて来た。
「す……すごい魔法陣ですね!何をしようとしているんですか?」
そんな緊張感のない場違いな質問に、ヴォルトは苛立ちを覚える。
だが感情的になっても仕方がない。ヴォルトは、その男を巻き込まないよう逃げさせるためにどうすれば良いかと考える。そして事情を説明して納得させるべきだと判断する。
「古代巨獣ゴモラがここに向かっている。さっさと逃げろ!でないと死ぬぞ!」
怒鳴っている最中も、ゴモラの移動音はどんどん大きくなっている。
そしてついに、広場の入り口近くの家屋が破壊されると同時に、やつの姿が再び視界に飛び込んで来た。
「ヴォルトー!!連れて来たぞ!」
ユウの叫び声が響く。
そしてユウの後ろから迫ってくるのは、高さ10mほどの岩山のような姿のオオトカゲ。古代巨獣ゴモラだ。
ユウは、広場の後ろ側にある山の斜面に向かって、ヴォルトの頭上を飛び越える形で離脱して行った。
「後は任せた!」
ユウがそう言い残して飛び去った後には、ヴォルトの目の前にゴモラの姿がそびえる。
もはやヴォルトには、先ほどの若者の身柄を心配してやる余裕はない。
迫りくるゴモラに対し、絶好のタイミングで落雷を食らわせてやるだけだ。
「来い!ゴモラ!!!」
広場の真ん中で奴の名を叫ぶ。
ユウへ向かって突進していたゴモラは、突然目の前に現れたヴォルトの姿を目にし、殺意を持ってそのままの勢いで突撃をしてきた。
「雲よ、天空よ、大いなる霹靂よ、ゲヘナの炎よ、全てを焼き尽くせ」
普段無詠唱でしか魔法を使わないヴォルトも、今回ばかりは確実性を高めるため慣れない呪文詠唱を行う。
ゴロゴロと大空から雷発生の予兆が鳴り響く。
「≪裁きの雷霆≫!」
ドゴン!!!
目の前が真っ白に光るほどの激しい落雷が、ゴモラへと直撃した。
轟音の後遺症で耳なりがしている。
先ほどまで、イノシシよりも激しく突進し続けていた古代の巨獣は、黒焦げとなりその背からは煙があがっていた。
「殺ったか……」
眼前にそびえたつ、黒焦げの岩山。上部では落雷により炎が上がっていた。
どう見ても岩山にしか見えないのだが、これが生物だというのだから不思議なものだ。
ゴーレムのような魔法生物なら岩でできていても不思議はないのだが、この生き物は生まれつき表皮が岩なようだ。
久しぶりに全力を尽くしたヴォルトは、その疲労感と、ほとんどすべての魔力を使い果たした脱力感でその場に立ち尽くしていた。
「そういえば……」
さきほど目撃した若者の生死が気になり振り返る。
そこには腰を抜かしたようにしりもちをついた若者がこちらを見ている姿があった。
落雷の衝撃もそれほどではなかっただろう。彼の生存にヴォルトは安堵する。
その時だった。
わずかな気配を感じ、慌ててゴモラを見ると、その巨躯にたいしては小さく見える片目を見開き、こちらを見ていたのだった。
「まだ生きて……?」
直後、動けなくなったゴモラは、口だけ開き始める。
「まずい!≪魔法防壁≫」
すぐに次の攻撃を察すたヴォルトは、残されたわずかな魔力で魔法の盾を展開する。ほぼ同時にゴモラはその口から、青白い炎のブレス攻撃を発射した。
ヴォルトの身体は魔法の盾ごと、数百メートルを転がるように吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
広場の隅の障害物に当たり、ヴォルトの身体は停止する。
全身打撲の激痛が走る。
ヴォルトの桁外れの魔力も、遂に今の魔法の盾の発動によって完全にゼロになってしまった。
ゴモラを見ると、歩く事はできないようだが、完全に死んだわけではないようだ。そのまま衰弱して死んでくれればいいが、復活されては元も子もない。
だがヴォルトは既に限界だった。体を動かす事もままならない。もしもう一撃、先ほどのブレス攻撃を放たれたら死んでしまうだろう。
近くにユウの姿はない。
もはやこれまでか。
ヴォルトがついに諦めたその時だった。




