第44話 魔王、称えられる
「本当にヴォルト殿のおっしゃる通りでしたな。ワシはオズワルドには王位を継ぐ意思はないのだと、ずっと誤解していました」
先ほどまでシャンダライズ王家一同が集結していた部屋では、集まりは既に解散しており、数名が残って雑談をしていた。
「いや、お前の言うように、あいつは今まではずっと王位を継ぐつもりはなかったのだろうよ」
「ではなぜ?ジャットバイゼンが失脚したからですか?」
「いや、それもたまたまタイミングが良かったのだろうが。昨日あいつらと個別に話をしてきたのだ。そして各々の考えを確認して来た。その時オズワルドには、王位を継ぐことから逃げていると責めると、あいつは言い訳をしなかった。責任感と自分の能力の限界との狭間で、悩んでいたのだろう。オレが少し手助けをしてやったら、見事に意思が固まったようだな。人が成長するタイミングというのは、見ていて気持ちが良いものだ」
「そうでしたか……。父親として誠に感謝いたします」
「そもそもお前がしっかり教育してれば、こんな混乱はなかったのだぞ!」
「申し訳ありません。この国では王子の教育は母親が行うという決まりがありまして、ワシはあまり口出しできなかったのです。実はワシも、もしもカーラが男だったら良かったのにというのは思っておりました。カーラがあれだけしっかりと育ったのは第五王妃ミッシェルの教育が良かったのではと思い、もう一人王子を、ピエールを生んでもらったのです。ヴォルト殿が来てくれなければ、ワシがもう10年国王として頑張ってピエールが成人したら王位を継いでもらおうかと思っておりました」
「それで第五王妃にだけ子供が二人いるのか。でも五男が継ぐとなったら、いろいろ軋轢が生まれるだろう?」
「その通りです。それぞれの王子を推す官僚たちの間で争いが起きたかもしれません。今ならまだワシの力が及ぶので抑える事は可能ですが、10年後ともなるとワシも70歳ですのでそれだけの気力が残っているかどうか……。ともかくオズワルドが継いでくれる事となって、ワシもホッと胸をなでおろしております」
「それでは、オレからの頼みごとの方も頼むぞ。まずは明日、旧勇者の遺跡の調査へ向かう手伝い。そしてこの国で分かる限りの、転生の秘術についてと勇者召喚魔術についての情報の提供。最後にオレとユウがシャンダライズ王国へ向かうための手伝いを頼むぞ」
「分かっております。逆にそんな程度で良いのですかな?」
「ああ。情報より高いものはない。それとオレたちは転生したばかりで旅に出る金がなく、シャンダライズ王国まで送ってもらえるのは非常に助かる。旅費は冒険者として働いて稼ごうとしてたんだ。昨日もスケルトンをコツコツ倒していたんだが、小銭にしかならなかった」
シャンダライズ国王とヴォルトはお互いに力になる事を約束し、握手を交わした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シャンダライズ王家の相続問題が解決した後、ヴォルトは夜風に辺りにバルコニーへと出ていた。
バルコニーからはこの王都の街の灯が目に入る。夜これだけたくさんの灯が灯っているのは、この街がそれだけ発展している証拠であり、平和である証だった。
そんな街を眺めながら、ヴォルトはこの街も良い街だと感じていた。
「ヴォルト様」
そんなヴォルトに話しかけてくる者がいた。
騎士団長スカーレットだ。
「どうした?」
「この度は、ガーゴイル退治だけでなく、王子たちのことまでいろいろとありがとうございました」
「確かにお前と約束したのはガーゴイル退治だけだったな。だがガーゴイルが現れた原因はこの国の王位継承問題がこじれていた事が根底にあったのだ。王位継承問題を解決しなければ、第二第三のガーゴイルが現れる可能性がある。事件が起きた時に処置をするだけでは、再発をしてしまうものなのだ。それを防止するためには、真の原因を突き止め対策せねばな。これはオレが魔界でいつも言っていた事なのだが、人間界でも同じだろう」
「全くおっしゃる通りです。私はヴォルト様の深いお考えを見通す事が出来ず、これまで数々の失礼な言葉を言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、スカーレットは深く頭を下げる。
眉間にはしわが寄っており、とても深刻な表情をしていた。
「まあもういいじゃないか。心の広いオレが、そんな事根に持つわけもないだろう?ハッハッハッ」
ヴォルトはもうそれについて一切怒っていなかった。
ヴォルトは、おだてに弱い。
下手に出れば、いつでも寛大に対応をする。
単純なのだ。
「あの……、明日の勇者の遺跡調査ですが、私も同行させていただけないでしょうか?」
「ん?ああ。誰か案内がいた方がオレたちも助かる。だがお前は自分の仕事の方はいいのか?」
「はい。最近は剣術指導ばかりで大した予定がありません。何かあってもヴォルト様の案内をするという事なら、国王陛下の御許しをもらえると思います。ぜひ少しでもヴォルト様のお傍で勉強させてもらえたらと思います」
「殊勝な事だな。よかろう。必要があれば、魔法の指導をしてやってもいいぞ。だがオレの専門は魔力系魔法で、人間たちの使う精霊魔法については素人だがな」
「なーにが指導してやるだ?それじゃ教えられること何もねえじゃねえか!」
二人が話しているところに割り込んでくる者があった。ユウだ。
「む、ユウか。明日だがスカーレットが遺跡まで案内してくれることになったぞ」
「ああ、聞こえてたぜ。つうか騎士団長さんよ。やっぱこいつ面白いだろ?」
「はい。とても興味深いです」
「な、何を言っているのだ貴様ら?」
ヴォルトは自分の悪口を言われたと思い戸惑う。
ヴォルトは、バカにされる事を嫌う。
単純なのだ。
「ヴォルト様は元々魔族だそうですが、どうも人間よりも人間らしいような気がします」
「どういうことだ?」
「分かるぜ。こいつアレなんだよな、おせっかいなんだよ。あれほど関わらないって言ってた王位継承問題に、結局がっつり関わってるし」
「な……何を言う?オレのどこがおせっかいなのだ?オレたちの旅に協力させるために、少し力を貸してやっただけだ。この国の国王に誰がなろうと興味はないわ」
「へーえ。昨日墓場で死霊が出た時、ジュードが帰ろうって言うのに冒険者を助けに行ったのは誰だっけ?そんで助けたら見返りも求めずに神殿に置き去りにしたのは誰でしたっけねえ?」
「な……、そんな些細な事は忘れてしまったな」
しらばっくれるヴォルトに、ユウは思わず笑う。
そしてヴォルトの胸に拳を突き立てて言った。
「悔しいけどカッコイイぜ、さすがは魔王だな」
「なんで貴様上から目線なのだ……」
だが内心、悪い気もしない魔王なのであった。




